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地域の社会学 第9章 自営業者たちと地域社会

第9章 自営業者たちと地域社会

本章の目的
地域社会のまちづくりの主体となっている自営業者に焦点を当て、自営業者とまちづくりの関係、地域社会における位置づけ、期待される活動、について考察する。

1. 「自営業者」とは誰か
・自営業者とは

地域社会で日常消費生活における消費財・サービスを提供しているのは、多くの場合、自営業主とその家族従業者(ファミリービジネス)
⇒ここでは彼らを合わせて自営業者とする
※地域における自営業主には医師などの専門的職業従事者、建設・運輸関連、対個人サービス関連の業主も含まれるが、地域への密着度から小売部門の業主を中心に検討する

・中小企業とは
中小事業所の比率は生産の全分野において97%を超える
=「二重構造」は変化しつつ現代に生き続けている

中小企業とは以下のものをいう。
①製造・建設・運輸部門で資本金(または出資金)が3億円以下の会社並びに常用する従業員が300人以下の会社または個人による事業
②卸売業で、1億円以下、100人以下の事業
③サービス業で、5000万円以下、100人以下の事業
④小売業で、5000万円以下、50人以下の事業
ただし、以下⑤の場合を「小規模企業者」とする
⑤常用従業員規模が20人(商業・サービス業を主たる事業とするものは5人)以下の事業

地域社会で日常的に接触する自営業の特徴は
・⑤の商業・サービス業に属する「小規模事業者」
しかし「商業統計表」によると小規模小売業に関して自己雇用者(家族従業者を含む)の比率が急落
  ↑
事業そのものを「法人化」して株式会社や有限会社に(「法人なり」)
⇒個人業主としてよりは税法上有利
※実態は零細・小商店主や家族が会社役員に
・日常生活に密着した生活財を供給
・地域社会、主として「町内」に軸足   ⇒地域密着性が大きい
現代の大都市内部:職住分離が進み、その地域に住んでいる手ごたえ、実感を持たない人も…それでも特定の地域に住むことで商店街という名で特定の街区に集積した異業種の小経営複合によるビジネスに依存
・所得水準は相対的に低い
・耐久消費財の保有率はきわめて高い

★本章の主題としての地域社会との関係構造という点から
小売業は地域社会と最も日常的なコンタクトをもつ
地域生活の在り方にその存在も展望も左右される

2. 地域社会における自営業者の位置づけ
「最寄品」:日用必需品(生鮮食品・酒類・米・調味料・履物・書籍雑誌・乾物など)
  ↕
「買回品」:好みや価格帯の選択により消費対象を求めるショッピング行動を前提

商店街=自営業者の経済活動の局地的集中地域
最寄品+サービス業としての理容・クリーニングなどが中心
地域住民と業者の間の「なじみ」の関係

しかし今日の都市の労働力人口:多くが職住分離⇒住空間では「定時制」住民に
逆に営業空間は「全日制」市民としての専業主婦や高齢者に占められる
さらに消費行動は規制緩和に伴い、つぎのような複合消費空間に吸引される
・大規模小売店(百貨店・スーパー・モールなど)
買回品を主な商品とし、小売業を「産業化」←管理技術の徹底的動員・都市化とモータリゼーション
・新業態(ディスカウント/アウトレット、オフプライスストア、ネットショッピングなど)
・コンビニ
→このような大規模小売店舗や新業態に地域の小規模経営は抵抗できるのか?
ex)郊外での大型スーパー→地方都市の中心部商店街の空洞化
⇒都市の街頭の活力の再生のための手段を探求する
 地域の活力再生に対する地域住民の思いを汲み取る
 ・ビジネス・プライド、経営者としての「使命感」
 ・商品やサービスについての付加価値 ex)地域ブランド
  ↑
 ・付加価値を評価し購買へつなげる存在としての顧客に関する情報蓄積
   代理仕入れ、消費価値の提示、ライフスタイルの提案
     ↓
   顧客のネットワーク形成、顧客層(ファンとも呼べる)の形成
★個々の経営単位が零細でも、多様な業種の集合としての商店街は「経営コンプレックス」
 異業種間の連携により社会資本が蓄積される
BUT地域社会生活の活力が低下すれば街頭は活力を失う

・女性の役割
「家族のビジネスは家族の問題(ビジネス)である」(ベスター2007、382頁)
小規模自営の場合、家族従業者としての妻の役割の重要さが指摘される
BUT経営全般、特に意思決定を巡っては夫の業主としての立場が強い
無償の家族従業者の存在は重要であるが、主婦の無償の経営貢献について客観的貢献度を計算することは難しい

3. 自営業者とまちづくり
自営で小売することの可能なアイテムの再検討も大きな課題となる
何を最寄品とし、何を買回品とするかという住民のニーズに柔軟に対応する必要
       ↑マイナス要因
    業者の店舗・住宅分離
特に「最寄」品は「なじみ」や「親しさ」により消費が規定される傾向
 ⇒コミュニティの一部としての商店、業主と消費者が生活を空間的に共有している事実などの認知が有効
    ↓
自営業者が地域社会の「全日制」住民として地域に定着する必要
そのために…
経営の安定の確保
 ・自己雇用
 ・家族労働
 ・経営に対する家業意識の世代間継承
   課題 後継者問題・経営改革の必要性
       かつてのような再生産戦略の機会がない
       ⇒職住一致で早期から後継者に経営者として「社会化」させる
事業に対するプライド=使命感=転職意識を伝える

4. 自営業者と地域リーダーシップ
景気変動や消費市場の構造変化などの危機に飲み込まれた過去の経験から、小経営を存続させるための制度
・広範囲の業種別協同組合
・異業種を結びつける中心市街地活性化対策
・まちづくり機関(TMO: town management organization)
このような制度は業者にとって経営安定、そのための顧客の信頼形成という目的に加え、地域社会の活力再生という目的でも期待されている。その効果がひるがえってビジネスの活力を生む。

