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ゼミ生の雑誌掲載論文のpdf

兵庫地理学協会発行の「兵庫地理」のバックナンバーの一部(~2010年まで)がpdfとして公開されました。

澤ゼミ生〔当時)の「兵庫地理」掲載論文は、以下のページをご覧下さい。

震災モニュメントと記憶の諸実践:慰霊と教訓、継承と受容の間で / 吉新, 雄太 / 相澤, 亮太郎
兵庫地理 54 / 2009-03-31

郊外団地における男性退職者の場所の再構築:兵庫県明舞団地を事例にして / 宮本, 真樹
兵庫地理 54 / 2009-03-31

インド・新興工業団地近接農村における宗教空間の変容:マディヤ・プラデーシュ州インドールの近郊農村を事例に / 相澤, 亮太郎
兵庫地理 53 / 2008-03-31

金沢市における旧町名復活にみる地域アイデンティティと地域イメージ / 宮本, 真樹
兵庫地理 53 / 2008-03-31

阪神・淡路大震災におけるテント村の形成と消滅:災害後に“住み残る”ことの困難 / 相澤, 亮太郎
兵庫地理 52 / 2007-03-31

神戸郊外における場所意識 : 写真投影法による分析 / 大西, 昭彦
兵庫地理 51 / 2006-03-31

神戸をめぐる場所への愛着:ライフヒストリーとエッセイからの場所愛抽出 / 相澤, 亮太郎
兵庫地理 47 / 2002-03-31


なお、PDFで公開はまだされていませんが、「兵庫地理」には、下記の論文も掲載されました。澤ゼミ生〔当時)の論文です。

都市近郊地域における農地所有者を中心とした社会関係資本の形成-伊丹市と明石市を事例として-/ 植田 國裕
兵庫地理 58 / 2013-03-31

地域づくりにおける社会関係資本の形成-兵庫県丹波市における新規定住者獲得に向けた取り組みを事例に-/ 植田 國裕
兵庫地理 57 / 2012-03-31

「人文地理」に掲載されたゼミ生〔当時)の雑誌論文は下記の通りです。一部がPDFでダウンロード出来ます。

水害常習地域の空間認識―大垣市の社会科副読本、ハザードマップ、手描き地図に着目して― / 相澤, 亮太郎
人文地理 59-3 / 2007-06

阪神淡路大震災被災地における地蔵祭祀―場所の構築と記憶―/ 相澤, 亮太郎
人文地理 57-4 / 2005-10
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2014-06-28 18:33 : 澤ゼミ構成員研究活動 : コメント : 0 :

第3章 不安の深層から 見えない犯罪の裏側を探る−

第3章 不安の深層から 見えない犯罪の裏側を探る−

KEY WORDS:安全・安心、セキュリティの技術、都市環境、防犯のまなざし

本章の目的

地域防犯活動におけるセキュリティの技術とまなざしの倫理を明らかにし、不安と環境の循環を超える都市コミュニティの可能性にせまる

1 流動化する社会と見えない犯罪

都市のモビリティと逸脱
・モビリティの発展…境界の乗り越え、逸脱の偏在
・セキュリティの技術の発展… 都市空間の境界の再形成・可視化、発展の方向付け
不可視かつ境界を越えるリスク要因を科学技術によって可視化することは、現代社会の流動性を扱う際の端的な様式を成し、同様に、見えない犯罪への対応にも当てはまる。

犯罪における境界のゆらぎ
・近年における犯罪にかかわる諸特徴
環境因への着目→「地域社会がどうあるべきか」という議論
「体感治安」への着目
いつ何時でも、あらゆるもの・こと・場所が機会となって、どんな人でも犯罪に関わる/巻き込まれるかもしれないという不安は、コミュニティ全体の議論へ、同時に、境界の必要性についての議論へ

境界の乗り越えと消滅
・「地理的境界」の消滅…犯罪行動に伴う範囲の広域化
・「社会的境界」の消滅…治安のための共同体そのものが犯罪の温床となりえるリスク社会の自己再帰性を表す
・地理的・社会的境界の消滅…いつでもどこでも薄く広く危険が存在する状況

2 犯罪を可視化するセキュリティの技術

移動のトレースとデータベース
・自動車ナンバー読み取り装置によるデータベース化や防犯カメラ設置数の増加
→「個人監視」から「大量監視」へ

排除と必然性の環境
・「データ監視」の出現…治安維持のみならず、排除のための新たな境界、自己を他者とは異なる明確な主体となることを促す
・インターネットショッピングのおすすめ商品、SNSの「知り合いかも?」
→規制の存在に気づかせることなく、技術的・物理的に行為の可能性の縮減する規制の方法
→自らが特定の何者かになる「自由」を与えてくれる(ように思える)
→自分の行為と志向性との間に矛盾や摩擦を感じない

データベースが、事前に偶然性を必然性に変える

スキャナー化するまなざし
・犯罪の事前予防・防止への関心の強まり
「状況的モデル」
「コミュニティ・モデル」
犯罪環境に着目するまなざしは、都市空間を犯罪環境の要素となる地点の集合に分解、記号化、変換し、新たに編集可能な都市空間を構成することで、あるべき安全な環境を見出そうとする

・犯罪者の主体像の転換
 
割れた窓を見つけ出す
・「割れ窓理論」…日本においても支柱とされた
犯罪環境への着目は、制度化されたまなざしを生み出し、新たな境界の再生産を導くための「防犯のまなざし」を提供する。
 
境界形成と防犯のまなざし
・環境犯罪学の立場から(小宮信夫)
「領域性」…「物理的なバリア」、「心理的なバリア」からなる
「監視性」…「領域内をみやすくしてきちんとフォロー」、「みようとする意識、地域への関心、当事者意識」からなる
・防犯に適した環境整備への批判
犯罪の場所の移転を促し、犯罪予防の環境を用意できない地域が不利益を被る可能性。市民相互の信頼の喪失。社会的排除。公共空間の私事化など
  
3 地域防犯活動による境界形成

準備される共同性
・防犯ボランティア団体のはたらき…失われた共同性を取り戻そうとする
安全・安心まちづくりは、ハード面での整備だけでなく、共同体的価値を有する環境・地域社会の構築を目指すものである
 
自明でアクティブな行為主体
・地域社会・防犯ボランティア団体の構成の偏り
・「資格/能力ある市民」…安全・安心まちづくりという共同体的価値のもとに形成される縄張り意識と当事者意識、擬似的な公共空間の中で地域防犯活動が実施され、そこで活動する主体
→共同体的価値、セキュリティの技術によって能力が供給
→「困難の物語」を共有することなく、境界を形成し排除の倫理を宿す可能性
 
仙台M地区における地域防犯活動の始まり
・地域の変化に対応しようとする活動から生じる
安全・安心への邁進とその後の取り組み
・取り組みが注目され、対外的な評価を意識した
→結果、隊員間のコミュニケーションの希薄、意識・意欲の差が生じた

