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グローバル・シティ 第4章 金融業の国際化と拡大

第4章 金融業の国際化と拡大

金融業では、1980年代初頭を境にして規模や組織が大きく変わり、金融商品と金融サービスの需要と供給にも急激な変化がみられた。

▼ 条件/背景?
①規制緩和による国内市場の解放。
②主要金融機関の市場への参加が増えるにつれ、莫大な資金が市場へ流入。  
ex) 保険会社、年金ファンド、信託銀行など
③イノベーションが開発され、莫大な金融資産が市場性の高い商品へ転換。

▼結果
⑴ 金融業の規模は拡大し、取引のペースが早くなった。
⑵ 金融業界全体に占める銀行融資の割合が劇的に減った。
⑶ 債券や株式に加え、非流動性の商品を市場に売り出す。

▼本章の目的
以下の四点を中心に金融業の変化(規模・構成)を具体的にみていく。
⒈ 証券投資家と機関投資家の重要性の高まり
⒉ 国際的な株式市場の形成
⒊ 1980年代に日本の投資家が担うようになった新しい役割
⒋ 1990年代の大規模な金融再編

成長の条件と要素

1972年以降、国際的な金融活動は全体的に高い成長率を維持してきた。
> 1972—1985年
資金源:原油価格の高騰に伴って増えた石油収益である。
資金: アメリカの巨大多国籍銀行によって扱われている。
> 1980年代〜
資金源:国際的な証券取引が飛躍的に増えた。
資本: 先進国の間でのみ、行き交うようになった。
国際金融市場
> 1960年代
 ユーロカレンシー市場が国際金融市場としてはじめて登場した。
> 1970年代初頭まで
 国外に支店・子会社・営業所を作り、海外で事業を展開するノンバンクにサービスを提供する。
 ただし、多国籍企業が台頭し,情報通信技術が発達したことで、国内銀行の海外支店は存在意義を失った。
> 1976年—1980年
 国際金融の重要な要素として現れたのが、オフショア金融の拠点とユーロダラー市場である。
→国内市場に特有の規制や制約が回避されるようになり、銀行資本の流動性が高まった。
> 1980年〜
 1982年の第三世界累積債務危機により、アメリカの多国籍銀行の地位は揺らぎ、国際金融活動における銀行のシェアーは激減し、貸付の多くは証券市場を経って先進国間で行われる。
 証券会社と金融サービス会社は、国際金融市場を支配する最も重要なノンバンク金融機関として国際金融に関わる幅広い経済活動をカバーしていた。

→ノンバンクが背負い込んだリスクは未曾有。成長を支えていた投機の水準は極めて高くなった。世界的な規模で統合が進んだという事はブラックマンデーやメキシコ危機(94-95年)、アジア通貨危機(97年)、ロシア財政危機(98年)が世界的な連鎖の中で起きたことを意味する。

国際的な株式市場の形成

▼ 形成
>1980年代以前
・株取引のための国際市場は存在しなかった。
・国際資本投資の規模が小さく、極限られた証券取引所でのみ行われていた。
・海外株式に上場している株式へアクセスは制限された。
>1980年初頭から
・株式と債券の国際取引は飛躍的に伸びてきている。
・国境を超えた株取引が増え、規制緩和と大口の機関投資家が投じた巨額の資本を背景にし、国際株式市場まで形成された。
▼ 目的
→買う側:よりよい株価収益率が見込める他国の株式市場に転がっているチャンスを利用する
→発行する側:潤沢な資金と新しい投資機会の獲得
▼ 拡大
 世界ほとんどの株式市場の規模が大きくなり、価値の急騰によって投資家が自国以外の株式市場に惹き付けられた。
▼ 株式市場起伏
 1980年代に一気に進んだが、1990年代に差しかかる頃に減速した。1900年代中盤・終盤には、幾多の危機を迎えながらも資本化は再び加速した。
▼ 株式市場の成長における傾向(1999年まで)
 ① 多くの国で株式市場は拡大した。
 ② 世界の株式市場の時価総額に占めるアメリカの割合が減った。
 ③ 時価総額が増えたものの、一部の決まった市場に集積した。(米、英、日)

金融の証券化

▼ 証券化
 多様な金融資産や債務が売買可能な証券へと転換され、仲介のない直接取引ができること。
▼ 求められる条件: 新しい金融イノベーション
▼ 証券化した結果: 多くの金融商品の誕生
  →以前より広い市場が必要(国内規制緩和・国際化)

→投資信託などの金融機関が市場でのシェアーを増やす一方、国際的な銀行融資は金額もシェアーも大幅に減っていた。
→国際的な資本市場で主な金融商品は、普通社債やシンジケートローン、多彩なユーロ商品である。

グローバル資本市場のいま

・国内金融市場の規制緩和
・国際資本のフローの自由化 →金融市場の驚異的な成長
・コンピュータと情報通信技術の普及

▼ 本節の討論
 金融市場の成長:金融の歴史が新たな段階に達したか/今のグローバル資本市場の国民経済に占める構造的な比重が、以前にも増して大きくなったのか

▼ 1980年—<金融時代の開幕>
特徴:イノベーションを生み出す推進力
今日の金融:
⑴市場取引が行われる場は、一定の地域に集中。
⑵金融商品とその実際のもととなる資産との間に距離のある商品の増加。

▼ 筆者の観点
 現在グローバル資本市場とWWⅠ前の金本位制の時代と重要な違いが三つある。
⒈年金ファンドや保険会社などの機関に、市場を支配する力が集まってきた。
⒉新しい情報技術がもたらす金融市場の属性-速さや瞬時に通信ができる。
⒊金融イノベーションが爆発的に増えた。

金融危機

▼ 資本市場のグローバルな統合 ―<諸刃の剣>
1990年代に経済成長を促すもの ⇔ 東アジア諸国で経済危機の発生

▼ 東アジア通貨危機
 背景
・資本市場のグローバル化な統合によって債務過剰を引き起こし、投資家たちは東アジア諸国の市場に1990年代初頭になだれ込み、経済危機が起きると一気に退散したため、好景気が崩壊した。
・商業銀行の衰退にかわる証券業界の台頭。この業界がもつ技術的な機能も向上した。
・資産の管理・運用によるヘッジ活動が積極的に行われるようになった。
・銀行は証券界に対抗するのではなく、長期的な成長予測を受入、資本の流入を増やす事
で金融情勢の変化を促した。投資のリスクや質を全般的に軽視する傾向を広め、資本の流出に一役をかっていた。

→市場における金融機関の自己規律の欠如が「モラル・ハザード」問題として浮き彫りになった。

▼ 金融危機からわかること
・資本が移動しやすくなるなかで、国内政策の自律性が弱まっている。特に、発展途上国。
・国内機関投資家の強固な基盤(年金ファンド、保険会社、投資ファンドなど)を発展させることが重要。
・金融システムを自由化させ、資本の可動性が高まる国が増えるなか、資本の流出入の管理は以前にも増して複雑になってきている。
・これまでの経済危機は、先進工業国より発展途上国にたいして甚大な影響を及ぼしてきた。


まとめ

70年代                  
主導 銀行業務を行う多国籍銀行        
分布 発展途上国(資本提供・公債の提供)
オフショアバンキングセンターの設立の発展
80年代
主導    投資銀行や証券会社
分布    先進国(資本の輸出・輸入)
       主要都市が金融センターとして成長したため、資本がオフショア銀行から本国に戻された。

本章の分析にとって重要なポイント
→市場と金融センターの重要性が、金融再編と同時に高まっていったこと。

金融市場:需要・供給の役割を果たす。
主な金融市場:従来と異なる第二タイプの経済活動が活発になった。
 (極めて投機的な金融商品の売買、新しい商品の実験)

→銀行の提供するサービスの範囲を超えた。「有用性」の捉え方も変化した;
 有用性の高い商品の市場は規模・範囲が広くなると共に、複雑になった;
 多様な専門企業や膨大な取引に対応するだけではなく、金融商品をより生み出すための
進んだ機能を支えるようになった;
 技術・資本集約的な経済活動を行うことで、金融業の価値はいっそう高まっている。

→仲介機能を持っていた銀行のメカニズムが単純なのに対し、金融市場は複雑で、競争が激しく、革新的でリスクが高い。仲介機能が銀行から金融センターへ移った。

【論点】
金融業の国際化と拡大によって資本のフローは、世界的に自由化が進み、主要都市(ニューヨーク、ロンドン、東京、香港et)が金融センターとして成長してきた。
 こうした都市は富裕層にとってショッピングや投資、投機など魅力的である。しかし、現地の一般市民は、金融の国際化と拡大に伴い、日常生活にどのような影響を受けているのか。

<中国人グループ>
 論点については、金融業の国際化と拡大によって主要都市が金融センターとして成長してきたことは富裕層にとって魅力的であるのに対し、一般市民の日常生活にどのような影響を与えているかについて①「プラスの影響」と②「マイナスの影響」の2つに分けて討論した。
 また、①と②を「生活」「人口」「金銭」という3分類にグループ化し、分析ができた。「生活」グループはプラスの影響が多くみられた。「都市開発による都市全体の便利性の上昇」、「ライフスタイルの多様化」などが挙げられた。マイナスの影響として考えられるものは「都市原住民のコミュニティの崩壊」、「競争の増加」である。「人口」グループは、人口の増加による「エリートの集中」がプラスの影響として挙げられる一方、「差別」「人ごみ」というマイナス影響も考えられた。また、「金銭」グループはマイナスの影響が目立った。その中で「所得格差」、「貧困問題」などが特徴的であった。また「就職チャンスの増加」といったプラスの影響が挙げられた。
 金融市場のグローバル化に対抗するNPO、NGOといった組織が必要であると結論付けた。

≪総合司会のコメント≫
金融の国際化と拡大に伴い、現地の一般市民の日常生活にどのような影響を与えているか、今回もまた日本人チームと中国人チームに分かれて議論した。
日本人チームは、東京での事例を考え、一般市民の受ける影響と実際に日本に外資を流し入れた人々が受ける影響に分けた。そこで、外資系企業やグローバル化の流入により、長期的なスパンで物事を見る視点が欠け、短期間で利益を上げる視点が重視されるようになったことが結論づけられた。
中国人チームは、特にモデルを設定せず、一般市民が受けるプラスの影響とマイナスの影響について議論した。一般市民が受ける影響を生活面・人の面・お金の面に更に細分化していた。結論は、結果的には便利になるけど、格差がより広がることになるので、NGO,NPOの民間組織がより重要になってくるというものであった。
今回は、日本人チームも中国人チームも、一般市民が受ける影響について挙げていたが、文化の違いで差が出るかと思われたが、実際は挙げた項目には共通性が高かった。グローバル化による影響は、日本でも中国でも同じように現れているのではないかと考えた。
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2015-05-29 20:17 : 『グローバル・シティ(サッセン)』(15年度前期大学院ゼミ) : コメント : 0 :

地域の社会学 第5章 「地域が歴史を創り出す 歴史が地域を造り出す」

地域の社会学 第5章 「地域が歴史を創り出す 歴史が地域を造り出す」

1. 地域の歴史を考える

○社会学と歴史
社会学…常識を科学的に反省する知的行為
⇒歴史が現在の社会を築き上げる(常識)ではなく、現在の社会が歴史を創り出す
(Ex. 日本の市町村における文化振興・イベント開催)
∴地域が歴史を創り出す過程に注目する必要がある…①

また、社会学の見地から
現在の地域の歴史的起源を探り当てることも重要になる
・現在の社会を別様に見直したり、未知の側面を発見する
・歴史が持つ物語から断絶や、断層を見出し、社会の特殊な成り立ちを暴露する
(このような特徴から歴史が社会を築き上げるという考えとは異なる)
∴歴史が地域を造り出す起源を探り当てることも重要…②

以下、①を「地域が歴史を創り出す次元」、②を「歴史が地域を造り出す次元」の研究として進める

2. 地域が歴史を創り出す次元の諸問題

○歴史を創り出すことをめぐる諸問題
・歴史創造の主体は誰か
地域を支配する権力者や、地域に居住する住民すべてが当てはまる
→実際は複数の異なる主体間の協働と対立を通して創り出される
・創り出される歴史の内容は何か
人々の行為、集積されたモノ、単なる出来事、それらの集合としての物語、etc・・・
行為や出来事を生み出すのは市民、物語を生み出すのは権力者
・歴史の政治的機能は何か
地域の集合的アイデンティティの調達、個人次元の文化消費の一つ・・・
→対立や矛盾が最も強く現れる

※このようにして一旦創り上げられた歴史を批判的に考察するために②の視点が重要となる


○私人が創り出す私的な歴史
筆者の母方の曾祖父…石川県野々市町の没落地主
経済的没落の中で歴史研究(在野の郷土史)に目覚め、死後二冊の著作が刊行された
→ともに郷土の町に存在した武家と寺院の歴史を調べたもの
but…『加賀史料集成』と名付けられた遺稿から、彼の考える「郷土」の範囲が不明確
これをきっかけに県は公的史料集である『加賀史料』の刊行を決定
歴史創造の主体は誰か 筆者の母方の曾祖父 石川県
創り出される歴史の内容は何か 郷土の人々の行為や出来事 人々の行為や出来事を一繋ぎにした物語
歴史の政治的機能は何か 個人次元の文化消費として郷土の史料を纏めた私的資料集として機能する(「郷土」の範囲は不明確) 加賀、能登両国の史料を纏めた県の公的史料集として機能する
上記のように、地域が歴史を創り出す過程においては、歴史創造の主体によって創り出される内容や政治的機能が構造的に対立する