もともと自営業者のなかの「有力者」が地域に根づき、安定、住民との接触による信頼性の確保を通じて、地域社会の紛争解決能力などを発揮してきた
→現代では新しいリーダーシップとして自営業者が地域活性化を担う必要性
自営業者:地域社会との間に「第一級の利害関係」
地域への密着・地域生活への貢献がもっとも必要
自営業者にとって日常レベルでの地域社会は定住圏・生活圏・商圏である
地域活性化の試みと接合することは新たな生き残りの戦術となる
★地域にとっても自営業者にとっても、自営業者が地域活性化に取り組む意義

自営業者に向けられる期待
(1) 地域住民の一員として、かつ地域内各種団体(PTA、町内会など)の役職の担い手の柱として期待
(2) 地域社会・地域文化のもつ価値の存続や創出の担い手として好ましいリーダーシップを期待
そのために求められるパーソナルな資源…新しいビジネス世代に期待


5. 挑戦を続ける自営業者
・町の魅力
谷中銀座商店街の事例:多様なイベントを通じてコミュニティ事業とセールス開催を成功させたまちづくり、コミュニティと商店街を一体化する試み ←町としての訴求力の低下に対する危機感から
地域ごとの違いをふまえる必要はあるが、このような革新は急務
ここで、自営業者=リーダーシップをとる存在
・「コンパクトコミュニティ」
自営業者が地域住民のニーズを把握→小経営と地域との共生を支える
住民の相互援助の一環として、自営業者が生活財・サービスを供給するなかで高齢者・障害者住民に対する配慮も加える
特定の地域生活が抱える問題の解決に貢献
 そのためには行政や地方議会との意思疎通や協力体制を作り、住民も組み込む必要
 そしてその組み込みは自営業者の役割と行動に依存する

論点
①日常生活の中で小規模経営の自営業者との関係はどのような場面で存在するか。もしあまり関係を感じないとすればそれはなぜか。
②自営業者と地域社会は深い関係性を持つ。自営業者が抱える問題、地域社会全体が抱える問題の双方を解決するためには、どのようなまちづくりができるか。(谷中銀座商店街の事例も参考に)

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2015-06-29 14:41 : 『地域の社会学』(15年度前期学部ゼミ) : コメント : 0 :

グローバル・シティ 第6章 グローバル・シティ―脱工業化時代の生産の場

第6章 グローバル・シティ―脱工業化時代の生産の場

●空間的技術的な変化によって、グローバル・シティが世界経済で負わされるようになった役割を明らかにする
・そのためにサービス産業と金融(2つの成長セクター)の空間経済を分析する
・ニューヨーク、ロンドン、東京が2つのセクターの場として担う役割とその限界を検証
⇒2つの成長セクターが大都市圏や国全体の経済にどう統合されているのか
・生産者サービスに限定して分析し、3都市がそれぞれの国の都市システムでどのような位置付けにあるかを考える

生産者サービスの場所―国家、地域、そして都市
<3か国に共通するもの>
① 国全体で、全産業における雇用の伸び率より生産者サービスの雇用の伸び率が高い
⇒そしてニューヨーク、ロンドン、東京の伸び率より全国の伸び率の方が高い
(1977~1996年のデータより)

② 3都市における生産者サービスの全雇用に占める割合は、全国レベルより33%から100%高い
⇒ロンドン・ニューヨークでは保険業の職が失われるも、金融業全体では伸びる

③ 生産者サービス全体では3都市の雇用分布に大きな影響を及ぼす
⇒ 国全体の生産者サービス雇用における3都市の重要性が高まっている
⇒立地係数が特に不動産業で高い、1970年代から90年代にかけておおむね立地係数は低くなっているが、生産者サービスの絶対数が増えているため偏った集積は変わらず

④ 大都市圏中心に位置し成長する生産者サービスと、地域全体で成長する生産者サービスではタイプが異なる
⇒特定地域に集中しつつ、地域内では分散している(例:ロンドン)
⇒ある特定のセクターの成長が、他の複数のセクターの成長を促す?

⑤ 生産者サービスが3都市の商業中心地や金融街へ過剰に集積
⇒マンハッタンでは金融・保険・不動産セクターと企業者サービスが集中
⇒シティでは一度集積が弱まるも1986年の規制緩和以降再拡大
⇒千代田・中央・港・新宿も都内金融・保険・不動産セクターの4割が集中
都市階層の新たな要素
①生産者サービスの空間経済における3都市以外の都市の位置付け
②都市のタイプによって異なる生産者サービスの構成
→2番手以降の都市との格差が激しいロンドン(1991)、東京も全国の雇用に占める割合は名古屋・大阪の2倍(1995)、他の大都市と同程度のニューヨーク(1997)

●イギリス
・グローバル市場志向のロンドンに生産者サービスが過度の集積
⇒生産者サービスの雇用はロンドン地域が全国の3分の1以上を占める(121万9000人)
⇒しかし国全体の生産者サービス雇用の成長で、ロンドンへの偏りは修正される(1970年代は4割がロンドン)

・専門特化の企業者サービスにより南東部が国民経済から切り離される
⇒南東部とその他の地区の差異の原因は生産者サービス
⇒製造業都市では、製造業で働きながらも製造に携わらない者の割合が高い(研究開発中心の小規模企業)
⇒しかしロンドンでは、生産者サービス全体に占める上記の職の割合は国内で最低
⇒中心機能のロンドンへの移転は、雇用が少ない原因と関係しているのか?