4 まちを見出す新たな可能性

地域の安全・安心を別の観点から捉える機会はどこにあるのか?
→歴史的まちづくりの視点、価値の多様性を基底として見出されるのでは

鹿児島市Y地区の概要—−自動車社会化
・住宅地・自動車社会→空き巣、車上荒らしの増加

まちのよさを生かす防犯NPO
・まちづくりNPO法人「ねぎぼうず」から防犯NPO「おげんきかい」へ
まちの時間的・空間的拡がりへの意識をいかに保ち、より多くの成員と共有し、防犯のまなざしを相対化する中で、「まちづくり防犯NPO」としての利点をどのように生かしていくのか?
→根本は地域を見直し、つなぎ、心を開くことができる場所づくり

おわりに

・地域防犯/ボランティア活動については、防犯のまなざしを絶対的なものとしない限りで評価可能なものとなる。
→防犯が目的であるだけでなく、まちをつくる手段としてセキュリティの技術を相対 
 化しながらそれとつきあう姿勢の必要性
・「防犯のまなざし」の影響力の強まり
→多様性の縮減、境界の中に閉じる傾向
⇔日常生活とまちづくりが持つ多様性・潜在性の評価が課題

論点
①私たちの日常生活において、データベース化、セキュリティ技術の向上、防犯のまなざし、安全・安心のまちづくりへの取り組み等といったものはどのような場や時に使用され、機能しているか。(排除だったり、規制だったり、必然性を生んだり…)
② ①より、多くのものに守られ、規制されている現在の都市環境においては、安全・安心に関して様々な矛盾や二面性、不安定さを持っているといえる。その様な不安定な都市環境の中で、私たちは個人、あるいは地域としてどのようなことを考えながら、あるいは重視しながら他者と関わっていくことができるだろうか。


<第1班>
論点①
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論点①に対して、私たちのグループはデータベース化社会、セキュリティ技術の向上を背景とする現代社会の、犯罪に対する防犯対策から考え始めた。防犯対策の具体例を挙げた上で、「どのような時に機能しているか」に関して、犯罪前の予防策としての「事前防犯」と犯罪後の対応策としての「犯罪後対策」の二つを分けられた。そして、挙げられた防犯対策を「排除」(境界により、自己と他者を明確的に分離する方法)と「規制」(技術的、物理的に犯罪行為の可能性の縮減する方法)の二つを分けられた。「どのような場に機能しているか」に関して、「乗り物、学校、駅」など私たちの日常生活に関われている場所を考えた。したがって、犯罪の危機は私たちの身近いところに潜んで、いつ何時でも、あらゆるもの・こと・場所が機会となって、どんな人でも犯罪に関わる、巻き込まれる可能性があることがよくわかるようになった。防犯対策、あるいは治安維持への取り組みは個人対応や組織管理などいろんな対応形式があって、一体どのような取り組み方は良いなのか、論点②の討議で明らかにしたいと思う。

論点②
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論点②に対して、私たちのグループは都市環境の安全、安心に関する二面性の視点から考え始めた。論点①に挙げられた防犯対策が安心感に与える効果を準として、軸を作った。一般論としては、ゲーテッドコミュニティーやオートロックなどが確かに犯罪者を排除されることに機能し、人々に安心感に与え、治安維持にもいいと言える。しかし、監視カメラの設置、刃物規制や、行動追跡など、治安維持に効く一方で、監視社会が人々に不安感を与えるのも事実である。
このような二面性に対して、監視社会の穴を陥らないため、地域内の結びつくことを強める必要があると考える。理想像としては、個人対応や、コミュニティ単位の防犯、信頼関係を作るのはとても大事だと思う。一方で、現況としては、犯罪に関わる人の論理観に委ねる部分があって、機械的な防犯対策をすべて放棄することも不可能であり、できるだけ利用範囲内で、不正利用にならないよう、厳格に規制する必要があると私たちが考えた。

<第2班>
論点①

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論点②
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<第3班>

論点①

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①私たちの日常生活において、データベース化、セキュリティ技術の向上、防犯のまなざし、安全・安心のまちづくりへの取り組み等といったものはどのような場や時に使用され、機能しているか。(排除だったり、規制だったり、必然性を生んだり…)

⇒まず、議論を始めるにあたって、論点の中で例示されている4点を中心として、身の回りで使用、機能していると感じているものを挙げていき、4つに分類わけを行った。そして、それらがどのように関連しているか、重なっているかについて話し合うことで整理していった。ここでポイントとなったのが、安全や安心を目的とし、技術の向上や防犯を行うことが、一方で排除や規制といった負の面も生み出しているのではないかという両義性であった。例を挙げると、人々の情報のデータベース化を行い、日常生活の効率化を図る一方で、そのデータベースによって人々が分類、区別され、その結果、排除が生まれてしまうのである。
以上、このような両義性を班員で共有し、重要な点とすることで、論点②につなげることにした。

論点②

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論点①より、多くのものに守られ、規制されている現在の都市環境においては、安全・安心に関して様々な矛盾や二面性、不安定さを持っているといえる。その様な不安定な都市環境の中で、私たちは個人、あるいは地域としてどのようなことを考えながら、あるいは重視しながら他者と関わっていくことができるだろうか。
⇒この議論においては、論点①より得た両義性を基に、そのような両義性、矛盾をもちながらどのように私たちはコミュニティの中で関わりうるかについて考えた。この議論でのポイントは、議論の本筋を安心・安全や、防犯、セキュリティ、データベースの4点とそれらが生む両義性ではなく、別の観点からとらえるということであった。まちづくりをしていくうちに、防犯、安全・安心が包括されていくような視点からコミュニティを考える、というものである。そこでは、両義性や矛盾でよって形成された、すべてが自己責任といった“閉じた社会”ではなく、責任を個人に求めることのない“開かれた社会”となるのである。また、その「“開かれた社会”とは何か?」、「そういった社会にするためには?」という問いに対する手がかりとなるものが、あいさつであったり、テキスト中においては、歴史的まちづくりの視点、まちづくり防犯NPOといったりするものである。時間的な制限もあり、今回の議論は以上でまとまることとなったが、この点は今後より議論が必要な部分であると考えられる。

<総合司会コメント>
私たちの日常生活のありとあらゆる場面において安心・安全な社会づくりへの取り組みが行われている。それは事前対策もあれば、事後対策もある。担い手も個人や組織と様々だ。また自主防犯・カメラでの監視・データベース化と時代が進むにつれて効率化も進んでいる。しかし、効率化によって排除や、表向きは防犯のために行った事であっても結果として不安が増大するなどという裏目が出てしまう事がより顕著になってきた。そうした二面性を持つ安心・安全への街づくりは、多様性を失い、同質性を高めた、「閉じた社会」をつくりあげてしまう。結果として少し怪しいと感じたらすぐに排除の力が働く社会になってしまうのだ。
 そうした社会にならないためにはどうしたら良いのか。議論ではそこまで話が及んだ。挨拶程度が出来る近隣との付き合いや、NPOを活かした街づくりが必要なのではないかという意見が出た。だが現実的には、人々の倫理観や価値観は人それぞれであるため、そうした社会の実現も難しいのかも知れない。
2014-06-27 15:47 : 『都市のリアル』(14年度学部ゼミ) : コメント : 0 :