3. 聴き取り調査による戦略的着手

○語られる歴史
聴き取り調査…社会学的地域調査方法の1つ
→歴史を創り出す行為(発話)そのものと、歴史が創り出される瞬間(物語の結晶化)を捉えることができる
→→聞き取られた話が歴史であるとはどのような意味でそう言えるのか?
・それが歴史と呼べるだけの、時間軸を持ったひと連なりの秩序をもつこと
・それが地域の歴史であるといえるだけの、話者の集合性や内容の共通性を備えた話であること
…村落社会では、ある程度の集合性や共通性を確保できたが、現在の都市社会ではそれが困難になりつつある(「語りの個人化」)
上記の特徴を利用して、地域の歴史を創り出す実験室を設けることができる
聴き取り調査を集合的に実施し、公衆的討議を通して物語が結晶化する過程を観察し、聴き手が秩序ある歴史に編み上げる

4. 歴史が地域を造り出す次元をめぐる諸問題

地域の歴史的起源を探り当てる作業
…地域に固有の事情・過程を1つひとつ明らかにしていく無限の運動
ここから学問は、一貫した理論と方法に従って一定の秩序を持った物語を導き出す

社会学の場合…
Ⅰ. 個人の郷土への関心や愛着、義務的拘束を研究する
市民の意識が保存や復興といった公共事業をもたらすとしても、元々の意識は個々人のもの
→地域の歴史的事象への愛着は、私的であるがゆえに部分的で不安定なものでしかない
Ⅱ. ある集団を単位として、その内部構成や対外関係の長期的変動を探究する
仮に歴史を持たないと考えられてきた民俗的集団に関してもこれを明らかにすることは、国家がもつ歴史を見直すことに繋がる
→現在の都市社会においては、個人間に焦点を合わせることが課題となる
Ⅲ. 身体や行為の集合体の特殊な構成を、それらを制御しているモノやコトバと関連付けて考える
探究すべき身体・行為と制度のセットが入れ替わると、劇的に作用が変化する
→「唐突な制度改革」から「新しい生活と社会関係」が生まれることもあるということも考慮する必要がある
いずれの方法も、現在の社会の起源を断片的な事件や史料を手掛かりに探り当てようとするもの。これにより、現在の社会を相対化するような視点がもたらされる。


論点
・地域が持つ「歴史」にはどのようなものがあるだろうか。
・7月4日に行うFWの舞台である、奈良県橿原市今井町。この地域が「歴史を創り出した」のか、「歴史によって造り出された」のかという視点から、地域が持つ歴史について自由に考えを巡らせてみよう。その際、論点1で挙げた地域が持つ「歴史」を利用しながら考えよう。

<論点1>
地域が持つ「歴史」にはどのようなものがあるだろうか。
私たちの班では、地域が持つ「歴史」はほぼ人によって造り出されたものではないかという前提のもと、どのような主体がどのような目的で歴史を築き上げたのかということを考えた。
まずどのような主体が歴史を築き上げたのかについて、各々が考える、地域が持つ「歴史」を挙げていき、それを造り出している主体別に分類したところ、地域が持つ「歴史」はほとんどが「行政」「企業」「住民」の3つの主体によって造り出されていることが分かった。また1つの主体だけでなく、2つまたは3つの主体によって造り出されている「歴史」があることにも気付いた。
次にそれらの主体がどのような目的で歴史を築き上げたのか。歴史を築き上げた理由は主体によってさまざまであると考えた。例えば行政が造り出したまちの景観や歴史的建造物などの「歴史」は、観光地にするためといった動機が考えられ、住民が造り出したお祭りなどの地域の行事の「歴史」は、その地域の象徴となるような何かを残すため、あるいは流れの中で何となく造り出すことになったなどの理由が考えられた。

<論点2>
7月4日に行うFWの舞台である、奈良県橿原市今井町。この地域が「歴史を創り出した」のか、「歴史によって造り出された」のかという視点から、地域が持つ歴史について自由に考えを巡らせてみよう。その際、論点1で挙げた地域が持つ「歴史」を利用しながら考えよう。
奈良県橿原市今井町をモデルとして、地域が持つ歴史を考えるという論点であったため、まず今井町がどのような地域であるかということを改めて調べた。今井町は重要伝統的建造物保存地区に選定されており、江戸時代からの街並みが今でも残っている町であるという。その今井町を「歴史によって造り出された」地域であるのか、もしくは「歴史を創り出した」地域であるのかという2つの視点から考察し、重要伝統的建造物保存地区に選定される前は「歴史によって造り出された」がその後からは「歴史を創り出している」のではないかと結論付けた。しかしここで二つの疑問点が生じた。一つ目は、なぜ重要伝統的建造物保存地区に選定されるまで今井町が残っていたか(どのような「歴史」が重要伝統的建造物保存地区に選定されるような今井町を造り出したのか)ということ、二つ目は現在「歴史を創り出している」今井町はどのように捉えられるのかということである。
一つ目の疑問点に対しては、
①住民が強烈なアイデンティティや愛着を持って町を守り続けていた
②開発しにくい土地で中心地とならなかったため自然と残った、なんとなく残った
の二つの理由が考えられた。
二つ目の疑問点に対して、今井町内に住んでいる人とそれ以外の人の二つの立場から考えた。その議論の中で、今井町外の人は古い街並みを残す今井町をただただ魅力的に感じているが、今井町内に住んでいる人は実は「今井町」自体への意識は希薄でむしろ魅力的なまちを保つことを面倒と思っているのかもしれないという考えに至った。
よって7月4日のFWでは、住民の「今井町」保存への意識、「今井町」のルーツの認知度に特に注目したい。

<第1班>
【論点1】
地域がもつ歴史を挙げると次の3つを挙げることができた。
① 強く活かす歴史
② 潜在的可能性がある歴史
③ 活かされにくい歴史
「強く活かす歴史」は、住民や行政における共通した価値であり、観光に活かすことが出来る。「潜在的可能性がある歴史」は、人によって捉え方が異なるので観光化の可能性はゼロではない。そして「活かされにくい歴史」は、耳にしても「ふーん」としか言いようのないものであり、過ぎ去った過去と捉えられてしまうために、消えていく運命にあると言える。

【論点2】
地域の歴史についての論点だが、まずその地域の富豪たちが歴史をつくりだす。そして自治してきたというプライドがつくり出されていく。時代が進み、人口減少や富豪層の弱体化によってこれまでの栄華の維持が難しくなった後も、先述のプライドによって、文化財指定などを通じて町並み保存に注力することになる。この取り組みを通じて地域の歴史は再構成される(=つくられる)。最終的に観光化されるとなるとさらに時代劇などを通じてストーリーがつくられる。7月のフィールドワークでは、このつくられた歴史やそのストーリー性、街の人々の今井町へのプライドの有無などに注目していきたい。

<第2班>
論点①
地域が持つ歴史にはどのようなものがあるか、我々が挙げたのは「家柄」「地名」「神社・寺」「災害」「伝統行事」などであった。これらはそれぞれ密接に関係しており、主に地名などに影響を及ぼしている。これらを我々は「地域の歴史」と認識しており、そう認識するきっかけは郷土学習であるといえる。この郷土学習という場面において我々は歴史を認識し、そうしてまたそのうえに新しい行事や伝統を作っていく。後の時代から認識されたとき、これはまた歴史になる。このような循環の中で作られてきたのが、地域が持つ歴史であると考えた。

論点②
①で取り上げたようなものを我々は郷土学習を通じて地域住民共通の地域の歴史として認識する。歴史がつくりあげてきた地域の姿を「伝統行事」「土地利用」「建造物」などに見出し、それを歴史だと認識する。そして、我々はこの地域の姿をさまざまなフィルターを通してみているのではないだろうか。ここでいうフィルターとは、例えば「住民の誇り」「外部へのアピール」「観光産業」「意味づけ」などが挙がった。ここにおいて、地域は自分たちだけのものではなくなっており、交通が発達し、移動が頻繁になった現代だからこそ外部へのアピールという観点が加わっていると考えられるのである。そうした中で、自分たちの地域がどうありたいか、どう見られたいかという大きなフィル ターにかけ、そのイメージにそぐわないものは排除し、なりたいイメージを追求するようになったと考えられる。イメージにそぐわないものの排除とは、例えば古い空き家の取り壊しなどが挙げられる。逆に、イメージの追求とは、例えば「新しく作った昔っぽい家」「きれいなお堀」などが挙げられる。これらは人々に受け入れられて新しい歴史となることもあるが、人の目や評判、時代の流れによって都合よくつくりかえられていくのではないだろうか。このようにして地域が歴史を作り出しているのだと我々は考えた。今回のフィールドワークにおいても、この「新しい古いもの」に着目してみたいと思う。

<総合司会コメント>
本日の議論は「地域が創り出す歴史」と「歴史が造り出す地域」のふたつをキーワードとして展開された。現在、地域の歴史として残されているものは果してどのような経緯で残されてきたのかということを普段私たちはどの程度意識しているのか。歴史はその時々で都合よく書き換えられていくということを、個人的には再確認する機会となった。これから、私たちが残す歴史もまた、遠い未来の人間にとっては、取捨選択された、創り出された歴史になるはずである。議論を通して、歴史というものの面白さと恐ろしさを同時に感じた。
 また、来る7月4日に奈良県橿原市今井町へフィールドワークに行くことが決まっているが、それに向けて非常に有意義な時間であったと思う。ゼミ生同士が議論し、それを共有したことで、「フィールドワークを通して何を見たいか」がはっきりとしたように思うからである。まだ先の話ではあるが、フィールドワークがいまから楽しみである。もちろん当日は、過ごしやすい穏やかな気候を期待する。
2015-05-28 18:39 : 『地域の社会学』(15年度前期学部ゼミ) : コメント : 0 :

グローバル・シティ 第3章 対外直接投資の新しいパターン

第3章 対外直接投資の新しいパターン

資本の再配置を示す指標のひとつ:「対外直接投資指標(FDI)」

○本章の目的
対外直接投資はどのようなパターンで、どのくらいの規模で行われているのか?どういった国が関わっているのか?を明らかにする

対外直接投資のおもなパターン
対外直接投資の基本的なパターンは変化している
<パターン1>
1960s,そして特に1970s
先進国による対外直接投資が飛躍的に増える
1980s, 1990s
これを上回る規模で国際的な金融への投資が行われるようになる
<パターン2>
一握りの国が投資の多くを独占する傾向が強まってきている
<パターン3>
1980年代にはサービスへの対外直接投資が、製造業や資源抽出産業への対外直接投資を上回る勢いで伸びた

対外直接投資の内訳の変化
1950s(対外直接投資が、資本がどこにありどこに流れていくのかという点で評価されていた時期)
大部分は原料などの一次産品や資源をもとにした製造業に集中
1980s
技術集約的な製造業やサービス産業がターゲット
1990s
サービス産業が全体の半分を占める。
そのうち3分の2が金融と貿易活動の経済活動に注がれていた
1999 4兆1000億ドルにもなる対外直接投資ストックの60%をサービス産業が占める

対外直接投資の定義
「企業の経営管理における発言権の獲得を目的として、投資家が自国以外の国で事業を展開している企業にたいし、永続的な権益を得るために行う投資」
―『国際収支マニュアル』(IMF 1977)より
→「外国人の所有」とする外国人・外国企業による出資金の基準がない
OECDによる指標を用いると、各国のデータが比較できる。
単一の投資家による出資率が10%以下であっても、その投資家が事業にたいして一定の発言力をもっている海外関連企業や、政策決定への参加、経営者の交換など、さまざまな指標を対外直接投資に入れるよう推奨
→対外直接投資であるのか判断しにくい事例でも、どういった場合が「外国人ないし外国企業による所有」なのか明確になる。

議決権をもてるほど株式を所有しなくとも、対外直接投資は成立しうる。
大企業:株式をたくさん保有する必要は必ずしもない。
→株と無関係な契約上の取り決めを通す
株式保有と結びつかない形での支配は、サービス産業にとって海外投資とはなにか理解する上でとくに重要になる。
(海外へのサービス提供は株式保有という形をとらない場合が多い)

株式保有がゼロの場合も対外直接投資としてみなすと、分類上の問題が生じる。
対外直接投資ストック:株式と負債を計る指標
対外直接投資から生じた収益は、株式投資や債権投資の利益として定義
→株式保有がゼロの非金融無形資産から得られる収益とは区別

世界の対外直接投資ストック:年々額は上がってきている
対外直接投資のここ20年間の動きから見えるパターン
1.先進国が発展途上国へ投資する
1970s   対外直接投資は軒並み増加(特に輸出用生産への投資)
それ以降  投資の増加率は減少
1990s以降 先進国への対外直接投資の増加
2.アメリカの地位が急転
~1979 対外直接投資を積極的に行う主要国
1981  対外直接投資を受け取る代表的な国に
(1984,1986 世界中の対外直接投資のうち50%がアメリカに流れる)
3.日本が世界の対外直接投資で果たす役割が増した。
1985には対外直接投資を行う代表的な国に成長していた
資本の輸出国として旧西独、蘭、仏といった欧州資本輸出国を圧倒
1990sはバブル崩壊により大きく落ち込む
⇔1980s,1990sを通して対外直接投資の主要受入国になることはなかった
4.対外直接投資の対象が変わった
1988~1997 第一次産業への投資は半減
サービス産業への投資は先進国・発展途上国ともに増加
製造業への投資に大きな変動はなし
対外直接投資の割合が高いものは金融業、つぎに貿易業
先進国:対外直接投資を最も多く受け入れる経済セクターが金融業と貿易
発展途上国:不動産業と化学産業へ投資される額が最多
5.世界的に見て対外直接投資がかなり集積する傾向にある
1984 全世界の対外直接投資ストック合計の65%が米英日で占められる
1997 発展途上国への対外直接投資は-4%
   先進国   +68%
先進国への投資のほとんどは先進国が行っている。
6.対外直接投資の大半を握っているのが先進国の多国籍企業
1980s初頭 対外直接投資の97%は多国籍企業によるもの
自社の海外関連企業に投資する多国籍企業の数は6万社にまで膨らんでいる。
こうした企業の多くは中小企業
7.国境を越えた企業の吸収合併(M&A)が増えた
現在の対外直接投資のほとんどはM&Aから生じている
大抵の場合は先進国間で行われている
近年、発展途上国でも民営化や規制緩和が進んでいるためアジア・ラテンアメリカの特定の国には対外直接投資が新たに始まっている。