・ロンドンと他の都市の階層
⇒ロンドンに近い二番手の都市では、金融サービスがロンドンに移っていく(南東部、バーミンガム)、バックオフィスなどは低コストの都市に分散する
⇒ロンドンの中小企業が利用する社外アドバイザーは93%が南東部に立地

・ロンドンとシティ
ソフトウェア関連のセクターが発展、ロンドンと南東部のセクターを多様化させる
⇒ロンドンに優秀な人材が集まりITセクターの柔軟な労働条件のもとで働く結果、知識主導型のITセクターで様々な部門が発展(…その中心がシティ)
ITセクターでも内部の構成要素ごとに立地に違いあり
⇒金融ソフトウェア・出版・企業者サービスはシティの東側に、マルチメディアはロンドンの西側に
⇒ロンドンの中でも特定の地域に集積していることは、集積効果の重要性と経済の最先端セクターにおける「場」の概念の複雑さを示す

・1970年代はロンドンが中心となる巨大な経済複合体により、南東部でも生産者サービスが成長した
⇒しかし経済のサブシステムが地域で異なるため、ハイテク・サービスや現地向けのサービスは南東部、国際市場向けの生産者サービスはロンドンと分化
⇒そのためロンドン以外の南東部では製造業の弱体化と共に生産者サービスが衰退
⇒ロンドンと残りの地域は断絶された

●アメリカ
・ニューヨーク、ロサンゼルス、シカゴに生産者サービスが集中
⇒ニューヨークの金融サービス業が再編され、一部企業に収益が集中
⇒しかしシカゴはグローバル・シティとはいえない?

・農工業複合体を相手に発展したシカゴの金融業は、複合体と共に衰退。
⇒しかし生産者サービスの一部は成長し、世界市場向けになっている。
⇒先物取引市場の取引量や額は上昇傾向、地元の巨大企業の多くが移転しながらも法人向けの高度サービスはシカゴに残る
⇒グローバル市場に参入する周辺都市の企業との取引によって生き残っている?

●日本
・グローバル市場を志向する主要セクターがすべて東京に集積
⇒しかし製造業の重要性は失われていない、東京は国内経済の命令・統御機能を担っており国際的サービス機能の場としては発展途上、政府が経済活動の役割を担う
⇒金融と保険の3大都市への集積、しかし製造業中心だった大阪と東京の差は広がる

まとめ
・3か国の生産者サービスの空間経済は国全体への分散と特定の地域への過剰集積
⇒それぞれの国の従来の都市階層に沿って分布するはずが、イギリスはロンドンへの過剰集積が南東部全体の成長の原動力に、日本は東京に最先端部門が集まり大阪との格差が拡大、アメリカはニューヨークとロサンゼルスがシカゴと差をつける

・グローバル市場を志向することによる成長…都市の階層間に断絶もたらす
⇒バランスのとれた都市システムや国の統合の背景に、製造業主体のフォーディズムが不可欠な要因となっていたのではないか
⇒日常業務が地理的に分散しても、労働の組織化のための情報通信の比重が増加。戦略的機能は中心地に集積

・金融の中心地と産業の中心地では生産者サービスの複合体が異なる
⇒金融の中心地の成長にはグローバル市場への輸出と関わりがある
…主要都市が生産とサービスの取引に適した市場であることに、過剰な集積がどの程度関係するか

・産業や地域の違いを超えて、サービスの財化が進む
⇒経済や規制の枠組みが複雑であったことから民間・公共を問わず中間サービスが必要に、労働も情報技術の発展により組織化の形が変わる
⇒労働の組織化の変化はあらゆる産業・地域で起きている

論点
①日本がアメリカ、イギリスと比べて製造業が衰退していない要因はなぜか
②国の製造業が衰退することや、中枢機能が特定の都市に集積することで、私たちの生活に及ぼされる影響はどのようなものがあるか。本章での現象をヒントに考える

<中国グループ> 
中国グループは今の中国の都市が成長している背景を踏まえて、都市において製造業が発展することと中枢機能が特定の都市に集積することが生活に与える影響について議論をした。
 議論のまとめは空間的に都市と地方二つの部分を分けっている。それぞれの空間に人口、経済、環境三つのカテゴリーに意見を集約した。
 中国の場合、近年の都市の外来人口を増え続いている。人を集めいている同時に外来人口による戸籍問題と城内村問題など都市問題をだんだん現れている。一方、地方には都会へ出稼に行く人を増え、家庭の分裂と農村部の子育て問題などを深刻になっている。
 経済面を考えると、中枢機能を都市に集積することによって、都市部には就職のチャンスを増えている。ゴローバルの影響で外国の資本の輸入し、都市の形を変え、都市中の店も商品も多様化になっている。しかし同時に、都市の過剰開発と知的財産に対する侵害行為など問題を指摘されている。
 都市の間と都市内部の諸関係を見ると、都市間の高速道路と鉄道などインフラ整備を整備さらたことで、大都市の間の連係が昔より密着になっている。大都市内部のインフラ整備も整えている、市内交通が便利になっている。一方、都市発展と拡大の同時に環境問題も深刻になっている。
 疑問と課題として、中国の行政実行の特徴によると、大きな都市開発プランを立って実行することがまだ可能である。しかし、ここまで実行したプランが市場の試練を通れるかどうかという疑問を持っている。それに、資本は流れやすい方向に流れていくから、都市は資本の性質により同型都市に変えていく傾向が見られる、同じような開発は元々都市の個性が無くしていく可能性も考えられる。


<総合司会コメント>
国の製造業が衰退することや、中枢機能が特定の都市に集積することで、私たちの生活に及ばされる影響はどのようなものがあるか、今回も前回と同じように日本人チームと中国人チームに分かれて議論した。
 日本人チームは、製造業の衰退により、公害がなくなるといった環境面と若者の職業選択の悪化といった社会面への影響が挙げられた。また、東京での事例を考え、製造業の衰退につれて、若者の流出により地方の衰退が発生した。グローバル化により、若者とエリート外国人の奪い合いなどが考えられる。 
 中国人チームは国の製造業が発展することを前提として、我々の生活に受ける影響を大都市と地方それぞれの視点から人の面・経済面・環境面に細分化して議論した。結論として製造業の発展により、生活が便利になる一方で、社会排除、過剰生産リスク、偽物問題も発生している。グローバル化によって中国は多核化しており、都市の個性化もなくなる恐れがある。
 今回、両チームが自国の事情に踏まえ、製造業の変化と都市に機能集積により、我々の生活が受ける影響を挙げていた。共通点もあれば、国によって相違点もある。
2015-06-19 18:52 : 『グローバル・シティ(サッセン)』(15年度前期大学院ゼミ) : コメント : 0 :