第2章 都市は甦るか 〜不安感の漂う中で〜

第2章 都市は甦るか 〜不安感の漂う中で〜

KEY WORDS:危機・世界都市・人口問題・犯罪リスク

1.現代都市と危機

1-a)はじめに
・都市にとっての危機:天災・大事件
→都市にとって危機が持つ意味とは何か・都市は危機をどう回避するか(危機回避の方策)
・危機の例 ニューヨーク:治安問題(事件)同時多発テロ事件(大事件)
日本東北沿岸部:東日本大震災(天災)

1-b)現代都市と危機の諸相
都市社会学者ワースによる都市の定義(米):「人口量の多さ」「居住者の社会的異質性」「人口密度の高さ」から定義
日本:高度経済成長期の都市化 
→大部分の日本人が集合的に生活する空間、緊密に依存しあう空間に
(現代都市のなりたちが内包する危機やリスクとの関連)
・都市は同時代の社会問題や、個人の日常生活を取り巻くリスクを先鋭的にあらわす
・水道・交通・施設などの物理的インフラ網に支えられる都市は、そのネットワークが緊密で高度であるほど不測の事態への対応が困難
・都市を生活共同体としてのコミュニティと見た場合、「匿名性」や「人間関係の希薄さ」と特徴づけられる都市的な人間関係は意思決定の難しさにつながる(リスクへの対応に関して)
→「若さ」「健康」「仕事の安定」など個人の生活レベルに問題がない場合
=リスクと認識されにくい
→災害など個人で制御不能な危機を想定すると、大きなリスクになる
・人口規模や人口構成の安定性(自治体・行政目線)は住民の「生活の質」を左右しかねない重要な要素
→バランス崩壊で都市の危機を招きかねない(cf.少子高齢化社会)

2.世界都市と近年の危機

2-a)「世界都市」ニューヨーク
・ニューヨーク:東京・ロンドンに並ぶ「世界都市(Global city)」
・1970年代:経済衰退の「底」→工業都市からの脱却:「世界都市」戦略
→金融市場の世界的中心地・世界レベルの観光・エンターテイメントの都として経済再生に成功
・ニューヨークの特徴:多人種・多民族集団→「異質なもの」に寛容・開放的
⇔異質な集団間の差別・軋轢の可能性

2-b)犯罪リスクの政治化
・ニューヨーク「9・11」以前の危機:犯罪問題
→1970・80年代に犯罪率急増: 「凶悪犯罪が多発する危険な街」
→ジュリアーニ前市長による施策:軽微な犯罪も徹底的に取り締まる
→警察官による路上パトロールを徹底(「割れ窓理論」)
→1990年代に殺人率大幅減:「安心・安全で清潔な街」へと変化

2-c)払った代償
・ニューヨーク市警の治安維持活動に問題点:
人種・民族的マイノリティに偏向した不当な停止・送検(stop and frisk)を実施
→多数の市民の「不安」は軽減される⇔マイノリティを中心とする市民の安全が代償に
(example) タイムズスクエアの再開発(1990年代後半)
圧力に抗うことが出来ない人々にとっての公共空間の再生
=不動産会社・巨大法人の利害に基づく空間の再編
=公共空間からのコミュニティの撤退を意味するのでは?

2-d)「9・11テロ」の発生
「9・11同時多発テロ」:都市とリスクを論じる上で重要
→テロ:人口密度が高い現代都市がテロ攻撃に対して脆弱で無防備であることを明らかに
→市民の心に「恐怖心」を植え付ける
→「テロとの戦い」:様々なテロ対策
⇔(無差別)テロ:個人レベルでは制御できない →得体の知れない恐怖・不安
→主権国家の主張の正当性が意味をなさない空間
→リスク制御としてのテロ対策:否応なしに政治問題の中心
⇔リスク評価は困難・終わりが見えない課題

2-d)「不安」社会と監視空間
テロ抑止の方策:監視体制の強化
→監視カメラ・手荷物検査・インターネット上の監視・盗聴など
=「安全のためには手段を選ばない」 ⇔市民が等しく負担するわけではない
→アフリカ系男性・アラブ系イスラム教徒などにしわ寄せ:嫌がらせ・ヘイトクライム
→市民の犠牲が代償となった未然抑止策⇔テロ未遂事件(2010年)
→さらなる監視の強化・「不安」への対応がエンドレス化
→秩序の維持や再生のために多様性・異質性への寛容といった都市の魅力が失われる可能性

3.日本の都市の危機

3-a)「3・11」の発生
東日本大震災:日本社会にとって未曾有の出来事・危機の象徴
→津波・原発事故・都市機能麻痺(首都圏の帰宅困難者など)

3-b)3・11大震災の甚大な被害
・未曾有の災害:複数県にまたがる被害
→・漁業・水産加工業などの主要産業が壊滅=雇用の喪失
・放射能汚染:原発事故の収束・汚染地域の住民の将来の見通しは立たず

3-c)震災から2年の課題
・順調に進まない復興
・問題と課題
①人口流出(特に若年層):震災前からの課題でもある
 復興ビジョンの策定が長期化するほど人口流出加速
②意思決定の主体性:「当事者の意思」or「行政・国のリーダーシップ」
被災者が望む復興ビジョンと県・国が望む復興ビジョンとの不一致
③復興における将来的な地域格差:意思決定・手続き=自治体の境界で縛り
NPO・ボランティアなどの受け入れに自治体で差
職員不足・大規模な合併に伴う地域間の復興への温度差
→被災自治体の積極的連携で再生を模索するのが望ましい?

3-d)東北から日本へ~都市の共通の課題
被災地から離れつつある人々の心:震災以前から問題を抱える日本列島を反映
→被災地支援の余裕がない
・「活性化」の頓挫→構造的問題に直面
・少子高齢化社会→医療・福祉の深刻な状況
・難しい経済成長・国や地方自治体の財政難など

3-e)都市間競争の激化と地域間格差
生き残りをかける構想:「都市間競争」
人口変動のリスクを制御する従来の都市経営に限界
→公共投資は財政難のなか容易に使えない
「ハードからソフトへ」:有効な手段は未だ模索中
競争の勝ち組?である東京:団地の高齢化・孤立死・買い物難民問題など
→現代日本:地方・大都市圏関係なく諸問題解決のニーズは高まっている
⇔行政の財政難・人的資源難・地域住民組織の形骸化や弱体化などの共通の課題
→解決は困難な状況

4.持続可能な都市を求めて

4-a)「持続可能」の意味するもの
都市としての安定性を高め、住民の生活を向上させる取り組み
→ニューヨーク:競争を通じた経済成長の獲得をもっとも重視(犠牲はつきもの)
⇔日本の都市のビジョンは不透明→「持続可能な都市」思想
=住民1人の生活の質の確保を重視する都市づくり(画期的方策見つかっていない)

4-b)日本での取り組み:脱成長時代の都市経営モデルの模索
人口増を目指す「企業誘致」「郊外への拡大的開発」からの脱却
→都市のコンパクト化・環境との共生(代替・自然エネルギーの開発促進)