国際的なサービス取引
国際化の進み具合は、企業の売上総額に占める海外売上高を一つの指標として考えられる。
例:米国でのサービス産業は急成長し、国内経済におけるシェアも増加
  しかし、国際的なサービス取引の割合は低い
輸出入ができないサービス(non-tradable)は、生産された場所で販売されなければならないものであることが多い
→国境を越えたサービス提供が対外直接投資という形をとる

サービスの国際取引の計測方法問題
サービスの国際取引と投資額はじっさいよりも少なく算出されている
→投資額の場合、対外直接投資額を出すときに、株式が関係しない取引は計算されない
「国連多国籍企業センター」(現在は廃止):的確なデータ収集
→関連企業の販売と付加価値を計算することと、対外直接投資の算出が一致していることが明らかになった

「関税と貿易に関する一般協定(GATT)のサービスに関する交渉グループ(Group of Negotiations on Services)」
:サービス貿易における原則やルールの基本となる定義上・統計上の問題を重視
「サービス貿易に関する一般協定(GATS)」(1994)
:サービス貿易を4つに分類・定義
1.越境取引(ある加盟国から他の加盟国の需要者へ提供されるサービス)
2.国外での消費(ある加盟国の領土内において、他の加盟国の需要者へ提供されるサービス)
3.商業拠点(ある加盟国のサービス企業によって、他の加盟国にあるビジネス拠点を通して提供されるサービス)
4.人の移動(ある加盟国の個人が他の加盟国へ移動して提供されるサービス)

サービスの国際取引も実際には様々な形がある。
→対外直接投資と越境取引がおもな形
越境取引:唯一「商品貿易」という形をとる取引
サービスの売る側・買う側どちらにしても、人の移動がサービスの国際取引に不可欠であることが多い。
例:旅行
海外の関連企業を介して提供されるのが一般的なものもある
例:ホテル、個人向け銀行サービス、レンタカーなど
ライセンス提供やフランチャイズ契約などの株取引でない形をとるものもある
例:法律や会計などの専門サービスのやり取り
製造業や第一次産業に分類される多国籍企業でも、関連会社がサービス関係というパターンは多い

「海外へ提供されているサービス」の判断基準
1.サービスを提供する外国に生産者側が滞在する場合でも、一定の期間内であるか
2.多国籍企業が海外支社をつくる時、支社に必要な「資源」を送るが、そのなかに管理者や従業員の派遣が含まれていないかどうか
3.提供されるサービスの性質がどうなっているか
4.ルートがどうなっているのか

まとめ
国際的な取引に関わる地域の地理学と取引の内容は根本的に変化している。
米国が対外直接投資の主要受入国になった
日本は対外直接投資の純輸出国として台頭してきた
対外直接投資の内訳における変化
サービス・セクターへの投資が急激に重要性を帯びてきた。
サービスをめぐる国際的な経済活動のうち、70%もの活動がほんの一握りの国によって行われていた。
とくに、日本・アメリカ・イギリスへの集積が目立つ

本書の問題関心において興味深い点
1.サービスの国際化の中心にいるのは多国籍企業
2.専門職サービスを提供するおもな企業では、海外売上による収益が総収益の相当な部分を占める

こうした対外直接投資のパターンを通して、国際投資の再編が見えてくる。
1970s さまざまな地域への対外直接投資増加は、生産の国際化にとって重要
1980s,1990s 金融のフローが一気に増加
集積の度合いも1970sを上回る
→「集積構造」の再編も読み取れる。(次章)

【論点】
近年では、発展途上国への対外直接投資も伸びてきている。
発展途上国の中でも、対外直接投資の伸びている国/まだ伸びていない国があると考えられる。
今後発展途上国が対外直接投資を伸ばすためには、どういった要因の関わりあいが必要だと考えられるだろうか。


〈日本人グループ〉
発展途上国が対外直接投資(FDI)を伸ばすための要因について考察するために日本人グループでは、発展途上国が先進国からの援助などを契機として自国の経済力を底上げし、それによって対外直接投資を実際に行えるようになる、という時間軸を想定しそれに沿って議論を行った。
まず、第一段階の前提となる部分で、先進国から援助を受け、資本投下を引き出すための準備段階では、発展途上国がなぜ対外直接投資を志向するようになるかについて議論した。そこでは、やはり発展途上国には先進国に対する憧憬が存在し、先進国を追いかけて最終的には対外直接投資を他国から受け取り、かつ他国に対し行うというような、対等な関係になりたいという思いがあるのではないかという意見でまとまった。
次に、第一段階は発展途上国が対外直接投資を行えるようになるまで、先進国からの援助に牽引される段階とした。この段階は何よりもまず自国の資本および経済力を底上げすることが重視されるという意見で一致した。そのためには製造業の発達と、製造業に関する技術的な教育や人材育成が必要であると考えた。
この第一段階を経て、安価に大量の製品を製造できるなどという点で、発展途上国の国際的な認知度が高まり、さらに先進国からの資本投下を獲得することで生産力が向上し、次の第二段階へと至るとした。
第二段階は、経済力を高めるとともに、対外直接投資を始めるにあたって具体的な取り組みが行われる段階であるとした。この第二段階にあたる意見が最も多く散見された。経済力については、GDPを高めるための具体的な政策が行われ、そのような中で経済力が引き上げられていくと共に、軍事力も拡張されることが考えられた。一方、対外直接投資を開始するために重要な点は自国の「グローバル化」であるという意見で一致した。グローバル化のためには、他文化への理解を深め、自国での意識変化を行うための教育が必要であるし、国どうしを繋ぐ役割を果たす人材養成のために、留学などの形で人材派遣が行われるとした。政治的経済的な政策としては、企業の民営化や規制緩和など新自由主義的な政策に移行していくことが考えられた。ハード面の取り組みとしては、インターネット環境の整備、モビリティ環境の充実といった意見が挙げられた。
最後に、第三段階は実際に対外直接投資が開始される段階であるとした。この段階では投資を行うことがステータスとなり、投資を行うための資本力も備わって経済的余裕が生まれると考えた。それによって、発展途上国からも多国籍企業が展開されていくことになるのではないか、という結論に至った。

【補足】
発展途上国が対外直接投資を行うための要因について考察する前に、現在発展途上国とはいったいどのような国を指すのか、どういった指標を用いて分類するのか、例えばシンガポールやタイ、韓国、中国などの国は、先進国と発展途上国のどちらに分類されるのか、といった議論を全員で考え、共有する必要があったのではないかと考える。また、今回考察した発展途上国が行う対外直接投資は、先進国が現在行っているような金融業や貿易業を主としたものと同じような内容になるのか、それとも現在発展途上国で割合の高い不動産業と化学産業への投資が加速されるのか、などといった具体的な議論にまで及ぶことができなかった。総合司会の方のコメントにあるように、発展途上国について考える場合でも、実際は先進国的な観点からの考察に終始してしまっているように思われる。今回のグループ発表で示したような図式はあまりに夢想的で楽観的に過ぎるかもしれないが、それをどうすれば実際生じている問題に引きつけていけるようになるのかを考察していくことが今後の重要な課題であると考える。

<中国出身の留学生グループ>
論点について、中国出身の留学生グループが自分の母国を発展途上国のモデルとして想定して、発展途上国が対外直接投資を伸ばすため考える要因を挙げていて、「競うこと」より「つながること」はさらに重要だと議論した。
まずはハード面の要因について、FDIを伸ばすために資本、インフラ、商品の品質の重視が必要と挙げられていた。そしてソフト面に関しては、主に技術、人材、政策、相手の国の文化の四つの方面から論議した。生産力を推進するために、技術の革新とサービス意識の向上に十分な考慮が必要である。グロバール化の背景で、さらに多様な人材が求められている。外国語の人材だけではなく、国境を越える専門技術者、法律の人材、流通の人材などは対外投資を伸ばすため無くてはならない条件である。政策面に関しては、やはり整える金融体制、政治環境が必要と思われる。相手国の文化を互いに理解することが対外投資の環境づくりには有利だと考える。それ以外に、先進国の支援も対外投資を伸ばすため考える要因の一つと挙げられ、資本面と技術面があり、ソフト面とハード面の両方も含めていると思われる。
対外直接投資を伸ばすと考える時に、「技術の革新」、「人材の育成」などは一見的に「競う」ために挙げられていたが、グロバール化の市場の中に「つながる」意味も持っていて、「競うこと」より「つながること」はさらに重要だと思われる。




≪総合司会コメント≫
今回の議論は、日本人チームと中国人チームに分けたが、この2つのチームに共通していたのは『過去5年間で名目GDPが世界5位に入っている』ことである。つまり、日本も中国も先進国に当てはまると仮定すると、今回の議論は、あくまで先進国の国民から見たものに過ぎない。中国は名目GDPで世界第2位になるまで、外国の大企業の製品に関わる工場において大量生産を行うことで国力を増強していたが、名目GDPが世界第2位になった今、技術も経済も先進国のトップに躍り出る程発達している。即ち、中国を最早発展途上国と定義するのは困難であると考える。日本人チームと中国人チームは、先進国チームと発展途上国のチームではなかったのである。よって、発展途上国が対外直接投資を伸ばすにはどのような要因が必要になるかについて議論したが、発展途上国が抱える問題や不安要素について考慮しきれていなかったと考える。両チーム共に「投資を伸ばす過程で先進国の援助も必要である」、「多方面における人材の育成が必要」と述べていたが、そもそも先進国の援助を受けたとしてもそれを活用できる土壌はあるのか、といった検討が見受けられなかったのは、発展途上国の人々の視点がなかったからの様に思えた。
2015-05-22 17:00 : 『グローバル・シティ(サッセン)』(15年度前期大学院ゼミ) : コメント : 0 :

地域の社会学 第4章 地域に生きる集団とネットワーク

第4章 地域に生きる集団とネットワーク

地域という場において人々が織り成す社会的な関係に注目する。
・現代の都市生活において「地域」はどのような意味を持つのか。
・一見、自由に展開している私たちの社会関係は、地域という空間的な範域とどのように関連していると考えればよいか、あるいは考える必要はないのか。


1. 人と地域の関わり
・すべての相互行為は空間という土台のうえで物的なメディアを介してなされる。
→しかし、社会学の古典的な概念では人と人とが結びつく空間を見落としてしまう 。

・人間が地域という空間と関係する在り方
①地域と長期的に結びつく在り方(定住)
②短期的にしか結びつかないという在り方(流動)
→基本となるのは住居であり、現住所。

・上記①②の空間の理解は①’②’につながる。
所有:特定の土地・空間との比較的長期にわたる関わりを前提(地方での生活で優先)…①’
利用:特定の土地・空間との関わりは一時的である場合が多い(都市部で優先)…②’
→両者が互いに刺激し合い、地域生活が展開してきた。
→つまり、人と空間との関わりは個別的に想定できるものではなく、常に社会的に行なわれるということ。

・特定の個人と特定の空間との関係は常に他の人々との関係を前提として成立している。
=特定の空間の成立はその背後に独特の社会の存立を予測させる。
→私たちが織り成す社会的つながりは、地域と無縁であるどころか、実は地域という空間そのものを構成するものにほかならない。
→都市空間をめぐる人々の社会関係も決して単純に地域と無関係に展開しているのではなく、必ずしも特定地域に累積しないようなかたちで都市空間と関連し、むしろそれを構成的に生み出しているとみるべき。


2. 制度、組織との接点
・「個人→集団→組織→制度」という区別は具体的な人間の身体からもはやそれには依存しない社会的な構築物への一連の展開を念頭においた社会学の古典的な概念。
個人:人と人との社会的なつながりの最小単位。
集団:複数の特定の個性ある個人が集まって持続的なつながりが生まれたもの。
組織:集団が、決められた役割を果たす個人であれば誰でも良いような形にまで形式的に整備されたもの。
制度:複数の組織からなる全体的な関連が、通常は文書によって規定されることで、恒常的に確定されるようになったもの。
→社会学はこのなかでも、集団や組織の分析を得意とするため、地域的な集団が存在しなかったり、あっても重要視されないようになると「地域」を捉えることが難しくなった。
→新たな視点として登場したのが「ネットワーク分析」の視点。
→しかし、「ネットワーク分析」は「制度」 の関わりという視点に補われて初めてその潜在能力を発揮する。(筆者の主張①)

・現実の地域に展開する社会的な関わりの世界を捉える場合に、たんなる集団レベルの分析だけでなく、それらの集団を形成する機縁となった制度や組織との関係が浮かび上がる。
→また、それらの一つひとつについて特定の地域的空間と持続的な関係を結ぶのか否か、という定着と流動という視点も組み合わせていくならば、かなりのことが見えてくるはず。

・戦後、自ら判断し責任のとれる強い個人の成熟が民主主義社会の前提として求められたが、いまや再保守化の延長線上で自己責任が強調されるというかたちでいやおうなくそのような個人への転換が前提とされている。
→しかし、そのような個人の成立がどのような社会的つながりによって支えられるのかという視点が問題視されていない。
→社会的つながりこそが、そのような自立した個人の存立を保障するものと考える。(筆者の主張②)


