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第8章の執筆者の先生から、コメントをいただきました。

第8章の執筆者の先生から、コメントをいただきました。

http://sawazemi.blog68.fc2.com/blog-entry-486.html#comment339



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2014-11-18 15:35 : 『都市のリアル』(14年度学部ゼミ) : コメント : 0 :

第11 章 「サウンドスケープ今昔 ―あふれる音の向こうに―」

第11 章 「サウンドスケープ今昔 ―あふれる音の向こうに―」

KEY WORDS: はとバス うたごえ なつメロ ご当地ソング サンドスケープ


○はじめに
首都・東京…ランドスケープ(景色)の変容が目まぐるしい
→東京に住まう人にとって、拠って立つ場所が虚ろに。
⇔「うたごえバス」=これらの人を包む、空間と時間を越えた社会化の装置として機能。
想い出の東京を歌と共に過去へとさかのぼらせる。

同じ歌によって各々が想いを馳せることで、自らのアイデンティティを手繰る同志としての紐帯が発生
=「歌う」という目的集団に参加した個人がアイデンティティを編み上げる手段

1.サウンドスケープ・うたごえ・なつメロ
「サウンドスケープ」=音風景。「目に見えない音を軸に、環境を再認識すること(環境工学・小松)」
音楽学者・辻本:
サウンドスケープ研究対象…農村や島嶼等の地域社会+グローバル化した現代の都市の音文化
→現代的で都市的な音風景にフィールドワークを広げることを提案
サウンドスケープの特徴:「美しい音」を志向する音風景の「デザイン」という要素が含まれ
音に対する快・不快の主観性が曖昧
⇔ありのままの社会を捉えようとする社会科学分野では、既に都市の若者のストリートライブが研究
⇒サウンドスケープ研究=社会科学との連携で、従来の問題を乗り越える可能性

筆者の批判:既存の社会科学が取り扱うサウンドスケープの研究領域
=「都市部」の「文化に先進的な」一部の「若者」に限定的

本章の「うたごえバス」=従来サウンドスケープ研究の対象外であった「普通の」「中高年」が主役
○音楽の三層構造
①「コモン・ミュージック」=同世代共通音楽。特定の世代が同調できる音楽ジャンルが存在することで、特定世代を囲い込んで輪切りにする効果。
②「スタンダード」=時代を超えた名曲。
③「パーソナル・ミュージック」=他者に知られず、自分だけでこっそりと愛したい曲。
⇒仮説:「音楽の三層構造」理論がうたごえ世代とうたごえバスレパートリーの関係にも言えるのか。

○「うたごえ」と「なつメロ」
「うたごえ」=うたごえ運動(戦後)→うたごえブーム(1950 年代~60 年半ば)
〈労働運動〉 〈うたごえ喫茶…労働歌・ロシア民謡〉

「なつかしのうたごえサロン」(現在)…中高年層の大衆的ブームだった広義の「うたごえ」を懐かしむ心情(≠運動)

●音楽学者二者による「うたごえ運動」の意義
・長木:「参加者が現場で自ら方法論を発見する道筋に力点を置く姿勢」を再評価
・渡辺:「労働歌(=下層)と唱歌(上層)が癒着しあって、『コミュニティーソング』となったことの特異性」+戦後の「うたごえ運動」
=官民やイデオロギーを超越し、「国民音楽」を目指して機能。
「なつメロ」=過去の特定の時点を人々に想起させる存在。「あの頃」を思い出させるノスタルジアの音楽。

相違点:「うたごえ」…世代限定の輪切り可≠「なつメロ」…世代限定の輪切り不可
→「うたごえ」=昭和20~30 年代に青春時代を過ごした世代をラベリングする一種のジャンル化