4-c)地域住民組織の課題
家族だけに個人の生活を支える機能を求めることは不可能←高齢化・小家族化
→「孤立死」抑止・防犯や防災における地域社会の重要性
⇔地域住民組織:弱体化・若者や働き盛りの人々の参加が少ない

4-d)おわりに
地縁:集団的生活の危機を乗り越えるために必要なものとして再評価
→居住する地域が抱える問題・危機を認識
→問題・危機への対処への取り組みに自ら関わろうとする意識が必要
=住民1人1人が責任をもって意思決定のプロセスに参加する姿勢が地域社会には不可欠。
→そのうえでNPO・専門職・行政との協働のあり方を模索していくべき

<論点>
論点①:「危機」への対応における問題点について、ニューヨークと東日本大震災被災地とを比較・整理してみる。
論点②:①を受けて、ニューヨークのような格差を前提とした都市づくりではない、日本が選択すべき都市像とは何かを考えてみる。



<第1班>
論点①
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論点①ニューヨークと東日本被災地の、「危機」への対応を、対になる観点で整理できると考えた。ニューヨークは「危機的状況の発生自体を防ぐ」という観点で、テロ対策、監視システムの構築、軽犯罪の取り締まりなどに取り組み、東日本被災地は、「発生後の被害を減らす」という観点で防波堤の建設、住民の高台移転などに取り組んでいる。また、政府主導の対応としてニューヨークでは、危機管理に関わる情報のデータベース化とそれへのアクセス管理が、東日本被災地では、代替・自然エネルギーの開発や廃棄物処理場問題に関わる現場との意見のすり合わせが求められる。
しかし問題の表面化、深刻化もすすみ、ニューヨークでは「都市の魅力が失われる」「社会に不安が蔓延する」「対イスラムへの図式化が進む」ことが心配される。これに対して東日本被災地では「少子高齢化が急速に進行」「地方の財政難」「放射線対策の遅れ」などが心配されるというように整理してみた。


論点②
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論点②日本が選択すべき都市像に関わるキーワードは、「危機管理」と「住みやすい都市」であると考えた。危機管理として今求められる災害対策は、「都市の直下型地震対策」「行政機能のマヒ」「帰宅難民」「避難場所の確保」などである。これ等の課題に対しては、例えば、「防災訓練の実施」「都市機能の分散」などが急務とされている。さらに日本においてもテロ対策が危機管理の重要な課題となっている。個人情報の特定や監視カメラの配備などによる犯罪リスクの軽減は、今後ますます必要とされると考える。
「住みやすい都市」に関わるキーワードとして、「労働問題」「人口問題」「マイノリティへの対応」を考えた。「労働問題」に関しては、低賃金の解消、基幹産業の活性化などで働きやすい都市環境を作る必要がある。また、「人口問題」に関しては、少子高齢化対策が急務であると考える。内容的には、子育て支援策や都市のバリアフリー対策や待機児童対策、高齢者向け産業の振興などが必要であろう。さらに、「マイノリティへの対応」として、新たな労働力としての移民の受け入れや、それらの人々の低賃金対策・治安対策などが重要ではないかと考えた。

<第2班>
論点①
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論点②
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<第3班>
論点①
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まず私たちの班では、同時多発テロと東日本大震災というどちらも国難的な危機的事態に対するそれぞれの対応とその中で生じた問題について列挙した。次にそれを項目ごとにくくりだすことで、「お金」や「差別」といった項目で両者に問題が生じていることが見られたが、その内容はそれぞれの「危機」発生の地域差、すなわち各地域が「危機」以前にはらんでいる問題が異なることから、同じ項目であってもその内容はその地域を色濃く反映するものになった。また、この2つの「危機」におけるその後の対応を考えていくうえで、これらが生じた「場所」の特性が対比的に異なること(米:都市・人為的・ビル2棟⇔日:地方・自然・広範囲)も注目された。最後に、先述にもあるように、「危機」を契機としてそれまで内包されていた地域の問題が一気に表面化し、それが「危機」への対処をより難しくさせている要因の一つなのではないかという結論にたどり着いた。

論点②
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少子高齢化に伴う人口減少社会のわが国において、今後採るべき都市像とは如何なるものかとして議論を始めたところ、そもそもテキストに挙げられている「都市のコンパクト化」の是非が問われ出し、コンパクト化によるメリット(利便性・機能性の向上、自己完結性)よりも、その裏に潜む様々な弊害(今地方と呼ばれる地域に住まう人のその土地への気持ちや愛着を反故とする姿勢)のほうが多大なのではないかという意見から、私たちの班では、「都市のコンパクト化」とは異なった形の都市像を構築すべきであるという方向で議論を深めることとなった。
 都市のコンパクト化は、同時にある特定の地域に人を多く住まわせ、その範囲内で生活を完結させることを想定させるため、現存の過疎化した地域に住まう人と当該地域での産業は縮小していかざるを得ない方向で捉えられており、事実上都市との地域間格差を包括的に解消する方策とはなりえていない。そのため、現在地方が抱える財政や上述の地域間格差といった解決すべき問題を踏まえた上で提案されたのが、「中規模で且つ同等の規模の都市」が分立するという都市像である。これらの都市はそれぞれが互いに近接しあっており、コミュニティバス等の公共交通機関で連絡されていて、都市と都市が「点」ではなく「線・面」として関わり合いを有している。また同時にこれらの街は教育機関(特に中高等教育)や病院、買い物施設等の暮らしに必要最低限の機能を持ち、労働の面では地域の特性を有した産業に特化していて、その点では近隣都市と補完関係にある。
 つまり、それぞれの都市が中規模程度で密に連帯が取れる環境下においては、生活がそれらの地域内で完結するため、外部に流出する人間は「その地域では果たせない何か」を追う者のみで、とりわけ若年層の過度な流出を防げることが見込まれる。そして、こうした若年層の定着は都市内の世代間の人口差の減少や地域間の財政面での格差の減少に寄与するのではないかという結論に至った。また同時に、このような都市の構造によって、一般的な暮らしを営むのに過不足のない街では、一度外部に出た者による再定住の増加の可能性も大きくなるのでは、というところで議論が落ち着いた。

<総合司会コメント>
現代都市は様々な危機を抱えているといえる。テロ事件、自然災害などのような予知不能なリスクは、都市が直面している危機をさらに深刻化されている。
危機への対応の視点から、現代都市のあるべきビジョンについてはどうやって考えればいいのか。答えは決して経済の繁栄のみならず、住民一人ひとりの「生活の質」を確保することに重点をおく、「持続可能」な都市づくりを目標とするはずである。
討議中二ューヨークと東日本大震災被災地の実際例を手掛かりとして、各グループは日本が選択すべき都市像について、危機管理と住みやすい都市の提言や、コンパクト化都市への異議などをそれぞれに構想した。その同時に、リスクを直面する時の現代都市の脆さも十分に認識し、安心・安全な都市ビジョンを目指す時の、監視社会の強化によりコミュニティの崩壊などの諸困難を挙げられた。
2014-06-24 15:18 : 『都市のリアル』(14年度学部ゼミ) : コメント : 0 :

