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地域の社会学  第12章 地域社会の未来

第12章 地域社会の未来

1.コミュニティ業税の限界と遺産
  地方分権改革とコミュニティ行政
  ・1990年代に始動した地方分権改革により、基礎自治体における政策理念への変化
・新しい自治体政策、70年代・80年代のコミュニティ行政に注意をむけつつ、
90年代以降の地方分権改革を契機とした地方自治体政策の変化、「新しいコミュニティ形成」について述べている

  コミュニティ行政の原点
  国民生活審議会調査部会コミュニティ問題小委員会報告・・・大都市に進行する住民自治の空洞化と行政サービスへの過度の依存が、かつてない速さと拡がりを伴って進んでいくことへの危機意識、問題意識を背景にコミュニティ形成を提唱
  ※忘れてはならない諸原則 ➀住民自治の回復と住民参画の必要性という視点
               ➁都市化が進んだ大都市社会においてこそ、コミュニティ形成が必要
               ➂コミュニティとは期待概念であるということ
               ➃コミュニティは意識や関係だけに偏った戦略ではないということ
  ↑
  上記の報告から、大都市における行政システムへの住民参画の実現、地域社会ごとの新しい共同体の構築の必要性、期待&既存の行政サービスの在り方に対するするどい反省を促すという点への期待が語られた

「コミュニティ行政」の現実
実際のコミュニティ行政・・・上記の期待や関心を大きく裏切り、行き詰まる結果となった
➀大都市の自治体は含まれていなかった
  ➁➀の結果より、コミュニティがかつての村落共同体イメージの復活としてとらえられたこと
  ➂センターの設置や運営委員会の設置にとどまってしまったこと
 ➃行政サービスやシステムの見直しが行われなかった
 ➄これまでの地域での社会教育活動と対立する行政方針に結びついた
⇒行政サービスの供給過程と施策の執行過程の一部に、財政負担の軽減を目的として、住民参加を要請するだけのものに



2.自治体政策の変化と新しいコミュニティ 
 コミュニティ行政の遺産
  1970年代・1980年代のコミュニティ行政・・・ハコモノ行政?
  ⇔住民によるコミュニティ施設の運営の定着、ボランティア活動の成長などが生まれた地域も。
   結果として、公共的領域への自発的関与、共同問題の解決を目指すための活動への参加の拡大
   しかし、この点はコミュニティ行政の限界ともいえる
   
議論の出発点から住民が参画していくことの重要性、活動する住民の数を増やすこと、地域社会に関心を持ち続ける住民の確保
→1990年代以降の新しいコミュニティ形成のための準備、コミュニティ行政の遺産

  自治体政策の転換
  各主体を共に公共的領域に責任を持つパートナーと位置付ける協働=パートナーシップの考え方や
これに由来する地域ガバナンスの提唱、実践
  →ポイント:住民が正当性を付与された権限を持ち、意思決定過程に参画していくことのできるシステムを形成できるかどうか

  都市生活様式の問題
都市社会学における都市生活の扱い
➀都市的生活様式論・・・都市生活の共同的側面←ここではこちらを援用
   ➁都市的生活構造論・・・都市生活の個別的側面

  都市的生活様式とは
  都市社会及び地域社会の共同問題の共同処理を、専門サービスによって専門処理することを原則と
するような共同生活の営み方
   ↑
  都市生活における共同問題を行政サービスという専門サービスによってもっぱら処理しているよう
な現状の都市的生活様式が問題とされなければならない
地域社会レベルでは、現状の処理システムの限界に関わる問題でもある
  →この視点にたつと、コミュニティ形成における中心的活動とは、地域社会ごとに処理システムの
限界を突破し、これを改革する活動であるといえる
  (公共的領域への住民の介入、政治的意思決定過程の参画、行政的権限のあけわたし)
  ⇒これらを含めて、新しい都市的生活様式を樹立し、新しいコミュニティを形成する営みと位置付
ける




  問題処理システムの限界
  問題処理システムの問題性
   ➀システムの巨大性と不透明性
   ➁行き過ぎた専門分化と細部における規制
   ➂現状のシステムが専門処理にとって適合的な要素の連関として成立しているため、
住民の関与を最低限に抑えようとする傾向にあること
   ➃副次的・潜在的機能を捨象する点
  
  
コミュニティとは何か
コミュニティとは・・・地域社会における問題処理システムが最適なシステムとして機能し、それによって住民自治が具現し、住民生活の質が高まっているような地域社会の理想状態
コミュニティ形成活動は、➀行政システムの内部の自己変革の活動
➁政治的・行政的意思決定過程への住民の参画、あるいは処理システムへの住民の共同処理の組み込み
 コミュニティ形成に関する議論
  かつては住民の地域社会への関与に関わる意識、住民相互の作りあう関係性に関するテーマ
  ⇔ここで提示する議論は、処理システムの変革、新しい処理システムの形成を掲げている
   つまり
   公共的領域の問題処理を担うシステムの内部に住民参加を実現し、それによって住民自治の拡大を目指すことが最重要
  
3.新しいコミュニティ形成に伴う諸問題
  相互扶助にまつわるイメージ
  村落における相互扶助のタイプ・・・現在もなお住民の共同処理の原型として生き続けている
  →そのため、共同処理という言葉が極めて狭い意味内容としてとらえられることとなる

  さまざまな共同処理と行政の課題:共同問題の公共化
  共同問題の種類別に最適な処理の在り方、多様なタイプの共同処理を専門処理システムの中に組み込むことが重要
協働=パートナーシップを実現するために
➀行政は、古い相互扶助イメージに引きずられずに現状の視点から転換
➁行政は、各団体との間に対等な関係を構築し、公共領域の責任をともに担う関係の構築
 ➂住民の自己組織化能力と問題解決能力を信頼する発想
 ➃情報提供サービスの中で、問題提起を行い、地域社会に顕在する共同問題の顕在化、公共化
 ➄共同問題の公共化と公共化した問題の処理過程への住民の参画や行政的意思決定過程への住民の介入を許容しうる行政処理システムの構築
  周辺からの相互発信
  コミュニティ形成をさせる理念は、中央からの発信に依拠するのではなく、地域からの、周辺からの発信に基づいて多様な改革の道を尊重しあう精神にある

  重層的コミュニティの形成
  コミュニティ形成・・・地域社会ごとに多様であり、地域の空間的範域に応じて成立する重層性をもつシステムでもある
→注意すべきは、問題の種類やタイプ、処理の方法が空間的範域の大小によって異なる点であり、
その範域は主に4つに分類される
最大 基礎自治体および政令指定都市における区
中間 中学校区、連合自治会・町内会
中間 小学校区
最小 単位自治会・町内会

  新しいコミュニティ形成とまちづくり
  中学校区レベルでのコミュニティ空間に対応する処理システムをいかに形成するかがもっとも重要
  →このレベルでのコミュニティ空間こそ、まちづくりの名にふさわしい処理システムの構築が可能

  新しい家郷としてのコミュニティ
  団塊の世代にとってのコミュニティ形成・・・新しい家郷の創造
  昭和30年代「過去物語」・・・団塊の世代にとっての新しい家郷創造の内なるシンボルとして受容され、彼らは家郷創造者として自らを位置付けている

 論点
  ➀本文にあるようなコミュニティや地域、行政等に関して、自分が経験したこと、自分が不満に思
   っていること、感じていることなどを自分自身の立場から捉え直し、共有しあおう
  ➁本文では、p285「重要なことは、次のような点を住民も行政もともに考えていくことである。
共同問題のなかで、専門処理にふさわしくない問題とは何か。にもかかわらず現状では専門処理
してしまっている問題とは何か。住民の共同処理と行政サービスが結合できる要所とはどこか
・・・」や重層的コミュニティの形成、とりわけ中学校区でのコミュニティ空間の形成の重視な
ど、筆者の考えが述べられていたが、これまでの議論や➀で出た意見や問題を捉えたときにそれ
らはどう当てはめて考えることができるだろうか。あるいは解決につながるだろうか。
ひとつの課題を取り上げて考えてみよう.

<班の議論のまとめ>
論点1
地域、行政に関して各々感じていること、という話題で思いつくものをメンバーにあげてもらいました。議論前に出ていた、物的な課題、と人間的な課題のふたつに分けて、さらにその課題が発生している範囲(行政、地域社会、自治会・町内会、家族・個人)に分けて分類する形をとりました。
物的な課題は主にインフラに関するものが多く、溝の修理の際の行政の動きが遅い、防災に備えた設備が無い、空き家問題などがあげられました。一方で人間的な課題となると、行政の融通のきかないやり方に苦言を呈する意見が多くあがりました。また、行政も住民もやりたいことややる気はあるのに、両者の意思疎通がうまくなされないがためにすれ違っているという印象もうけました。また、地域のつながりが美化され、それに頼り切っているのが今の地域社会の現状であり、住民の負担が大きすぎるとの意見も出ました。地域のつながりが美化されるのと、希薄化が同時に起こっているということが浮き彫りになった印象でした。

論 点2
論点1で話していた、物的な課題、主にインフラについては、専門処理に頼るしかないという意見が出たので、主に人間的な課題について話が及びました。中でもやはり専門だけでは難しいのは、義務教育や病院などの専門処理からこぼれおちてしまった人ではないかとの意見がでました。教育や福祉において、専門にアクセスできないのはやはり貧困が大きな原因であると考えられます。また、高齢者の場合では足がないという場合も考えられます。そのような人々を、専門処理にアクセスする人が必要なのではないかという議論になりました。その場合、足になるなどして専門につなげてあげる人と、そもそも自分で処理を施して助けてあげようとしてくれる人の2パターンがあるという意見がでま した。また、古き良き時代の地域社会」においては、このような助け合いが現在よりは行なわれていたと考えられますが、一方でそのような時代においても、現在においても、ある程度引きこもりや認知症などの家族は隠したいという気持ちがあるのではないかとも考えられます。そして、最も大切なのは、美しい地域社会のつながりに全てを依存してしまって、「弱者」に手を貸そうとする人々が無償で、あるいは犠牲を払わなくてはならない状況を改善することだという結論に至りました。どれだけつながりや絆をうたっていても、助ける方も金銭的に安定していないとボランティアは不可能であるからです。


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2015-10-19 18:02 : 『地域の社会学』(15年度前期学部ゼミ) : コメント : 0 :

地域の社会学 第10章 高齢化と地域社会

第10章 高齢化と地域社会

1.日本社会における高齢化の特徴

・高齢化社会:高齢化率(総人口に占める65才以上人口の割合)が7%を超えた社会

・日本における高齢化の特徴
ⅰ進展のスピードが急速であること
ⅱ高率の高齢化が予測されること
+少子化の進行
→超高齢社会に突入することが予想される
 (全人口の4割が高齢者となることが予想される)

・高齢者の量的拡大がもたらす変化(高齢化の第一義的意味)
高齢化率の上昇―15才未満の年少人口の減少→人口構成(社会)の変容
高齢者のいる世帯の増加―児童のいる世帯の減少→世帯の在り方(家族)の変容

・高齢化の進展がもたらした質的変化(高齢化の第二義的意味)
家族の変化に伴う高齢者のライフスタイルの変容と地域社会の変化
 =日常生活における高齢者の選択肢の拡大と捉えられる

・高齢者は職業生活からの引退を経験している者が多く、家族はよりいっそう重要な生活の基盤となる
∴高齢者の日常生活の変化=「家族」における変化と連動

以下、「家族」における変化について厚生労働省の国民生活基礎調査より

①「子供夫婦との同居」が比率の急減
+「配偶者のいない子との同居」が増加
晩婚化の進行の影響
同居の形態が将来にわたって維持されるものとはいえない場合が多く、不安定
(夫婦のみ世帯、または一人暮らし世帯への移行)
②「夫婦のみ世帯」「一人暮らし世帯」の増加
高齢になっても子供夫婦とは同居せず、夫婦のみ、または一人で暮らしていくと考える人が増えてきている

→家規範の衰退が高齢者の形成する家族の構成面の変化として表れる
 高齢者の家族における地位の変化

⇒伝統的な家規範が急速な高齢化の進展の中で弱体化、衰退傾向を見せ始め、
 これまでの生き方とは異なる新たな高齢者の生き方、自立した高齢者の在り方が
 模索され、提示され始めている

2.都市の高齢者

厚生労働省、国民生活基礎調査
「子供夫婦との同居」「夫婦のみ世帯」の割合
:家規範の浸透度、弱体度、または高齢者の形成する家族の構成面での変化を示す指標となる

Ⅰ地域的な差異を顕著に表す
→家規範の弱体度、浸透度に地域的差異がある
⇒都市化の進行と関連
 両者の中間形態にその他の市が位置しており、これらは全国平均に近い

Ⅱ差異はあるものの全国的に共通して「子供夫婦との同居」は減少傾向「夫婦のみ世帯」は増加
→家規範の全国的な衰退、弱体化

・大都市
「子供夫婦との同居」10。5%
「夫婦のみ世帯」43.6%

「配偶者のいない子との同居」23%
大都市では特に晩婚化、未婚化の傾向が強いため
核家族の形成の延長として出現、日本的特徴(家規範)の名残といえる

⇒伝統的な家規範の衰退
 それに代わる「夫婦家族」規範の理念の誕生、具現化

*「夫婦家族」規範
・一代完結
・結婚した子供とは同居しないことが前提
・離婚、子連れ婚などの増加により多様化

+マスコミの影響を通じて全国に伝搬
→「夫婦家族」規範が全国規模になる
 「子供夫婦との同居」が全国的に減少している点からも明らか

・郡部
「子供夫婦との同居」46.5%→29.8%
「夫婦のみ世帯」23.0%→33.2%
→都市型スタイルへの転換点を迎えつつある


3地域の重要性の増大

・老親扶養の変容

家規範…既婚の同居子による老親扶養が前提
    =「日本型福祉」
 ↓
弱体化、衰退 家族による扶養、日本型福祉がとくに大都市では機能しえないものに
 ↓
夫婦家族理念…近親がそれぞれ独立しながらも地理的距離にかかわらず交際、互助、扶助等の重要なネットワークを持つ(異居近親家族) 修正拡大家族の存在

⇒老親扶養における親族関係の選択肢の拡大
 ex,扶養、扶助の中心的な役割を果たすのは必ずしも長男である必要がなくなる
    娘夫婦との同居、別居

・地域の重要性
 夫婦家族規範が浸透し、それに基づくライフスタイルを選択する高齢者が増加したとき、高齢者は家族以外との様々なネットワークを必要とする。

日常的な互助関係を持つ近隣ネットワーク
緊急時にも対応可能な地域内の関係機能とのネットワーク
生活充実のための友人ネットワーク

全てのネットワークが必要不可欠

→友人、隣近所の隣人など、地域の役割が重要
 人間関係における選択肢の拡大

=高齢者の社会参加における選択肢の拡大

⇒それぞれのニーズにあった地域社会における多種多様な集団の成立が必要

+高齢者の社会参加、外出行動を保障するハード面での町づくりが必要
 ex,バリアフリー、ユニバーサルデザインの推奨


家族、扶養の在り方の変化
⇒これまでの家族、施設を中心とする福祉から住民参加型の地域福祉へ何が必要か、どのような扶助が必要か、見極めることができる地域社会の成立が必要

<論点>
①家規範に代わって、夫婦家族規範が誕生、具現化した。
この変化の中で高齢者の生活や高齢者を取り巻く環境はどう変化したか。
高齢者になりきって考えてみよう。