次節:戦後すぐのなつメロである「うたごえ」をサウンドスケープと捉え、車窓からの東京の風景と関連づけて提示

2.走る走馬灯―うたごえバス
○「走るうたごえ」
はとバス「あの歌この歌東京ドライブ」A・B コース
A コース:「あの歌が聞きたい!!なつかしの名曲で綴る東京ドライブ」
昭和20~30 年代の歌謡曲。下町めぐり(靖国神社)。客層60 代後半~70 代中心。
戦後の東京を舞台にしたご当地ソング。
→・集団就職や進学での上京組…故郷に家族を残し単身上京した当時の様子を想起。
・敗戦後の復興や高度経済成長期に若者が懸命に働いた記憶を想起。
B コース:「よみがえる青春!!フォークソング・ヒット歌謡で綴る東京ドライブ」
昭和40~50 年代のフォーク。山の手コース(都庁)。客層40 代後半~60 代。

●「うたごえバス」の特徴
・20 曲近い歌を歌い続ける
・現役ガイドに加えてOG ガイドが同乗し、都内の名所ごとの今昔比較やご当地ソングの披露を行う

客のツアーの目的=昭和の東京を生きたOG ガイドの肉声(←「懐かしさ」=歌声)によって呼び寄せられた昭和の東京にいざなわれること。(≠観光地見学)
⇒A コース=終戦と復興、平和…集合的記憶 両コース共通
B コース=個人的記憶 …「コモン・ミュージック」で各々の青春を想起
→昔の歌…集合的記憶と綾なす個人の思い出の瞬時再現可

3.サウンドスケープ・記憶・メディア
○「東京の歌」の変遷
第11章 1

○うたごえバスのコース選定方法
①歌よりその時代を生きた人々の思い出に強く結びつく場所を選定
②その場所にそぐう歌を選曲
⇔うたごえバスの下町コースで歌われる歌=輝かしい時代の東京を歌った「東京憧憬」・「上京」ソング

これらのご当地ソングに出てくる地名は期せずして、ご当地ソングゆかりの観光地に該当

乗客:「輝いていた頃の東京は車窓からリアルに見えなくても、歌うことでそれぞれが当時記憶を再構成」
=「昭和の東京」の喚起←OG ガイドと当時の歌なしには不可
∴うたごえ世代(=乗客):「憧れの東京」=サウンドスケープの中に存在≠ラウンドスケープ
→社会学者・佐藤:「音」=「見えないものを位置づけ、感じ取る日常の想像力」の発揮に期待
文化人類学者・アパデュライ:「想像力が社会生活で並外れた力を得た」
⇒筆者:うたごえバス=リアルと想像力の曖昧な境界を走る
→即席のコミュニティーを現出させる装置

○うたごえバスの人気の高さはどうしてか?
社会学者・デーヴィス…
音楽や映画等の視聴覚メディア=大量生産・意味の画一化がされやすく、後の時代に象徴的に制御される可能性が高い。
⇒メディアによるノスタルジア支配の理論←中高年・うたごえ世代を中心とする「うたごえバス」の人気の背景
=「マスメディアが中高年の青春の歌をノスタルジアの下に再編成し、受け手はこれを享受」

○おわりに
修学旅行見学コースの変化
従来の「浅草」「上野」「銀座」+テレビ局などメディア関係・アニメーション
→メディア中心地・東京への憧れは形を変えて継続
修学旅行での同級生との共有体験…・集合的記憶として個人の内面に蓄積。
・中高年となった時に集合的アイデンティティを確認する材料。

共通の聴覚体験=都市で生き抜くための「伴走者」となることを教示
⇒「歌」を結び目とした新たな紐帯の誕生(≠既存の地域や職場等の所属集団)

[論点]
①あなたのこれまでの人生の中で、心に残っている曲を(出来れば)理由も付して挙げ、「音楽の三層構造」のいずれに該当するか分類してみる。

②本章は、「歌(とりわけコモンミュージック)」を基に世代別の集合的記憶や個人的記憶を想起させることで新たな人間間の繋がりを創り出そうとしている試みの一つであった。このように固定的な既存の所属集団のコミュニティーとは違った、新たなコミュニティーの創成方法を企画してみよう。