地域の社会学 第8章 学校と地域

第8章 学校と地域

1.子どもを育てるということ
戦前、国家の強力な教育統制が天皇制を招いたという反省から戦後あらためて確認された重要な大原則:子どもの教育権は(国家ではなく)親にある

BUT 教育は親の責任だから他人は干渉できない→だからこそ学校などの公的機関がしかるべき処置をとるべき などと議論されるように
→子どもを育てること=教育の社会的な位置づけについて基本的なことを改めて確認する必要性

①国家にとっての子ども
○なぜ国家は子どもの教育に介入するのか
・国家が本格的に子どもの教育に介入するようになったのは近代の公教育制度の導入以降
⇔それ以前は、子育ては、村落などの地縁による社会的なつながりや、教会などの信教や思想に基づく社会的なつながりによって支えられていた
・子育ての目標・・・将来その社会を支えていくための能力を養うこと
その社会がどのような能力の育成を必要とするかによって自ずと教育のあり方は変わる
→近代社会に必要だった能力=一つの職場に空間的に集められ、いっせいに分業に従事するという「大工場」的労働形態において発揮される能力
→子どもたちが学校という一つの空間に集められ、団体的な訓練と言語、体系的な科学知識を習得・活用することを義務づけられるという、学校教育制度の必要性
→近代以降の企業組織や官僚機構においても共通な社会的必要
→国家が代表して担当する義務教育制度の整備
これらが国家にとっての子どもとその教育への介入を要請した根拠

国家による子育てへの介入=教育行政というかたちをとって展開
◯教育行政における基本的な権限関係をどう設定するか
・日本の戦後教育改革のモデルとなった英米の考え方:国家ではなく地域が子どもをどう育てるかを決めるべき
=教育を司る組織は独立の行政委員会 (×国家 ×自治体の一般的な行政組織)
教育内容を決めるのはあくまで地域の父母

・日本の戦後改革で、教育委員会法が新たに制定→教育委員が公選されるようになる
(生まれ落ちたところの最初の社会的なつながりこそが、その子どもの教育に第一義的な影響力をもつべきだという考え方が前提)
BUT 教育委員の公選制度が実施されたのはたった一度のみ
日本の実情に合わないという理由で、廃止が強行採決される
→代わりに現在の「地方教育行政の組織及び運営に関する法律」が制定される
教育委員会そのものは維持されたが、教育委員の公選制度は廃止、他の行政組織以上に文科省直轄の影響を受けやすい⇔戦後改革の理念

このように日本の教育行政の仕組みは国家レベルからの関与が極めて強い
→教育内容やそこで求められる能力は地域の伝統や文化から切り離されたらものになりやすい
→成績のよい子どもほど地域から離れていってしまう傾向
地方自治体は、自らの地域に貢献してくれる優秀な人材を自ら要請する権限をもたない

②親にとっての子ども
 親にとって重要なこと:親が属する社会的世界において、子どもがよりよい子ども
に育つこと
 ↑子どもに、最終的に属する社会的世界の選択の自由や権利を保障することと
はまったく別のことであり、「親にとっての子ども」という点で何ら問題はない
BUT 日本の近代…このような親の願いを「保守的」と断じ、子どもの階層的な上昇を望まない親は、親ではないかのような風潮
ex) 子どもを受験競争へかりたてる親
→ここで初めて、子どもをどこで育てるか、地域とどのように関わるかという問題へとつながる

2.どこで子どもを育てるか
子どもをどう育てるか≒子どもをどこで育てるか
(子どもをどのような社会的つながりに生きる人間として期待するのか)

○生きていくべき社会的つながりをどれと捉えるか
①具体的に居住しているローカルな地域のつながり
子どもを育てる場所=その地域
②ある種の階層的なつながり
たまたまその地域に望みの階層が集住していないかぎり、地域にこだわる理由なし
→地域にはこだわらない学校の選択という問題が生じる
 →学校の選択の幅を広げる、教育の自由化の必要性
 →教育の自由化が進めば、地域的なつながりにこだわることに制約よりももっと別
 の積極的な理由が必要…新しい課題

3.地域で子どもを育てる人々
 地域で子どもを育てるということが、普通のこととして成立しやすい都市地域
 ①商店街を中心とした区域
 ローカルな空間に利害を有する商売が、世代的にも再生産される可能性をもつ
 =子どもは地元の公立学校に通い育ち、地元の友人たちとの社会的つながりを重視した育ち方を志向、やがてはその町に定着した仕事に就くことを自然に受け入れる
 親もそれを期待→地域ぐるみで学校を支援

 ②中小の町工場が集まった地域
 子どもたちが町工場に蓄積された技術、取引関係、工場街としての独特の気質を継承することが求められるため、親は子どもをその地域で育てようとする

 ③企業城下町を含む工業地帯の一角(労働者の街)ex)炭鉱町
 ※子どもたちが父親と同じような熟練労働者になることを志す場合

 →地域で子どもを育てるということが積極的な意味をもつためには、子どもたちが親と同じような仕事を通じて町を支えていく見込みをもてることが重要
 BUT 日本の実情:そのような可能性が実際にはなかなか実現しなかった
・公立学校で教える教育内容にその意見が反映される制度的仕組みをもたなかったため(背景:教育委員の公選制度廃止、教育内容は全国一律に統制)
 ・地域における、子どもに自分と同じ自営業者や労働者に誇りをもって育てようという考え方の希薄さ(上を目指す志向)

 適性に応じた複線的な教育制度を模索するには、地域的、階層的、民族的に多様な在り方を尊重し、地域や学校を単位とした教育の自由と自治を大幅に認める必要
 ⇔一元的な評価基準に基づく全体的な競争があおられるかぎり、本当の意味で自ら選択できる教育の自由は成立する余地がない

 地域全体が階層的・地域的移動を前提とする郊外の新興住宅地
 :新しい町での子育てを考える人々とその活動が展開(4節で詳述)
BUT 子どもたちが成人して他出→地域全体の少子化、高齢化の進行
⇒新しい活動の蓄積を世代的に再生産していくことが困難