②上記の事柄に対して地域や社会、(または行政?企業?)は彼らにどのように関わっていったらよいか。


<第1班>
論点①家規範の変容によって、高齢者を取り巻く環境は大きく変化した。地域とのつながりの希薄化、若い世代との交流の現象など、地域社会における変化だけでなく、家族の在り方、家族との関わり方も大きく変化した。たとえば、自分の子供夫婦は、高齢者が住む家の隣か近くに家を建てるが、同居という形態ではなくあくまで別の家族としての生活を営んでいる。そういった中で、主に介護の場面で、従来であれば介護は家族の、特に女性の仕事であったのが、サービスに頼るようになるケースが増えてきた。教科書の中においては、近年のこのような変化は、高齢者の選択肢を増やすものであるとの記述があったが、我々の班の中では、それに対して疑問を持つ声が上 がった。確かに、近年高齢者にはさまざまな選択肢が増えたのは事実である。しかし、それを選択できるかどうかはまた別の問題であると考えられる。我々は、体力、気力、貧困、ネットワーク格差など様々な原因から、目の前に選択肢をたくさん並べられても選択することができない高齢者が多いのではないかという結論に達した。よって、高齢者の選択肢が増えたとはいってもそれを選択できるのは健康で、生活に余裕がある高齢者のみであり、一部の高齢者にとって選択肢はむしろ狭くなったのではないだろうか。

論点②①で議論したような高齢者に対し、周囲の環境はどのように関わっていけばよいのだろうか。我々の意見としては、まず最初に高齢者に関わることが出来るのは家族であり、次に地域の人々、次に地域行政、サービス産業という順番で関わっていくことが出来るのではないかと考えた。地域の人々に求められるのは、やはり日頃から地域社会でのネットワークを形成することである。これは、介護という面だけでなくたとえば防災、防犯などにも繋がる、大きな課題と言える。そうするためには地域行政の力を借りることも必要であると考えられる。そして、地域行政が現代会では削減の傾向にある介護福祉を、より一層充実させることが望ましい。しかし、行政にばか り頼ることは現実的ではない。これからますます高齢者が増え、税金をおさめる現役世代の人口が減っていく中で、行政に過剰な期待を寄せることはできないと考えた。そこで、やはり老人ホームなどの民間のサービス企業に頼らざるを得なくなるが、ここでは貧困な人がサービスを受けられない問題が生じる。議論①と合わせて考えると、やはり高齢者をとりまく大きな問題として貧困問題があげられ、これは貧困になる前に防ぐことが大切であると考えられる。貧困に陥っている高齢者を救うことも必要だが、貧困な高齢者を生み出さない、ひいては貧困者を生み出さない社会のしくみが必要であると考えられる。

<第2班>
論点1
私たちが想定する高齢者は以下の点が特徴である。
・65歳以上の都市在住であり、子ども夫婦とは別居状態にある。
・近所づきあいは深くなく、「あそこの老人ホームいいよ」程度の情報交換をする程度。
こういった高齢者は、自分の両親や、嫁ぎ先の両親の介護の経験がある場合が多い。したがって、自分の子どもが「将来は介護をするよ」と言ってきても自分の過去の経験上、申し訳ないという気持ちや情けなさからサービスに頼るという選択を取りがちになる。お金を払えば割り切れるため、自らネットワークを切るという行動である。その後、介護は老人ホームに任せるのが当然と考える世代が登場する。しかし、ここでお金の問題が浮上する。同居であれば介護は生活の中に吸収されるのかもしれないが、閉鎖的であり、ストレスもたまりやすく限界が来ると考えられる。
こうした高齢者を取り巻く環境の変化としては、子どもとの別居による、サービスを介した新たなコミュニティ形成が考えられる。高齢者の変化としては、子どもに頼る部分とサービスに頼る部分の割合の変化が上げられる。

論点2
先述したように個人や家族単位で考えるといつかは限界が来る。それは、介護の負担や不満から来るものであると考えられる。結局のところサービスに頼ることになったとしても、自分自身の貯蓄の有無が大きな意味を持つ。現在の介護施設は高額で、このままでは富める者しか生きながらえないということになる。それではどうすれば良いか。地域、行政、民間の関与の方法について考える。まず、近所づきあいをきちんとしておくという前提にはなるが、近所の高齢者の病院への送り迎えや家事代行などは地域の人間でも「やってもいい」ことにあたると考える。しかし、どうしても気が引けてしまうのは、風呂や下の世話である。この地域の人間が「どうしてもできない」ことに対して民間や行政はアプローチする。行政は、現在人気のある行政課の中に介護課を新設する。介護課はマネジメントをするのではなく、実際に現場に行って仕事をする。これは、イメージアップにもつながるが、なにより、ニーズを拾うという行政の本来の在り方にかなったものである。そして、民間はこれまでどおり介護職を用意するが、高所得者向けにシフトチェンジすることで、介護福祉士の賃金を上げる。低所得者向けのサービスは行政が行なうことですみわけをするということになる。そして、介護を通して、地域、行政、民間がコミュニケーションをとっていくことを望む。そして、最後に、介護という仕事の意義であるが、自分の将来像をイメージでき、人生設計ができるという点と、長期的に物事を考えるという点が介護職についた者が得られる学びであると考えた。
介護職の意義については、まだ考える余地がある。近い将来に死ぬかもしれない高齢者に対するサービスがほとんどである介護は評価されにくいと感じる。しかし、この介護職の意義について、もちろん介護職についている人自身が考えなければならないが、介護職についていない人間が考えなくても良いという理由にはならない。

<総合司会コメント>

今回は高齢化社会において、高齢者が抱える問題とそれをどのように解決するかについて議論した。
高齢化社会において地域が高齢者の扶助を行う必要性がテキストでも議論の中でも論じられた。また行政や企業が介護を担う、あるいは介護休暇制度で家族による介護を支援するなどについても言及があった。しかし地域、行政、企業が高齢者を支えることに関しては地域コミュニティの問題、財源の問題、高齢者の貧困の問題など三者それぞれに難しさがあることが強く感じられる結果となった。家規範の衰退により、家族のあり方、高齢者のよりどころの選択肢は広がったように思えるが、貧困、孤立などの問題から選択の余地がない高齢者も多いと考えられる。家規範の衰退とともに家族に頼ることのできなくなった高齢者は誰に頼れば良いのか。家規範のなくなりつつある時代に、子供をつくること、あるいは結婚することはリスクなのか。ゼミ生自身の家族の問題も例として考えながら、人生の一つ一つの選択がいかに生きいかに死んでいくかに深く関わるということを実感した。将来いかに老いていくかを左右する選択は、すでに目の前にあるのかもしれない。
2015-07-07 17:36 : 『地域の社会学』(15年度前期学部ゼミ) : コメント : 0 :

地域の社会学 第9章 自営業者たちと地域社会

第9章 自営業者たちと地域社会

本章の目的
地域社会のまちづくりの主体となっている自営業者に焦点を当て、自営業者とまちづくりの関係、地域社会における位置づけ、期待される活動、について考察する。

1. 「自営業者」とは誰か
・自営業者とは

地域社会で日常消費生活における消費財・サービスを提供しているのは、多くの場合、自営業主とその家族従業者(ファミリービジネス)
⇒ここでは彼らを合わせて自営業者とする
※地域における自営業主には医師などの専門的職業従事者、建設・運輸関連、対個人サービス関連の業主も含まれるが、地域への密着度から小売部門の業主を中心に検討する

・中小企業とは
中小事業所の比率は生産の全分野において97%を超える
=「二重構造」は変化しつつ現代に生き続けている

中小企業とは以下のものをいう。
①製造・建設・運輸部門で資本金(または出資金)が3億円以下の会社並びに常用する従業員が300人以下の会社または個人による事業
②卸売業で、1億円以下、100人以下の事業
③サービス業で、5000万円以下、100人以下の事業
④小売業で、5000万円以下、50人以下の事業
ただし、以下⑤の場合を「小規模企業者」とする
⑤常用従業員規模が20人(商業・サービス業を主たる事業とするものは5人)以下の事業

地域社会で日常的に接触する自営業の特徴は
・⑤の商業・サービス業に属する「小規模事業者」
しかし「商業統計表」によると小規模小売業に関して自己雇用者(家族従業者を含む)の比率が急落
  ↑
事業そのものを「法人化」して株式会社や有限会社に(「法人なり」)
⇒個人業主としてよりは税法上有利
※実態は零細・小商店主や家族が会社役員に
・日常生活に密着した生活財を供給
・地域社会、主として「町内」に軸足   ⇒地域密着性が大きい
現代の大都市内部:職住分離が進み、その地域に住んでいる手ごたえ、実感を持たない人も…それでも特定の地域に住むことで商店街という名で特定の街区に集積した異業種の小経営複合によるビジネスに依存
・所得水準は相対的に低い
・耐久消費財の保有率はきわめて高い

★本章の主題としての地域社会との関係構造という点から
小売業は地域社会と最も日常的なコンタクトをもつ
地域生活の在り方にその存在も展望も左右される

2. 地域社会における自営業者の位置づけ
「最寄品」:日用必需品(生鮮食品・酒類・米・調味料・履物・書籍雑誌・乾物など)
  ↕
「買回品」:好みや価格帯の選択により消費対象を求めるショッピング行動を前提

商店街=自営業者の経済活動の局地的集中地域
最寄品+サービス業としての理容・クリーニングなどが中心
地域住民と業者の間の「なじみ」の関係

しかし今日の都市の労働力人口:多くが職住分離⇒住空間では「定時制」住民に
逆に営業空間は「全日制」市民としての専業主婦や高齢者に占められる
さらに消費行動は規制緩和に伴い、つぎのような複合消費空間に吸引される
・大規模小売店(百貨店・スーパー・モールなど)
買回品を主な商品とし、小売業を「産業化」←管理技術の徹底的動員・都市化とモータリゼーション
・新業態(ディスカウント/アウトレット、オフプライスストア、ネットショッピングなど)
・コンビニ
→このような大規模小売店舗や新業態に地域の小規模経営は抵抗できるのか?
ex)郊外での大型スーパー→地方都市の中心部商店街の空洞化
⇒都市の街頭の活力の再生のための手段を探求する
 地域の活力再生に対する地域住民の思いを汲み取る
 ・ビジネス・プライド、経営者としての「使命感」
 ・商品やサービスについての付加価値 ex)地域ブランド
  ↑
 ・付加価値を評価し購買へつなげる存在としての顧客に関する情報蓄積
   代理仕入れ、消費価値の提示、ライフスタイルの提案
     ↓
   顧客のネットワーク形成、顧客層(ファンとも呼べる)の形成
★個々の経営単位が零細でも、多様な業種の集合としての商店街は「経営コンプレックス」
 異業種間の連携により社会資本が蓄積される
BUT地域社会生活の活力が低下すれば街頭は活力を失う

・女性の役割
「家族のビジネスは家族の問題(ビジネス)である」(ベスター2007、382頁)
小規模自営の場合、家族従業者としての妻の役割の重要さが指摘される
BUT経営全般、特に意思決定を巡っては夫の業主としての立場が強い
無償の家族従業者の存在は重要であるが、主婦の無償の経営貢献について客観的貢献度を計算することは難しい

3. 自営業者とまちづくり
自営で小売することの可能なアイテムの再検討も大きな課題となる
何を最寄品とし、何を買回品とするかという住民のニーズに柔軟に対応する必要
       ↑マイナス要因
    業者の店舗・住宅分離
特に「最寄」品は「なじみ」や「親しさ」により消費が規定される傾向
 ⇒コミュニティの一部としての商店、業主と消費者が生活を空間的に共有している事実などの認知が有効
    ↓
自営業者が地域社会の「全日制」住民として地域に定着する必要
そのために…
経営の安定の確保
 ・自己雇用
 ・家族労働
 ・経営に対する家業意識の世代間継承
   課題 後継者問題・経営改革の必要性
       かつてのような再生産戦略の機会がない
       ⇒職住一致で早期から後継者に経営者として「社会化」させる
事業に対するプライド=使命感=転職意識を伝える

4. 自営業者と地域リーダーシップ
景気変動や消費市場の構造変化などの危機に飲み込まれた過去の経験から、小経営を存続させるための制度
・広範囲の業種別協同組合
・異業種を結びつける中心市街地活性化対策
・まちづくり機関(TMO: town management organization)
このような制度は業者にとって経営安定、そのための顧客の信頼形成という目的に加え、地域社会の活力再生という目的でも期待されている。その効果がひるがえってビジネスの活力を生む。

もともと自営業者のなかの「有力者」が地域に根づき、安定、住民との接触による信頼性の確保を通じて、地域社会の紛争解決能力などを発揮してきた
→現代では新しいリーダーシップとして自営業者が地域活性化を担う必要性
自営業者:地域社会との間に「第一級の利害関係」
地域への密着・地域生活への貢献がもっとも必要
自営業者にとって日常レベルでの地域社会は定住圏・生活圏・商圏である
地域活性化の試みと接合することは新たな生き残りの戦術となる
★地域にとっても自営業者にとっても、自営業者が地域活性化に取り組む意義

自営業者に向けられる期待
(1) 地域住民の一員として、かつ地域内各種団体(PTA、町内会など)の役職の担い手の柱として期待
(2) 地域社会・地域文化のもつ価値の存続や創出の担い手として好ましいリーダーシップを期待
そのために求められるパーソナルな資源…新しいビジネス世代に期待


5. 挑戦を続ける自営業者
・町の魅力
谷中銀座商店街の事例:多様なイベントを通じてコミュニティ事業とセールス開催を成功させたまちづくり、コミュニティと商店街を一体化する試み ←町としての訴求力の低下に対する危機感から
地域ごとの違いをふまえる必要はあるが、このような革新は急務
ここで、自営業者=リーダーシップをとる存在
・「コンパクトコミュニティ」
自営業者が地域住民のニーズを把握→小経営と地域との共生を支える
住民の相互援助の一環として、自営業者が生活財・サービスを供給するなかで高齢者・障害者住民に対する配慮も加える
特定の地域生活が抱える問題の解決に貢献
 そのためには行政や地方議会との意思疎通や協力体制を作り、住民も組み込む必要
 そしてその組み込みは自営業者の役割と行動に依存する

論点
①日常生活の中で小規模経営の自営業者との関係はどのような場面で存在するか。もしあまり関係を感じないとすればそれはなぜか。
②自営業者と地域社会は深い関係性を持つ。自営業者が抱える問題、地域社会全体が抱える問題の双方を解決するためには、どのようなまちづくりができるか。(谷中銀座商店街の事例も参考に)

2015-06-29 14:41 : 『地域の社会学』(15年度前期学部ゼミ) : コメント : 0 :

地域の社会学 第8章 学校と地域

第8章 学校と地域

1.子どもを育てるということ
戦前、国家の強力な教育統制が天皇制を招いたという反省から戦後あらためて確認された重要な大原則:子どもの教育権は(国家ではなく)親にある

BUT 教育は親の責任だから他人は干渉できない→だからこそ学校などの公的機関がしかるべき処置をとるべき などと議論されるように
→子どもを育てること=教育の社会的な位置づけについて基本的なことを改めて確認する必要性

①国家にとっての子ども
○なぜ国家は子どもの教育に介入するのか
・国家が本格的に子どもの教育に介入するようになったのは近代の公教育制度の導入以降
⇔それ以前は、子育ては、村落などの地縁による社会的なつながりや、教会などの信教や思想に基づく社会的なつながりによって支えられていた
・子育ての目標・・・将来その社会を支えていくための能力を養うこと
その社会がどのような能力の育成を必要とするかによって自ずと教育のあり方は変わる
→近代社会に必要だった能力=一つの職場に空間的に集められ、いっせいに分業に従事するという「大工場」的労働形態において発揮される能力
→子どもたちが学校という一つの空間に集められ、団体的な訓練と言語、体系的な科学知識を習得・活用することを義務づけられるという、学校教育制度の必要性
→近代以降の企業組織や官僚機構においても共通な社会的必要
→国家が代表して担当する義務教育制度の整備
これらが国家にとっての子どもとその教育への介入を要請した根拠