<第1班>
論点①

CIMG2830.jpg

最初に、各自の心に残っている歌を理由も付けて、挙げられるだけ挙げた。次にそれを発売或いは流行した時期別に並び替え、さらに音楽の三層構造である「コモン」/「スタンダード」/「パーソナル」のいずれかに割り振った。すると、大学生世代が当事者世代として耳にしている歌(2000 年代)は主にテレビの主題歌やCM 挿入歌、学校の卒業式で合唱曲として歌ったことのあるものが多かったため、三層構造のいずれに入っていても、他の年代の曲に比べて認知度は高かった。しかし、時代が遡るにつれて、大学生世代の認知度は名曲と呼ばれる「スタンダード」のみに偏りを見せるようになり、「コモン」や「パーソナル」に属する曲は、親など上の世代の影響や映画・小説・ラジオなどで各々が認知してその曲を聴くようになるというプロセスを踏んでいるので、全体としての認知度は低下する傾向を見せた。
私たちの班では、現役をリタイアされたと同時に社会人入試で入られた方がいらっしゃったので、70 年代前後に青春時代を過ごされた方の記憶に残る音楽観も見ることができた。
分布を確認すると70 年代に多く分布し、理由と重ね合わせてみると受験勉強や子供の出産時の喜び、家族愛など若い時代の体験や経験と曲が一緒になって記憶され、歌と共に当時が想起されていることが確認できた。また、古い時代に分類された曲ほど「スタンダード」に分類されていないものであっても、いまなお多くの人に認知されているものが多く、メディアがテレビ・ラジオ中心で、今よりも「音楽」という分野が細分化されていないこともわかった。

論点②
CIMG2833.jpg
地縁等に基づくコミュニティとは別に新たなコミュニティの在り方を考えるという論点であったため、私たちの班は設定を「自分たちが現役を退いた際に作れるコミュニティ」として議論を始めた。
論点①の後半でも述べたように、例えば「音楽」という分野は現在では昔に比べて細分化されている傾向にあって、本章で取り上げられていたような「うたごえバス」で歌われる、同世代がほとんどみんな知っている歌の数というのは、我々大学生世代(20 代前半)では少ないのが現状である。
しかしながらコミュニティというのは、本章でいう場合の「コモンミュージック」にあたる同世代で共有できる何か軸となる「モノ」が不可欠である。そこで、媒体となる「モノ」を子供時代に流行った「ゲーム類」として設定した。
これは我々の世代であれば多かれ少なかれ触れたことのある遊びであるため、懐かしさや集合的記憶の想起は比較的簡単に行われやすく、高齢期に入ったのちでも、これらを媒体にして同世代のコミュニティを再編成できると思われる。
設定では、特に老人ホームを核として地域の同世代の住民も参加できるようになれば、より広い範囲で継続的な同世代のコミュニティが実現できる可能性がある。
また現在でも存在する趣味仲間で集う団体やサークルなども一つのコミュニティの形として続いていくと考えられる。
前者の「モノ」を媒体としたコミュニティも基本的にはそれを囲んで直にコミュニケーションを図られる形が本来的には望ましいが、通信機器を使いこなしている世代が老齢期を迎えた際は、必ずしも直接的に集わなくとも、オンラインでのつながりを持つという新しいコミュニティの在り方もこれからは出てくるのではないかという声もあった。
課題としては、いくら同世代であっても「ゲーム類」というものに固執した際、それに触れてこなかった人がコミュニティに入りづらいことや「ゲーム」というものの性質上、体を動かす機会が少ないことから健康面での不安が残るといった指摘ができる。