4.母親たちの挑戦と挫折
公立の学校における制度的制約としての「地域」とは違った、教育と地域の関わりを模索するという試みが大量現象として現れる
=1970年代~80年代にかけて展開した地域の教育文化運動
特に70年代の中頃からさかんになったのが、PTA民主化の動き、高校全入運動、子ども会活動の実践

背景
・人口学的な要因
ベビーブーム世代が子育て期→高校進学希望者の激増に定員数が追い付かない
→高校全入運動
・地域社会に関わる要因
高度経済成長に伴う都市化、核家族化
→家族員数の減少、それらを代替できるような地域のつながりの崩壊、外の遊び場の減少による子どもの文化状況の変化(ex テレビ)
→子育てをめぐる困難が増大、従来までの地域の人々による子どもの育成×

母親たちの挑戦~PTA、教育委員会民主化の動き~
○当時のPTAの実情
・本来なら公的な予算の範囲で整備すべき教材の類いまで、PTAが寄付
・PTAの運営は教員が任されている、教員がPTA会費を払っていない
→このような実情への疑問からPTAとは何か?が問われるように
→社会教育関連の講座が開講、戦後導入された民主的な制度を学び、それを活用していくという動き

○立ちはだかる壁
・教師の変容…父母とともにPTA民主化に取り組む、熱心な教師への風あたりの厳しさ
・教育委員会や校長サイドからのしめつけと無理解 (ex 会合場所の借り受けを、「政治的な団体に貸し出すのは不適当」と断られる)
↑教育委員会のあり方への疑問→中野区の教育委員準公選制度
BUT これに追随する自治体は現れず…
  母親たちの挑戦はついぞ行政に受け入れられるところとはならなかった
  →臨調路線の1つとしての教育の自由化

5.教育の自由化ということ
教育の自由化:個人がその好みと能力にあわせて、たとえ義務教育の段階でも(地域とは関係なく)自由に学校を選択するようにするべき
=地域ではなく、階層的なつながりの再生産を容易にする

○地域ではなく階層に基づく教育制度を導入することの是非
社会的つながりの問題である教育から「地域」という限定をなくすということ
=各地域を離れた国家ないしグローバル・レベルでの結びつきの形成を、単に民間に任せるのではなく、国家が意識的に支援するということ
<問題>
地域的な制約を無視できない人
地域に積極的な意義を見出す人   をどうするか
地域に留まらざるをえない人
→この人々が地域の学校をどうするかを自分で決める正当な権限をもつことを可能にする必要
→「地域」の価値を見直すことにもつながっていくのかもしれない

論点
①わたしたちがいま生きている現代社会において、「地域」と「教育」はどのような部分で関わっているだろうか。
②もし教育の自由化が進行した場合、「地域」と「教育」の関わり方は①からどのように変化するだろうか。またその変化に対して、地域の学校、地域の人々、行政はどのような対応をとるべきだろうか。(それぞれの立場からでも、複数の立場からでも構いません)


<第1班>
論点①
我々の班は、まず「地域」と「教育」のかかわりについて、思いつく具体的な場面を挙げた。その中で挙がってきた具体例は、「登校班の見守り」「運動会」「トライやるウィーク」「田植え体験」などがあったが、これらの事例を我々は、A.地域が積極的に学校に関わっているグループとB.学校の行事の一つとして、形として行っているものに分類した。A.には「登校班の見守り」や「部活動の応援」などが含まれ、地域住民や子供が積極的、能動的に活動している例である。B.には「トライやるウィーク」や「田植え体験」などは、地域が学校から依頼されて行っているものであり、消極的で受動的なのではないかと分析した。もちろん、この両者の中間も存在しており、地域住民も見に来るが、PTAや地区役員などとして準備に駆り出されるという意味で「学校の運動会」をここに位置づけた。このように、我々は現在の教育と地域との関係には能動的な面と受動的な面があると分析した。

論点②
①のような現状があったとき、今後教育の自由化によって起こる変化をはじめに考えた。まず、上記B.のような活動は、教育の自由化によって減っていくと考えられる。そもそも教育の自由化により生徒が学区外の学校も選択できるようになると、ひとつの学校の生徒が同じ地域を共有していないことが想定されるため、学校が地域と結びつこうとする動きそのものが衰退していくのではないかと想定されるからである。つまり、学校が地域を持たなくなるということである。そうすると必然的にA.の方の活動もすたれていくと考えられる。元々、A.のような活動は、地域住民の学校(母校)への愛着から生まれていたものであり、教育の自由化によって学校が地域の学校でなくなればA.の活動もなくなってしまうのではないかと考えられるためである。そこで、我々はこのように変化した状態をどのような状態に改善すればよいのかを考えた。我々が理想とする教育と地域の在り方とは、学校が地域から愛され、学校はその地域の将来の人材を育てるための機関として機能するというものだ。このことにより、学校に対する誇りや郷土への愛着を持ち、“帰ってきたい”という気持ちを与えることが大切なのではないかと考えた。しかし、この場合学校だけで若者を地域に引き留めておくことはできず、結局日本社会の構造や地域社会の復興といったもっとマクロ的な視点からの改善が必要である。また、ある種囲い込みのようにして、都会へ出たい若者を地域にしばりつけておくのが果た してよいことなのか、など一概に言えない部分も多く、議論は不明瞭なまま終わった。

<総合司会コメント>
今回は、主に学校教育の自由化について議論が及んだ。学校と地域はこれまで、さまざまな行事やイベントにより密接にかかわってきたが、子育ての在り方、職業選択の仕方などの変化に伴いその関わりも減ってきているのではないだろうか。さらに、私立の学校に代表されるような「地域を持たない」学校が教育の自由化によって増加することで、ますます地域と学校との間の関係は薄れていくように感じる。それは即ち地域社会への愛着の希薄化につながり、これが地域社会の衰退をさらに招くのではないかと感じた。
2015-06-19 14:20 : 『地域の社会学』(15年度前期学部ゼミ) : コメント : 0 :