3. ネットワークの視点
・さまざまな空間や場所と結びついた制度や組織が存在し、それらを後ろ盾としつつも独自に展開する社会的世界が集団や個人によって構成される。
→制度や組織自体が限られた地理的空間に強く準拠していたため、特定の地域に多くの社会集団が累積して独自の社会的世界を構成していた。
→都市化により、このような集団が失われる事によって出てきた新たな分析手法が社会的ネットワークという概念やネットワーク分析。

・ネットワークという概念は個人と個人の限定的なつながりそのものを分析の単位とする。
→その時その時の人と人とのつながりの連鎖のなかで社会的世界が展開する都市的な状況には、極めて適合的な分析概念。
→集団はそのようなネットワークの連鎖を追った結果、事後的に発見できる場合があるだけのものと想定し直される。

・地域社会は個人を単位としたネットワークの連鎖の全体として描くことができ、それらのネットワークの密度が高い部分に集団が発見されるという明快な図式が成立する。
→しかし、このネットワーク分析をもってしても明らかにできないのは「地域という空間の位置づけ」 。
→これを明らかにするためには、空間や場所と結びついた制度や組織との接点(ネットワークの「文脈」/ネットワーク形成の「契機(きっかけ)」)という視点が必要不可欠。…①
→特定の個人がどのような形で地域と関連するネットワークをもつか、もたないかは、その人がどのような形で地域と結びついた組織や制度のなかに位置付けられているか決まる。
→ネットワーク分析の強みは、個人を単位とした社会的ネットワークの構成と個人が占める制度上の位置を関連させて捉えることのできる点。
→突き詰めていくと「階層」という概念に導かれる。階層的な隔たりは地域との関わりという点と有意に関連する。

・現代の社会は複数の個人からなるネットワークの総体として、少なくとも現象的には描かれるのかもしれないが、その背景にはさまざまな序列と格差をもった制度が存在し、かつまたそれが空間的な秩序を伴ういくつかの階層へと分離していることを読み込んでいく必要がある。…②

①②の2点より、ネットワークの視点を空間的に組織された制度との関連で活用していくことが求められる。
・ネットワーク分析とは本来、選択する個人の主体性を捉えることを主眼としたものであるため、このような活用の仕方に抵抗を感じることがあるかもしれない。
そのような活用の仕方ではむしろ構図的な制度によってすべてが決まってしまうというふうにしか理解できないのでは?
→社会学が問うべきは歴史的な主体性。つまり構造的な制度の在り方そのものを変更していこうとする営みであるため、自らを拘束している制度そのものを捉えなおそうとする営み。
→人と制度をつないでいく側面、人が制度に働きかける局面こそが、人間の主体的選択の場面としてより重要。


4. 人と制度をつなぐもの
・人がいかなる制度のもとでも、それらを捉え直し、組み替えて自らの選好を示すことは確かだが、それら制度の不都合を克服しようとする人は少ないのでは?
→いったんできあがった制度は維持される傾向が強い。
ex. 行政権力の優越(適切なリーダーシップが発揮されていなければ非常に問題)

・グローバルな構造変動にさらされている現代において問われるリーダーシップ。行政権力の相対化はいかにして可能か?
①議会主義の活用
②市民の直接政治参加/行政参画
ex. 情報公開、オンブズマン制度を巡る動き、NPO・NGOを巡る胎動 
→このような試みとせめぎ合いが生じる戦略的な舞台として、人々の地
域生活と地域を物理的にどうするかをめぐる制度レベルでの攻防の展開
する地方自治体がクローズアップされる。

・都市や地域をめぐる社会学的な研究は、人々の社会的ネットワークと集団形成のはざまに階層性をもって展開する政策や制度をめぐるせめぎ合いに敏感であることが求められている。


5 .論点
①どのような制度のもとに、私たちのネットワークや集団は形成されているのか。
②のどかな農村地帯が郊外住宅地として開発されました。この地域の小中学校は生徒数が減少していたので校長先生は大喜び。さて、どのような制度や組織を整備すれば、この地域をより住みやすい、にぎやかな地域にできるでしょうか。

<第1班>
論点1
ライフサイクルの流れに沿って、それぞれの段階で私たちがどのようなネットワークや集団に属し、それらがどのような制度に基づいているのかを考えた。
まず誕生とともに私たちは家族制度のもと、家族や親戚といった血縁のネットワークに組み込まれる。そして成長し小学校に通うようになると学校制度にもとづいた集団が形成される。例としては学校の同級生同士や部活動でのネットワークが挙げられる。中学校、高校でも学校制度のもとで同様のネットワークが形成され、大学に入ると大学制度のもとで新たな集団に属するようになる。そして高校あるいは大学卒業後は社会人となり、雇用制度のもとでネットワークが形成される。
上記以外に、人生のどの段階においても都道府県制、市町村制など地域の制度にもとづいたネットワークが存在し、自治会や婦人会などの集団が形成されている。この地域のネットワークは特に学校が地域と密着している小中学生で強く、少年スポーツ団などの集団がある。社会人になると地域での人との繋がりは弱くなり、学校との関係も薄まるが、結婚し子供が生まれると子供を介し、再び地域に根差した学校制度のもとでPTAなどの集団に属すようになる。
以上のようなライフサイクルから外れてしまう人々(ニートや未婚者、家族のいない高齢者など)は、制度から取り残され、他者との関係を持つことができず孤立してしまうと考えられる。

論点2
農村地帯が郊外住宅地として開発された場合、開発以前から農村地帯に居住する旧住民と開発された住宅地に新たに入居する新住民が存在すると考えられる。旧住民は旧来から存在する密なネットワークを持っているが、新住民にとってそのようなネットワークは必要性が感じられず煩わしいものに感じられる。しかし防災や防犯の面では地域での繋がりを維持することが不可欠であり、地域の住民同士で顔のわかる繋がりを持つことが「住みやすい、にぎやかな地域」であるといえる。
顔のわかるネットワークを作るためには、まずは既にネットワークを持つ旧住民と新住民との間で顔合わせを行うことが必要である。しかしこのような顔合わせは自治会などが実施しても参加率を高くすることは難しいと考えられるため、住宅地を開発した企業が地域のネットワークも売り物として組み込み、新住民の入居までに全員の顔を合わせる機会を設けるべきである。また新住民の入居後も、毎朝のラジオ体操を実施するなどして地域の交流を深めるイベントが必要である。このようなイベントは地域の制度や学校制度をもとに運営はできると考えられるが、住民の参加率を高めるためにはポイント制度が有効ではないか。ポイントを地域の朝市などの商品や農家の余った野菜と交換できるようにすれば新住民・旧住民双方にメリットがある。懸念点はこのポイント制度の財源である。国や自治体から地域に財源を回す制度が必要である。



<総合司会コメント>
人々のネットワーク、そしてそこで組織化される集団、その背景にある制度、この3つが地域でいかに展開しているかを概観した。1人の人間が年齢を重ねるに応じてネットワークは広がり、所属する集団も移り変わる。しかし、例えば正常なライフコースから外れてしまった人々、わかりやすく例を挙げれば貧困に陥った人は、制度に包摂されず、制度の中の集団からも離脱しネットワークも断ち切られる リスクが増える。地域の社会的ネットワークを保つ重要性は、それが様々な人にとってセーフティネットとして機能するということに裏打ちされるのである。
2015-05-21 21:39 : 『地域の社会学』(15年度前期学部ゼミ) : コメント : 0 :

地域の社会学  第3章 地域を枠づける制度と組織

第3章 地域を枠づける制度と組織

●この章の目的と扱う内容
目的:地域社会の結びつきは、地域を単位として作動する制度やシステムを介してなされており、その意思決定を不特定多数の人々が行う場として地域が位置づけられることを明らかにする。
内容:まず地域について1節で、土地・空間に関与する主体としてどのような組織・個人・集団・団体が存在するか、その関わり方はいかなるものかを概観する。2節以降は、1節で概観した主体について個別具体的に検討する。「国家と地方自治体」「学校と教育委員会」「市場と資本」「政治とマスメディア」の順に展開する。

●キーワード制度と組織、土地・空間、地方自治、地方分権、都市政策・地域政策、意思決定

1節 制度と組織
地域の物質的基盤としての土地・空間
⇒ここに関わる主体として大まかに下の5つが存在

コミュニティ論演習A/レジュメ_ページ_1

◎土地・空間との関わり方
⇒売買や貸与、それによる収益確保、住宅・オフィス商店としての利用、管理による規制、全体として秩序づけ保障する
◎「共同体の解体」と「空間の商品化」
⇒集団による管理から個人による自由な処分へ、個人が直面する空間的拘束が具体的集団から形式的な管理規則に変化し、地域が見えにくくなる
◎公的機関の支配的な影響力
⇒個人と企業は私有財産制度と市場原理が存立を保障し、その中で自由な購買・営利・居住活動ができる。そしてインフラを提供し、管理保障に特権的影響力を持つのが公的機関
◎社会的つながりの重要性
⇒社会的孤立が叫ばれる現代、管理規則とは異なる人間のつながりの維持が見直される。つながりを再生産する空間的基盤として、住居・社交場・施設が不可欠。人々と地域を結びつける絆の形成に寄与。(ex.下町の商店街、公共施設の整備・改善とそれを支える住民運動、NPO・NGO)

地域政策を民主的に進めていくために、どんな組織が必要か?

2節 国家と地方公共団体
公共機関の地域への関与の仕方
①土地・空間を私的に所有(軍用地、官邸、皇居など)
②公有地を管理(河川、林野、道路など)
③空間・土地を管理する民間企業の規制(都市計画、地域政策、インフラ)
④個人の空間・土地への関与の保障(所有権、財産権、警察権)

◎国家と地方公共団体では①~④の関与を巡って力関係による差
⇒機関委任事務 を通し、都市・地域政策が国家→都道府県→市町村と上意下達
⇒管轄する空間の広さと規模に応じて考えると、住民サービスには最小単位の自治体の施策が反映される「地方分権」へ(ex.外国人への公的サービス、公害防止条例など)

◎行政の専門性の高まり⇔市民の地方政治への関心希薄化
⇒しかし身近な問題を政治的に解決できるのは地方自治体


「地方自治は民主主義の学校」の実践へ

3節 学校と教育委員会
◎教育…地域にとって、基本的人権と民主主義にとって重要
⇒地方自治体(政治的実践の場)と教育(社会的実践の場)は重なる
⇒学校や教育委員会も地域の要望を反映させていくのが本来の形

◎しかし教育には地方より国家の意向が強く反映
⇒中央教育審議会による教育目標の設定、教科書検定など
⇒超越的権威となる国家が教え込むというイデオロギー装置に
◎教育についての地方自治
子どもをどのように育て、大人が生涯を通じてどのように学ぶか
⇒市民の教育文化活動と、対応する学校や教育行政のあり方を地域で決める
⇒地域産業の歴史的蓄積や文化状況を踏まえた教育を

◎教育委員会の委員は公選にすべき?
戦後教育改革で一度は教育委員を住民の直接選挙で選出した(教育委員会法)
⇒しかし実情に合わないと、首長が議会の同意を得て任命する形に(教育行政法)
⇒一般行政とは独立の行政機関 ゆえ、余計に旧文部省の中央統制が強化された

◎地域主導という戦後教育改革の理念は、住民主導の教育文化活動に受け継がれる
⇒つまり、学校教育よりも社会教育の場面で住民自治の教育がなされてきた


地域において住民による教育文化活動がどのように堆積してきたか

4節 市場と資本
◎企業と市場経済…行政よりも地域に影響力を与える
⇒企業城下町では、当該企業が固定資産税と事業税による地方税の源に、関係者が地方議会に送り込まれ市政に影響力を持つ
⇒工業地域、商業地域、業務中心地など、地域の景観や空間的特徴も作り上げる

◎事業活動の内容や資本の性格によって地域との関わり方は異なる
⇒企業規模が大きくなれば、経営者や従業員は地域社会には無頓着に
⇒全国規模・国際規模の企業が、立地周辺の住民生活に悪影響を及ぼすことも

◎製造業と地域の労働力との関わり
製造業に必要なもの:個々の技術力と、他と円滑に協働する団体的訓練を積んだ労働力
⇒基礎的な適応力(学力)と協調性を持つ…学校教育で求められる能力と対応
⇒製造業は労働力の再生産に強く関心を示す資本、そのため地域の教育や文化との結びつきが強い(but.国内の労働力移動は容易だったため、国家の教育と結びついてきた)


◎金融資本と建設資本
事業にあたって、建設と破壊を必要とする
金融:利得を回収するため投資先をフレキシブルに変更、地域がその投資先となるため産業のスクラップ・アンド・ビルトが起きる
⇒地域住民の雇用も柔軟化する
建設:土建国家で営まれてきた数々の公共事業(大規模都市・地域開発、インフラ開発)で地方の雇用を確保、地域の建造環境、自然環境、景観や文化的アイデンティティを変えていく
⇒地方分権の推進で、公共事業の見直しをどれだけ図れるか

◎グローバル資本の地域への影響
ローカル資本の町工場や商業…町内会を通じて地域社会のパートナーに
グローバル資本の企業城下町…グローバル経済の変動により打撃を受けることも
(ex.釜石、豊田など)

◎資本と地域の関係について、地方自治体が果たすべき独自の役割
⇒地域社会に根差した産業を維持し、教育政策もその労働力の再生産に寄与
⇒安定した雇用と慣れ親しんだ景観を保って、愛着のある場所での定住を実現