<第2班>
論点①

CIMG2831.jpg


論点②
CIMG2834.jpg

第3班
論点①


CIMG2832.jpg

論点②CIMG2835.jpg
まずは、新たなコミュニティとなる基盤として、人々をどのようにつなぐのか?について話し合いました。結果、人々のもつ”記憶”を基にすることに決まりました。
また、新たなコミュニティの分類として、継続的なコミュニティを目的とするのか、あるいはその場限りのコミュニティ形成を目的とするのかについても話し合い、継続的なコミュニティの形成を目的とすることになりました。
このようにして、私たちの班では、「人々の記憶を想起させることで継続的なコミュニティをつくること」を基本とし、コミュニティ創成の方法を考えていきました。
本文では人々を”歌”でつなぐ事例が挙げられていましたが、今回私たちの班では”玩具”を用いて人々をつなぐ企画を考えました。
玩具、おもちゃは形は変われど世代を超えて愛されており、現在遊ばれているおもちゃの中にも過去のおもちゃが元となって新たなおもちゃとして遊ばれているものもあります。
また、個人が遊んだという記憶と、ある特定の世代が持つ”このおもちゃ”で遊んだという記憶、あるいは親子が同じようなおもちゃで遊んだという世代を超えた記憶を持つ等といったいう側面を持ちます。
その面を活かして、私たちは、世代を超えて高齢者や親世代と子ども、また親同士や子ども同士をつなぐことが可能ではないかと考えました。
その具体案として今回挙げられたのが、昔のおもちゃと今のおもちゃを使ったイベントの企画です。量販店やSCなどで子どもを連れた高齢者や親をターゲットとし、おもちゃに触れる機会を設けることで、人々の交流を図ろうとするものです。この企画を継続的に行うことで、「毎週見かけるあの子(人)」という認識を持たせ、人々の交流が生まれることを意図しています。
全体として、私たちが議論しているときも「あのおもちゃで遊んだ」「今はないけど、あれあったよね」といった自分たちの過去を懐かしみ、おもちゃで遊んだ記憶を共有する様子が見られていたのが印象的でした。
2014-11-14 16:22 : 『都市のリアル』(14年度学部ゼミ) : コメント : 0 :

第9章 「新しい絆のゆくえ ソーシャル・キャピタルのいまを解く」

第9章 「新しい絆のゆくえ ソーシャル・キャピタルのいまを解く」

KEY WORDS: ソーシャル・キャピタル コミュニティ再建 震災 社会的孤立


1,個人化する社会とソーシャル・キャピタル 極度の「個人化」やコミュニティにおけるつながりの希薄化
⇒孤独死や「無縁社会」などの社会問題が深刻化
 人間関係が分断されていく現代社会
…この現状に対して、コミュニティにおける絆の再生という文脈から注目される概念
                 ↓
  Social Capital(社会関係資本 以下SC)とは…
 あるグループ内、あるいはグループ間のネットワーク(絆)、互酬性などの規範、信頼
 
日本では伝統的に、地縁血縁に基づいて相互扶助機能を持つ“結”や“講”といった地縁型共同性が強固に存在
  →共同体の規範を生み、帰属心を高める地縁型SC。
しかし…
 都市化の進展によって弱体化、機能縮小傾向
      ↕
〈「絆」再認識の契機としての大震災〉
 ①阪神淡路大震災後、仮設住宅が郊外に建設されたことで被災者をとりまくSCが分断され、被災者の孤独死が社会問題に。
 ②東日本大震災では、被災地域に地域共同体の伝統が存続し、相互扶助の絆が強固に残っていることがわかり、地縁型SCのメリットが見直される。
                  ↓
 ~本章の目的~
 地域のつながりをいかに再生させ、コミュニティの再建につなげるのか、SCが震災の復興過程でどのような役割を果たすのかを明らかにする。