国家による子育てへの介入=教育行政というかたちをとって展開
◯教育行政における基本的な権限関係をどう設定するか
・日本の戦後教育改革のモデルとなった英米の考え方:国家ではなく地域が子どもをどう育てるかを決めるべき
=教育を司る組織は独立の行政委員会 (×国家 ×自治体の一般的な行政組織)
教育内容を決めるのはあくまで地域の父母

・日本の戦後改革で、教育委員会法が新たに制定→教育委員が公選されるようになる
(生まれ落ちたところの最初の社会的なつながりこそが、その子どもの教育に第一義的な影響力をもつべきだという考え方が前提)
BUT 教育委員の公選制度が実施されたのはたった一度のみ
日本の実情に合わないという理由で、廃止が強行採決される
→代わりに現在の「地方教育行政の組織及び運営に関する法律」が制定される
教育委員会そのものは維持されたが、教育委員の公選制度は廃止、他の行政組織以上に文科省直轄の影響を受けやすい⇔戦後改革の理念

このように日本の教育行政の仕組みは国家レベルからの関与が極めて強い
→教育内容やそこで求められる能力は地域の伝統や文化から切り離されたらものになりやすい
→成績のよい子どもほど地域から離れていってしまう傾向
地方自治体は、自らの地域に貢献してくれる優秀な人材を自ら要請する権限をもたない

②親にとっての子ども
 親にとって重要なこと:親が属する社会的世界において、子どもがよりよい子ども
に育つこと
 ↑子どもに、最終的に属する社会的世界の選択の自由や権利を保障することと
はまったく別のことであり、「親にとっての子ども」という点で何ら問題はない
BUT 日本の近代…このような親の願いを「保守的」と断じ、子どもの階層的な上昇を望まない親は、親ではないかのような風潮
ex) 子どもを受験競争へかりたてる親
→ここで初めて、子どもをどこで育てるか、地域とどのように関わるかという問題へとつながる

2.どこで子どもを育てるか
子どもをどう育てるか≒子どもをどこで育てるか
(子どもをどのような社会的つながりに生きる人間として期待するのか)

○生きていくべき社会的つながりをどれと捉えるか
①具体的に居住しているローカルな地域のつながり
子どもを育てる場所=その地域
②ある種の階層的なつながり
たまたまその地域に望みの階層が集住していないかぎり、地域にこだわる理由なし
→地域にはこだわらない学校の選択という問題が生じる
 →学校の選択の幅を広げる、教育の自由化の必要性
 →教育の自由化が進めば、地域的なつながりにこだわることに制約よりももっと別
 の積極的な理由が必要…新しい課題

3.地域で子どもを育てる人々
 地域で子どもを育てるということが、普通のこととして成立しやすい都市地域
 ①商店街を中心とした区域
 ローカルな空間に利害を有する商売が、世代的にも再生産される可能性をもつ
 =子どもは地元の公立学校に通い育ち、地元の友人たちとの社会的つながりを重視した育ち方を志向、やがてはその町に定着した仕事に就くことを自然に受け入れる
 親もそれを期待→地域ぐるみで学校を支援

 ②中小の町工場が集まった地域
 子どもたちが町工場に蓄積された技術、取引関係、工場街としての独特の気質を継承することが求められるため、親は子どもをその地域で育てようとする

 ③企業城下町を含む工業地帯の一角(労働者の街)ex)炭鉱町
 ※子どもたちが父親と同じような熟練労働者になることを志す場合

 →地域で子どもを育てるということが積極的な意味をもつためには、子どもたちが親と同じような仕事を通じて町を支えていく見込みをもてることが重要
 BUT 日本の実情:そのような可能性が実際にはなかなか実現しなかった
・公立学校で教える教育内容にその意見が反映される制度的仕組みをもたなかったため(背景:教育委員の公選制度廃止、教育内容は全国一律に統制)
 ・地域における、子どもに自分と同じ自営業者や労働者に誇りをもって育てようという考え方の希薄さ(上を目指す志向)

 適性に応じた複線的な教育制度を模索するには、地域的、階層的、民族的に多様な在り方を尊重し、地域や学校を単位とした教育の自由と自治を大幅に認める必要
 ⇔一元的な評価基準に基づく全体的な競争があおられるかぎり、本当の意味で自ら選択できる教育の自由は成立する余地がない

 地域全体が階層的・地域的移動を前提とする郊外の新興住宅地
 :新しい町での子育てを考える人々とその活動が展開(4節で詳述)
BUT 子どもたちが成人して他出→地域全体の少子化、高齢化の進行
⇒新しい活動の蓄積を世代的に再生産していくことが困難

4.母親たちの挑戦と挫折
公立の学校における制度的制約としての「地域」とは違った、教育と地域の関わりを模索するという試みが大量現象として現れる
=1970年代~80年代にかけて展開した地域の教育文化運動
特に70年代の中頃からさかんになったのが、PTA民主化の動き、高校全入運動、子ども会活動の実践

背景
・人口学的な要因
ベビーブーム世代が子育て期→高校進学希望者の激増に定員数が追い付かない
→高校全入運動
・地域社会に関わる要因
高度経済成長に伴う都市化、核家族化
→家族員数の減少、それらを代替できるような地域のつながりの崩壊、外の遊び場の減少による子どもの文化状況の変化(ex テレビ)
→子育てをめぐる困難が増大、従来までの地域の人々による子どもの育成×

母親たちの挑戦~PTA、教育委員会民主化の動き~
○当時のPTAの実情
・本来なら公的な予算の範囲で整備すべき教材の類いまで、PTAが寄付
・PTAの運営は教員が任されている、教員がPTA会費を払っていない
→このような実情への疑問からPTAとは何か?が問われるように
→社会教育関連の講座が開講、戦後導入された民主的な制度を学び、それを活用していくという動き

○立ちはだかる壁
・教師の変容…父母とともにPTA民主化に取り組む、熱心な教師への風あたりの厳しさ
・教育委員会や校長サイドからのしめつけと無理解 (ex 会合場所の借り受けを、「政治的な団体に貸し出すのは不適当」と断られる)
↑教育委員会のあり方への疑問→中野区の教育委員準公選制度
BUT これに追随する自治体は現れず…
  母親たちの挑戦はついぞ行政に受け入れられるところとはならなかった
  →臨調路線の1つとしての教育の自由化

5.教育の自由化ということ
教育の自由化:個人がその好みと能力にあわせて、たとえ義務教育の段階でも(地域とは関係なく)自由に学校を選択するようにするべき
=地域ではなく、階層的なつながりの再生産を容易にする

○地域ではなく階層に基づく教育制度を導入することの是非
社会的つながりの問題である教育から「地域」という限定をなくすということ
=各地域を離れた国家ないしグローバル・レベルでの結びつきの形成を、単に民間に任せるのではなく、国家が意識的に支援するということ
<問題>
地域的な制約を無視できない人
地域に積極的な意義を見出す人   をどうするか
地域に留まらざるをえない人
→この人々が地域の学校をどうするかを自分で決める正当な権限をもつことを可能にする必要
→「地域」の価値を見直すことにもつながっていくのかもしれない

論点
①わたしたちがいま生きている現代社会において、「地域」と「教育」はどのような部分で関わっているだろうか。
②もし教育の自由化が進行した場合、「地域」と「教育」の関わり方は①からどのように変化するだろうか。またその変化に対して、地域の学校、地域の人々、行政はどのような対応をとるべきだろうか。(それぞれの立場からでも、複数の立場からでも構いません)


<第1班>
論点①
我々の班は、まず「地域」と「教育」のかかわりについて、思いつく具体的な場面を挙げた。その中で挙がってきた具体例は、「登校班の見守り」「運動会」「トライやるウィーク」「田植え体験」などがあったが、これらの事例を我々は、A.地域が積極的に学校に関わっているグループとB.学校の行事の一つとして、形として行っているものに分類した。A.には「登校班の見守り」や「部活動の応援」などが含まれ、地域住民や子供が積極的、能動的に活動している例である。B.には「トライやるウィーク」や「田植え体験」などは、地域が学校から依頼されて行っているものであり、消極的で受動的なのではないかと分析した。もちろん、この両者の中間も存在しており、地域住民も見に来るが、PTAや地区役員などとして準備に駆り出されるという意味で「学校の運動会」をここに位置づけた。このように、我々は現在の教育と地域との関係には能動的な面と受動的な面があると分析した。

論点②
①のような現状があったとき、今後教育の自由化によって起こる変化をはじめに考えた。まず、上記B.のような活動は、教育の自由化によって減っていくと考えられる。そもそも教育の自由化により生徒が学区外の学校も選択できるようになると、ひとつの学校の生徒が同じ地域を共有していないことが想定されるため、学校が地域と結びつこうとする動きそのものが衰退していくのではないかと想定されるからである。つまり、学校が地域を持たなくなるということである。そうすると必然的にA.の方の活動もすたれていくと考えられる。元々、A.のような活動は、地域住民の学校(母校)への愛着から生まれていたものであり、教育の自由化によって学校が地域の学校でなくなればA.の活動もなくなってしまうのではないかと考えられるためである。そこで、我々はこのように変化した状態をどのような状態に改善すればよいのかを考えた。我々が理想とする教育と地域の在り方とは、学校が地域から愛され、学校はその地域の将来の人材を育てるための機関として機能するというものだ。このことにより、学校に対する誇りや郷土への愛着を持ち、“帰ってきたい”という気持ちを与えることが大切なのではないかと考えた。しかし、この場合学校だけで若者を地域に引き留めておくことはできず、結局日本社会の構造や地域社会の復興といったもっとマクロ的な視点からの改善が必要である。また、ある種囲い込みのようにして、都会へ出たい若者を地域にしばりつけておくのが果た してよいことなのか、など一概に言えない部分も多く、議論は不明瞭なまま終わった。

<総合司会コメント>
今回は、主に学校教育の自由化について議論が及んだ。学校と地域はこれまで、さまざまな行事やイベントにより密接にかかわってきたが、子育ての在り方、職業選択の仕方などの変化に伴いその関わりも減ってきているのではないだろうか。さらに、私立の学校に代表されるような「地域を持たない」学校が教育の自由化によって増加することで、ますます地域と学校との間の関係は薄れていくように感じる。それは即ち地域社会への愛着の希薄化につながり、これが地域社会の衰退をさらに招くのではないかと感じた。
2015-06-19 14:20 : 『地域の社会学』(15年度前期学部ゼミ) : コメント : 0 :

地域の社会学 第7章 子育てと地域社会

第7章 子育てと地域社会

1.都市化の進展と子育て環境の変化
 1950年代:高度経済成長
 ・三大都市への大規模で集中的な人口移動、都市化
  地方の「直系家族(3世代家族)」から離れて都心で単身生活
→のちに郊外へ引っ越し、「核家族」を形成
 1960年代~70年代半ば:「夫婦性別役割分業」が確立  
→夫:サラリーマンで終日仕事/妻:専業主婦で家事・育児を一手に引き受ける
=近所づきあいはあまりしない
 
 ・都市化に伴い育児環境も変化
   それまでの育児…「複合的育児」
(育児は家事や労働と一体、同居家族だけでなく親戚や近所の人も必然的に協力、
数多いきょうだいや同年齢の子供たちのなかでもまれる経験)
⇔都市化すると…「単相的育児」
(両親とくに母親による限定的な一面的な育児←性別役割分業の確立による)
 ↓
夫は長時間労働・通勤で育児にノータッチ、親族ネットワークの減少
→母親の負担の増加
⇒「育児ノイローゼ」密室育児」「コミュニティ論」「コミュニティ形成論」

2.1980年代以降に見られる家族の変容
 ・80年代以降の特徴:「未婚化・晩婚化」「既婚夫婦の出生率の低下」⇒「少子化」
  →家族という集団に会する基本的な考え方の変化=「家規範」の衰退
 
 「未婚化・晩婚化」
  →積極的にシングルを選択している人が多いわけではない
   (いい人を探すうちに40歳をすぎてしまっている…)
   (50~54歳の未婚率:男14.0%、女6.1%(2005年))
  →「結婚しない」=「結婚しなければならない」という強制力が働かなくなった
  =「結婚規範」の衰退
    └日本社会において結婚とは家と家との契約だった
     →恋愛結婚になり自由に配偶者を選択できるようになっても、結婚して子供を持つという行為自体が「家」規範と密接な関連を持っていた
 ※70年代までは未婚率大きな変化なし=「結婚規範」「家規範」のはたらきアリ
 ⇔80年代以降明確に男女とも未婚率上昇=「結婚規範」「家規範」の衰退
 ↓
「拡大家族世帯数(その他の親族世帯数)」の減少
 ・70年代…核家族も増えていたが拡大家族世帯数も増えていた
(長兄を実家に残して他の兄弟が都市部へ)
     =この時期の「核家族化」は「家」を否定していない
     =「家」的理念の衰退や「夫婦家族」的理念の進行ではなかった
 ・90年代…拡大家族世帯数の減少
     =老夫婦のみの世帯の増加、「家」の衰退
     ⇒「夫婦家族」化=「家規範」の衰退

・規範の衰退と経済合理性の台頭
 「未婚化」「少子化」は、結婚or子供によって得られる利益が少ないから?
 →これは、規範が衰退したから起こることであり、規範があれば経済合理的行動が作用する余地はない
 →結果として夫婦の出生率の低下
・規範は、「報酬」を与える ex)結婚したから一人前だ!
⇔現在の日本社会は「家」にまつわる家族規範に代わる家族規範を確立できていない
 →「未婚化・晩婚化」「少子化」はとどまるところを知らない
 =「個人化した家族」個人の利益の最優先

3.1980年代以降の育児環境の変化
・家族の変化の要因は、育児環境の変化の原因でもある
→育児環境の変化の要因①~⑤

①子供の数の激減
 ・1997年には老年人口比率が年少人口比率を逆転
 →子供が社会の中で少数派に
 ⇒子供と子育てにかかわる人々の勢力が格段に弱まる
  実際に子供のエネルギーに出会うと、高齢者「うるさい!もっと静かにしつけなさい!」
 →子供に対する圧力が増大し、育児環境を困難に

②世帯構成の変化
 ・「単独世帯」の増加(独身者、高齢者)
  「核家族」…夫婦と子供の世帯は半分ほど(中でも老親と成人した未婚子女が増)
→夫婦のみ世帯の急増、片親世帯も微増
 ⇒ライフスタイルの多様化
 →小さな子供を持つ世帯を少数派に追いやってしまった

③援助をしてくれる親族の減少
 ・少子化の進行はきょうだい数の減少をもたらす
 →頼りになる兄弟、親族のネットワークの減少
  都市部ではもともと保有している近親数が少ない
 ※また、子育て世代の親の親(祖父母)が高齢化により生存している場合も多く、親が介護に追われ子供の子育てに協力できない

④有配偶有子女性の就業意欲の上昇
 ・「就業希望」をもつ有配偶女性は8~9割
 →都市部で「保育所入所待機乳幼児」問題、
 ⇒高い就業意欲がありながら、それを実現するための代替的保育の人材(ex.親戚)が欠けているために保育所という公共サービスに対して利用要望が高まっている 
 ・母親の「就業意欲」は専業主婦であってもきわめて高い
 ⇔専業主婦志向の強かった60年代,70年代の有配偶女性とは根本的に違う
 →今、家事・育児をしていてもそれに満足しているわけではない

⑤意識の変化
 1970年代までの女性のライフスタイル
 →結婚を機に寿退社、専業主婦となり家事・育児に専念
 ↓
 家規範の衰退とともに女性のライフスタイルにさまざまな選択肢が登場
 →自己実現欲求からくるフラストレーションの高まり
 →育児環境、夫に対するフラストレーションの高まり
 →(妻の主観的意識のうえでは)育児環境の悪化

4.育児環境とその変革のさまざまな試み
・現在の育児環境…家族規範の衰退とともにライフスタイルの選択が可能に
→フラストレーションのもとに
…子供、子供のいる世帯が減少し、周囲の圧力は増大
親族、地域ネットワークは減少し「育児ノイローゼ」
育児の密室化の進行→「幼児(児童)虐待」の急激な増加
⇒ますますの貧困化「育児の空洞化」
 =家庭養育機能を支え、保管する近隣、地域の大人たちが急速に失われてきている
 ⇒「相互扶助」の衰退
 ⇒行政を中心とする専門サービスへの依存度拡大
=都市的生活様式の拡大
 ⇔行政サービスは平等で一律、個別の要求に柔軟に対応してくれない
 ⇔行政サービス以外の専門サービスは、対応柔軟だが高価
 ↓↓↓
「地域での助け合い」…臨機応変の小回りのきくサービス
 ex)育児サークル、先輩ママによる一時預かりやアドバイス、
社協・NPOによる育児支援、家庭保育園
→行政はサービス利用者と提供者を結びつける仕組みを組織化
 独自に育児支援をする+育児サークルやNPOの活動を取り込み、行政活動の柔軟性up
⇒行政が、育児サークルやNPO活動などの「相互扶助」的活動を、行政が提供する「専門サービス」と相互補完的関係にあるものとして位置づける
⇒行政サービス自体の柔軟性高める
    ×
 周辺で行われる自主的な活動を支援し、有機的に取り込んでいく
    +
 日本社会での就業のあり方の変革
    ↓
 「少子社会・日本」に大きな転換


<論点>
①「家規範」の衰退によって起こった変化、問題にはどのようなものがあるだろうか?様々な視点からあげてみる。
②現在、働きながら子育てをする女性にとって育児は困難なものである。なぜ困難なのだろうか?また、それに対し、行政や地域社会(あるいは夫?)はどのようなはたらきかけができるだろうか?