地方分権で自治体の経済政策を模索

5節 政治とマスメディア
◎地方議会・政治とマスメディアの関わり
マスメディアが形成する世論や言論が、議会を通して威力を発揮する(政策や条例の制定支持)
また統一地方選の動向や結果にはマスメディアの力が大きく絡む(争点の設定など)
⇒マスメディアと地域政治との関わりを検討する必要

◎メディアの性質上の問題
日本のメディアは東京一極集中
⇒地域政治の問題はナショナルなレベルでしか報道されない
⇒身近な自治体政治への住民の関心が薄い要因に


地域政治と住民自治の活性化のため、ローカルメディアの発達を
論点1
地域の①自治体、②教育機関、③企業 ④住民組織が私たちの生活に及ぼす影響はどんなものなのか、メリット・デメリットの両面から議論する。
論点2
②上記の組織のあるべき姿について本章では各項ごとに記述されているが、あるべき姿は実現可能なものなのか、住民に及ぼす影響と組織の性質上の限界に着目して批判的に考察する。(①~④いずれかにしぼっても構いませんし、①~④のうち本章において相互関係的にあるべき姿が述べられているものがあれば、相互に検討してもいいです)

【論点1】
① 自治体
メリット:治安維持・公衆衛生・補助金
デメリット:税金を払う必要性・規制をうける

② 教育機関
メリット:子供の見守り・教育の場
デメリット:地元との摩擦(うるさいなど)

③ 企業
メリット:雇用の場・地域活性化の担い手
デメリット:公害問題を引き起こす・不況の原因にもなる

④ 住民組織
メリット:防災への取り組み・ごみの清掃・地域のつながり
デメリット:地域に無関心な住民が参加しない・問題解決能力に欠ける

⑤ まとめ
メリットとしては、なにかが発生したときに助けてくれる存在であり、サービスの提供主であること。一方デメリットとしては、労働力や家族にかける時間などを個人は提供する(=奪われる)立場になることが挙げられる。

【論点2】
「地方自治は民主主義の学校」という視点から議論を行った。そのために必要とされているのはやはり、課題を住民自ら解決できるという実感の創出だ。地域への関心を住民が持つには、居住地や勤務地の一致や郷土教育の推進など子供のころからのアプローチが必要だ。しかし、課題として都市部への人口一極集中による、地方の人材難、仕事に手いっぱいという現代のライフスタイルなどにより、真の住民自治・地方自治の実現は難しい状況になっている。そのため、自らが当事者になった時に初めて地域の問題点に気づくということが一般的になってしまっている。(例:子育て)

<総合司会コメント>
論点①にかかわって
 地域の「自治体」、「教育機関」、「企業」、「住民組織」が私たちの生活に及ぼす影響はどんなものなのかを議論していくとき、メリットについては上記四つの枠組みや組織のいずれにおいても、いくつものメリットを拾い出すことができた。その反対に、デメリットについては、ほとんど拾い出すことができなかった。そのわけとして次のような点が考えられる。
その一、それは、議論した私たちが上記四つの地域社会の枠組みや組織の現状を、所与のもの、あるいは私たちが支配的な力により枠組みされている現状をありのままに受け止めていることの表れであるかもしれない。
その二、テキストで使われている「国家と地方自治体」を、論点では「自治体」と置き換えたが、地域に生きる住民にとって身近な「自治体」に対してデメリットのイメージは起こりにくいものだったのではないか。
その三、同じくテキストで使われている「学校と教育委員会」を「教育機関」、また「市場と資本」を「企業」と置き換えたが、そのことにより、テキストの中で意図されているそれぞれの枠組みや組織の社会に対する影響力、規制力を積極的に拾い出す議論につながりにくかったのかもしれない。

論点②にかかわって     
上記四つの地域社会の枠組みや組織の現状を、あるべき姿にするための課題や方策を、グループ論議で数多く上げることができた。それら一つ一つが重要な点を指摘しているが、章末の「セミナー」にあるように、「自分が特別な感情を抱く土地・空間に関係するルールについてどれだけの影響力を行使することができるか」について考えてみる必要がある。なぜなら、若者が政治に関心を持たなくなったことや、地域行事に参加しなくなったことを私たち自身がどのように自分自身の問題としてとらえるかは、「地域社会のつながり」や「地域社会の枠組み」をどうとらえるかに直接かかわる問題であると考えるからである。

2015-05-17 16:13 : 『地域の社会学』(15年度前期学部ゼミ) : コメント : 0 :

グローバル・シティ 第2章 分散と新しい形の集中

第2章 分散と新しい形の集中

1.グローバル化と資本の再編
グローバル化にとって重要な地域、産業、そして制度的な取り決めを明らかにし、それらが従前のものとどう異なるか考える必要がある。それには、「資本の移動」とはなにか知らねばならない。→資本移動の表れだとされている経済活動の地理的な分散だけではなく、①集中、②大量の資本の国際移動を通じて剰余価値を生み出しているものが再編されていること、③所有について分析しなければならない。
所有の多国籍化を進めているのはおもに、かつての産業の中心地からの資本流出、新興工業国への資本流出。これまでの研究では、資本の移動と「場所」の関わりは、場所を問わず移動できる資本の性質をもとに論じられることが多かった。ex.先進国から発展途上国への製造業の移転
しかし資本の移動は、移動しやすさだけではなく、技術的な条件も必要とする。→資本を移動させる技術であったり、世界中に分散した生産システムを支配し続ける力
資本の可動性が高まると、生産が行われる地域や金融市場のネットワークに変化が起こるだけでなく、経営管理や支配、生産・金融の新しい組織へのサービス提供を確かなものにしておくための生産への需要も生まれる。こうしたさまざまな生産がじっさいにどこで行われるかは、生み出すものの種類によって異なっている。⇔いずれもかなり集積する傾向にある。
資本の可動性が高まって影響を受けるのは生産だけではなく、雇用関係も再編される。→産業の空洞化の原因であり、結果でもある労働市場のダイナミクスや、輸出加工区に設けられた低賃金労働者を雇える飛び地という点から注目されてきたが、資本の可動性という視点で雇用関係を分析したものはない。

2.資本の可動性と集塊(アグロメレーション)
大企業が生産をグローバルな規模で行うには、ある種の経済的な国際体制が必要である。一般に、トランスナショナルな経済活動という新しいロジックは、多国籍企業という形をとって1970年代に姿を現し始めたといわれている。1970年代以降、製造・サービス・金融で資本がどういった形で動いたのか分析すれば、世界経済の編制のされ方と、その具体的な特徴が明らかになる。
製造が行われる場が地理的に広がりはじめたことは、1980年代を際立たせる特徴の1つである。資本移動という問題が前面に出てきたのも、この時代に地理的分散が起きたからであった。この年代から、海外で生産あるいは組み立てられたパーツが、総仕上げのために再輸入されることが増えた。→生産プロセスの国際化 工場が位置する国ではなく、資本を提供する国向けの生産が目的の場合には、対外直接投資は輸出向けの生産にたいして行われることになる。これは生産のネットワークが、先進工業国の企業によってグローバルに作られていることを意味している。
製造業の地理的な分散には、技術的な要因だけではなく、社会的な背景もある。技術面だけでなく社会的にさまざまな変化がおきたことで、分散が進んだということである。低賃金労働を最大限に活用し、資本家に対する労働者の力を補強するようなメカニズムが働くのを最小限にくい止められる関係が理想的である。「分散」にはこのような意味も含まれる。
資本移動を語るうえでポイントとなるのは、対外直接投資や吸収合併、ジョイント・ベンチャーを通じて、巨大企業による所有と支配が多国籍化してきていることである。
日本の今後の展開を読むには、日本の経済構造を考慮に入れた分析が求められる。→具体的には、日本で経済再編が進むなかで、①さまざまな製品の生産拠点は海外へ移り(衣料品や自動車部品など)、②重化学工業からハイテク・知識集約型産業への転換が起き、そして③日系の海外金融機関が設立されてきた。海外の日系メーカーで働く従業員が急増したことは、それだけ日本企業の国際化が進み、海外生産も増えたことを意味している。
企業の展開をコントロールしている組織の形はいくつかあるが、そのうちの1つは、世界中に散らばる海外関連企業のグローバルなネットワークである。
経済活動の地理的な分散は、生産だけではなくオフィス業務の組織編制にもみられる。オフィス業務の分散傾向がもっとも著しいのはアメリカで、イギリスでもだんだん表面化しつつある。ex.海外オフィスへの日常業務の移転
経済活動の分散が進んでいるもう1つの分野はサービスであり、専門的な起業者サービスが国境を越えて提供されるうえでは、多国籍企業が重要な役割を担っている。→多国籍企業は企業者サービスを供給する側と必要とする側のあいだに立ち、両者を満足させることができるから
経済活動の地理的分散が進んでいる3つめの分野は、小売業である。→具体的には、経済活動の集積が進むなか、大企業が消費者サービスの販売に乗り出したことで、分散が促されている。大企業が入ってくるということは、消費者サービスの供給に規模の経済が発生し、その分野の市場が広がるかも知れない
経済活動の地理的な分散は、「成長の極」である成長拠点が置かれる場が変わったことを意味している。→成長する場が散らばってきている。⇔経済大国では、資本の余剰が生じるのは、所有や支配の多くを1カ所に集積させている経済セクターである。
大企業は規模の大きさを活かし、取引や流通にかかるコストを内部化できたので、資本の流通を邪魔するものは減り、利潤率を均等化することができる資本の能力は高まった。
分散した経済活動を支配するためには、計画立案やトップレベルでの経営管理、専門特化した企業者サービスなどを投入するシステムがなくてはならない。
1970年代には、世界中で新しい地域市場が開拓されたり、母国での規制を逃れて海外で金融取引が行われるなど、金融業で分散の傾向が現れた。製造やサービスとおなじく、金融業でも経済活動の範囲が飛躍的に広がり、第三世界も巻き込まれた。
1980年代に、債務問題が登場して、おもな金融センターへの志向性や集積がふたたびみられるようになった。→現在重要なのは、金融商品の売買を繰り返すことで、金融資本の流通を最大化すること

3.資本の移動と労働市場の形成
資本の可動性が高まると、労働市場の形成やグローバルな労働力の規制ははっきりと影響される。
経済活動の地理的な分散が進むなかで、生産が空間的・社会的にどう編制されているかも変わってきた。→「周辺」の労働市場が利用可能に
「周辺」では、労働が生産の段階に応じてこまかく差異化されたままである。→供給される労働力が今後も構造的に差異化されつづけていく
分散とは結びつかないのは、その地点で完結するサービス職
移民労働者の雇用は資本の可動性の替わりとして機能しているのではなく、むしろ資本の移動に伴って生じたもの→資本が国境を越えて移動することで労働市場は国際化するから←技術さえあれば誰でも採用される、労働者の移動にも影響
資本の移動から生じる労働者の移動には、非熟練労働者と専門職労働者の場合を別パターンで表している。

まとめ
資本移動とは、たんに場所を選ばず移動できること「資本の移動=地理的な移動」だけではない
①資本の可動性が高くなると、経済活動が地理的に分散するだけでなく、集積が新しい形で起こる。
②資本の移動は経済活動の地理的な分散をもたらすだけでなく、地域を形づくっているさまざまな関係をも変える。
今日の大都市の成長を理解するうえで、経済活動の地理的な分散と集積が同時に起きていることは、見逃してはならない。
こうした状況で分散が進んでいくなかで、「センター」が管理や支配を引きつづき行うには、新しい条件が必要とされる→実証研究

<論点>
論点①言葉さえ通じればどの国でも働けるグローバル化した市場において、専門職労働者と非熟練労働者の移動方法はパターンが異なると書いてあったが、彼らをそれぞれ移動させる動機は何か。Ex.待遇の良さ、充実した雇用
論点②経済活動の地理的な分散と集積の因果関係は、人々の日常生活にどのような影響を与えるのか。

<第1班>
論点①については、専門職労働者と非熟練労働者の2つのグループに分け、移動の動機の違いについて、社会的要因と個人的要因に分けて議論した。専門職労働者の移動の動機の社会的要因には、治安・待遇の良さ・労働環境・教育環境の良さといった「都市に関する魅力」のプラス要因、会社の方針・グローバル教育による洗脳といったマイナス要因が挙げられた。個人的要因には、地位・名誉・高い目的意識・やりがい・自己実現といった前向きなものが挙げられた。一方で、非熟練労働者の移動の社会的要因には、個人的要因には同郷者の存在・自分の生活のためといった後ろ向きなものが挙げられた。尚、非熟練労働者の移動の要因として、高賃金・作業の効率の良さが挙げられたが、これは生活に追われていると想定される非熟練労働者の最低限の要求とみなし、社会的要因にも個人的要因にも属さない要因とした。専門職労働者と非熟練労働者の移動の要因の最大の違いは、「最低限の生活が保障されており、高次元の自己欲求を満たしたい」か「生活に追われており、自己実現などを考える余裕もないかどうか」であると結論付けた。

 論点②においては、移動に伴う変化として、慣れるものと慣れないものに分けた。(仮に時間がかかろうと)慣れるものとして、慣習・言語・マナーをはじめとする文化の違いを挙げ、慣れないものとしては物価・選挙権がないこと・社会保障の薄さといった社会的権利を挙げた。慣れるかどうか個人差によるもの(考え方・人間関係・ストレス)はどちらにも属さないものとした。そして、それらの変化に対する反応として、専門職労働者は「慣れたらよい」あるいは「必ず帰れるのだから耐える」という肯定的な反応を示す一方で、非熟練労働者は「慣れるしかない」という消極的な反応を示すと報告した。この反応の違いの背景には、移動した経緯が生活に追われているかどうかによって異なる、故郷との距離感が存在すると結論付けた。