地域の社会学 第7章 子育てと地域社会

第7章 子育てと地域社会

1.都市化の進展と子育て環境の変化
 1950年代:高度経済成長
 ・三大都市への大規模で集中的な人口移動、都市化
  地方の「直系家族(3世代家族)」から離れて都心で単身生活
→のちに郊外へ引っ越し、「核家族」を形成
 1960年代~70年代半ば:「夫婦性別役割分業」が確立  
→夫:サラリーマンで終日仕事/妻:専業主婦で家事・育児を一手に引き受ける
=近所づきあいはあまりしない
 
 ・都市化に伴い育児環境も変化
   それまでの育児…「複合的育児」
(育児は家事や労働と一体、同居家族だけでなく親戚や近所の人も必然的に協力、
数多いきょうだいや同年齢の子供たちのなかでもまれる経験)
⇔都市化すると…「単相的育児」
(両親とくに母親による限定的な一面的な育児←性別役割分業の確立による)
 ↓
夫は長時間労働・通勤で育児にノータッチ、親族ネットワークの減少
→母親の負担の増加
⇒「育児ノイローゼ」密室育児」「コミュニティ論」「コミュニティ形成論」

2.1980年代以降に見られる家族の変容
 ・80年代以降の特徴:「未婚化・晩婚化」「既婚夫婦の出生率の低下」⇒「少子化」
  →家族という集団に会する基本的な考え方の変化=「家規範」の衰退
 
 「未婚化・晩婚化」
  →積極的にシングルを選択している人が多いわけではない
   (いい人を探すうちに40歳をすぎてしまっている…)
   (50~54歳の未婚率:男14.0%、女6.1%(2005年))
  →「結婚しない」=「結婚しなければならない」という強制力が働かなくなった
  =「結婚規範」の衰退
    └日本社会において結婚とは家と家との契約だった
     →恋愛結婚になり自由に配偶者を選択できるようになっても、結婚して子供を持つという行為自体が「家」規範と密接な関連を持っていた
 ※70年代までは未婚率大きな変化なし=「結婚規範」「家規範」のはたらきアリ
 ⇔80年代以降明確に男女とも未婚率上昇=「結婚規範」「家規範」の衰退
 ↓
「拡大家族世帯数(その他の親族世帯数)」の減少
 ・70年代…核家族も増えていたが拡大家族世帯数も増えていた
(長兄を実家に残して他の兄弟が都市部へ)
     =この時期の「核家族化」は「家」を否定していない
     =「家」的理念の衰退や「夫婦家族」的理念の進行ではなかった
 ・90年代…拡大家族世帯数の減少
     =老夫婦のみの世帯の増加、「家」の衰退
     ⇒「夫婦家族」化=「家規範」の衰退

・規範の衰退と経済合理性の台頭
 「未婚化」「少子化」は、結婚or子供によって得られる利益が少ないから?
 →これは、規範が衰退したから起こることであり、規範があれば経済合理的行動が作用する余地はない
 →結果として夫婦の出生率の低下
・規範は、「報酬」を与える ex)結婚したから一人前だ!
⇔現在の日本社会は「家」にまつわる家族規範に代わる家族規範を確立できていない
 →「未婚化・晩婚化」「少子化」はとどまるところを知らない
 =「個人化した家族」個人の利益の最優先

3.1980年代以降の育児環境の変化
・家族の変化の要因は、育児環境の変化の原因でもある
→育児環境の変化の要因①~⑤

①子供の数の激減
 ・1997年には老年人口比率が年少人口比率を逆転
 →子供が社会の中で少数派に
 ⇒子供と子育てにかかわる人々の勢力が格段に弱まる
  実際に子供のエネルギーに出会うと、高齢者「うるさい!もっと静かにしつけなさい!」
 →子供に対する圧力が増大し、育児環境を困難に

②世帯構成の変化
 ・「単独世帯」の増加(独身者、高齢者)
  「核家族」…夫婦と子供の世帯は半分ほど(中でも老親と成人した未婚子女が増)
→夫婦のみ世帯の急増、片親世帯も微増
 ⇒ライフスタイルの多様化
 →小さな子供を持つ世帯を少数派に追いやってしまった

③援助をしてくれる親族の減少
 ・少子化の進行はきょうだい数の減少をもたらす
 →頼りになる兄弟、親族のネットワークの減少
  都市部ではもともと保有している近親数が少ない
 ※また、子育て世代の親の親(祖父母)が高齢化により生存している場合も多く、親が介護に追われ子供の子育てに協力できない

④有配偶有子女性の就業意欲の上昇
 ・「就業希望」をもつ有配偶女性は8~9割
 →都市部で「保育所入所待機乳幼児」問題、
 ⇒高い就業意欲がありながら、それを実現するための代替的保育の人材(ex.親戚)が欠けているために保育所という公共サービスに対して利用要望が高まっている 
 ・母親の「就業意欲」は専業主婦であってもきわめて高い
 ⇔専業主婦志向の強かった60年代,70年代の有配偶女性とは根本的に違う
 →今、家事・育児をしていてもそれに満足しているわけではない

⑤意識の変化
 1970年代までの女性のライフスタイル
 →結婚を機に寿退社、専業主婦となり家事・育児に専念
 ↓
 家規範の衰退とともに女性のライフスタイルにさまざまな選択肢が登場
 →自己実現欲求からくるフラストレーションの高まり
 →育児環境、夫に対するフラストレーションの高まり
 →(妻の主観的意識のうえでは)育児環境の悪化