序章 「ゆらぐ都市」から「つなぐ都市」へ

序章 「ゆらぐ都市」から「つなぐ都市」へ

1.「問い」としての都市
・「都市」:帝国の中に栄えた⇒近代国家の国民国家の中枢⇒グローバル・シティ

・都市の変化:シンブルな中心性より豊饒な複雑性を、またシステムの中枢より錯綜する周縁を読み込もうとするものである。  

・近代以降の知:
 ある種の安全及びその安全のうえに築かれた制度構造を与件としていた。
 そして都市を、ゆるぎない成長のナラティブと線形のナレッジを発する媒体として自らの視界に組み入れてきた。
・ポスト時代の知:
 近代以降の知のイニシアティブはなくなる。
 都市は人々が希望とか夢をふくらませていくコンテナーというより、人々の希望とか夢をさりげなくカオスとリスクへといざなううえで限りなく重要な役割を果たすようになっている。

・今後の都市の可能性を旧びた専門知ではなく、やわらかで大胆な知で問いこんでいくしかない。「つなぐ都市」が可能となるような構造の「かたち」とその存在の「ありよう」をしっかりと見据えた知の枠組みが必要になってくる。
・従来のような分ける学問、ホーリズム(全体論)への疑い

・「ゆらぐ都市」から「つなぐ都市」への道筋をあきらかにしようとする都市論の立場。
 流れがあり変化があり、予測不可能なものにみちあふれていて、しかも〈生あるもの〉をひそかに組織化する都市、常にゆらぎながら、つなぐ活力を秘めた都市に照準されるのである。

2.「ゆらぐ都市」から「つなぐ都市」へ
・「ゆらぐ都市」の二重性
①フローの力に貫かれて幾重にも分断されつつ都市的現実を指して、都市自体がゆらいでいる。――危機の認識
②そうした都市の全体像をもはやうまく対象かしえず、説明能力が急速に低下している都市研究の閉塞的な現状をさして、都市をめぐる知がゆらいでいる。――認識の危機

・現在の都市を、一つの全体的秩序として対象化することはできない。
 だが、ゆらぎのもとにある都市の数々の局所的地点から、社会学的な問いを立ち上げることは十分に可能である。

・都市のリアル――それは、都市の日常的現実よりもさらに生々しい現実である。
 [マジョリティをなす都市居住者にとっての日常は、各種の制度とネットワークのうちに位置づけられる限りで成立する。だが現在、そうした制度やネットワークの隙間に落ち込み、裸の状態でフローの力にさらされてしまう層が多方面で増大している]
 そうした人々の限界的な生の営みが示すもの、都市の現実の裂け目に浮かびあがるものを、ここでは都市のリアルと呼ぶ。

・都市に固有の力:新たな集まりやネットワークを生成するような力。開かれつつも閉じられ、閉じかれつつも開かれている場所を創出する力。諸個人を切り離れつつも、多様な関係性のもとに結びつけなおす力
本書の企図:そうした都市に固有のポテンシャルを個別の問いをモザイク状に組み合わせることで照らし出そう。

・[つなぐ都市]の二重性
①都市の現実の中で、分断を乗り越えて、あらたな共生の場を開いてゆく可能性を模索するという面――接続の可能性
②都市にせまる知がなしうることとして、都市的現実の局所に潜む《都市的なるもの》のポテンシャルを、個別の専門領域のコトバを相互翻訳することで救い出すという面――可能性の接続

3.本書の構成――都市のリアル
・第Ⅰ部 問いのなかの都市
 マクロな社会変動のなかでの都市の状況:居住空間、犯罪、労働環境の危機
 第Ⅱ部 ゆらぐ都市のかたち
 日々の生活に密着した個別的な領域で、フローの力によって生じた危機:家族、コミュニティ、労働、医療
 第Ⅲ部 つなぐ都市へ
 災害からの復興に寄与する社会的な結びつき、文化実践がもつポジティブな力
 第Ⅳ部 都市のリアル
  全体の試みを総括しつつ、都市について人文・社会科学的な知はどのようなアプローチができるのか、その方法論的な課題と可能性を考察する。

・論点が横断的に共有されること
 [近代的なもののロジックを形成する原理についての批判、リスクの問題、ガバナンス(政府一元的、複数のファクターの連携)個々人の記憶やアイデンティティ、語りやナラティブという問題圏]
・労働、家族、医療、コミュニティなど、個別の専門領域の問題を現在の都市の危機的位相に照らして論究しようとするとき、表す共通する論点のネットワークは「つなぐ都市」への道筋を豊かに照らし出してくれているだろう。

論点:
論点1. 都市の現実のなかで、いろいろな個別の専門領域の共通論点をひとつあげて、その関連性と共通性を考えてみる。
論点2. ホーリズム(全体論)への疑いから考え、「つなぐ都市」をめぐって、重視すべき要素を挙げてみる。


<第1班>
論点1. 都市の現実のなかで、いろいろな個別の専門領域の共通論点をひとつあげて、その関連性と共通性を考えてみる。

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都市にある色々な項目(文化、教育、労働、医療、家族、地域)をあげ、さらにその項目毎に生まれる問題点をあげていった。全ての項目に共通する問題点のうち、現代において一番重要なのは「自己責任論を推し進めること」と「格差」であると私たちは結論付けた。さらに、解決していく主体についても軽く議論したが、日本社会全体で解決していくべき分野(左側)と、ある程度個人や一定の規模の団体が解決すべき分野(右側)に分けられるのではないかというところに落ち着いた。

論点2. ホーリズム(全体論)への疑いから考え、「つなぐ都市」をめぐって、重視すべき要素を挙げてみる。
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上記の論点1において、「自己責任論を推し進めること」と「格差」が重要な問題点というところに行きついたため、それを解決するにはどうすればいいかというところから議論を開始した。まず、そういったことを解決する手段として「つながりをつくること」やそれに類似した意見が多く出た。現代において、形は様々でも人はつながりを重視しているのではないか、そして、そのつながりが一番力を発揮するのは災害時である。実際に「見える」出来事は解決に対する意欲もわくし、解決前と解決後がわかるため、ある種の達成感もある。そうなれば、地域や国の制度を変えることもできる。しかし、「自己責任」や「格差」そのものは見えていたとしても、解決後の姿は見えないことが多いのではないか。問題点の解決にはまず、問題が「見える」こと、そして、問題の解決が「見える」ことが重要なのではないか。すなはち、「可視化」が問題解決におけるキーワードになるだろうというところに行きついた。

<第2班>
論点1. 都市の現実のなかで、いろいろな個別の専門領域の共通論点をひとつあげて、その関連性と共通性を考えてみる。

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①まずは都市において起きている、労働・家族・医療・コミュニティレベルの大きさの問題を挙げてみることにした。

②その結果を受けて、その問題が大学でどの学部の専門領域かを考えてみた。すると挙げられた問題は学部横断的な問題であることが明らかになってきた。

③さらに挙げられた問題において共通する論点は何であるかを議論したところ、「階層」ではないかという結論に達した。
その上で「階層」と挙げられた問題との関連性や共通性を考えた。「お金」や「労働」面では「格差の再生産」が起きており、現代において「階層」は「格差」に変化してしまったことが分かった。また、その階層の仕組みから転落するとなかなか復帰できない。そうした人々は次世代に託すことすら許されない。これは改善されるべき大きな問題である。