<第2班>
【論点1】
経営コンサルタントに代表される専門職労働者と、接客業などに従事する非熟練労働者における市場のグローバルな移動の要因として考えられるものを以下の3点を軸に分類した。①専門職労働者特有の要因、②非熟練労働者特有の要因、③両者に共通してみられる要因、である。労働者の移動を促す要因は、その職種を問わず共通であるものが多いと考えられ、3つ目の軸に該当するものが多かった。
また、3つの軸それぞれに見られる要因は「金銭」「職場」「社会環境」「自己実現」という4分類にグループ化できた。「社会環境」グループの要因は、両者に共通して言えることが多かった。非熟練労働者特有の要因として挙げられたものは、「職場」「社会環境」グループの中でも雇用機会に関するものが目立ったが、「自己実現」グループの要因は挙げられなかった。反対に、専門職労働者特有の要因として挙げられたものには、「自己の能力を発揮したい」「自己価値の向上」といった「自己実現」グループの要因が特徴的であった。

【論点2】
 労働者の移動に伴って日常生活で変化するものについて議論した。移動に伴い変化するものは、「今後も変化していくもの」と「今後変化しないもの」の2つに大別できた。
 「今後も変化するもの」としては、個人の能力・賃金・生活様式、家族との関係が挙げられた。唯一悪い変化だとみなされたものは、家族との関係のうち「親孝行ができない」という点であった。
 「今後変化しないもの」としては、新しい国の中での競争、他言語での生活、新規コミュニティでの生活が挙がった。これらは良い変化だと判断されたが、故郷を懐かしむ気持ちはネガティブな側面を持つとの意見も上がった。
 また、家族を除いたコミュニティの変化は、本人の努力次第で今後も変化する可能性を秘めている。これは一概に善悪の判断はできない。
 
<総合司会コメント>
今回の議論で一番難しいなと感じたのは、専門職労働者と非熟練労働者という聞きなれない言葉について、班員全員が同じイメージを共有することである。議論をするうえで、まず前提をおさえるのは当然かと思われるが、とくに非熟練労働者という言葉については、なかなかうまくいかなかったように思う。というのも、私たちが大学まで進学し、比較的専門職労働者になる可能性が高いライフ・コースを歩んでおり、本章で言われるような非熟練労働者との接触の機会をあまり持たないからではないか。それによるイメージの欠如が議論に反映されてしまったように思える。貧困やそれに関連するものごとについて議論するときにはいつも思うのだが、どうしても議論が机上の空論状態になる気がする。そしてそのたびに、自分とは違う境遇の他者についての理解がどれほど疎かになっているのかを思い知らされている。
2015-05-12 20:46 : 『グローバル・シティ(サッセン)』(15年度前期大学院ゼミ) : コメント : 0 :

地域の社会学 第2章 地域社会とは何だろう

第2章 地域社会とは何だろう

1.日本の社会学と「地域社会」概念
《自然村概念とその影響》 - 鈴木栄太郎『日本農村社会学』(1940年)
 第一社会地区=最小単位である小字や組
 第二社会地区=第一社会地区の集団累積体である大字や部落
  ○この地域空間に、社会集団、個人間の社会関係、関心共同の地域的累積が特に濃密である。自然村概念の特徴一、「社会関係の地域的累積」
  ○江戸時代の幕藩期には行政村であったが、明治期に実施された市町村制以降には、かつての行政村としての境界が、自然なムラの境界に転じ、旧村の空間が基礎的地域社会の単位として機能していることを示し、これを自然村=ムラと名づけた。
自然村概念の特徴二、「行政村からの転化」
第三社会地区=行政的町村

しかし、「自然村概念」の影響を受けた後の社会学者の注目は、
・自然村内部での社会関係と集団の累積、それを支える住民の共同の社会意識の存在に向けられ、
 ・都市社会においても自然村に類似した基礎的地域社会を見出し、これを実証研究の対象にしなければならないという暗黙の背後仮説をつくりだし、
 ・都市の地域社会にあっても、次の二つの基準が強調されることとなった。
第一に、人々の社会関係の累積が見いだされ、自然な境界が実証的に確認されること
第二に、空間内部において人びとの共同の社会意識が存在すること

《パークの自然地区概念の輸入と適用》
「自然村概念」の影響を受けた社会学者は、上記の二つの基準で都市社会をとらえようとし、都市の中に伝統的共同体や共同体としての基本の枠組みをとらえようとした。しかし、都市化の進展とともに、彼らの地域社会概念と現実の地域社会との乖離の幅は、ますます大きなものとなっていった。そこで、海外の著名な諸家の説を導入しながら、それらを「自然村概念」存続の糧として利用した。
パークの自然地区概念
歴史的伝統のまったくない新興都市への人口移動の過程で、人々が居住地争いを行い、文字どおりに自然な過程の所産としての棲み分けられた居住地を意味する概念である。
封建領主による町割も、近代都市行政による都市計画もないなかで棲み分けが実現していくことを指す。
社会学者による歪曲
 地域社会における関係の累積と、地域社会の境界が自然な過程で出現してきたはずであるという仮説的前提に支えられ、パークの「自然」の意味内容を曲げて「自然村概念」と結びつけた。
《マッキーバーとヒラリーの業績の転用》
☆マッキーバーのコミュニティ概念
  コミュニティを共同生活の営まれる地域空間と規定している。
  その地域空間は、小さな地域社会から都市や国家を含む多層かつ多様な空間として描いている。つまり、狭い地域空間に限定していたわけではない。
  また、コミュニティの共同性についても、大都市社会全体の共同性をも含むような、柔軟なとらえ方をしていた。
★日本の社会学による転用
  既成概念の仮説的前提に引きずられ、コミュニティ規定に関わる箇所のみを取り出し、狭く固く限定するとともに、共同性を理解し、仮説的前提を補強する材料とした。
☆ヒラリーのコミュニティ概念
  研究者諸家による94のコミュニティの定義を比較検討し、三つの共通する指標にまとめた。1つは、コミュニティ構成員間の相互作用、2つは、コミュニティごとの空間境界、3つは、心理的絆を支える共属感情や共通規範である。
★日本の社会学者の受け止め
  社会関係の一定の地域空間内における集積とそれを支える共通規範の存在を地域社会概念の必須要件と見る日本の社会学者にとっては、自らの正しさを保障する格好の研究成果と受け止められた。

《現状分析概念と期待概念の並立 : もう1つの混乱》
1969年に国民生活審議会コミュニティ小委員会の報告書において、「コミュニティ」とは、大都市における未来の望ましい地域社会のあり方を意味する用語として採用された。
しかし、「コミュニティ」は、現状の地域社会と同じ意味に用いられ続けた。社会学者でさえ、「コミュニティ」(=期待概念)と「地域社会」(=(現状分析概念))を同義にとらえつづけ、両概念の違いを明確にしてこなかったことが、混乱の原因となった。


2.地域社会の空間範域
《コミュニティと地域社会》
  「コミュニティ」とは、現状の地域社会の先にある「望ましい地域社会」をさし、目標としての地域社会、未来の地域社会を論ずるために必要とされる期待概念である。
  「地域社会」とは、過去から現在に至る地域社会の状態の推移および現在の地域社会の状態を実証的に捉えるために必要とされる分析概念である。
 上記の両概念は、別個に定立されるが、同時に深く関係し合う。
《旧来の背後仮説》
 既成の地域社会概念が地域社会の現実との乖離を広げ、また概念の理解をめぐる混乱を深めていったのは、社会学者の多くがこの概念(既成の地域社会概念)の背後仮説にさまざまな思いを託したからでもある。それは、
 ・自然村に類似する地域社会を都市の中にも見出したいという願望、
 ・社会関係の累積の自然発生とそれによる地域空間の境界の自然な設定への期待、
・地域社会は、住民の自発的に形成するつながりを基盤として構成されるものでなければならないという信念、
・住民の共属感情や共同規範の存在を地域社会概念の要件に含める先行研究の成果を重視し、これを踏襲することへのこだわり等々である。
これらの背後仮説は、都市化の急速な進展を見るまでは、ある種の有用性を保有していた。しかし、高度成長期に、日本の各地の都市で、とりわけ大都市の内部でその照応関係の多くは失われていった。現在では、背後仮説自体、全く不適合なものになってしまっている。
《新しい概念定立へ向けて》
いま必要なことは、背後仮説とそれに支えられてきた既成の地域社会概念を根底的に見直すことである。
具体的には、既成の地域社会概念によるこだわりをいったん放棄することが必要である。
さらに、既成の概念がこれまで軽視してきた視点や知見を逆に重視し、これらを読み直す作業を進め、新しい地域社会概念定立のために活用することである。
《2つのタイプの共同性》
鈴木栄太郎もパークも、共同性を、前社会状態における共同性と社会(ソサエティ)状態における共同性の2つのタイプに分けて考えていた。前者を前社会的共同性、後者を社会的共同性と呼ぶならば、既成の地域社会概念がこだわった共同性は、明らかに、後者の社会的共同性であった。
 前社会的共同性=居住自体が他の居住者との意図せざる共同(パーク)、見えない秩序(鈴木栄太郎)を前提としていること、そのような意味における共同性。
パークはこのレベルの共同的関係にある地域空間を社会(ソサエティ)成立以前の共同状態として、「コミュニティ」と呼ぶ。鈴木栄太郎の「前社会的統一」とほぼ同義と見なしてよい。
 社会的共同性=居住者同士の相互作用の展開に基づいて、一定空間における共同生活の約束事やルール、共通の社会規範が形成されていくような、一般的によくいわれるような共同性。
《地域空間の限定》
都市的生活様式、つまり専門処理システムへの依存が深まり広がるとともに、住民の共同による問題処理の領域が大幅に縮小したために、現代都市の居住者の生活世界は一定の地域空間をはるかに超えて成立している。また居住者の意図に基づく共同の活動を具体的に見出すことも困難になっている。
しかし、地域社会概念が、地域と呼びうる一定の空間を対象とする以上、新しく定立される地域社会概念といえども、地域空間の画定という要件は欠かすことができない。
新しい地域社会概念の定立にとって、行政的範域と重要な機関の利用圏を重視した新しい地域空間の画定が必要である。

3.新しい地域社会概念
《地域社会概念の新たな規定》
新たな「地域社会概念」定立の軸として求められる三つの基準
第一に、新しい「共」の空間を創出するために、住民自治の回復と拡大を実現するような社会空間であること。
第二に、地域の「専門処理システム」という資源の利用による共同の問題の処理という側面に、地域社会の広い意味における共同性を措定すること。
第三に、社会関係の累積や共同規範といった基準にこだわらず、現状分析に有効な一般概念として定立させること。
以上を踏まえて、「新しい地域社会概念」は、広義には、居住地を中心に拡がる一定範域の空間-社会システムを意味し、具体的には基礎自治体の範域を最大の空間範域とし、その空間の内に居住することを契機に発生する種々の共同問題を処理するシステムを主要な構成要素として成立する社会である、といえる。
《地域社会の重層的構成 : 地域空間の画定》
地域社会の問題処理システムは、空間的範域に対応して重層的構造を持っている。したがって、空間的範域もこれに応じた区分が求められる。
  すなわち、地域社会は、いっそう具体的に、基礎自治体等の行政範域、小・中学校の通学圏、地域住民組織の範囲によってそれぞれに重層的空間構成をとり、それぞれの地域空間に相応する共同問題の処理システムが成立し、これを媒介とする住民の共同が成立している社会として規定し直されることになろう。
《地域空間別問題処理システム : 地域社会における共同性》
  地域社会は、重層化された地域空間の範域に対応する問題処理システムを成立させている。重層化された地域空間と処理システムごとに、人々のつながりのありようを含め、社会的諸関係は変化する。したがって、空間範域に応じて、地域社会の現状分析のターゲットは、少しずつ異なる。
地域社会概念は、地域空間と地域社会のこのような重層的構成に対応して、それぞれの地域空間・社会に成立する問題処理システムの現状を分析しうる概念として整備されていかねばならない。それはこの概念が、処理システムの現状における問題点を発見し、システム内部への住民の関与の拠点を検索することにおいて有効な分析的概念であり続けるために必要な課題である。

<論点>
論点① 

地域社会問題の典型は、大都市の郊外社会に多くみられる。郊外社会は、もともとは伝統的な農村であった場合が多いのだが、大量の人口移動を受け入れた結果、どのような変化や問題が見られるようになったか、新住民と旧住民の両方の立場で議論してみよう。

論点② 
P37中ほどに、筆者は、『地域社会の概念は、地域社会に成立し、維持されている処理システムの現状の問題点を、鋭く摘出することを通して、住民自治を拡大するための拠点を明らかにするものとして、ここに新しく定立されたといえよう。』と述べている。『地域社会に成立し、維持されている処理システムの現状の問題点』があるからこそ、地域の再生・活性化が強く求められるようになったと言えるだろう。問題点としてどのようなことを指摘できるだろうか、議論してみよう。

<第1班>
論点①本章の言葉を借りれば「自然村」の農村には、旧住民と呼ばれる人々が住んでいる。しかし、近郊都市の開発により、新住民がその農村に移住をしてくる。もちろん、異質な他者に対して、旧住民はあまり良いイメージを持たないだろう。そしてそれは新住民にも伝わってしまう。その結果として、生まれてくる問題点、つまり負の変化は、旧住民と新住民のつながりの希薄化である。しかし、この新住民の移住は農村にとってデメリットばかりではない。新住民は旧住民に比べて若いと考えられるため、子どもや若者が増え、そのための施設も新設される。そしてまた、新しい視点を取り入れることも可能である。これらによって、その地域は若くなる。これは正の変化と言えるのではないか。