2,ソーシャル・キャピタルという視座
〈SCをめぐる議論〉
・1910年ハニファン(米)が、学校に対するコミュニティの関与を強調する際に利用。
・都市研究の領域では、ジェイコブズが『アメリカ大都市の生と死』(1961)の中で、伝統的な都市コミュニティにおけるユニークな近隣のネットワークに注目し、これをSCと捉える視点を提示。
・パットナムがイタリア北部と南部の市民活動を比較し、「協働的行動を容易にすることにより社会の効率を改善しうる信頼、規範(互酬性)、ネットワークのような社会的組織の特徴」としてのSCを定義し、重要性を明らかにしたことで、SCの概念が脚光を浴びる。
    ↓
SCの基本概念の登場
⇒個人のネットワークを「社会関係資本」として可視化、社会的文脈の中に無意識に埋め込まれていた「つながり」に光を当てることが可能に。

「役割から見るSCの区分」

・結束型
…集団や組織の内部におけるネットワークが集団の結束力を高める。
特徴:非常に強い結束力、排他性、内部の閉鎖的な関係性
例:労働組合 エスニック集団 

・橋渡し型
…集団や組織のネットワークが外部集団との結びつきをもたらす。
特徴:開放的、情報が収集しやすく革新的な動きが可能
例:NPO 環境団体

※両者は補完的な関係にある。

3,2つの大震災とソーシャル・キャピタル<阪神・淡路大震災と孤独死>
「震災弱者(高齢者や障害者)」が優先的に仮設住宅に入居できた。
しかし…
住み慣れたコミュニティを離れ、周囲とのかかわりが薄い土地での生活(「社会的孤立」)。
生活や生命を支えていた最小限の支え合いの関係性を失い、人間関係から分断される
(孤独な「生」)。
最終的に200名以上の「孤独死」
  外部からの多様なボランティア団体・NPO・NGO(橋渡し型SC)の介入
  被災者の生きがいとなる仕事づくりなどの活動を展開

<東日本大震災と地縁型SC>
 三陸海岸沿い…地縁型SCが強い地域が多い。
         ⇔仮設住宅への移動によりコミュニティの分断・変化 
 例:宮城県女川町竹浦地区
   地縁型SCが強固
→住民の希望を基に、住民主体で集落全体の復興プランを提案する先進的な取り組み
 ①集落ごとの現地高台移転に向け、勉強会・候補地調査・住民アンケート
②伝統芸能「獅子振り」の復活を集落の「絆」を取り戻すきっかけに。
③外部からの移住者や専門家などを積極的に受け入れる(橋渡し型SCへの働きかけ)

(復興を阻む問題点)
 1,「平等性・公平性」を主張する行政との衝突
 2,個人財産に対する補助金などの公的介入の問題
  (竹浦地区の復興住宅建築の設計には、建築の専門コンサルタントの趣向が強く入っている。←公的資金を支出するべきか?)

4,ソーシャル・キャピタルの多様な側面
〈橋渡し型SCの立ち上がり〉
 東日本大震災後、地縁型SCの重要性の再確認
加えて…
 橋渡し型SCを基盤とするNPO・NGOの活動
 (例:被災地にて活動する多数のボランティア組織や民間団体同士の活動内容の調整)
  =被災地コミュニティと外部団体・専門家をつなぐネットワーク(橋渡し型SC)の
   存在の重要性

〈地縁型SCとコミュニティの分断〉
 ・地縁型SCが逆に人間関係を複雑にしてしまう状況
  例:津波の被害から逃れ家が残った「在宅被災者」と、家が流され避難生活を送る被災者の間の軋轢。
       “自分だけ家が残ったという「後ろめたさ」「罪悪感」”
 
・地縁型SCが強固だったからこそ浮かび上がる経済格差
  例:高台移転及び住宅再建において
     自力で家を建てられる=経済的余裕がある
     建てられない=経済的余裕がない

5,ソーシャル・キャピタルと市民社会
2つの大震災によって浮き彫りになった SC が人々の「生」に与える影響の大きさ
            ↓
    結束型SCと橋渡し型SCの補完的な基盤
⇒国家にも市場にも収斂されない市民社会を生む。