4.育児環境とその変革のさまざまな試み
・現在の育児環境…家族規範の衰退とともにライフスタイルの選択が可能に
→フラストレーションのもとに
…子供、子供のいる世帯が減少し、周囲の圧力は増大
親族、地域ネットワークは減少し「育児ノイローゼ」
育児の密室化の進行→「幼児(児童)虐待」の急激な増加
⇒ますますの貧困化「育児の空洞化」
 =家庭養育機能を支え、保管する近隣、地域の大人たちが急速に失われてきている
 ⇒「相互扶助」の衰退
 ⇒行政を中心とする専門サービスへの依存度拡大
=都市的生活様式の拡大
 ⇔行政サービスは平等で一律、個別の要求に柔軟に対応してくれない
 ⇔行政サービス以外の専門サービスは、対応柔軟だが高価
 ↓↓↓
「地域での助け合い」…臨機応変の小回りのきくサービス
 ex)育児サークル、先輩ママによる一時預かりやアドバイス、
社協・NPOによる育児支援、家庭保育園
→行政はサービス利用者と提供者を結びつける仕組みを組織化
 独自に育児支援をする+育児サークルやNPOの活動を取り込み、行政活動の柔軟性up
⇒行政が、育児サークルやNPO活動などの「相互扶助」的活動を、行政が提供する「専門サービス」と相互補完的関係にあるものとして位置づける
⇒行政サービス自体の柔軟性高める
    ×
 周辺で行われる自主的な活動を支援し、有機的に取り込んでいく
    +
 日本社会での就業のあり方の変革
    ↓
 「少子社会・日本」に大きな転換


<論点>
①「家規範」の衰退によって起こった変化、問題にはどのようなものがあるだろうか?様々な視点からあげてみる。
②現在、働きながら子育てをする女性にとって育児は困難なものである。なぜ困難なのだろうか?また、それに対し、行政や地域社会(あるいは夫?)はどのようなはたらきかけができるだろうか?

2015-06-19 14:17 : 『地域の社会学』(15年度前期学部ゼミ) : コメント : 0 :

グローバル・シティ 第5章 生産者サービス

第5章 生産者サービス

◆生産者サービスについて
・生産者サービスと金融の在り方の変容、先進工業国の経済と国際化で担っている役割の変化
→➀産業の生産、➁経済における役割、➂市場よりその性質をみる必要性
・生産者サービスの中でも中心になっているのは、企業向けの市場と消費者向けの市場が混在する産業。
・生産者サービスの利用者は、最終消費者ではなく、民間・公共問わず組織である。

本章で分析したいこと・・・生産者サービス産業の成長力、立地パターン、集積・専門特化・規制緩和の関係

特に筆者が気になること
➀生産者サービス産業が集まる地域には、企業同士が密なつながりをもつ地域的複合体ができるのだろうか
➁金融センターには産業の中心地とは異なる生産者サービスの複合体ができるのだろうか
➂サービスの専門特化が進むことは、生産の標準化やグローバル規模への市場拡大を支える情報通信技術の発達とどう関係しているのか
➃規模の経済性や多角化の経済性が可能性として存在していることは、生産者サービスの配置のされ方にどう影響しているのだろうか
➄生産者サービスには先端的な通信技術が必要だが、この必要性はこういったサービス立地パターンにどのように影響しているのだろうか
➅特定の地域への集積が進む中で、中心的な諸機能が置かれる場とはいったい何なのだろうか

◆サービスというカテゴリー
・新古典派経済学やケインズ経済学・・・モノ(財)の生産とサービスの生産の差異は看過されてきた
・最近のサービスに関する研究・・・新産業経済という概念を用いた分析が多い。
・ガルブレイスとフックス・・・生産者サービスの概念、経営管理の技術的な基盤研究の先駆け
・ドゥロネとギャドレ・・・サービス産業の成長が生産の過程で使われる中間投入財あるいは補完的な投入財としてのサービスへの需要拡大と関係しているという見方、消費サービスの需要拡大がサービス・セクターの初期の成長をもたらしたと説明。
・生産様式の変化への着目・・・専門サービスの需要増加
・現代社会を支える基盤での研究・・・多くのサービスを必要とする生産様式とサービス技術の近代化と産業化を重視する姿勢。情報の発展様式が制度や経済の基盤に。

†成長と専門特化
・注目すべきサービスの区別・・・需要に応じてサービスが生産される受動的な視点と供給にとって決定的に重要なサービスとしてみる能動的な視点。
→マーシャルらの研究
・企業の規模拡大・複雑化・多角化・・・機能の細分化による地理的な分散→本社の機能の複雑化
・生産サービス産業の発展・・・例:アメリカ企業における多国籍企業の躍進
・サービスの専門特化・・・市場の規模が拡大すると、生産者サービスで専門特化が進む
→生産者サービスに投入される財が専門特化する一方で、生産者サービスが生み出す財は標準化する
→1980年代~グローバル経済の地理的な特徴と構成要素の変化・・・専門サービスの投入財としての需要拡大、技術革新の必要性の増大。市場への極度の集中。


†立地と集塊
・1980年代・・・消費者サービスは生産者サービス以上に均等に分布しており、全社は中心地域と周辺地域での立地に大差はないという研究結果
→最近では、中心地域と生産者サービスの専門特化には高い相関性がある
→生産者サービスの置かれる場所が集積するのは、他の生産者サービスとの近接性が重要
・技術の発展・・・消費と生産は時間的にも空間的にも切り離され、モノの生産のように、サービスが生み出される場も一か所に集中するようになった
⇔集中が進む一方で、地理的な分散も進んでいるという二重の傾向
・グローバルシティの諸機能・・・技術・規模・経済の組織構造から考える必要性
・どこに本社を置くか…情報の多様化による質の問題

◆金融は空間的にどう構成されるのか
・金融市場・・・サービス市場での価値の特徴と異なる、政府の規制に大きな影響を受けている
→規制、制約の多様化が金融の技術革新が生み出されるようになった
・金融の特徴・・・➀国家の規制の制約、➁産物がモノではないため可動性が高い

†金融サービスの国内立地パターン
・規模と多角化の変更
・トップ企業の依存・・・空間的な集約
・地域特化の経済・都市化の経済・・・例:ロンドン

†デジタル化時代―分散より集積?
・金融業が急成長した結果による、特定のセンターに企業や市場の集積
・金融の集積が起きている都市の減少⇔グローバルなネットワークに組み込まれる金融センターの増加
 
・地理的に分散化が可能であるはずなのに、主だった金融センターの市場占有率の増加
 なぜなのか?
➀社会的に連続性と中心機能の重要性
 筆者の研究によると、
  (1)情報技術の恩恵を最大限に活かすためにはインフラ以外の資源も必要である
  (2)一般化されていない入手困難な情報の入手には、社会的インフラが必要である
→専門知識・技術と社会的な結びつきが金融センターにあるため、技術によって可能になるつながりを企業ないし市場は最大限活用できる