論点②現在維持されているシステムとして「ごみ捨て」を例に議論した。この「ごみ捨て」は地域の暗黙の了解や慣習と言ったものに支えられていると考えられる。しかし、新住民が移住してくることによってその暗黙の了解や慣習にはじめて疑問が投げかけられ、地域の問題として認識される。このことによって、旧住民は今までのシステムを変えたくないのに対し、新住民は変えたいという、システムに求めるものの違いが見えてくるはずである。にも関わらず、現在はそういった問題に対する共通の意志決定の場が存在しない。これこそが問題である。
しかし、本当にそのような場は存在しないのだろうか。自治体や町内会といった地域の組織は本来そういった役割を担うべきである。なぜ機能していないのか、それは、地域の組織が、リーダー格の人の意見に従うだけ、言いだしっぺがやるという風潮といったような中身のない場になりさがっいるからだと考えた。本当の問題はこちらだったのである。これを改善するためには、第三者の存在が必要である。それは、仲介役が入ることによって、地域の組織の中に存在するカーストのようなものを越えて、より意見が反映されやすい場にできると考えるからである。最近では、行政以外にも、まちづくりコンサルタントというような民間業者が存在する。地域の組織と長いつきあいをする反面、そういった第三者が地域の組織運営を円滑にし、自立させ、適当なところで身を引くことで、問題解決の道は開けるのではないか。

<第2班>
論点①
 私たちのグループは、新住民と旧住民の考えや意見の対立が、大量の人口移動を受け入れることによって、どのような対立が見られるか、を検討した。
その結果、農村地域に暮らしてきた旧住民と、サラリーマン世帯の多い新住民とでは、資源の利用に関わる意識の違いがあることや、伝統を重んじる意識の違いや、環境の変化のとらえ方の違いが見られことに着目することができた。
しかし、それらの「違い」は、人口移動がはじまったときに発生するものと、時間が経過していくと現れてくるものがあることに気付いた。そこで、新住民と旧住民の対立が、時間の経過とともにどのように変化していくのかによって整理し直してみた。
 時間の経過していくことによって、最終的には、高齢化、自然環境の現象、独居老人の増加、空き家の増加という、現代における都市郊外社会の問題点に行きつくことが確認できた。
 しかし、議論に関する重要なキーワードである、「二つのタイプの共同性」や「地域社会の重層的構成」などについての検討を進めなかったために、郊外社会の中で、それらが具体的にどのようなことを指すのかについて深めた議論にならなかったと言える。

論点②
 この論点に関しては、まずはじめに、地域社会の住民の暮らしや意識の中に、どのような問題点・変化があるのかを挙げてみた。そして、それらの意識の中の問題点が、「住民の暮らし」「自治組織」「子育て」などにどのように影響しているのかを検討した。そうすることによって、地域の再生・活性化が強く求められるようになった地域社会の現状を、とらえやすいのではないかと考えたからである。
 現状を分析してみて、地域の自治組織の重要性は理解するものの、役職に対しての「負担感」や「なり手の減少」「選出方法の形骸化」がなぜ起こってくるのか、という点を掘り下げた議論にはならなかった。しかし、そのような点、つまり、住民の共属感情や共同規範の存在を前提とした地域社会を前提とし、それらが希薄化していることを問題とすることは、筆者のいう「既成の地域社会概念」で地域社会の現実をとらえることに他ならないのかもしれない。
 今回の議論においては、「自治組織」や「PTA」などの問題処理システムがかかえる課題にテーマを絞って、議論を進める必要があったようだ。

<総合司会コメント>
新住民と旧住民との間にある壁をどのようにすれば取り払うことが出来るだろうか。現状では自治会の形骸化によって、住民共通の意思決定の場がないことが問題となっている。新住民にとっても旧住民にとっても話し合いの場がないと、結局気に入って住むことにしたであろうその地域の住みやすさが低下してしまう。そこで解決案として、コンサルの導入、自治会強制参加案などが出された。自治会強制参加案などは一見実現可能性が低いように思えるが、ゼミは議論の場。「大胆な意見を掘り下げていくことによって、出来ることが分かってくる」という先生のコメントをお聞きしてはっと気付かされた。今後のゼミでもこうした大胆な意見や構想をお互い交わすことでより一層ゼミの面白さが増し、盛り上がるのではないだろうか。
2015-05-12 20:39 : 『地域の社会学』(15年度前期学部ゼミ) : コメント : 0 :

グローバル・シティ 第1章 本書について

第1章 本書について

1.本書の主題
・主題:都市と経済の関係性
「都市は経済によって形作られてきたといえる。」

・1960年代、経済活動が新しくなるとともに、特定の場所で世界経済の構造の変化。具体的には以下の3点。
①かつて有力産業の中心地だった都市の解体。
②第三世界のいくつかの国で産業化が急速に進んだ。
③金融業の急激な国際化を経て、世界中で取引できるネットワークの形成。
→都市と国際経済の関係が変化。

2.国際経済の変遷とグローバル・シティの登場
・W.W.Ⅱ以降
アメリカが牛耳る世界経済とブレトン・ウッズ体制(1944)によるグローバル貿易のルールが国際レジームを支える。
・1970年代初頭~
上記形態が崩壊、そこにアメリカの巨大な多国籍企業と多国籍銀行が参入。
→国際経済秩序の管理機能が企業の本社から流出。
・1980年代初頭~
アメリカの多国籍企業は第三世界の累積債務危機という問題にぶつかる。
アメリカ企業の対外国企業の市場占有率低下。
→グローバル経済を支える地理的条件や、グローバル経済の構成のされ方が変化する中で複雑な二重性 が生まれたが、これのおかげで国際経済は完全崩壊を免れる。
→大都市は新しい戦略的な役割を担うようになった(本書の出発点)。

・大都市は1980年代初頭まで、国際貿易・銀行業の中心であったが、この役割に加え、以下の機能も担うようになった。
①指令塔が密集する場。
②金融セクターと専門サービス・セクターにとって重要な場所。
③金融や専門サービスという主導産業における生産の場。
④③でできたものの売買の場(市場)。
→膨大な資源を支配する力が都市に集積されるなかで、金融や専門サービス・セクターは都市の社会的・経済的秩序を作りかえる。
→これが国際経済と都市の在り方に大きな影響を与えることになり、新しい都市(グローバル・シティ )が誕生。
→また、先述した都市の新たな4つの機能ができたのと同じ頃に、ニューヨーク・ロンドン・東京では、経済基盤・都市空間の構成のされ方、社会構造が大きく変化。
→歴史、文化、政治、経済すべてが異なる場所で同じ時期に同じことが起こるのは一般的にはありえない。…(1)

・グローバル・シティは、空間、都市内部のダイナミクス、社会構造というそれぞれ大きな意味をもつ要素が組み合わさって構成されている独特な場所である。

・世界経済の重要な骨組みがつくられるのは決まってグローバル・シティをはじめとする都市。
→その必然性を分析すれば、(1)が起こった背景や秩序が見えてくるのではないか?

3.本書のテーマ
・本書のテーマは以下の4つである。
①二重性
②二重性に基づく経済成長がグローバル・シティ内部の経済秩序にどう影響するか。
③経済の展開が各国の都市システムとグローバル・シティの国民国家への関わり方に同影響するか。
④新しい成長の形や条件がグローバル・シティの社会秩序に及ぼす影響。

4.本書への導入
・生産者サービスと金融の成長は、経済的な二極化の要因のひとつとなった。
→なぜこのふたつのセクターは急成長し、グローバル・シティに集積したのか?…(2)
→本書への導入として、この問いに対して説明する。

・1970年代以降、生産者サービスと金融が急速に成長、グローバル・シティに集積。
→1980年代に起きた成長は、製造業からサービス業への移行という経済の大きな流れに乗っただけであり、集積した原因は、サービス・セクターでは直接顔をあわせるコミュニケーションが必要だったから。
→しかし、これは間違ってはいないが、あたってもいない(サッセン 2008)。

・(2)を考える上で、「近代的な技術が登場しても、19世紀から行なわれていたような労働はなくなっていないこと」は踏まえておかねばならない。
→これを踏まえて考えると、(2)の背景にあるものが「グローバルな組み立てライン」だということに気付く。
→プランニング、内部管理、製品の開発・研究の重要性が増し、複雑になっている。経営陣トップに高度に専門特化したスキルが求められる。
→「生産者サービスに対する企業の依存が高まり、これがさらに、生産者サービスを売る企業間でハイレベルな専門知識を育み、発展させている」(Stanback and Novelle 1982: 15)

・高度な専門サービスへの需要が高まる背景には、経済活動の地理的分散や生産者サービスだけでなく、国際的な銀行の成長と、最近多様化してきた金融業も要因としてある。
→ここ10年で金融業が多様化・国際化した結果、グローバルに展開する金融を「管理」する機能がごく限られた大都市に集積、金融イノベーションも少数の大都市でのみ生み出されるようになった。

・グローバルなネットワークを管理し支配するためには専門サービスが必要である。
→多様な専門サービスへの需要がつくられ、高まった。

・企業を顧客とする高度専門サービス業は、生産者サービスのなかでも非常に重要な位置を占めており、この部門が伸びたことと生み出されているモノの性質を考慮すれば、管理する機能とサービス提供機能が中心に集積し、1980年代に大都市の好景気を刺激した背景が見える。
→ただし、集積した原因は、専門サービスを共に提供する企業の隣接と、そこで働く高所得層の大都市での生活への需要・要望の高まりである。
→生産者サービスと金融の成長が、もっぱらグローバル・シティのみで起きている背景。

5.本書の仮説
・今日の経済成長に大きく貢献している産業・地域・職種は、W.W.Ⅱ直後には中心的なものではなかった。
→衰退という深層構造の変化なくして、新しい成長はありえなかった(サッセン 2008)。
→1980、1990年代の経済の「高空飛行」を支えたものは、昔ながらの製造業を衰えさせたダイナミクスである。
→衰退と成長を引き起こしたシステムの連続性を本書で論じたい。

①製造業が地理的分散したために(これが古い産業の中心を衰退させた)経営とプランニング、これらが必要とする専門サービス(グローバル・シティの成長の重要な源)を管理する機能が中心に集積することになった。
②金融業でもとくに中心的なセクターは、他の産業(なかでも製造業)に悪影響を及ぼす政策・状況からたびたび恩恵を被っていたため、全体的に見ると、大都市では専門サービスが成長したが、それ以外の地域では経済基盤はゆらいだ
③①②を手がかりとすると、グローバル・シティとグローバル・シティがある国民国家、世界経済の関係が変わってきているといえる。
④成長が生まれる条件がこれまでと違う新しいものになった結果、グローバル・シティで階層が再編され、二極化が進んでいる。

6.論点
論点① 
サッセンは本書においてグローバル・シティのひとつとしての東京を論じようとしているが、東京について私たちはどのようなイメージを持っているか。
論点②グローバル・シティは確かに世界を統治する巨大都市であるが、周辺の都市とどのような関係性にあり、どのような関係性を持つことが理想か。

<第1班まとめ>
論点①
「こういう人がいそう」「こういう土地のイメージ」「経済的にはこんな感じ」というような「東京」のイメージは、メディアによって私たちに浸透しているように思える。ただし、それは、「東京」自体がそのイメージの発信を要求し、メディアがその役割を担い、私たちが受容することによって認識されるものではないか。そして、「東京」のイメージを持った私たちに、更なる「東京」のイメージを与えるべく、「東京」次のイメージ生産をし、メディアがその発信をするというスパイラルへと続いていくと考えた。
論点②
大阪を周辺都市として議論した。現在、東京は日本における政治・経済の中心であることに間違いはなく、大阪は圧倒的とは言わないまでも、都市としては東京に劣っている。つまり、東京ありきで存在しているようなものである。しかし、東京への対抗心ゆえ、大阪が都市として成長していることもまた事実であるから、東京は大阪から学ぶこともある。したがって、東京と大阪の役割をはっきりとさせることで同じ時間で得られることも2倍になるのではないかと考えた。具体的内容に関しては、時間の関係で議論できなかったが、東京が驕るのではなく、うまく住み分けをすることによって、日本全体がよくなるのではないかというひとつの提案である。
2015-05-10 18:44 : 『グローバル・シティ(サッセン)』(15年度前期大学院ゼミ) : コメント : 0 :

地域の社会学 第1章 〈地域〉へのアプローチ

第1章 〈地域〉へのアプローチ

キーワード:〈地域〉・多義性・多重性・家族・共同処理・「中流」意識・生活互助・「共」・〈住民〉自治

★前置き★
→〈地域〉という表記は、社会学的概念として明確化する第2章まで使用される。

★本章の目的★
→〈地域〉をテーマとするテキストの多くが〈地域〉の重要性を自明のものとして解説を進めている。しかし実際は、私たちの〈地域〉に対する意識や関わりはあまりない場合が多い。では、私たちは〈地域〉を無用、関わりがないと日常では感じていながら、それでもなお〈地域〉が重要だと言えるのかを問い直し、現代における〈地域〉の重要性について議論する。

1.混乱する〈地域〉のイメージ
1-a)〈地域〉という言葉の多義性
★よく耳にする〈地域〉がついた言葉:地域社会・地域生活・地域問題・地域住民など
→〈地域〉は日常生活において重要な意味をもっている!
⇔意味内容の確定は困難!
 =人々そのもの・結びつき・空間・空間における施設・サービスの配置状況など
 →これらすべてを包含する場合もある…
 →〈地域〉と言う言葉には多義性がある!
 =一つの視点からでは捉えることは不可能!