SCの強固さが個人の自由な選択を阻んだり
人間関係を複雑化したりする側面も見据えたうえで…

震災によって創出・再生されたさまざまなつながりが、SCとして社会に根付く。

市民社会の成熟を導く原動力に。


[論点]

①あなたの所属するコミュニティの中で、日常生活の様々な場面においてSCが機能したと考えられる経験があれば挙げてみる。ない場合、機能すると期待される場面を考えてみる。
②個人化、人間関係の希薄化が進行する現代社会においてもSCがプラスに機能するコミュニティを創り上げるために、個人・地域・行政が果たすべき役割をそれぞれ考えてみる。(教科書に取り上げられた2つの大震災から見えたSCの重要性を参考に。)

第1班
<論点1>


CIMG2818.jpg

Social Capital/社会関係資本がどのような場所で発生するか、と考えたときに、考えられるコミュニティの形態は不特定多数が集まり、そこで橋渡し型のコミュニティが生まれる場、もしくは、或る程度特定の少数の人が集まり、そのつながりを強化する結束型のコミュニティが生まれる場の二つが考えられる。
前者はカフェ、バーや、交流会のようなものが考えられ、後者は地域のコミュニティ機構が考えられる。この二つは完全に独立したものではなく、相互の連なりの中にあるものであり、例えばインターネット上のSNSで形成されるコミュニティはいずれの側面も持ちうるものだろうという意見が挙げられた。

<論点2>
CIMG2821.jpg

この論点に対しては、SCを取り巻くそれぞれの構造を理解し、そして限界を指摘するという形で議論が展開された。というのも、地域で形成されるSCと、行政が形成しようとするSCの間にギャップが存在しているということ。そして行政側がそれを活用しようとするけれども、制度上の限界があること。
また、地域側から、要望を出そうにも、それが行政という枠組みの中へと落としこまれるために、そのままでの採用は難しいということが多い。そのギャップを埋め、相互の間を取り持つ形での運用が期待されるのがNPOなどの組織であるが、それも行政側からの資金による運営で在ることが多く、完全に対等で独
立し、相互作用を生むような個人-地域-行政の関係を形成する事は難しいのではないかという結論に至った。

第2班
<論点1>

CIMG2820.jpg

所属しているコミュニティでソーシャルキャピタルが機能したと考えられる経験ということで、具体的なコミュニティであった経験を列挙していった。それらを分類していく中で、家族や地縁といった比較的長期に渡って継続して機能するソーシャルキャピタルや、テスト対策など、何かあるときにお互いに利害関係が一致するときだけ機能するソーシャルキャピタルが存在することが分かった。また、ネット上のコミュニティにおけるつながりも不特定多数が存在するソーシャルキャピタルと言えるのではないか、という話が挙がった。

<論点2>
CIMG2823.jpg


ソーシャルキャピタルがプラスに機能するコミュニティの創成ということで、具体的に「都市部で災害が発生したときに機能するコミュニティ」を創るために、日頃から個人・地域・行政がそれぞれ果たすべき役割を考えた。
個人としては、積極的にあいさつを交わしたり、防災訓練などの地域活動に参加したりして、日頃から顔見知りを作っておくということが挙げられた。地域としては、顔見知りを作ったり、有事の際に優先的に対応しないといけない高齢者を把握しておいたりするためにも、防災訓練を積極的に実施したり、地域住民の安否を確認するために、名簿を作成したりLINEグループを作成したりするという意見が挙がった。行政としては、防災訓練やまちづくりの指導を行ったり、実際に災害が起きたときに備えて公園の整備をしたりするという意見が挙がった。
ソーシャルキャピタルが上手く機能するコミュニティを創るためには、個々人からの情報提供が非常に重要であるが、それは裏を返せばプライバシーを公開することにも繋がる。個人化、人間関係の希薄化が著しい都市部でそのようなコミュニティを形成していくのは非常に難しいことだと感じた。