2015-06-19 14:17 : 『地域の社会学』(15年度前期学部ゼミ) : コメント : 0 :

地域の社会学 第6章 なぜ地域が大切か ―見直される地域の重要性

第6章 なぜ地域が大切か ―見直される地域の重要性

【前提】
現在:噴出する多様な生活問題 → 住民による「地域」に対する期待・関心の向上
【本章の目的】
見直される地域の重要性を「安全・安心」「プロダクティブ・エイジング」「地方都市の衰退と再生」という3つの観点から考えていく

1.見直される地域
●地域が重要視され出した<理由>
ⅰ)地域における「安心・安全」
  「防災」:‘95年 阪神淡路大震災
  「防犯」:‘97年 神戸連続幼児殺傷事件、‘01年 池田小児童殺傷事件 ⇒ 子供を狙った犯罪
 →老若男女が「地域」に関心 ex.「安心・安全のまちづくり」の標語

ⅱ)「プロダクティブ・エイジング(productive aging)= 生産的な老い」(老齢学者R.N.バトラー)
 定義:「プロダクティビティ(生産性)」を有した高齢者を社会的に積極的に活用すること。
                   ↑
 高齢者への社会通念(=高齢者は依存的なためにその増加が社会的負担増に直結)への反論
 現在…約680万人の団塊世代が退職 → 会社人間の「地域デビュー」への模索

ⅲ)「地方都市の衰退と再生」
 [地方都市の現状] 人口減少・高齢化 + モータリゼーション + 郊外大型商業施設
→中心地の衰退化(ex.「シャッター通り」)
[課題] 無秩序な都市拡張を抑制し、街なかを再生させるための地域の「かたち」
〈課題解決に向けた動きの一例…〉
「地域ブランド」の育成:地域分権・高齢社会の流れの中で、地域の自立が要請
→地域資源の見直し・ブランド力のある産業創出・雇用と観光客増加を模索

●「まちづくり」の現在
「まちづくり」(≠都市計画):市民主体・総合性・個性(≠画一性)・量から質・生活の小単位尊重・理念から実践    ← 住民参加による
 [意義]
ⅰ)→ 危機への対応力。平時の「生活協力」→ 非常時の「共同防衛」
ⅱ)→ 高齢者の「相互扶助(互酬)」、ライフスタイルとしての「社会貢献」
ⅲ)→ まちづくりの「持続可能性」←中心市街地の商店街再生+低環境負荷
+歩いて暮らせるコンパクトなまちづくり

2.安心・安全のまちづくり
●防災のまちづくり
阪神淡路大震災での救命救援~生活復興において再評価 ⇒ 伝統的地域集団「町内会・自治会」
 →平時の「生活協力」が震災時の「共同防衛」に直結

Ex.神戸市長田区真野地区
[歴史]
1960年代 住工混在によって生じた公害被害への反対運動からまちづくり活動開始
1980年代 自治会主導で「真野まちづくり推進会」を結成、市と協議し地域整備を推進
⇔しかし、これらの活動は、元来「防災」を重点化していたわけではない
                 ⇓
震災発生…
①「初期消火の成功」、②「的確な救出活動」、③「迅速な体制作り」 に成功
生活復興期…
震災以前のまちづくりに関わった専門家ボランティアのネットワークの活用
ex.「真野ふれあい住宅」:個人/共有スペースのある「コレクティブハウス」

●防犯のまちづくり
社会的関心の高まりの契機:子供に対する凶悪犯罪の発生>>空き巣・強盗・ひったくり・・・

[子供への凶悪犯罪発生の「原因」に対するパラダイムシフト]
 従来:「人」に着目 → 効果的な防犯対策取りづらい
+無理な「不審者」探しが、差別・排除につながる
 現在:「場所」に着目 → 物的環境の設計、人的環境の改善を通して、未然に防止
⇒犯罪が起きやすい「場所」に注目!
…犯罪に遭いにくい環境の整備
〈ハード面〉
ex.米・ゲーテッドコミュニティ、日本・セキュリティーマンションや公共空間の監視カメラ
                +
〈ソフト面〉
 「割れ窓理論」:侵入は許さないという「縄張り意識」や「当事者意識」の向上によって、心理的バリアを築き、犯罪を予防 ex.「地域安全マップ」

3.プロダクティブ・エイジング
●変容する高齢者像
従来…「高齢者」= 「支えられる側」=「サービスの受給者」
→「高齢者の増大」=「社会的負担増」
しかし!
日本の高齢者の8割は身体的に健康で、自立  /  平均寿命80歳超え
⇒「老い」への発想 =「依存性」 → 「プロダクティビティ(生産性)」
   
…「プロダクティビティ」な活動とは?(柴田博による)
①有償労働 ②無償労働 ③高齢者の相互扶助 ④若い世代へのサポート
→③・④の世代内または世代間の相互扶助が地域の重要性の見直しでポイント
ex.「住民参加型在宅福祉サービス団体」
‘80年代後半以降、介助~家事援助に至る幅広い活動。世代間の対等な立場関係。
⇔担い手はほとんど女性…
→企業で得たプロダクティビティを持つ退職男性をどう地域で活かすかが期待・課題

●介護保険制度の改正
2006年改正:高齢者…要支援・要介護状態にならない、要介護者は重度化させない
→「予防重視型システム」の確立、「地域支援事業」の創設

「地域支援事業」:高齢者が要支援・要介護になる前からの予防として、地域による包括的・継続的なマネジメントを強化。「介護予防一般高齢者施策(A)」(=全高齢者対象)と「介護予防特定高齢者施策(B)」(=介護予防の支援が必要な特定高齢者対象)からなる。
 A)全高齢者の生活機能の維持・改善のための「ポピュレーションアプローチ」
   ex.介護予防に関する知識・情報提供、介護予防に資する地域組織の育成・支援
 B)虚弱高齢者の生活機能低下の早期発見・対応を行う「ハイリスクアプローチ」
   ・「通所型介護予防事業」:地域における閉じこもり予防活動。
   ・「訪問型介護予防事業」:生活機能を把握・評価し、通所型サービスの参加を促す。
    担い手は専門職+傾聴ボランティア(地域住民)
 ↑
介護予防事業=地域包括支援センター中心に実施 → 対象地域空間を明確に画定
⇒行政的範域と重要な機関の利用圏を重視した新地域空間の見直しと画定が不可欠

4.地方都市の衰退と再生
●どうするシャッター通り
 ex.‘70年代 車依存型ニュータウンを造成した地方都市
   中心市街地の空洞化 + 高齢化した郊外ニュータウンの衰退 ← 現在、同時進行中…!
[原因]
・都市計画での法規制の弱さ ← 郊外への大型商業施設の出店を許す
・地権者の権利意識 ← 新規事業者への土地の貸し渋り
⇒2006年「まちづくり3法」(都市計画法・中心市街地活性化法・大店立地法)改正
→〈結果〉・無秩序な郊外開発に一定の歯止め(延床1万㎡超規制)
・「選択と集中」:国が中心市街地活性化に意欲的と判断した市町村に重点的に支援


●コンパクトシティ
「コンパクトシティ」:‘90年代 欧州発祥。スプロール化を抑制し、公共交通を促進して、エネルギー効率の良いサステイナブルな都市形態。
 [動機と目的]
〈欧州〉地球環境問題 → 土地利用計画・交通計画を軸に、環境計画と統合し、住宅政策とも連動 → 都市の活性化の維持・再生、田園や自然環境の保全
〈日本〉地方都市の中心市街地空洞化対策

[命題]
〔海道〕・密度の高さ ・多様さ ・ヒューマンスケール ・独自性 + 「9原則」
〔鈴木〕〈日本〉・公共交通マネジメント:自動車以外のアクセスの選択性向上
・地域循環型経済システムの構築:地域資源活用(農林水産)
・中心市街地におけるタウンマネジメント:官民・NPO等の連携
 ・街なか居住政策:既成市街地における居住
⇔しかし、これまで…
 中心市街地活性化の議論…商業活性化の議論に矮小化 = 「商業者」中心
                             ↓
「選択と集中」を主眼とする3法改正で…「消費者」である住民・地権者・NPO等まちづくり関係者を巻き込む体制が不可欠

5.「共」の再構築
●ボランティア元年
3つの観点からの「まちづくり」…
「安全・安心」/高齢者の「プロダクティビティ」の活用/「地方都市の再生」
                    ↑
どれも行政や市場による専門処理に適さない、或いは、解決されない生活問題
=都市生活の問題点「人間関係の希薄化」・「専門処理システムの限界」が露呈
                ⇓
地域の重要性の見直しにつながった
=「共」の再構築を求める

 [「共」の再構築の契機]
阪神大震災のボランティア:〈特徴〉若者・未経験者・専門技術のない一般人・外部
→・‘98年 NPO法制定:ボランティア団体が特定非営利活動法人として法人格取得可能に。
・‘00年 介護保険制度施行:NPO法人=在宅介護サービスの特定事業者になれる。
 →住民参加型在宅福祉サービス団体も参入可。

●NPOと町内会・自治会
NPO法人格をもつ団体:〈総数〉3万超(‘07年)
         〈分野〉「保健・医療・福祉」「社会教育」「まちづくり」「子供の健全・育成」
⇒「共」の再構築の担い手・・・増加

⇔しかし、時として・・・
既存の伝統的な地縁組織「町内会・自治会」〈旧住民〉 VS NPO〈新住民〉

⇒防災・防犯・地域福祉などの面では、両者の「協働」が求められる!
  互いの強みを生かす…[町内会]行政と連携し、地域情報や活動場所を提供
  [NPO]専門的ノウハウに基づく講座やプログラムを提供
さらには・・・地域の生活問題に関心・意欲のある住民を組織化し、活動の展開を可能とする「中間集団」としての役割を果たすこと


論点
論点①
団塊の世代の人々が65歳を上回り、そのほとんどが社会の第一線を退いた現在の日本。しか    し、彼らの豊富な知識や経験は、地域の中でも何らかの形で十分生かせるはずである。かつて「会社人間」で地域に飛び込めない彼らを地域に取り込み、地域の一員となって居場所を確保し、活躍してもらうには、地域にはどのような工夫が必要か?(行政/自治体/NPO等、それぞれの立場からの工夫でもよい。)

論点②
これまでの章での議論でもあったが、「新住民/旧住民」、「NPO/町内会」など属性や成立過程の異なる2者はことごとく対立しあうという構図が見て取れた。しかし、これからの「まちづくり」を成功に導くには、両者の強みを活かして「協働」することが不可欠である。現在、この「協働」が上手くいっていないのならば、その阻害要因は一体何か?(その解決策があるならば、モデルケースとして、そこまで踏み込んで議論してください。

<論点①>
社会の第一線を退いた団塊世代の人々が、多くのプロダクティビティを活かせる可能性を秘めているにも関わらず、なかなか地域に飛び込めない現状がある。特に「地域の活動に参加したいけれどできない。」という状況を打破することは重要なことだと考えらえる。
私たちの班はまず、その理由として3つを考えた。実にシンプルなものだが①一緒に参加する友人がいない。②参加できる機会がない(情報が入ってこない。)③いざとなると腰が重い。である。特に長年会社勤めをしていたため地域の人々と関わる機会がなかった人々にとっては、①の問題は重大なものであろう。
以上を踏まえ、これらの問題をまるごと解決できる舞台として考えたのが「病院」である。既に地域の病院は、高齢者にとってはある種のコミュニケーションの場として機能している場合がある。これを利用して、病院にコミュニティスペースを設置して、気軽に話ができるお茶会などを開く。ここには様々な年齢層の人々が集まり、時には高齢者同士、時には高齢者と若い母親の子育て相談、多様な使い方ができると考えられる。そしてこのスペースには地域活動の内容や報告を掲示することで、情報提供の場にもなる。シルバー人材センターなどの求人情報もここに掲示すれば、より効率的に機能するだろう。
病院におけるこれらの取組みが浸透すれば、先述の現状も解決できる可能性があるうえ、ここでできた新たなコミュニティが高齢者同士の相互扶助や若い世代との交流も生み、退職してプロダクティビティを持て余すシニア世代の活躍の場を広げることができると考えた。

<論点②>
新住民と旧住民、NPOと自治会、若者とシニア、男性と女性、富める者と貧しい者、異なる二者の対立は幾つも挙げられる。そもそもこの対立が生じる理由は、「地域で暮らす中で、両者の視点が異なるから。」つまり、求める生活やリスクに対する意識などが、属性によって異なるからであると考えた。当然目的が異なるならば互いに協力関係にはならないし、両者の活動の中で利害関係が一致することはないだろう。
ここで、「協働」という言葉について考えてみる。協働は、異なる2つの主体が1つの目的のためにはたらく。という意味がある。しかし、先に挙げたように、まず目的が違う両者が、共通のはたらきをするとは考えにくい。では、対立する二者が協働できるのはどのような時だろうか。悲しいことだが、それは災害時だけではないかという結論に至った。そのような誰にとってもマイナスの出来事に対しては、地域という場では助け合いをして生きていくという共通の目的ができる。そしてそれに備えて、ハザードマップを皆で作成して、地域の中の誰にでも共通するリスクの洗い出しをすることは、協働と言えるだろう。
最後に、それでも理想である地域像は、人々が自分の幸せを地域の幸せと感じること、そして反対に地域の幸せを自分の幸せと感じること。個人と地域の幸せを同等のものと捉えられる人が増えたならば、それはまさに協働が自然に生まれる地域であろう。
しかしこれは、いささかスピリチュアルで、現実には難しいことだと薄々感じている。
2015-06-11 16:25 : 『地域の社会学』(15年度前期学部ゼミ) : コメント : 0 :