1-b)〈地域〉という言葉の多重性
★指示する空間的範囲:きわめて曖昧・広大(例:隣近所・ご町内・市町村・都道府県…)
→話の文脈に合わせて〈地域〉の空間的範囲が縮小‐拡大する
             +
 聞き手・話し手も理解の範囲で相互に空間的範囲を縮小‐拡大し了承
=〈地域〉という言葉は多重性も持つ!
→人々が持つ多様な実感を1つの言葉に表現できる稀有な日常用語

1-c)実感する〈地域〉の重要性
●多義性・多重性がありながら日常生活で頻繁に使われる〈地域〉という言葉
→〈地域〉は日常生活に密着・不可欠・根ざした言葉。
→居住地を含む社会・空間を指示する点において一貫。
→人々は〈地域〉の重要性を実感として捉えてきた
=居住する空間と社会に何らかの関わりを持たざるをえない

1-d)居住地としての地域
●労働によって報酬を得ることを基軸にする日常生活=就労者に限定
              ↕
●住むことを基軸・原点とする日常生活=すべての居住者が経験
→居住を軸とする日常生活の舞台は今日中を軸として拡がる社会関係と空間を舞台に展開
→この社会関係と空間こそが人々が語る〈地域〉そのもの
→〈地域〉を重要視する要因

1-e)可視化する「地域」:まちづくり
例:地方小都市における古い町並みの景観保存:「小京都」
→訪問者の感想:「町並み保存に対する努力はすごい」など…
=〈地域〉の存在・活動の成果が可視化
→町並みの保存・再生:〈地域〉と密接な結びつき
→社会関係と空間の基礎的単位として〈地域〉が重要な役割を果たす
            ↓
★城下町から続く小都市:土着の自営業主が集住する〈地域〉
→居住を軸とする生活と職業を軸にする生活とが重なる
→職業における共同の問題(例:集客・観光地化など)が直接〈地域〉の問題になる
→住民からまちづくりのあり方を提起しやすい
⇔変化を嫌う伝統主義ものこる
→利害調整は簡単ではない
★このような共同で解決すべき問題は「町並み保存」の城下町に限らず、どこにでも存在する!

2.〈地域〉への関係の縮小
2-a)生活圏の拡大
★現状の私たちの日常生活:〈地域〉の重要性は低下
≪背景≫
●1日の行動範囲は〈地域〉の範囲を大きく超える
●〈地域〉で過ごす時間が大幅に低下(サラリーマン・10代後半~20代の若者にとって〈地域〉は寝るための場所と化している。)←大都市ほど職住分離は進んでいる
→少しも〈地域〉が見えてこない日常生活が拡がっている

2-b)2つの実感の乖離
★多くの未婚の青年男女:〈地域〉を超えて生活
→〈地域〉とのつながりが希薄化
★〈地域〉の重要性を実感しつつ、同時に〈地域〉の無用性を実感
→その乖離をいまや「常識」として私達は受け入れている!

2-c)無用性実感の拡大
先述の乖離:実感する無用性の方がはるかに強く意識される
→住民の〈地域〉への関与の低下へストレートに結びつく
≪背景≫
●都市・都市近郊への人口流入・匿名性空間の拡大
→日常行動圏・生活時間配分の比重が〈地域〉外へ
●〈地域〉における共同の生活問題に対する住民による共同処理の縮小

2-d)都市的生活様式と地域
★住民による共同処理の大幅縮小
背景その1:都市的生活様式の拡大・高度化
→共同の生活問題解決を行政・サービス業に任せる
→住民の相互扶助による処理を省略
=住民の〈地域〉への関与が縮小

2-e)家族の構成的変化
★住民による共同処理の大幅縮小
背景その2:家族における構造的変化
→1950年代後半~1980年代前半:核家族化
       ↓
 1980年代後半:高齢者夫婦のみの世帯増加
★核家族化の進展は「家」と〈地域〉とのつながり方を大きく変化させた!

2-f)家族と〈地域〉のつながりの変化
★1950年代前半までの「家」:半開放的家族システム
→(例)・家長:家長のみが集まる集会に参加
   ・嫁:嫁のみが集まる集会に参加
→「家」成員それぞれがそれぞれの地域集団に所属
→村の共同問題を分担して共同処理
=「家」と〈地域〉との関係は具体的で密接
★1950年代後半以降:〈地域〉に対して閉鎖的に
核家族:夫婦と未婚子女のみから成立・プライバシーを優先
→〈地域〉に対して閉鎖的
=これまでの「家」と〈地域〉間の仕組みに変化
→家族と〈地域〉のつながりの希薄化
→地域集団の衰退
→地域問題解決における、行政・サービス業に対する高度依存
→住民による共同処理の大幅縮小

3.今、なぜ〈地域〉は重要なのか
3-a)暮らしを支え合う地域の機能の変化
★前章までの内容以外で〈地域〉と人々のつながりの希薄化をもたらした可能性があるもの
→大多数の人々が「中流」意識を持つ社会
 例:「隣近所の助け合い」の衰退:日々の暮らしに困ることがないため
→地域内での相互扶助:人々が〈地域〉を具体的に実感する出来事
=プライバシーより日々の暮らしを優先せざるを得ない時代の話。
→お互いの距離の取りかた・ルールなどは長年かけて培われていた
★生活水準の向上(=中流化)
→相互扶助が不要化(助け合わなくともカネさえあればサービスを受けられる)
→〈地域〉が有する生活互助機能が衰退

3-b)〈地域〉に対する関心の高まり
★〈地域〉とは一体何かはますます曖昧になっている
⇔〈地域〉への関心・重要性への認識は高まりをみせている
→●〈地域〉は今でも居住地として重要であることは間違いない
 →〈地域〉が人々にもたらす影響・人々が〈地域〉にもたらす影響の解明
 =都市社会学・地域社会学の基本的使命
 ●近代社会システム(例:グローバル化・・環境問題・現代政治システムの限界等)の改革に〈地域〉の再生が不可欠であるという認識
 →〈地域〉の重要性の再発見

3-c)新しい〈地域〉イメージの構築に向けて
★グローバル化の進展における負の側面:社会的不平等の拡大
→●〈地域〉内では階層・エスニシティによる居住地のすみ分け
 ●〈地域〉内における紛争の増加
→〈地域〉の変化はグローバル化の1つの帰結
★高齢者・障碍者・子育て支援のネットワーク作り
→●旧来の〈地域〉イメージでは新しいシステムは構築できない課題
              +
 ●行政という専門処理にすべてを委ねてはならない課題
★新たな〈地域〉イメージの構築へ
→①〈地域〉を政治や行政サービスに拮抗しつつ協働する〈住民〉自治の社会的空間へ
 ②近代社会システムの限界=専門処理(行政)の限界
 →住民による共同処理を拡大することを中心とする〈地域〉システム改革の必要性
 ③〈地域〉の空間的範域を明確化
 →政治・行政との関係性・住民自治の拡大・新たな社会システム・処理システムに対応した範囲
★近代社会システムの限界打破・住民自治の拠点としての新たな〈地域〉イメージが求められている!!!

4.まとめ
★〈地域〉の基本的重要性:居住地に拡がる社会―空間
⇔生活圏拡大・都市的生活様式の高度化・生活水準向上・家族編成の変化
=〈地域〉の無用性を実感
      +
 〈地域〉の諸問題を行政に依存して解決・処理することが当然という認識が一般化
→自治能力が低下
    ↕ …ミスマッチ発生→解消が緊急の課題・急務。
 協働のニーズの高まり
 →政治・行政との関係性・住民自治の拡大・新たな社会システム・処理システムに対応した範囲で〈地域〉の空間的範域を明確化すべき
★近代社会システムの限界打破・住民自治の拠点としての新たな〈地域〉イメージが求められている!!!

5.論点
論点①:
〈地域〉が抱える課題に関して、限界集落等の農村部集落と都市・都市近郊部との間にどのような共通点・差異が存在するか。
論点②:
近代社会システムの限界打破・住民自治の拠点としての新たな〈地域〉イメージを考案してみよう。(農村部・インナーシティ・都市郊外部:各グループで1つ選択)

<班の議論の紹介>
<第1班>
●論点1
農村・郊外・都心ではそれぞれ、福祉・教育・経済・インフラなどコミュニティの生活に関わる様々な問題がある。そしてそれらはコミュニティ自体の問題とも相互に関係している。農村・郊外・都心によって、インフラの整備具合、財政基盤、人口規模、制度は異なる。しかし、共通するものとして、高齢化や学校・保育施設・介護施設の不足という問題がある。またコミュニティ内の人間関係における問題として は、「村八分」という意識が特に農村や郊外で見られる。また人間関係の希薄化は、人口減少の農村でも個人化が進む都市部でも見られる。

●論点2
ここでは、「地方都市郊外の農村と住宅地が混在する地域における課題」と具体的なモデルケースを想定した。その中で社会的弱者が含まれる高齢者・子ども・低賃金or失業中の単身者が直面している問題について、コミュニティ・制度・経済の面から例を挙げた。そしてこのような問題について住民が自主的にどう解決を図っていけるかを考えた。
高齢者については、コミュニティ面では老老介護、制度面では医療の未発達や介護施設の不足、経済面では年金不足などの問題がある。子どもについては、コミュニティ面 では遊び場や安全確保の不足、さらに家庭内の状況が地域に対しクローズされていること、制度面では待機児童や教育格差、経済面では教育費の増加といった問題がある。そして単身者については、コミュニティ面では人間関係の希薄化や居住地分断、制度面では社会保障サービスの不足、経済面では収入の不安定さや仕事がないといった問題がある。この3者には貧困のリスクがつきまとっており、産業が空洞化する地方の現状も背景にある。
上記の問題への対処法として、まず見守り活動などを元気な高齢者が行っていくことが挙げられる。高齢者と子どもの両者の遊び場を提供したり、子育てサロンを整備していくこともできる。子供会や放課後学童保育などもあるだろう。こうした地域活 動は以前から行われてきたが、地域企業などと協力してサービスとし、仕事の無い単身者の雇用口とすることもできる。企業が住民の自治的活動と連携し、個々の住民の情報を把握して行政に報告することで、行政もきめ細やかなサービスが可能になると考える。

<第2班>
論点①:
〈地域〉が抱える課題に関して、限界集落等の農村部集落と都市・都市近郊部との間にどのような共通点・差異が存在するか。
⇒まず、地域が抱える問題について挙げてみることにした。その後「都市部ならでは」「農村部ならでは」「都市部・農村部共通」に分類した。さらに地域問題は「人」が関わるもの、「設備」が関係するものの2つに大別できることが分かった。総じて言うことができるのは、新住民と旧住民との間に壁があり、交流が希薄だということだ。地域の高齢化、自治会が面倒だという認識などが結局は地域問題を話し合い解決する場をなくしてしまい、トラブル発生が発生したり、トラブルが解決しないことに繋がっている。

論点②:
近代社会システムの限界打破・住民自治の拠点としての新たな〈地域〉イメージを考案してみよう。
⇒当班では郊外をイメージして議論した。戦前においては強力な住民自治組織があったため、行政への依存度は低かった。しかし、戦後期に入り、イエ制度の崩壊・核家族化・高齢化などによって地域の関わりが希薄なると、住民問題解決(ごみ問題など)における行政への依存度は大きく高まった。このことで住民の地域に対する関心も低下し、近隣トラブルなどが発生が増加した。このことによって地域の問題が可視化する。ここで住民同士が嫌がらずに面と向かって問題を解決することが出来れば、地域への関心も芽生える。しかし、ここでも行政に問題解決を外部化してしまうと、「無関心のスパイラル」が生じ、いつまでたっても地域住民がすんでいる地域に目を向けることはないだろう。地域問題に面とむかって立ち向かうことで意識改革が出来れば、住民が団結して組織化し行政と対となることが可能になる。ここから「ローカル・ガバナンス」がすすむのではないだろうか。また、このとき行政は住民をサポートする立場に回り、行政にしかできないことで住民をサポートしていくべきだ。また、この「ローカル・ガバナンス」が可能な地域は、小中学校の登校班・「丁目」レベルではないかと私たちは考えた。

<総合司会コメント>
〈地域〉について、論点①では〈地域〉が抱える問題を、論点②では現代にフィットする新たな〈地域〉イメージについて議論した。
〈地域〉が抱える問題は、たとえ場所によって異なるように見えたとしても、根底には共通するものがある。しかし、その解決方法こそ〈地域〉の色が出るところではないか。例えば、郊外と言えど、それぞれに特色があるはずである。それも考慮して新たな〈地域〉システムを創造することは実に興味深い。
この先、私たちに〈地域〉の問題解決の機会が与えられたならば、ぜひ本日の議論を活かしたいものだが、そもそも、私たちのような大学生こそ、多くの時間を〈地域〉の外で過ごし、自分自身の〈地域〉に疎い存在ではないか。学んだことや、有り余る体力を無駄にせず、還元できる〈地域〉はないものか。その〈地域〉システムを私たちの目線で提案してみても面白かったかもしれない。

2015-05-01 21:22 : 『地域の社会学』(15年度前期学部ゼミ) : コメント : 0 :

2015年度前期大学院ゼミのテキスト決定

2015年度前期大学院ゼミのテキストが決まりました。
サッセン『グローバル・シティ』筑摩書房

このブログで、章ごとに内容紹介と論点(2つ)、その議論の内容を紹介します。
2015-05-01 21:14 : 『グローバル・シティ(サッセン)』(15年度前期大学院ゼミ) : コメント : 0 :

2015年度前期学部ゼミのテキスト決定

2015年度前期学部ゼミのテキストが決まりました。
『地域の社会学』有斐閣


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