論点2. ホーリズム(全体論)への疑いから考え、「つなぐ都市」をめぐって、重視すべき要素を挙げてみる。
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①まずはホーリズムに陥っているように思われる都市の課題を挙げていき、その問題が大学で言うとどの学部の専門領域かを再び整理した。するとまた挙げられた問題の多くは学部横断型の課題であることが分かった。

②そしてホーリズムに陥ったことで何が問題になっているかを議論した。すると「恩恵を受けられない人々が一定以上出る」「都市を良くするはずの政策が逆に都市を悪くしている」「格差が生じる」「多様性が失われる」などの問題点が挙った。

③それを受けて、「つなぐ都市」を巡り重視する要素は何かを考えた。
結果としては、現状の政策は目先の利益や問題解決に躍起になりすぎて、未来のビジョンがない(例えば、現状において少子化対策を行う一方で間違いなく訪れる超高齢化社会の最適な舵取りの方法が見いだせていない。など)ため、長期的なビジョンが必要だということだ。(2100年に日本で起きる最悪の事態に備えて2014年の時点でどの手を打てばダメージを軽減できるか?など)
さらに、「個」や「多様性」を大切にする社会であるべきだという意見も出された。
また上の階層対下の階層という考え方も出てきた。上からの一方的な政策に下からはどのようにして対峙するか。
所得の再分配、選択と集中、NPOのつながり、教育の均等化などで下の階層に一定以上の力を持たせる必要性も明るみになった。
そのうえで、下の階層が上の階層に働きかけることが出来る社会が理想なのではないだろうか。

<総合司会コメント>
両班ともに、各専門領域の共通の問題として、「格差」が挙げられており、この問題が様々な場所、形で露呈 されていることがうかがえる議論だった。
興味深かったことは、どこの世代に焦点を当てて問題解決に取り組み、その恩恵を受けるか の両班の違いである。第1班では、「格差」の問題解決に取り組んだ結果が見える形で現れる(または還元される)ことが、個々人が 問題解決に取り組むうえで重要であると結論付けた。これは言い換えると、問題解決に取り組んだ個々人の当該世代に焦点を当てているのに対し、第2班では「格差の再生産」や「未来のビジョン」を見つめる必要性があるとし、先の世代に焦点を当てていた。
将来の問題を解 決するために「今」すべきことを考えることはもちろんのことだが、現代においてそこまで見据える余裕がないほど、現代の問題が逼迫し ていることが感じられた。
2014-06-12 18:55 : 『都市のリアル』(14年度学部ゼミ) : コメント : 0 :

第1章 計画と開発のすきまから

第1章 計画と開発のすきまから~人間不在の足跡を読む~

KEY WORDS:開発・土地・住宅・東日本大震災


1.戦後日本の都市化

(A)戦災復興から四大都市圏の成立

・20世 紀の日本の「都市」の広がりは、面的な地理的範囲にとどまらず、人々の生活も、それまでの共同体中心から個を重視した都市的な様式に変化 した。

・ 日本の都市の戦後復興の起点は住宅の確保。

⇒人口集中が著しい大都市圏を中心に日本住宅公団(現 UR都市機構)が 主体となって都市近郊の宅地開発及びニュータウンを建設。

⇒四大工業地帯(京 浜・中京・阪神・北九州)の 発展に伴って全国から集められた労働者の居住地を造成する形で現在の大都市圏は成立した。

(B)都市を支える地方・農村

・ 都市の発展にはそれを可能にする条件が必要である。

⇒道路・港湾整備に加えて特に重要なのは、都市の電力消費を賄えるだけの発電所の建設である。地方では、佐久間ダムや黒部ダムといった大 規模ダムが国家プロジェクトとして建設され、建設に伴う村の水没を巡って村民の対立も見られた。

⇒農業の生産性の向上(化 学肥料・集約化・機械化)に よって生じた余剰労働力がそのまま都市で工業に従事する労働者となった。


(C)都市の拡大と不均等発展

 ・ 都市化・産業化はさまざまな社会問題も生み出した。

⇒都市では・・・開発による自然破壊

          無秩序な開発が住工混住を生み、公害問題を 引き起こした

          都市施設の不足

  農村では・・・農業の担い手不足や高齢化による衰退

          人口減少による共同体の維持、存続の危機

 ・地域間の均衡と秩序ある発展を目指した「全国総合開発計画」 が策定されるが、実際は工業化を基盤とした経済成長政策である。

⇒国家主導で地方に工業の新拠点を作り、地方にも開発利益を 生み出す「土木国家」の思想

 ・大都市郊外では住宅の大量供給により、同質的な新規来住者で 構成された街に。

⇒近隣関係の希薄化が問題になり、政府主導で「コミュニティ 政策」が始まった。

2.土地・住宅の商品化による都市問題の発生

(A)大都市の発展と住宅政策

・ 大都市の人口が増え続けたことが、土地や住宅の価格上昇を継続させたため、都市では集合住宅(団 地・マンション)が 多数を占めていた。

⇒ これらは改増築が困難なために、家族構成の変化に伴って住居を変える(住 み替えモデル)必 要性があった。これは移動を前提とするため、地域への関心が相対的に希薄化した。