地域の社会学 第5章 「地域が歴史を創り出す 歴史が地域を造り出す」

地域の社会学 第5章 「地域が歴史を創り出す 歴史が地域を造り出す」

1. 地域の歴史を考える

○社会学と歴史
社会学…常識を科学的に反省する知的行為
⇒歴史が現在の社会を築き上げる(常識)ではなく、現在の社会が歴史を創り出す
(Ex. 日本の市町村における文化振興・イベント開催)
∴地域が歴史を創り出す過程に注目する必要がある…①

また、社会学の見地から
現在の地域の歴史的起源を探り当てることも重要になる
・現在の社会を別様に見直したり、未知の側面を発見する
・歴史が持つ物語から断絶や、断層を見出し、社会の特殊な成り立ちを暴露する
(このような特徴から歴史が社会を築き上げるという考えとは異なる)
∴歴史が地域を造り出す起源を探り当てることも重要…②

以下、①を「地域が歴史を創り出す次元」、②を「歴史が地域を造り出す次元」の研究として進める

2. 地域が歴史を創り出す次元の諸問題

○歴史を創り出すことをめぐる諸問題
・歴史創造の主体は誰か
地域を支配する権力者や、地域に居住する住民すべてが当てはまる
→実際は複数の異なる主体間の協働と対立を通して創り出される
・創り出される歴史の内容は何か
人々の行為、集積されたモノ、単なる出来事、それらの集合としての物語、etc・・・
行為や出来事を生み出すのは市民、物語を生み出すのは権力者
・歴史の政治的機能は何か
地域の集合的アイデンティティの調達、個人次元の文化消費の一つ・・・
→対立や矛盾が最も強く現れる

※このようにして一旦創り上げられた歴史を批判的に考察するために②の視点が重要となる


○私人が創り出す私的な歴史
筆者の母方の曾祖父…石川県野々市町の没落地主
経済的没落の中で歴史研究(在野の郷土史)に目覚め、死後二冊の著作が刊行された
→ともに郷土の町に存在した武家と寺院の歴史を調べたもの
but…『加賀史料集成』と名付けられた遺稿から、彼の考える「郷土」の範囲が不明確
これをきっかけに県は公的史料集である『加賀史料』の刊行を決定
歴史創造の主体は誰か 筆者の母方の曾祖父 石川県
創り出される歴史の内容は何か 郷土の人々の行為や出来事 人々の行為や出来事を一繋ぎにした物語
歴史の政治的機能は何か 個人次元の文化消費として郷土の史料を纏めた私的資料集として機能する(「郷土」の範囲は不明確) 加賀、能登両国の史料を纏めた県の公的史料集として機能する
上記のように、地域が歴史を創り出す過程においては、歴史創造の主体によって創り出される内容や政治的機能が構造的に対立する

3. 聴き取り調査による戦略的着手

○語られる歴史
聴き取り調査…社会学的地域調査方法の1つ
→歴史を創り出す行為(発話)そのものと、歴史が創り出される瞬間(物語の結晶化)を捉えることができる
→→聞き取られた話が歴史であるとはどのような意味でそう言えるのか?
・それが歴史と呼べるだけの、時間軸を持ったひと連なりの秩序をもつこと
・それが地域の歴史であるといえるだけの、話者の集合性や内容の共通性を備えた話であること
…村落社会では、ある程度の集合性や共通性を確保できたが、現在の都市社会ではそれが困難になりつつある(「語りの個人化」)
上記の特徴を利用して、地域の歴史を創り出す実験室を設けることができる
聴き取り調査を集合的に実施し、公衆的討議を通して物語が結晶化する過程を観察し、聴き手が秩序ある歴史に編み上げる

4. 歴史が地域を造り出す次元をめぐる諸問題

地域の歴史的起源を探り当てる作業
…地域に固有の事情・過程を1つひとつ明らかにしていく無限の運動
ここから学問は、一貫した理論と方法に従って一定の秩序を持った物語を導き出す

社会学の場合…
Ⅰ. 個人の郷土への関心や愛着、義務的拘束を研究する
市民の意識が保存や復興といった公共事業をもたらすとしても、元々の意識は個々人のもの
→地域の歴史的事象への愛着は、私的であるがゆえに部分的で不安定なものでしかない
Ⅱ. ある集団を単位として、その内部構成や対外関係の長期的変動を探究する
仮に歴史を持たないと考えられてきた民俗的集団に関してもこれを明らかにすることは、国家がもつ歴史を見直すことに繋がる
→現在の都市社会においては、個人間に焦点を合わせることが課題となる
Ⅲ. 身体や行為の集合体の特殊な構成を、それらを制御しているモノやコトバと関連付けて考える
探究すべき身体・行為と制度のセットが入れ替わると、劇的に作用が変化する
→「唐突な制度改革」から「新しい生活と社会関係」が生まれることもあるということも考慮する必要がある
いずれの方法も、現在の社会の起源を断片的な事件や史料を手掛かりに探り当てようとするもの。これにより、現在の社会を相対化するような視点がもたらされる。


論点
・地域が持つ「歴史」にはどのようなものがあるだろうか。
・7月4日に行うFWの舞台である、奈良県橿原市今井町。この地域が「歴史を創り出した」のか、「歴史によって造り出された」のかという視点から、地域が持つ歴史について自由に考えを巡らせてみよう。その際、論点1で挙げた地域が持つ「歴史」を利用しながら考えよう。

<論点1>
地域が持つ「歴史」にはどのようなものがあるだろうか。
私たちの班では、地域が持つ「歴史」はほぼ人によって造り出されたものではないかという前提のもと、どのような主体がどのような目的で歴史を築き上げたのかということを考えた。
まずどのような主体が歴史を築き上げたのかについて、各々が考える、地域が持つ「歴史」を挙げていき、それを造り出している主体別に分類したところ、地域が持つ「歴史」はほとんどが「行政」「企業」「住民」の3つの主体によって造り出されていることが分かった。また1つの主体だけでなく、2つまたは3つの主体によって造り出されている「歴史」があることにも気付いた。
次にそれらの主体がどのような目的で歴史を築き上げたのか。歴史を築き上げた理由は主体によってさまざまであると考えた。例えば行政が造り出したまちの景観や歴史的建造物などの「歴史」は、観光地にするためといった動機が考えられ、住民が造り出したお祭りなどの地域の行事の「歴史」は、その地域の象徴となるような何かを残すため、あるいは流れの中で何となく造り出すことになったなどの理由が考えられた。

<論点2>
7月4日に行うFWの舞台である、奈良県橿原市今井町。この地域が「歴史を創り出した」のか、「歴史によって造り出された」のかという視点から、地域が持つ歴史について自由に考えを巡らせてみよう。その際、論点1で挙げた地域が持つ「歴史」を利用しながら考えよう。
奈良県橿原市今井町をモデルとして、地域が持つ歴史を考えるという論点であったため、まず今井町がどのような地域であるかということを改めて調べた。今井町は重要伝統的建造物保存地区に選定されており、江戸時代からの街並みが今でも残っている町であるという。その今井町を「歴史によって造り出された」地域であるのか、もしくは「歴史を創り出した」地域であるのかという2つの視点から考察し、重要伝統的建造物保存地区に選定される前は「歴史によって造り出された」がその後からは「歴史を創り出している」のではないかと結論付けた。しかしここで二つの疑問点が生じた。一つ目は、なぜ重要伝統的建造物保存地区に選定されるまで今井町が残っていたか(どのような「歴史」が重要伝統的建造物保存地区に選定されるような今井町を造り出したのか)ということ、二つ目は現在「歴史を創り出している」今井町はどのように捉えられるのかということである。
一つ目の疑問点に対しては、
①住民が強烈なアイデンティティや愛着を持って町を守り続けていた
②開発しにくい土地で中心地とならなかったため自然と残った、なんとなく残った
の二つの理由が考えられた。
二つ目の疑問点に対して、今井町内に住んでいる人とそれ以外の人の二つの立場から考えた。その議論の中で、今井町外の人は古い街並みを残す今井町をただただ魅力的に感じているが、今井町内に住んでいる人は実は「今井町」自体への意識は希薄でむしろ魅力的なまちを保つことを面倒と思っているのかもしれないという考えに至った。
よって7月4日のFWでは、住民の「今井町」保存への意識、「今井町」のルーツの認知度に特に注目したい。

<第1班>
【論点1】
地域がもつ歴史を挙げると次の3つを挙げることができた。
① 強く活かす歴史
② 潜在的可能性がある歴史
③ 活かされにくい歴史
「強く活かす歴史」は、住民や行政における共通した価値であり、観光に活かすことが出来る。「潜在的可能性がある歴史」は、人によって捉え方が異なるので観光化の可能性はゼロではない。そして「活かされにくい歴史」は、耳にしても「ふーん」としか言いようのないものであり、過ぎ去った過去と捉えられてしまうために、消えていく運命にあると言える。

【論点2】
地域の歴史についての論点だが、まずその地域の富豪たちが歴史をつくりだす。そして自治してきたというプライドがつくり出されていく。時代が進み、人口減少や富豪層の弱体化によってこれまでの栄華の維持が難しくなった後も、先述のプライドによって、文化財指定などを通じて町並み保存に注力することになる。この取り組みを通じて地域の歴史は再構成される(=つくられる)。最終的に観光化されるとなるとさらに時代劇などを通じてストーリーがつくられる。7月のフィールドワークでは、このつくられた歴史やそのストーリー性、街の人々の今井町へのプライドの有無などに注目していきたい。

<第2班>
論点①
地域が持つ歴史にはどのようなものがあるか、我々が挙げたのは「家柄」「地名」「神社・寺」「災害」「伝統行事」などであった。これらはそれぞれ密接に関係しており、主に地名などに影響を及ぼしている。これらを我々は「地域の歴史」と認識しており、そう認識するきっかけは郷土学習であるといえる。この郷土学習という場面において我々は歴史を認識し、そうしてまたそのうえに新しい行事や伝統を作っていく。後の時代から認識されたとき、これはまた歴史になる。このような循環の中で作られてきたのが、地域が持つ歴史であると考えた。

論点②
①で取り上げたようなものを我々は郷土学習を通じて地域住民共通の地域の歴史として認識する。歴史がつくりあげてきた地域の姿を「伝統行事」「土地利用」「建造物」などに見出し、それを歴史だと認識する。そして、我々はこの地域の姿をさまざまなフィルターを通してみているのではないだろうか。ここでいうフィルターとは、例えば「住民の誇り」「外部へのアピール」「観光産業」「意味づけ」などが挙がった。ここにおいて、地域は自分たちだけのものではなくなっており、交通が発達し、移動が頻繁になった現代だからこそ外部へのアピールという観点が加わっていると考えられるのである。そうした中で、自分たちの地域がどうありたいか、どう見られたいかという大きなフィル ターにかけ、そのイメージにそぐわないものは排除し、なりたいイメージを追求するようになったと考えられる。イメージにそぐわないものの排除とは、例えば古い空き家の取り壊しなどが挙げられる。逆に、イメージの追求とは、例えば「新しく作った昔っぽい家」「きれいなお堀」などが挙げられる。これらは人々に受け入れられて新しい歴史となることもあるが、人の目や評判、時代の流れによって都合よくつくりかえられていくのではないだろうか。このようにして地域が歴史を作り出しているのだと我々は考えた。今回のフィールドワークにおいても、この「新しい古いもの」に着目してみたいと思う。

<総合司会コメント>
本日の議論は「地域が創り出す歴史」と「歴史が造り出す地域」のふたつをキーワードとして展開された。現在、地域の歴史として残されているものは果してどのような経緯で残されてきたのかということを普段私たちはどの程度意識しているのか。歴史はその時々で都合よく書き換えられていくということを、個人的には再確認する機会となった。これから、私たちが残す歴史もまた、遠い未来の人間にとっては、取捨選択された、創り出された歴史になるはずである。議論を通して、歴史というものの面白さと恐ろしさを同時に感じた。
 また、来る7月4日に奈良県橿原市今井町へフィールドワークに行くことが決まっているが、それに向けて非常に有意義な時間であったと思う。ゼミ生同士が議論し、それを共有したことで、「フィールドワークを通して何を見たいか」がはっきりとしたように思うからである。まだ先の話ではあるが、フィールドワークがいまから楽しみである。もちろん当日は、過ごしやすい穏やかな気候を期待する。
2015-05-28 18:39 : 『地域の社会学』(15年度前期学部ゼミ) : コメント : 0 :

地域の社会学 第4章 地域に生きる集団とネットワーク

第4章 地域に生きる集団とネットワーク

地域という場において人々が織り成す社会的な関係に注目する。
・現代の都市生活において「地域」はどのような意味を持つのか。
・一見、自由に展開している私たちの社会関係は、地域という空間的な範域とどのように関連していると考えればよいか、あるいは考える必要はないのか。


1. 人と地域の関わり
・すべての相互行為は空間という土台のうえで物的なメディアを介してなされる。
→しかし、社会学の古典的な概念では人と人とが結びつく空間を見落としてしまう 。

・人間が地域という空間と関係する在り方
①地域と長期的に結びつく在り方(定住)
②短期的にしか結びつかないという在り方(流動)
→基本となるのは住居であり、現住所。

・上記①②の空間の理解は①’②’につながる。
所有:特定の土地・空間との比較的長期にわたる関わりを前提(地方での生活で優先)…①’
利用:特定の土地・空間との関わりは一時的である場合が多い(都市部で優先)…②’
→両者が互いに刺激し合い、地域生活が展開してきた。
→つまり、人と空間との関わりは個別的に想定できるものではなく、常に社会的に行なわれるということ。

・特定の個人と特定の空間との関係は常に他の人々との関係を前提として成立している。
=特定の空間の成立はその背後に独特の社会の存立を予測させる。
→私たちが織り成す社会的つながりは、地域と無縁であるどころか、実は地域という空間そのものを構成するものにほかならない。
→都市空間をめぐる人々の社会関係も決して単純に地域と無関係に展開しているのではなく、必ずしも特定地域に累積しないようなかたちで都市空間と関連し、むしろそれを構成的に生み出しているとみるべき。


2. 制度、組織との接点
・「個人→集団→組織→制度」という区別は具体的な人間の身体からもはやそれには依存しない社会的な構築物への一連の展開を念頭においた社会学の古典的な概念。
個人:人と人との社会的なつながりの最小単位。
集団:複数の特定の個性ある個人が集まって持続的なつながりが生まれたもの。
組織:集団が、決められた役割を果たす個人であれば誰でも良いような形にまで形式的に整備されたもの。
制度:複数の組織からなる全体的な関連が、通常は文書によって規定されることで、恒常的に確定されるようになったもの。
→社会学はこのなかでも、集団や組織の分析を得意とするため、地域的な集団が存在しなかったり、あっても重要視されないようになると「地域」を捉えることが難しくなった。
→新たな視点として登場したのが「ネットワーク分析」の視点。
→しかし、「ネットワーク分析」は「制度」 の関わりという視点に補われて初めてその潜在能力を発揮する。(筆者の主張①)

・現実の地域に展開する社会的な関わりの世界を捉える場合に、たんなる集団レベルの分析だけでなく、それらの集団を形成する機縁となった制度や組織との関係が浮かび上がる。
→また、それらの一つひとつについて特定の地域的空間と持続的な関係を結ぶのか否か、という定着と流動という視点も組み合わせていくならば、かなりのことが見えてくるはず。

・戦後、自ら判断し責任のとれる強い個人の成熟が民主主義社会の前提として求められたが、いまや再保守化の延長線上で自己責任が強調されるというかたちでいやおうなくそのような個人への転換が前提とされている。
→しかし、そのような個人の成立がどのような社会的つながりによって支えられるのかという視点が問題視されていない。
→社会的つながりこそが、そのような自立した個人の存立を保障するものと考える。(筆者の主張②)