第3版
<論点1>

CIMG2819.jpg

①現在持っているコミュニティとそこから受けるpositiveとnegative
私たちが現在持っているコミュニティを分類し、そこから受けるpositiveな面とnegativeな面をあげた。血縁、友人、バイト関係、趣味関係、同郷団体等があがったが、そこから私たちが享受しているのは、情報やごはんのお裾分け等の「モノの共有」と心の支え、記憶等の「感情の共有」である。しかし、必ずしもこのように良いものばかりを享受しているわけではなく、コミュニティとしての繋がりがあるからこその義務感や、振り返りたくない過去を振り返らざるを得ない環境等、negativeなものも同時に受け取ることとなっている。

<論点2>
CIMG2822.jpg


セーフティーネット祭りを企画しよう
コンセプトは「非日常をもって非日常を制す」である。常識はずれの議論かもしれないが、本気である。非日常というのはpositiveなものとnegativeなものとがある。positiveなものの代表例を祭り、negativeなものの代表例を災害とする。セーフティーネット祭りとは、災害時に備えたセーフティーネットをつくるためのものである。そこでは、避難経路を神輿ではなく家財道具や担架を担いでみんなで練り歩いたり、タダで炊き出しを食べながらおしゃべりをしたりする。PRのポスターは付近の地図を拡大し、避難経路を赤線で引いたデザインにする。祭りの参加者に配られるのは、災害時に包帯にもなり、防寒具にもなる(これは自身が東日本大震災で被災された方から伺った)フェイスタオルである。開催までの流れは以下の通りである。
①「祭りって楽しそうだなあ」と思う。
②運営団体の発足。(ここでこの運営団体に参加するのは、無意味なことでもたのしければやりたい!といったタイプの人間で構わない。強制力がありすぎると、地域住民間に溝ができる恐れ。)
③行政へ、資金援助や広報をお願いする。
④開催へ(その際、この祭りは多くの地域住民並びにNPO、外部の人間に参加してもらうことが目的であるから、参加しやすいオープンな雰囲気が欠かせない)
この祭りでできたセーフティネットや学んだ防災に関する知識は災害という別の非日常で活かす。あえて防災訓練といわず、イベント化するのは、たのしみながらでないと続かないと考えたからであり、また、都市部や郊外等、場所の歴史がない地域において、1年の中で特別な存在となり、地域の繋がりも強固になると考えたからである。コミュニティは作るものであるが、作り方にはいろいろな方法がある。人間関係が希薄になりがちな地域における、非常時に機能する新たなコミュニティの形成方法を考えた結果、「セーフティーネット祭り」という画期的なアイディアにたどり着いた。

<総合司会>
教科書の本文からも、議論からも、ソーシャルキャピタルというのは普段は意識されにくく、震災など何か有事の際に初めて意識され、機能するものだという印象を受けた。しかし、現代社会は人とのつながりが薄れ、個人化・人間関係の希薄化が進行している。その結果、阪神・淡路大震災では200人以上の人が孤独死で亡くなってしまった。反対に、東日本大震災では地縁によるソーシャルキャピタルが強すぎるために、被災状況の差によって人間関係が複雑化してしまっているという現状もある。
ソーシャルキャピタルというのは人とのつながりや信頼から成る生身で非常に難しいものであると思う。だからこそ、そのようなつながり(悪く言えばしがらみ)から逃れたいがために、人間関係の希薄化が進行していると考えられる。面倒な人間関係を全て取っ払ってしまったときに残るのは、第8章でも挙げられていた孤独死に至る「孤独な生」なのではないだろうか。
人とつながる以上、面倒なしがらみも一緒に抱えてしまうのはある意味で仕方のないことなのではないだろうか。そのような側面を意識しつつ、孤独な生を防ぎ、有事の際にもソーシャルキャピタルが機能しうるコミュニティを創っていくための生き方を日頃から意識しなければならないと感じた。
2014-11-12 18:12 : 『都市のリアル』(14年度学部ゼミ) : コメント : 0 :
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