・ 大都市の地価は概ね右肩上がりに上昇していたので、安定的な投資対象とされてきた。

⇒地価上昇を見込んだ不動産取引が活発になり、バブル経済期の地価暴騰につながっていった。

(B)インナーシティ再 開発と規制緩和

・ バブル経済による地価暴騰が都心部の再開発ラッシュを引き起こした。

⇒大規模開発に向けた土地を買い集める目的で「地上げ」が横行し社会問題に。

⇒都心部のオフィスビル化が進行し、富裕層の居住区へと姿を変えた。

⇒地付き層の解体によって地域コミュニティの存続が困難に。

・ 土地利用規制の無策や開発に向けての規制緩和(容 積率など)と いった経済優先の考えが、生活や住居を圧迫していった。

(C)都市に住み続ける ことの困難性

・ バブルの崩壊が都心の再開発事業を凍結させ、空き地が点在する結果となった。

・ 「住み替えモデル」が崩壊し、多様化。

⇒郊外ニュータウンでは集合住宅の老朽化と都心回帰傾向が相まって、一気に高齢化と過疎化が浮き彫りになった。


3.高齢社会・縮小社会の到来

(A)高齢社会と都市住宅

・ 集合住宅では核家族の居住スペースに限定されているものが大多数なので、老親介護が必要になってもそれを受け入れられるスペースがなかっ た。

⇒仮にスペースがあったとしても、再び老親と子世帯とが一緒に暮らすことは容易ではない。

⇒結果的に都市に介護施設の需要急激に伸びることとなった。

(B)高齢社会・縮小社会・地域の持続性

 ・高齢化と都市の近隣関係の希薄とが相まって、孤独化するケー スが目立った。

⇒ 孤独化は孤独死を招くだけでなく、それまでの必要な生活支援が受けられないおそれ も。

・ 近年ではボランティアやNPO組織が高齢者を地域で見守るための仕組みづくりを進めている。

・ 人口縮小の時代に必要なのは新しい地域マネジメントモデル。

⇒千葉県佐倉市のユーカリが丘ニュータウン

(C)東日本大震災後の社会のリ・デザイン

・東日本大震災を機に家族・地域の結びつきの重要性が再確認されるようになった。

・地方が補助金と引き換えに「原発リスク」を負っていることの問題化。

・仮説住宅の仕様や立地が、生活するうえで問題に。

・震災が利益優先の考え方とは違う発想を見直すきっかけになっている。

【論点】

<論点1> 地域のコミュニティを持続させるために必要なファクターを挙 げてみる。

<論点2> 以上の議論をふまえて、ユーカリが丘ニュータウンのような地域開発モデルを考えてみる。


<第1班>
論点1:地域のコミュニティを維持させるために必要なファクターを挙げてみる

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①まずは、身の回りの地域コミュニティに関係する事柄を挙げられるだけ挙げた。次にそのコミュニティが何処に存在しているかを居住地からの距離(居住地・学校区・街単位)でグループ分けした。さらにどの年齢層がメインのコミュニティかを子供・勤労者世代・お年寄りの3つのグループに分類した。
②その結果、意外と活動がうまくいっているコミュニティが存在することが分かった。その一方でうまく機能していないコミュニティは認知されていないために議論にあがってこないのではないかという意見も出た。
③結論としては、「今後増えていくお年寄りが参加しやすく楽しいコミュニティの維持・創出と現役世代を新たに取り込んでいけるようなコミュニティの創出を同時並行的に行う必要性がある」というものになった。またそうしたコミュニティのなかで、学校の授業においてお年寄りを講師として招いて生徒との交流を図るなどの世代間交流が行われる必要もあるのではないだろうか。

論点2:以上の議論をふまえて、ユーカリが丘ニュータウンのような地域開発モデルを考えてみる。

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①まず立地を郊外の既に完成したニュータウンと設定し、お年寄りが住み良い街を創りつつ、今後ニュータウンにおける高齢化率の上昇をどのようにすれば抑止できるかを議論した。
②つぎに現状のニュータウンにはどのような設備があるかを挙げた。その上で今後どのような施設が必要かを議論した。
③その結果、現状のニュータウンにはほとんどなんでも揃っており問題の解決に「ハコモノ」の建設はあまり効果を発揮しないのではないかという意見で一致した。そのため、ハード面ではなく、制度面の整備などのソフト面の改革が必要なのではということになった。
④高齢化率の上昇を押さえるためには若者のニュータウンへの流入は必要不可欠である。若者が住みたい街を創るにはどのような制度が有用かを考えた。すると、居住政策や育児政策、教育政策で流入してくる若者を優遇すればよいのではということになった。その結果、ニュータウンには建設当初より遥かに値段が下落した不動産物件が数多く存在する。そうした物件を建て替えではなくリノベーションして、若者に安く提供する居住政策や、中学生になるまで医療費を無料にするなどの育児政策、英語教育など特色のあるカリキュラムを導入する教育政策が有用ではないかという意見が出された。
⑤お年寄りが住み良い街にするには、既に存在する公民館などでのコミュニティの維持・発展やリノベーションによる老人ホームの増築、バリアフリーの街作りの徹底などが挙げられた。


<第2班>
・テーマ 「ユーカリが丘の都市計画や、一回目話し合いの内容を基にして都市計画を地図として表わす」
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・内容
まず、都市において必要な機能を挙げた。たとえば駅や学校、公園や福祉施設などである。
それを大よそ王道的な配置に置く。住宅地を駅から少々遠く配置し、商業機能を駅の近くに置く。
また、福祉施設に通う高齢者の方あるいは通学・通勤の方の為の交通機関(バス)を配置するなどである。

全く問題は無く、筋の通った都市計画であったが、何が気に入らなかったのかHDは「面白くない」を連発。
皆が配置をある程度済ませた地図を自分で置き直す行動に出る。
当人曰く、「職住一致が地縁復活の最大の原動力」だそうで、とりあえず全ての施設を中心に寄せる。

HDが言うのには「田園都市計画に似た計画を考えることで地縁が自然とできやすい街づくり」。
「下町」や「昔の商店街」をイメージし、住んでいる場所の隣が仕事場、あるいは学校のような街づくりを考える。
「雑多な街並みを人工的に作り上げる都市計画」と言うべきか。

また、「産業のスピンオフ現象」(シリコンバレーのような)をアナロジーとして用いて、雑多な町を作り上げることで濃密な人間空間の中から新たな商売が産まれやすくなり、そこが働く場所や観光の対象になるのではという話もしていた。

そこに以下のような反論が寄せられる。
①「寄せ集めるだけでそんなにうまく行くのか」
―物理的/距離的/建造環境的状況に縛りを加えるのみで「地縁」が復活するようには思えないという反論。
 実際、「職住近接」という一条件のみで地縁が成立していたわけではない事や、前近代の人々/社会と近代の人々/社会の相違点(あればだが)などを考えて、できるならば4~7条件程度を基に作り上げられれば意義はあったかもしれない。
 ただ、どれだけ理論を構築しても、上手く進まないことがある。共産主義国家の実例を考えれば容易に理解ができる。
②「細かい配置等はどうするのか」
―地縁を作り上げる上で、どのような地区とどのような地区を近接させるのか、あるいは道路はどの程度の幅にするのか?
 装飾はどのような方向にするのか?密集している住宅に敢て住みたいと考える人間はいるか?
 などといった住宅・建造・土木に関するところにまで考えた理論ではなかった
③「実際に企業など労働環境を与える組織がその町に労働する場所を置くのだろうか」
④「中心地から離れたところの都市計画に対してはどのような規制/優遇をするのか」
―「計画通り物事は進まない」という指摘である。「凝縮した町」を最初から作ろうとしても拡散しがち、あるいは人や組織が思ったようには入り込まないという話である
 その結果として、行き過ぎた挑戦(もはや「社会実験」と化した)は、より密に考えた上で実行されなくてはいけないという戒めだとも捉える事が出来る。
⑤跡継ぎ問題が出てくるのでは?
―東大阪の工場地区における跡継ぎ問題と重ねあわせ、「下町での跡継ぎの問題」が発生するのではという指摘。
 その町で働き続ける人間が何代も出続ける保証はない事を考えると、「流動的な人口移動」を前提とし街づくりを行わなくてはならないという指摘につながる。

・総括
持続的に達成されなければいけない目標を掲げて都市計画を作るのは難しいという話。
「地縁が続く」という目標は色々な点で難しい。
やはり「流動的な移動」や「企業における労働と地域での労働」といった点に問題を求めたが、その点の解消が難しいばかりでなく、見えていない点もまた障害として存在するのだろうと感じた。
かつ、「行政側の意向をどれだけ市民に理解してもらえるか」と言う点も重要だと感じた。
地縁を求める人間が存在するのと同時に、NIMBY思考の人間も存在する。
市民の要望に迎合するのが必ずいいというわけではないが、行政の意図を優先して計画を立てて失敗するのは「ハコモノ行政」の失敗の構造と全く変わらない。
「ハードからソフトへ」という合言葉の真意を理解しないまま、同一の失敗をソフト面でしてしまう将来を想像した。