3. ネットワークの視点
・さまざまな空間や場所と結びついた制度や組織が存在し、それらを後ろ盾としつつも独自に展開する社会的世界が集団や個人によって構成される。
→制度や組織自体が限られた地理的空間に強く準拠していたため、特定の地域に多くの社会集団が累積して独自の社会的世界を構成していた。
→都市化により、このような集団が失われる事によって出てきた新たな分析手法が社会的ネットワークという概念やネットワーク分析。

・ネットワークという概念は個人と個人の限定的なつながりそのものを分析の単位とする。
→その時その時の人と人とのつながりの連鎖のなかで社会的世界が展開する都市的な状況には、極めて適合的な分析概念。
→集団はそのようなネットワークの連鎖を追った結果、事後的に発見できる場合があるだけのものと想定し直される。

・地域社会は個人を単位としたネットワークの連鎖の全体として描くことができ、それらのネットワークの密度が高い部分に集団が発見されるという明快な図式が成立する。
→しかし、このネットワーク分析をもってしても明らかにできないのは「地域という空間の位置づけ」 。
→これを明らかにするためには、空間や場所と結びついた制度や組織との接点(ネットワークの「文脈」/ネットワーク形成の「契機(きっかけ)」)という視点が必要不可欠。…①
→特定の個人がどのような形で地域と関連するネットワークをもつか、もたないかは、その人がどのような形で地域と結びついた組織や制度のなかに位置付けられているか決まる。
→ネットワーク分析の強みは、個人を単位とした社会的ネットワークの構成と個人が占める制度上の位置を関連させて捉えることのできる点。
→突き詰めていくと「階層」という概念に導かれる。階層的な隔たりは地域との関わりという点と有意に関連する。

・現代の社会は複数の個人からなるネットワークの総体として、少なくとも現象的には描かれるのかもしれないが、その背景にはさまざまな序列と格差をもった制度が存在し、かつまたそれが空間的な秩序を伴ういくつかの階層へと分離していることを読み込んでいく必要がある。…②

①②の2点より、ネットワークの視点を空間的に組織された制度との関連で活用していくことが求められる。
・ネットワーク分析とは本来、選択する個人の主体性を捉えることを主眼としたものであるため、このような活用の仕方に抵抗を感じることがあるかもしれない。
そのような活用の仕方ではむしろ構図的な制度によってすべてが決まってしまうというふうにしか理解できないのでは?
→社会学が問うべきは歴史的な主体性。つまり構造的な制度の在り方そのものを変更していこうとする営みであるため、自らを拘束している制度そのものを捉えなおそうとする営み。
→人と制度をつないでいく側面、人が制度に働きかける局面こそが、人間の主体的選択の場面としてより重要。


4. 人と制度をつなぐもの
・人がいかなる制度のもとでも、それらを捉え直し、組み替えて自らの選好を示すことは確かだが、それら制度の不都合を克服しようとする人は少ないのでは?
→いったんできあがった制度は維持される傾向が強い。
ex. 行政権力の優越(適切なリーダーシップが発揮されていなければ非常に問題)

・グローバルな構造変動にさらされている現代において問われるリーダーシップ。行政権力の相対化はいかにして可能か?
①議会主義の活用
②市民の直接政治参加/行政参画
ex. 情報公開、オンブズマン制度を巡る動き、NPO・NGOを巡る胎動 
→このような試みとせめぎ合いが生じる戦略的な舞台として、人々の地
域生活と地域を物理的にどうするかをめぐる制度レベルでの攻防の展開
する地方自治体がクローズアップされる。

・都市や地域をめぐる社会学的な研究は、人々の社会的ネットワークと集団形成のはざまに階層性をもって展開する政策や制度をめぐるせめぎ合いに敏感であることが求められている。


5 .論点
①どのような制度のもとに、私たちのネットワークや集団は形成されているのか。
②のどかな農村地帯が郊外住宅地として開発されました。この地域の小中学校は生徒数が減少していたので校長先生は大喜び。さて、どのような制度や組織を整備すれば、この地域をより住みやすい、にぎやかな地域にできるでしょうか。

<第1班>
論点1
ライフサイクルの流れに沿って、それぞれの段階で私たちがどのようなネットワークや集団に属し、それらがどのような制度に基づいているのかを考えた。
まず誕生とともに私たちは家族制度のもと、家族や親戚といった血縁のネットワークに組み込まれる。そして成長し小学校に通うようになると学校制度にもとづいた集団が形成される。例としては学校の同級生同士や部活動でのネットワークが挙げられる。中学校、高校でも学校制度のもとで同様のネットワークが形成され、大学に入ると大学制度のもとで新たな集団に属するようになる。そして高校あるいは大学卒業後は社会人となり、雇用制度のもとでネットワークが形成される。
上記以外に、人生のどの段階においても都道府県制、市町村制など地域の制度にもとづいたネットワークが存在し、自治会や婦人会などの集団が形成されている。この地域のネットワークは特に学校が地域と密着している小中学生で強く、少年スポーツ団などの集団がある。社会人になると地域での人との繋がりは弱くなり、学校との関係も薄まるが、結婚し子供が生まれると子供を介し、再び地域に根差した学校制度のもとでPTAなどの集団に属すようになる。
以上のようなライフサイクルから外れてしまう人々(ニートや未婚者、家族のいない高齢者など)は、制度から取り残され、他者との関係を持つことができず孤立してしまうと考えられる。

論点2
農村地帯が郊外住宅地として開発された場合、開発以前から農村地帯に居住する旧住民と開発された住宅地に新たに入居する新住民が存在すると考えられる。旧住民は旧来から存在する密なネットワークを持っているが、新住民にとってそのようなネットワークは必要性が感じられず煩わしいものに感じられる。しかし防災や防犯の面では地域での繋がりを維持することが不可欠であり、地域の住民同士で顔のわかる繋がりを持つことが「住みやすい、にぎやかな地域」であるといえる。
顔のわかるネットワークを作るためには、まずは既にネットワークを持つ旧住民と新住民との間で顔合わせを行うことが必要である。しかしこのような顔合わせは自治会などが実施しても参加率を高くすることは難しいと考えられるため、住宅地を開発した企業が地域のネットワークも売り物として組み込み、新住民の入居までに全員の顔を合わせる機会を設けるべきである。また新住民の入居後も、毎朝のラジオ体操を実施するなどして地域の交流を深めるイベントが必要である。このようなイベントは地域の制度や学校制度をもとに運営はできると考えられるが、住民の参加率を高めるためにはポイント制度が有効ではないか。ポイントを地域の朝市などの商品や農家の余った野菜と交換できるようにすれば新住民・旧住民双方にメリットがある。懸念点はこのポイント制度の財源である。国や自治体から地域に財源を回す制度が必要である。



<総合司会コメント>
人々のネットワーク、そしてそこで組織化される集団、その背景にある制度、この3つが地域でいかに展開しているかを概観した。1人の人間が年齢を重ねるに応じてネットワークは広がり、所属する集団も移り変わる。しかし、例えば正常なライフコースから外れてしまった人々、わかりやすく例を挙げれば貧困に陥った人は、制度に包摂されず、制度の中の集団からも離脱しネットワークも断ち切られる リスクが増える。地域の社会的ネットワークを保つ重要性は、それが様々な人にとってセーフティネットとして機能するということに裏打ちされるのである。
2015-05-21 21:39 : 『地域の社会学』(15年度前期学部ゼミ) : コメント : 0 :

地域の社会学  第3章 地域を枠づける制度と組織

第3章 地域を枠づける制度と組織

●この章の目的と扱う内容
目的:地域社会の結びつきは、地域を単位として作動する制度やシステムを介してなされており、その意思決定を不特定多数の人々が行う場として地域が位置づけられることを明らかにする。
内容:まず地域について1節で、土地・空間に関与する主体としてどのような組織・個人・集団・団体が存在するか、その関わり方はいかなるものかを概観する。2節以降は、1節で概観した主体について個別具体的に検討する。「国家と地方自治体」「学校と教育委員会」「市場と資本」「政治とマスメディア」の順に展開する。

●キーワード制度と組織、土地・空間、地方自治、地方分権、都市政策・地域政策、意思決定

1節 制度と組織
地域の物質的基盤としての土地・空間
⇒ここに関わる主体として大まかに下の5つが存在

コミュニティ論演習A/レジュメ_ページ_1

◎土地・空間との関わり方
⇒売買や貸与、それによる収益確保、住宅・オフィス商店としての利用、管理による規制、全体として秩序づけ保障する
◎「共同体の解体」と「空間の商品化」
⇒集団による管理から個人による自由な処分へ、個人が直面する空間的拘束が具体的集団から形式的な管理規則に変化し、地域が見えにくくなる
◎公的機関の支配的な影響力
⇒個人と企業は私有財産制度と市場原理が存立を保障し、その中で自由な購買・営利・居住活動ができる。そしてインフラを提供し、管理保障に特権的影響力を持つのが公的機関
◎社会的つながりの重要性
⇒社会的孤立が叫ばれる現代、管理規則とは異なる人間のつながりの維持が見直される。つながりを再生産する空間的基盤として、住居・社交場・施設が不可欠。人々と地域を結びつける絆の形成に寄与。(ex.下町の商店街、公共施設の整備・改善とそれを支える住民運動、NPO・NGO)

地域政策を民主的に進めていくために、どんな組織が必要か?

2節 国家と地方公共団体
公共機関の地域への関与の仕方
①土地・空間を私的に所有(軍用地、官邸、皇居など)
②公有地を管理(河川、林野、道路など)
③空間・土地を管理する民間企業の規制(都市計画、地域政策、インフラ)
④個人の空間・土地への関与の保障(所有権、財産権、警察権)

◎国家と地方公共団体では①~④の関与を巡って力関係による差
⇒機関委任事務 を通し、都市・地域政策が国家→都道府県→市町村と上意下達
⇒管轄する空間の広さと規模に応じて考えると、住民サービスには最小単位の自治体の施策が反映される「地方分権」へ(ex.外国人への公的サービス、公害防止条例など)

◎行政の専門性の高まり⇔市民の地方政治への関心希薄化
⇒しかし身近な問題を政治的に解決できるのは地方自治体


「地方自治は民主主義の学校」の実践へ

3節 学校と教育委員会
◎教育…地域にとって、基本的人権と民主主義にとって重要
⇒地方自治体(政治的実践の場)と教育(社会的実践の場)は重なる
⇒学校や教育委員会も地域の要望を反映させていくのが本来の形

◎しかし教育には地方より国家の意向が強く反映
⇒中央教育審議会による教育目標の設定、教科書検定など
⇒超越的権威となる国家が教え込むというイデオロギー装置に
◎教育についての地方自治
子どもをどのように育て、大人が生涯を通じてどのように学ぶか
⇒市民の教育文化活動と、対応する学校や教育行政のあり方を地域で決める
⇒地域産業の歴史的蓄積や文化状況を踏まえた教育を

◎教育委員会の委員は公選にすべき?
戦後教育改革で一度は教育委員を住民の直接選挙で選出した(教育委員会法)
⇒しかし実情に合わないと、首長が議会の同意を得て任命する形に(教育行政法)
⇒一般行政とは独立の行政機関 ゆえ、余計に旧文部省の中央統制が強化された

◎地域主導という戦後教育改革の理念は、住民主導の教育文化活動に受け継がれる
⇒つまり、学校教育よりも社会教育の場面で住民自治の教育がなされてきた


地域において住民による教育文化活動がどのように堆積してきたか

4節 市場と資本
◎企業と市場経済…行政よりも地域に影響力を与える
⇒企業城下町では、当該企業が固定資産税と事業税による地方税の源に、関係者が地方議会に送り込まれ市政に影響力を持つ
⇒工業地域、商業地域、業務中心地など、地域の景観や空間的特徴も作り上げる

◎事業活動の内容や資本の性格によって地域との関わり方は異なる
⇒企業規模が大きくなれば、経営者や従業員は地域社会には無頓着に
⇒全国規模・国際規模の企業が、立地周辺の住民生活に悪影響を及ぼすことも

◎製造業と地域の労働力との関わり
製造業に必要なもの:個々の技術力と、他と円滑に協働する団体的訓練を積んだ労働力
⇒基礎的な適応力(学力)と協調性を持つ…学校教育で求められる能力と対応
⇒製造業は労働力の再生産に強く関心を示す資本、そのため地域の教育や文化との結びつきが強い(but.国内の労働力移動は容易だったため、国家の教育と結びついてきた)


◎金融資本と建設資本
事業にあたって、建設と破壊を必要とする
金融:利得を回収するため投資先をフレキシブルに変更、地域がその投資先となるため産業のスクラップ・アンド・ビルトが起きる
⇒地域住民の雇用も柔軟化する
建設:土建国家で営まれてきた数々の公共事業(大規模都市・地域開発、インフラ開発)で地方の雇用を確保、地域の建造環境、自然環境、景観や文化的アイデンティティを変えていく
⇒地方分権の推進で、公共事業の見直しをどれだけ図れるか

◎グローバル資本の地域への影響
ローカル資本の町工場や商業…町内会を通じて地域社会のパートナーに
グローバル資本の企業城下町…グローバル経済の変動により打撃を受けることも
(ex.釜石、豊田など)

◎資本と地域の関係について、地方自治体が果たすべき独自の役割
⇒地域社会に根差した産業を維持し、教育政策もその労働力の再生産に寄与
⇒安定した雇用と慣れ親しんだ景観を保って、愛着のある場所での定住を実現


地方分権で自治体の経済政策を模索

5節 政治とマスメディア
◎地方議会・政治とマスメディアの関わり
マスメディアが形成する世論や言論が、議会を通して威力を発揮する(政策や条例の制定支持)
また統一地方選の動向や結果にはマスメディアの力が大きく絡む(争点の設定など)
⇒マスメディアと地域政治との関わりを検討する必要

◎メディアの性質上の問題
日本のメディアは東京一極集中
⇒地域政治の問題はナショナルなレベルでしか報道されない
⇒身近な自治体政治への住民の関心が薄い要因に


地域政治と住民自治の活性化のため、ローカルメディアの発達を
論点1
地域の①自治体、②教育機関、③企業 ④住民組織が私たちの生活に及ぼす影響はどんなものなのか、メリット・デメリットの両面から議論する。
論点2
②上記の組織のあるべき姿について本章では各項ごとに記述されているが、あるべき姿は実現可能なものなのか、住民に及ぼす影響と組織の性質上の限界に着目して批判的に考察する。(①~④いずれかにしぼっても構いませんし、①~④のうち本章において相互関係的にあるべき姿が述べられているものがあれば、相互に検討してもいいです)

【論点1】
① 自治体
メリット:治安維持・公衆衛生・補助金
デメリット:税金を払う必要性・規制をうける

② 教育機関
メリット:子供の見守り・教育の場
デメリット:地元との摩擦(うるさいなど)

③ 企業
メリット:雇用の場・地域活性化の担い手
デメリット:公害問題を引き起こす・不況の原因にもなる

④ 住民組織
メリット:防災への取り組み・ごみの清掃・地域のつながり
デメリット:地域に無関心な住民が参加しない・問題解決能力に欠ける

⑤ まとめ
メリットとしては、なにかが発生したときに助けてくれる存在であり、サービスの提供主であること。一方デメリットとしては、労働力や家族にかける時間などを個人は提供する(=奪われる)立場になることが挙げられる。

【論点2】
「地方自治は民主主義の学校」という視点から議論を行った。そのために必要とされているのはやはり、課題を住民自ら解決できるという実感の創出だ。地域への関心を住民が持つには、居住地や勤務地の一致や郷土教育の推進など子供のころからのアプローチが必要だ。しかし、課題として都市部への人口一極集中による、地方の人材難、仕事に手いっぱいという現代のライフスタイルなどにより、真の住民自治・地方自治の実現は難しい状況になっている。そのため、自らが当事者になった時に初めて地域の問題点に気づくということが一般的になってしまっている。(例:子育て)

<総合司会コメント>
論点①にかかわって
 地域の「自治体」、「教育機関」、「企業」、「住民組織」が私たちの生活に及ぼす影響はどんなものなのかを議論していくとき、メリットについては上記四つの枠組みや組織のいずれにおいても、いくつものメリットを拾い出すことができた。その反対に、デメリットについては、ほとんど拾い出すことができなかった。そのわけとして次のような点が考えられる。
その一、それは、議論した私たちが上記四つの地域社会の枠組みや組織の現状を、所与のもの、あるいは私たちが支配的な力により枠組みされている現状をありのままに受け止めていることの表れであるかもしれない。
その二、テキストで使われている「国家と地方自治体」を、論点では「自治体」と置き換えたが、地域に生きる住民にとって身近な「自治体」に対してデメリットのイメージは起こりにくいものだったのではないか。
その三、同じくテキストで使われている「学校と教育委員会」を「教育機関」、また「市場と資本」を「企業」と置き換えたが、そのことにより、テキストの中で意図されているそれぞれの枠組みや組織の社会に対する影響力、規制力を積極的に拾い出す議論につながりにくかったのかもしれない。

論点②にかかわって     
上記四つの地域社会の枠組みや組織の現状を、あるべき姿にするための課題や方策を、グループ論議で数多く上げることができた。それら一つ一つが重要な点を指摘しているが、章末の「セミナー」にあるように、「自分が特別な感情を抱く土地・空間に関係するルールについてどれだけの影響力を行使することができるか」について考えてみる必要がある。なぜなら、若者が政治に関心を持たなくなったことや、地域行事に参加しなくなったことを私たち自身がどのように自分自身の問題としてとらえるかは、「地域社会のつながり」や「地域社会の枠組み」をどうとらえるかに直接かかわる問題であると考えるからである。

2015-05-17 16:13 : 『地域の社会学』(15年度前期学部ゼミ) : コメント : 0 :

地域の社会学 第2章 地域社会とは何だろう

第2章 地域社会とは何だろう

1.日本の社会学と「地域社会」概念
《自然村概念とその影響》 - 鈴木栄太郎『日本農村社会学』(1940年)
 第一社会地区=最小単位である小字や組
 第二社会地区=第一社会地区の集団累積体である大字や部落
  ○この地域空間に、社会集団、個人間の社会関係、関心共同の地域的累積が特に濃密である。自然村概念の特徴一、「社会関係の地域的累積」
  ○江戸時代の幕藩期には行政村であったが、明治期に実施された市町村制以降には、かつての行政村としての境界が、自然なムラの境界に転じ、旧村の空間が基礎的地域社会の単位として機能していることを示し、これを自然村=ムラと名づけた。
自然村概念の特徴二、「行政村からの転化」
第三社会地区=行政的町村

しかし、「自然村概念」の影響を受けた後の社会学者の注目は、
・自然村内部での社会関係と集団の累積、それを支える住民の共同の社会意識の存在に向けられ、
 ・都市社会においても自然村に類似した基礎的地域社会を見出し、これを実証研究の対象にしなければならないという暗黙の背後仮説をつくりだし、
 ・都市の地域社会にあっても、次の二つの基準が強調されることとなった。
第一に、人々の社会関係の累積が見いだされ、自然な境界が実証的に確認されること
第二に、空間内部において人びとの共同の社会意識が存在すること

《パークの自然地区概念の輸入と適用》
「自然村概念」の影響を受けた社会学者は、上記の二つの基準で都市社会をとらえようとし、都市の中に伝統的共同体や共同体としての基本の枠組みをとらえようとした。しかし、都市化の進展とともに、彼らの地域社会概念と現実の地域社会との乖離の幅は、ますます大きなものとなっていった。そこで、海外の著名な諸家の説を導入しながら、それらを「自然村概念」存続の糧として利用した。
パークの自然地区概念
歴史的伝統のまったくない新興都市への人口移動の過程で、人々が居住地争いを行い、文字どおりに自然な過程の所産としての棲み分けられた居住地を意味する概念である。
封建領主による町割も、近代都市行政による都市計画もないなかで棲み分けが実現していくことを指す。
社会学者による歪曲
 地域社会における関係の累積と、地域社会の境界が自然な過程で出現してきたはずであるという仮説的前提に支えられ、パークの「自然」の意味内容を曲げて「自然村概念」と結びつけた。
《マッキーバーとヒラリーの業績の転用》
☆マッキーバーのコミュニティ概念
  コミュニティを共同生活の営まれる地域空間と規定している。
  その地域空間は、小さな地域社会から都市や国家を含む多層かつ多様な空間として描いている。つまり、狭い地域空間に限定していたわけではない。
  また、コミュニティの共同性についても、大都市社会全体の共同性をも含むような、柔軟なとらえ方をしていた。
★日本の社会学による転用
  既成概念の仮説的前提に引きずられ、コミュニティ規定に関わる箇所のみを取り出し、狭く固く限定するとともに、共同性を理解し、仮説的前提を補強する材料とした。
☆ヒラリーのコミュニティ概念
  研究者諸家による94のコミュニティの定義を比較検討し、三つの共通する指標にまとめた。1つは、コミュニティ構成員間の相互作用、2つは、コミュニティごとの空間境界、3つは、心理的絆を支える共属感情や共通規範である。
★日本の社会学者の受け止め
  社会関係の一定の地域空間内における集積とそれを支える共通規範の存在を地域社会概念の必須要件と見る日本の社会学者にとっては、自らの正しさを保障する格好の研究成果と受け止められた。

《現状分析概念と期待概念の並立 : もう1つの混乱》
1969年に国民生活審議会コミュニティ小委員会の報告書において、「コミュニティ」とは、大都市における未来の望ましい地域社会のあり方を意味する用語として採用された。
しかし、「コミュニティ」は、現状の地域社会と同じ意味に用いられ続けた。社会学者でさえ、「コミュニティ」(=期待概念)と「地域社会」(=(現状分析概念))を同義にとらえつづけ、両概念の違いを明確にしてこなかったことが、混乱の原因となった。


2.地域社会の空間範域
《コミュニティと地域社会》
  「コミュニティ」とは、現状の地域社会の先にある「望ましい地域社会」をさし、目標としての地域社会、未来の地域社会を論ずるために必要とされる期待概念である。
  「地域社会」とは、過去から現在に至る地域社会の状態の推移および現在の地域社会の状態を実証的に捉えるために必要とされる分析概念である。
 上記の両概念は、別個に定立されるが、同時に深く関係し合う。
《旧来の背後仮説》
 既成の地域社会概念が地域社会の現実との乖離を広げ、また概念の理解をめぐる混乱を深めていったのは、社会学者の多くがこの概念(既成の地域社会概念)の背後仮説にさまざまな思いを託したからでもある。それは、
 ・自然村に類似する地域社会を都市の中にも見出したいという願望、
 ・社会関係の累積の自然発生とそれによる地域空間の境界の自然な設定への期待、
・地域社会は、住民の自発的に形成するつながりを基盤として構成されるものでなければならないという信念、
・住民の共属感情や共同規範の存在を地域社会概念の要件に含める先行研究の成果を重視し、これを踏襲することへのこだわり等々である。
これらの背後仮説は、都市化の急速な進展を見るまでは、ある種の有用性を保有していた。しかし、高度成長期に、日本の各地の都市で、とりわけ大都市の内部でその照応関係の多くは失われていった。現在では、背後仮説自体、全く不適合なものになってしまっている。
《新しい概念定立へ向けて》
いま必要なことは、背後仮説とそれに支えられてきた既成の地域社会概念を根底的に見直すことである。
具体的には、既成の地域社会概念によるこだわりをいったん放棄することが必要である。
さらに、既成の概念がこれまで軽視してきた視点や知見を逆に重視し、これらを読み直す作業を進め、新しい地域社会概念定立のために活用することである。
《2つのタイプの共同性》
鈴木栄太郎もパークも、共同性を、前社会状態における共同性と社会(ソサエティ)状態における共同性の2つのタイプに分けて考えていた。前者を前社会的共同性、後者を社会的共同性と呼ぶならば、既成の地域社会概念がこだわった共同性は、明らかに、後者の社会的共同性であった。
 前社会的共同性=居住自体が他の居住者との意図せざる共同(パーク)、見えない秩序(鈴木栄太郎)を前提としていること、そのような意味における共同性。
パークはこのレベルの共同的関係にある地域空間を社会(ソサエティ)成立以前の共同状態として、「コミュニティ」と呼ぶ。鈴木栄太郎の「前社会的統一」とほぼ同義と見なしてよい。
 社会的共同性=居住者同士の相互作用の展開に基づいて、一定空間における共同生活の約束事やルール、共通の社会規範が形成されていくような、一般的によくいわれるような共同性。
《地域空間の限定》
都市的生活様式、つまり専門処理システムへの依存が深まり広がるとともに、住民の共同による問題処理の領域が大幅に縮小したために、現代都市の居住者の生活世界は一定の地域空間をはるかに超えて成立している。また居住者の意図に基づく共同の活動を具体的に見出すことも困難になっている。
しかし、地域社会概念が、地域と呼びうる一定の空間を対象とする以上、新しく定立される地域社会概念といえども、地域空間の画定という要件は欠かすことができない。
新しい地域社会概念の定立にとって、行政的範域と重要な機関の利用圏を重視した新しい地域空間の画定が必要である。

3.新しい地域社会概念
《地域社会概念の新たな規定》
新たな「地域社会概念」定立の軸として求められる三つの基準
第一に、新しい「共」の空間を創出するために、住民自治の回復と拡大を実現するような社会空間であること。
第二に、地域の「専門処理システム」という資源の利用による共同の問題の処理という側面に、地域社会の広い意味における共同性を措定すること。
第三に、社会関係の累積や共同規範といった基準にこだわらず、現状分析に有効な一般概念として定立させること。
以上を踏まえて、「新しい地域社会概念」は、広義には、居住地を中心に拡がる一定範域の空間-社会システムを意味し、具体的には基礎自治体の範域を最大の空間範域とし、その空間の内に居住することを契機に発生する種々の共同問題を処理するシステムを主要な構成要素として成立する社会である、といえる。
《地域社会の重層的構成 : 地域空間の画定》
地域社会の問題処理システムは、空間的範域に対応して重層的構造を持っている。したがって、空間的範域もこれに応じた区分が求められる。
  すなわち、地域社会は、いっそう具体的に、基礎自治体等の行政範域、小・中学校の通学圏、地域住民組織の範囲によってそれぞれに重層的空間構成をとり、それぞれの地域空間に相応する共同問題の処理システムが成立し、これを媒介とする住民の共同が成立している社会として規定し直されることになろう。
《地域空間別問題処理システム : 地域社会における共同性》
  地域社会は、重層化された地域空間の範域に対応する問題処理システムを成立させている。重層化された地域空間と処理システムごとに、人々のつながりのありようを含め、社会的諸関係は変化する。したがって、空間範域に応じて、地域社会の現状分析のターゲットは、少しずつ異なる。
地域社会概念は、地域空間と地域社会のこのような重層的構成に対応して、それぞれの地域空間・社会に成立する問題処理システムの現状を分析しうる概念として整備されていかねばならない。それはこの概念が、処理システムの現状における問題点を発見し、システム内部への住民の関与の拠点を検索することにおいて有効な分析的概念であり続けるために必要な課題である。

<論点>
論点① 

地域社会問題の典型は、大都市の郊外社会に多くみられる。郊外社会は、もともとは伝統的な農村であった場合が多いのだが、大量の人口移動を受け入れた結果、どのような変化や問題が見られるようになったか、新住民と旧住民の両方の立場で議論してみよう。

論点② 
P37中ほどに、筆者は、『地域社会の概念は、地域社会に成立し、維持されている処理システムの現状の問題点を、鋭く摘出することを通して、住民自治を拡大するための拠点を明らかにするものとして、ここに新しく定立されたといえよう。』と述べている。『地域社会に成立し、維持されている処理システムの現状の問題点』があるからこそ、地域の再生・活性化が強く求められるようになったと言えるだろう。問題点としてどのようなことを指摘できるだろうか、議論してみよう。

<第1班>
論点①本章の言葉を借りれば「自然村」の農村には、旧住民と呼ばれる人々が住んでいる。しかし、近郊都市の開発により、新住民がその農村に移住をしてくる。もちろん、異質な他者に対して、旧住民はあまり良いイメージを持たないだろう。そしてそれは新住民にも伝わってしまう。その結果として、生まれてくる問題点、つまり負の変化は、旧住民と新住民のつながりの希薄化である。しかし、この新住民の移住は農村にとってデメリットばかりではない。新住民は旧住民に比べて若いと考えられるため、子どもや若者が増え、そのための施設も新設される。そしてまた、新しい視点を取り入れることも可能である。これらによって、その地域は若くなる。これは正の変化と言えるのではないか。

論点②現在維持されているシステムとして「ごみ捨て」を例に議論した。この「ごみ捨て」は地域の暗黙の了解や慣習と言ったものに支えられていると考えられる。しかし、新住民が移住してくることによってその暗黙の了解や慣習にはじめて疑問が投げかけられ、地域の問題として認識される。このことによって、旧住民は今までのシステムを変えたくないのに対し、新住民は変えたいという、システムに求めるものの違いが見えてくるはずである。にも関わらず、現在はそういった問題に対する共通の意志決定の場が存在しない。これこそが問題である。
しかし、本当にそのような場は存在しないのだろうか。自治体や町内会といった地域の組織は本来そういった役割を担うべきである。なぜ機能していないのか、それは、地域の組織が、リーダー格の人の意見に従うだけ、言いだしっぺがやるという風潮といったような中身のない場になりさがっいるからだと考えた。本当の問題はこちらだったのである。これを改善するためには、第三者の存在が必要である。それは、仲介役が入ることによって、地域の組織の中に存在するカーストのようなものを越えて、より意見が反映されやすい場にできると考えるからである。最近では、行政以外にも、まちづくりコンサルタントというような民間業者が存在する。地域の組織と長いつきあいをする反面、そういった第三者が地域の組織運営を円滑にし、自立させ、適当なところで身を引くことで、問題解決の道は開けるのではないか。

<第2班>
論点①
 私たちのグループは、新住民と旧住民の考えや意見の対立が、大量の人口移動を受け入れることによって、どのような対立が見られるか、を検討した。
その結果、農村地域に暮らしてきた旧住民と、サラリーマン世帯の多い新住民とでは、資源の利用に関わる意識の違いがあることや、伝統を重んじる意識の違いや、環境の変化のとらえ方の違いが見られことに着目することができた。
しかし、それらの「違い」は、人口移動がはじまったときに発生するものと、時間が経過していくと現れてくるものがあることに気付いた。そこで、新住民と旧住民の対立が、時間の経過とともにどのように変化していくのかによって整理し直してみた。
 時間の経過していくことによって、最終的には、高齢化、自然環境の現象、独居老人の増加、空き家の増加という、現代における都市郊外社会の問題点に行きつくことが確認できた。
 しかし、議論に関する重要なキーワードである、「二つのタイプの共同性」や「地域社会の重層的構成」などについての検討を進めなかったために、郊外社会の中で、それらが具体的にどのようなことを指すのかについて深めた議論にならなかったと言える。