・反省点
☆議論全体の反省点
「大学における議論」の意義、及びあるべき姿とはなんなのだろうかと思った。
「自由な言論」や「(社会的に尊重されるのが難しい)個性の尊重」などの標語はあるが、それに対し恣意的な解釈を行うことの是非は一体「言いたいことを言っていい空間」と捉えるのはいいのだろうか。
「協調・協働の精神を達成する」事を議論の際に第一義に捉える必要がどれほどあるのだろうか。
各人の主張をいかに汲み取っていくべきなのだろうか。などなど。
「企業社会」の前段階として大学を捉えるのか、「自由な思想・研究及び教養涵養の場」として捉えるのかなど、大学の在り方は色々あるだろうが、どのような建学の精神があろうとも「議論」が大学の存在意義の中でも中心的な存在にあることは間違いがない。

☆計画の反省点
1.計画に粗が多かった
―上述の通り
2.「ゆるやかな変化」「段階的な移行」を意識するべきだった
―「理念」の重要性は言うまでもないが、同時にその理念が理解されるように設定されるとなおよい。
 そう考えると、現代の都市からあまりにもかけ離れた都市計画は推奨されるべきかどうかは難しい所である。
3.阪神大震災の反省点
―「密集住宅の火災」が阪神大震災における被害を拡大させたという事例を考えると、建材や防火・防災の事をより考えなければ、密集都市の都市計画が承認されることは難しい。
4.単なる凝縮・密集だけでは無意味
―スラム地区やあるいは集合住宅地域とあまり差異のない都市になってしまうのではないか?という反省
 
☆その他
ネットに書いてあった居場所についての意見
「地域に居場所がないと感じるのはなぜか。地域で人が孤立するのはなぜか、と聞かれて言葉に詰まる。僕は割とハードの問題だと思う。プライベートのための家か、消費するための店しかないことが原因ではないかと。」
なるほど、その指摘は言う通りだ、と思いました。

<第3班>
論点1:地域のコミュニティを維持させるために必要なファクターを挙げてみる

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<流れ>
私たちのグループの地域設定は田舎を想定して進められていきました。
まず、それぞれがコミュ二ティ維持のために必要なファクターを自由に挙げていきました。そして、それらを共有した上でそれは誰のために作用するものであるかを考え、分類を行っていきました。分類を行った後は、各グループのファクターとの共通点について探っていき、まとめました。

<内容について>
出たファクターを全員で共有し、分類した時には、それぞれのファクターは主に子ども・大人・お年寄り(高齢者)、さらにそれら全体に関わる地域住民同士をつなげる土台としてのファクターの4つに分けることが出来ました。また、それぞれのグループの上部にある「防犯・安全」「開かれた雰囲気」といった意見は各グループ全体にも関連するファクターとしてグループ全体にかかっています。ここでは、対人だけではなく、その地域の地理的条件としての意見も挙がりました。
特に私たちの班では、「防犯・安全」の話題を中心に議論が進められていきました。
子どものグループからは公園、学校などの場所がコミュニティの持続に重要であると挙げられましたが、これらが機能するためには、特に防犯・安全の面が必要だという意見が挙がりました。しかしながら、防犯・安全の面を強化する一方で、それがいきすぎてしまうと、どこに危険が潜んでいるか分からない、お互いがお互いを監視し合うような閉鎖的な空間を作り上げてしまうかもしれないという意見も挙がり、そしてそれは、コミュニティ持続のために重要であった「開かれた雰囲気」を形成するための阻害要因へとつながっていってしまうのではないかという裏表のつながりを見出しました。
こうした議論の中で、「なんだか田舎っぽくない、むしろ都市の問題みたいだね」という話になりましたが、こうした問題が都市だけでなく田舎にも起こるようになった社会になった、ということを最後に認識、共有することで一つ目の議論を終えました。

論点2:以上の議論をふまえて、ユーカリが丘ニュータウンのような地域開発モデルを考えてみる。
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<流れ>
 実際に存在する田舎の地域を描いてもらい、地域のコミュニティの持続を焦点に、そこをどのように開発するかを考えた。
 地域設定としては、田畑が多く存在する地域である一方で、開発も進み、旧住民と新住民が混在して住む田舎を想定しています。旧住民は図の中央下の旧道周辺に住んでおり、新住民は線路の上の地域と、図の左下の部分に多く住んでいる設定です。

<内容>
 まずは、病院や学校、市役所など、地域に存在する施設をコミュ二ティの持続を軸に配置していきました。コミュ二ティの持続を考えるとなると、やはり住民が住み分けしている地域の間に配置するものが多くなりました。しかし、単に間に配置するだけではなく、保育園と老人ホームを近接させ、交流をはかろうとしたり、中学校からは楽器の演奏での交流をはかるなどの意図をもって配置を行っています。自衛隊の駐屯地の誘致は、実際のある地域の例からアイディアを得ており、誘致することで若い世代の流入や、祭りの開催などの効果を狙っています。
 このように施設の配置を進めていく中で、施設といったハードの面での開発は資金の面でも限界が存在し、特に資金の面で都市部よりも余裕のない田舎では、ハードよりもイベントや今あるものの有効活用などの工夫の面での、ソフトの面でコミュ二ティ持続を図っていく必要があるのでは?という流れになりました。
 ここでは、旧住民の住む地域に存在する商店街での日曜市の開催、地域学習の充実、車の多い道路での見守り隊を旧住民、新住民共同で行うなどの意見が挙がりました。しかし、田舎の現実として、このようなイベントや工夫を行っても人が集まらない、やってこないという問題を抱えることになり、どうしたらこれらのソフト面での取り組みが上手く機能するのかという話につながりました。
 そして、まず人が集まるきっかけとして“ある程度の強制力”がやはり必要なのではないか、そこで重要になってくるのは共通の課題を住民同士で共有し、意識して取り組んでいくことであると議論が進み、その例として一つ目の論点でも議論の中心となった「防災・防犯」への取り組みが挙げられ、二つ目の議論が終えられました。

<総合司会まとめ>

戦後の都市の発展、及びそれに対しての都市計画は、どのように人・人口を配置するか、どのように都市に人を呼び込むかという点が一つの大きな関心ごとで会ったと言える。
いいかえれば、数字上の関心が主体であり、そこの人間不在から、コミュニティ政策、地縁を再形成しなければならないという議論が発生するとともに、他方、地方での過疎化、衰退の一因ともなった。
その後都市から郊外への流出が起こるが、同時に地方・郊外に限らず、集落・コミュニティの維持が人口減少により難しくなるという事態に直面している。
東日本大震災を契機として、コミュニティの再編に注目、また同時に新しい地域マネジメントに向けての議論も発生している。
私見として、どの班の議論においても、同世代間、また、他世代間での繋がりを生む、場、機会、装置作りが根本として求められるのではないかという文脈を感じとることができた。
2014-06-11 13:39 : 『都市のリアル』(14年度学部ゼミ) : コメント : 0 :
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