論点②
 この論点に関しては、まずはじめに、地域社会の住民の暮らしや意識の中に、どのような問題点・変化があるのかを挙げてみた。そして、それらの意識の中の問題点が、「住民の暮らし」「自治組織」「子育て」などにどのように影響しているのかを検討した。そうすることによって、地域の再生・活性化が強く求められるようになった地域社会の現状を、とらえやすいのではないかと考えたからである。
 現状を分析してみて、地域の自治組織の重要性は理解するものの、役職に対しての「負担感」や「なり手の減少」「選出方法の形骸化」がなぜ起こってくるのか、という点を掘り下げた議論にはならなかった。しかし、そのような点、つまり、住民の共属感情や共同規範の存在を前提とした地域社会を前提とし、それらが希薄化していることを問題とすることは、筆者のいう「既成の地域社会概念」で地域社会の現実をとらえることに他ならないのかもしれない。
 今回の議論においては、「自治組織」や「PTA」などの問題処理システムがかかえる課題にテーマを絞って、議論を進める必要があったようだ。

<総合司会コメント>
新住民と旧住民との間にある壁をどのようにすれば取り払うことが出来るだろうか。現状では自治会の形骸化によって、住民共通の意思決定の場がないことが問題となっている。新住民にとっても旧住民にとっても話し合いの場がないと、結局気に入って住むことにしたであろうその地域の住みやすさが低下してしまう。そこで解決案として、コンサルの導入、自治会強制参加案などが出された。自治会強制参加案などは一見実現可能性が低いように思えるが、ゼミは議論の場。「大胆な意見を掘り下げていくことによって、出来ることが分かってくる」という先生のコメントをお聞きしてはっと気付かされた。今後のゼミでもこうした大胆な意見や構想をお互い交わすことでより一層ゼミの面白さが増し、盛り上がるのではないだろうか。
2015-05-12 20:39 : 『地域の社会学』(15年度前期学部ゼミ) : コメント : 0 :

地域の社会学 第1章 〈地域〉へのアプローチ

第1章 〈地域〉へのアプローチ

キーワード:〈地域〉・多義性・多重性・家族・共同処理・「中流」意識・生活互助・「共」・〈住民〉自治

★前置き★
→〈地域〉という表記は、社会学的概念として明確化する第2章まで使用される。

★本章の目的★
→〈地域〉をテーマとするテキストの多くが〈地域〉の重要性を自明のものとして解説を進めている。しかし実際は、私たちの〈地域〉に対する意識や関わりはあまりない場合が多い。では、私たちは〈地域〉を無用、関わりがないと日常では感じていながら、それでもなお〈地域〉が重要だと言えるのかを問い直し、現代における〈地域〉の重要性について議論する。

1.混乱する〈地域〉のイメージ
1-a)〈地域〉という言葉の多義性
★よく耳にする〈地域〉がついた言葉:地域社会・地域生活・地域問題・地域住民など
→〈地域〉は日常生活において重要な意味をもっている!
⇔意味内容の確定は困難!
 =人々そのもの・結びつき・空間・空間における施設・サービスの配置状況など
 →これらすべてを包含する場合もある…
 →〈地域〉と言う言葉には多義性がある!
 =一つの視点からでは捉えることは不可能!

1-b)〈地域〉という言葉の多重性
★指示する空間的範囲:きわめて曖昧・広大(例:隣近所・ご町内・市町村・都道府県…)
→話の文脈に合わせて〈地域〉の空間的範囲が縮小‐拡大する
             +
 聞き手・話し手も理解の範囲で相互に空間的範囲を縮小‐拡大し了承
=〈地域〉という言葉は多重性も持つ!
→人々が持つ多様な実感を1つの言葉に表現できる稀有な日常用語

1-c)実感する〈地域〉の重要性
●多義性・多重性がありながら日常生活で頻繁に使われる〈地域〉という言葉
→〈地域〉は日常生活に密着・不可欠・根ざした言葉。
→居住地を含む社会・空間を指示する点において一貫。
→人々は〈地域〉の重要性を実感として捉えてきた
=居住する空間と社会に何らかの関わりを持たざるをえない

1-d)居住地としての地域
●労働によって報酬を得ることを基軸にする日常生活=就労者に限定
              ↕
●住むことを基軸・原点とする日常生活=すべての居住者が経験
→居住を軸とする日常生活の舞台は今日中を軸として拡がる社会関係と空間を舞台に展開
→この社会関係と空間こそが人々が語る〈地域〉そのもの
→〈地域〉を重要視する要因

1-e)可視化する「地域」:まちづくり
例:地方小都市における古い町並みの景観保存:「小京都」
→訪問者の感想:「町並み保存に対する努力はすごい」など…
=〈地域〉の存在・活動の成果が可視化
→町並みの保存・再生:〈地域〉と密接な結びつき
→社会関係と空間の基礎的単位として〈地域〉が重要な役割を果たす
            ↓
★城下町から続く小都市:土着の自営業主が集住する〈地域〉
→居住を軸とする生活と職業を軸にする生活とが重なる
→職業における共同の問題(例:集客・観光地化など)が直接〈地域〉の問題になる
→住民からまちづくりのあり方を提起しやすい
⇔変化を嫌う伝統主義ものこる
→利害調整は簡単ではない
★このような共同で解決すべき問題は「町並み保存」の城下町に限らず、どこにでも存在する!

2.〈地域〉への関係の縮小
2-a)生活圏の拡大
★現状の私たちの日常生活:〈地域〉の重要性は低下
≪背景≫
●1日の行動範囲は〈地域〉の範囲を大きく超える
●〈地域〉で過ごす時間が大幅に低下(サラリーマン・10代後半~20代の若者にとって〈地域〉は寝るための場所と化している。)←大都市ほど職住分離は進んでいる
→少しも〈地域〉が見えてこない日常生活が拡がっている

2-b)2つの実感の乖離
★多くの未婚の青年男女:〈地域〉を超えて生活
→〈地域〉とのつながりが希薄化
★〈地域〉の重要性を実感しつつ、同時に〈地域〉の無用性を実感
→その乖離をいまや「常識」として私達は受け入れている!

2-c)無用性実感の拡大
先述の乖離:実感する無用性の方がはるかに強く意識される
→住民の〈地域〉への関与の低下へストレートに結びつく
≪背景≫
●都市・都市近郊への人口流入・匿名性空間の拡大
→日常行動圏・生活時間配分の比重が〈地域〉外へ
●〈地域〉における共同の生活問題に対する住民による共同処理の縮小

2-d)都市的生活様式と地域
★住民による共同処理の大幅縮小
背景その1:都市的生活様式の拡大・高度化
→共同の生活問題解決を行政・サービス業に任せる
→住民の相互扶助による処理を省略
=住民の〈地域〉への関与が縮小

2-e)家族の構成的変化
★住民による共同処理の大幅縮小
背景その2:家族における構造的変化
→1950年代後半~1980年代前半:核家族化
       ↓
 1980年代後半:高齢者夫婦のみの世帯増加
★核家族化の進展は「家」と〈地域〉とのつながり方を大きく変化させた!

2-f)家族と〈地域〉のつながりの変化
★1950年代前半までの「家」:半開放的家族システム
→(例)・家長:家長のみが集まる集会に参加
   ・嫁:嫁のみが集まる集会に参加
→「家」成員それぞれがそれぞれの地域集団に所属
→村の共同問題を分担して共同処理
=「家」と〈地域〉との関係は具体的で密接
★1950年代後半以降:〈地域〉に対して閉鎖的に
核家族:夫婦と未婚子女のみから成立・プライバシーを優先
→〈地域〉に対して閉鎖的
=これまでの「家」と〈地域〉間の仕組みに変化
→家族と〈地域〉のつながりの希薄化
→地域集団の衰退
→地域問題解決における、行政・サービス業に対する高度依存
→住民による共同処理の大幅縮小

3.今、なぜ〈地域〉は重要なのか
3-a)暮らしを支え合う地域の機能の変化
★前章までの内容以外で〈地域〉と人々のつながりの希薄化をもたらした可能性があるもの
→大多数の人々が「中流」意識を持つ社会
 例:「隣近所の助け合い」の衰退:日々の暮らしに困ることがないため
→地域内での相互扶助:人々が〈地域〉を具体的に実感する出来事
=プライバシーより日々の暮らしを優先せざるを得ない時代の話。
→お互いの距離の取りかた・ルールなどは長年かけて培われていた
★生活水準の向上(=中流化)
→相互扶助が不要化(助け合わなくともカネさえあればサービスを受けられる)
→〈地域〉が有する生活互助機能が衰退

3-b)〈地域〉に対する関心の高まり
★〈地域〉とは一体何かはますます曖昧になっている
⇔〈地域〉への関心・重要性への認識は高まりをみせている
→●〈地域〉は今でも居住地として重要であることは間違いない
 →〈地域〉が人々にもたらす影響・人々が〈地域〉にもたらす影響の解明
 =都市社会学・地域社会学の基本的使命
 ●近代社会システム(例:グローバル化・・環境問題・現代政治システムの限界等)の改革に〈地域〉の再生が不可欠であるという認識
 →〈地域〉の重要性の再発見

3-c)新しい〈地域〉イメージの構築に向けて
★グローバル化の進展における負の側面:社会的不平等の拡大
→●〈地域〉内では階層・エスニシティによる居住地のすみ分け
 ●〈地域〉内における紛争の増加
→〈地域〉の変化はグローバル化の1つの帰結
★高齢者・障碍者・子育て支援のネットワーク作り
→●旧来の〈地域〉イメージでは新しいシステムは構築できない課題
              +
 ●行政という専門処理にすべてを委ねてはならない課題
★新たな〈地域〉イメージの構築へ
→①〈地域〉を政治や行政サービスに拮抗しつつ協働する〈住民〉自治の社会的空間へ
 ②近代社会システムの限界=専門処理(行政)の限界
 →住民による共同処理を拡大することを中心とする〈地域〉システム改革の必要性
 ③〈地域〉の空間的範域を明確化
 →政治・行政との関係性・住民自治の拡大・新たな社会システム・処理システムに対応した範囲
★近代社会システムの限界打破・住民自治の拠点としての新たな〈地域〉イメージが求められている!!!

4.まとめ
★〈地域〉の基本的重要性:居住地に拡がる社会―空間
⇔生活圏拡大・都市的生活様式の高度化・生活水準向上・家族編成の変化
=〈地域〉の無用性を実感
      +
 〈地域〉の諸問題を行政に依存して解決・処理することが当然という認識が一般化
→自治能力が低下
    ↕ …ミスマッチ発生→解消が緊急の課題・急務。
 協働のニーズの高まり
 →政治・行政との関係性・住民自治の拡大・新たな社会システム・処理システムに対応した範囲で〈地域〉の空間的範域を明確化すべき
★近代社会システムの限界打破・住民自治の拠点としての新たな〈地域〉イメージが求められている!!!

5.論点
論点①:
〈地域〉が抱える課題に関して、限界集落等の農村部集落と都市・都市近郊部との間にどのような共通点・差異が存在するか。
論点②:
近代社会システムの限界打破・住民自治の拠点としての新たな〈地域〉イメージを考案してみよう。(農村部・インナーシティ・都市郊外部:各グループで1つ選択)

<班の議論の紹介>
<第1班>
●論点1
農村・郊外・都心ではそれぞれ、福祉・教育・経済・インフラなどコミュニティの生活に関わる様々な問題がある。そしてそれらはコミュニティ自体の問題とも相互に関係している。農村・郊外・都心によって、インフラの整備具合、財政基盤、人口規模、制度は異なる。しかし、共通するものとして、高齢化や学校・保育施設・介護施設の不足という問題がある。またコミュニティ内の人間関係における問題として は、「村八分」という意識が特に農村や郊外で見られる。また人間関係の希薄化は、人口減少の農村でも個人化が進む都市部でも見られる。

●論点2
ここでは、「地方都市郊外の農村と住宅地が混在する地域における課題」と具体的なモデルケースを想定した。その中で社会的弱者が含まれる高齢者・子ども・低賃金or失業中の単身者が直面している問題について、コミュニティ・制度・経済の面から例を挙げた。そしてこのような問題について住民が自主的にどう解決を図っていけるかを考えた。
高齢者については、コミュニティ面では老老介護、制度面では医療の未発達や介護施設の不足、経済面では年金不足などの問題がある。子どもについては、コミュニティ面 では遊び場や安全確保の不足、さらに家庭内の状況が地域に対しクローズされていること、制度面では待機児童や教育格差、経済面では教育費の増加といった問題がある。そして単身者については、コミュニティ面では人間関係の希薄化や居住地分断、制度面では社会保障サービスの不足、経済面では収入の不安定さや仕事がないといった問題がある。この3者には貧困のリスクがつきまとっており、産業が空洞化する地方の現状も背景にある。
上記の問題への対処法として、まず見守り活動などを元気な高齢者が行っていくことが挙げられる。高齢者と子どもの両者の遊び場を提供したり、子育てサロンを整備していくこともできる。子供会や放課後学童保育などもあるだろう。こうした地域活 動は以前から行われてきたが、地域企業などと協力してサービスとし、仕事の無い単身者の雇用口とすることもできる。企業が住民の自治的活動と連携し、個々の住民の情報を把握して行政に報告することで、行政もきめ細やかなサービスが可能になると考える。

<第2班>
論点①:
〈地域〉が抱える課題に関して、限界集落等の農村部集落と都市・都市近郊部との間にどのような共通点・差異が存在するか。
⇒まず、地域が抱える問題について挙げてみることにした。その後「都市部ならでは」「農村部ならでは」「都市部・農村部共通」に分類した。さらに地域問題は「人」が関わるもの、「設備」が関係するものの2つに大別できることが分かった。総じて言うことができるのは、新住民と旧住民との間に壁があり、交流が希薄だということだ。地域の高齢化、自治会が面倒だという認識などが結局は地域問題を話し合い解決する場をなくしてしまい、トラブル発生が発生したり、トラブルが解決しないことに繋がっている。

論点②:
近代社会システムの限界打破・住民自治の拠点としての新たな〈地域〉イメージを考案してみよう。
⇒当班では郊外をイメージして議論した。戦前においては強力な住民自治組織があったため、行政への依存度は低かった。しかし、戦後期に入り、イエ制度の崩壊・核家族化・高齢化などによって地域の関わりが希薄なると、住民問題解決(ごみ問題など)における行政への依存度は大きく高まった。このことで住民の地域に対する関心も低下し、近隣トラブルなどが発生が増加した。このことによって地域の問題が可視化する。ここで住民同士が嫌がらずに面と向かって問題を解決することが出来れば、地域への関心も芽生える。しかし、ここでも行政に問題解決を外部化してしまうと、「無関心のスパイラル」が生じ、いつまでたっても地域住民がすんでいる地域に目を向けることはないだろう。地域問題に面とむかって立ち向かうことで意識改革が出来れば、住民が団結して組織化し行政と対となることが可能になる。ここから「ローカル・ガバナンス」がすすむのではないだろうか。また、このとき行政は住民をサポートする立場に回り、行政にしかできないことで住民をサポートしていくべきだ。また、この「ローカル・ガバナンス」が可能な地域は、小中学校の登校班・「丁目」レベルではないかと私たちは考えた。

<総合司会コメント>
〈地域〉について、論点①では〈地域〉が抱える問題を、論点②では現代にフィットする新たな〈地域〉イメージについて議論した。
〈地域〉が抱える問題は、たとえ場所によって異なるように見えたとしても、根底には共通するものがある。しかし、その解決方法こそ〈地域〉の色が出るところではないか。例えば、郊外と言えど、それぞれに特色があるはずである。それも考慮して新たな〈地域〉システムを創造することは実に興味深い。
この先、私たちに〈地域〉の問題解決の機会が与えられたならば、ぜひ本日の議論を活かしたいものだが、そもそも、私たちのような大学生こそ、多くの時間を〈地域〉の外で過ごし、自分自身の〈地域〉に疎い存在ではないか。学んだことや、有り余る体力を無駄にせず、還元できる〈地域〉はないものか。その〈地域〉システムを私たちの目線で提案してみても面白かったかもしれない。

2015-05-01 21:22 : 『地域の社会学』(15年度前期学部ゼミ) : コメント : 0 :

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