➁国境を超えるネットワーク
 ・グローバルな市場統合による重複システムの廃止・・・協力体制の複雑化、金融センターの重要化
→こうした中、金融センターを越境的に結ぶ新しいタイプの「合併」が生まれる
  (1)一握りの市場のみを結びつける複数の電子ネットワークが統合されるもの
  (2)金融市場の間で築かれている戦略的な提携
⇒金融センターは単に競合しているわけではなく、互いに協調しあい、分業が成立している

◆中心性が作られる新しい形態
・地理的な分散を可能にする組織形態や技術⇔先進国の経済システムには中心が存在
 ↓その背景とは…
・企業の3つの立地パターン
 ➀複雑な契約や下請け、ネットワーク化された供給者を必要としない、専門特化した製品やサービスを売る企業・・・システムの統合を維持できる範囲での立地
 ➁グローバル経済に深く関わっており、かつ複雑な本社機能をもつ企業・・・生産拠点への集積が有利に働き、ネットワーク化が進んだサービスセクターがあれば立地はどこでもいい
 ➂サービス企業の非常に専門特化したネットワーク・・・同業他社との密接な関係から抜け出すことができず、場所に縛られている

・再編された中心地の地理的な4つの形態
 ➀商業中心地区
 ➁中心の広域化、脱領域化
 ➂領域に縛られない「中心」、一部はデジタル空間
 ➃電子空間

◆まとめ
・現段階での金融業の特徴・・・専門サービスが生産に必要な中間投入財として成長してきたこと
              国内外の企業・政府が専門サービスを買える市場が発展したこと

問題関心・・・➀生産者サービスの空間がどう構成されているのか
      ➁生産者サービスが都市とどう関係付けられているのか

要点
➀都市では専門特化が進み、集積の利益が成り立っているため、都市への立地が好まれるようになった
➁生産者サービスの生産・供給に関わる新しい情報技術は重要性を増してきているが、その結果、地理的分散だけでなく再び集積が起きている
→活発な社会的つながりから構成される緊密なネットワークの重要性
➂主要な生産者サービス企業はグローバル企業にサービスを提供しているため、都市のネットワークの中で事業を展開することが増えている

◆論点
 本章では生産者サービスの発展や立地の変化、専門特化について見てきたが、そのような変化と人々の移動や生活、労働環境にはどのような影響があったと考えられるだろうか。また、人々がそのような変化を感じる機会はあるだろうか。
(前回の製造業の場合と比較したり、これまでの議論を思い出しながら考えてみたりしてもいいかもしれません。)
2015-06-18 16:09 : 『グローバル・シティ(サッセン)』(15年度前期大学院ゼミ) : コメント : 0 :

地域の社会学 第6章 なぜ地域が大切か ―見直される地域の重要性

第6章 なぜ地域が大切か ―見直される地域の重要性

【前提】
現在:噴出する多様な生活問題 → 住民による「地域」に対する期待・関心の向上
【本章の目的】
見直される地域の重要性を「安全・安心」「プロダクティブ・エイジング」「地方都市の衰退と再生」という3つの観点から考えていく

1.見直される地域
●地域が重要視され出した<理由>
ⅰ)地域における「安心・安全」
  「防災」:‘95年 阪神淡路大震災
  「防犯」:‘97年 神戸連続幼児殺傷事件、‘01年 池田小児童殺傷事件 ⇒ 子供を狙った犯罪
 →老若男女が「地域」に関心 ex.「安心・安全のまちづくり」の標語

ⅱ)「プロダクティブ・エイジング(productive aging)= 生産的な老い」(老齢学者R.N.バトラー)
 定義:「プロダクティビティ(生産性)」を有した高齢者を社会的に積極的に活用すること。
                   ↑
 高齢者への社会通念(=高齢者は依存的なためにその増加が社会的負担増に直結)への反論
 現在…約680万人の団塊世代が退職 → 会社人間の「地域デビュー」への模索

ⅲ)「地方都市の衰退と再生」
 [地方都市の現状] 人口減少・高齢化 + モータリゼーション + 郊外大型商業施設
→中心地の衰退化(ex.「シャッター通り」)
[課題] 無秩序な都市拡張を抑制し、街なかを再生させるための地域の「かたち」
〈課題解決に向けた動きの一例…〉
「地域ブランド」の育成:地域分権・高齢社会の流れの中で、地域の自立が要請
→地域資源の見直し・ブランド力のある産業創出・雇用と観光客増加を模索

●「まちづくり」の現在
「まちづくり」(≠都市計画):市民主体・総合性・個性(≠画一性)・量から質・生活の小単位尊重・理念から実践    ← 住民参加による
 [意義]
ⅰ)→ 危機への対応力。平時の「生活協力」→ 非常時の「共同防衛」
ⅱ)→ 高齢者の「相互扶助(互酬)」、ライフスタイルとしての「社会貢献」
ⅲ)→ まちづくりの「持続可能性」←中心市街地の商店街再生+低環境負荷
+歩いて暮らせるコンパクトなまちづくり

2.安心・安全のまちづくり
●防災のまちづくり
阪神淡路大震災での救命救援~生活復興において再評価 ⇒ 伝統的地域集団「町内会・自治会」
 →平時の「生活協力」が震災時の「共同防衛」に直結

Ex.神戸市長田区真野地区
[歴史]
1960年代 住工混在によって生じた公害被害への反対運動からまちづくり活動開始
1980年代 自治会主導で「真野まちづくり推進会」を結成、市と協議し地域整備を推進
⇔しかし、これらの活動は、元来「防災」を重点化していたわけではない
                 ⇓
震災発生…
①「初期消火の成功」、②「的確な救出活動」、③「迅速な体制作り」 に成功
生活復興期…
震災以前のまちづくりに関わった専門家ボランティアのネットワークの活用
ex.「真野ふれあい住宅」:個人/共有スペースのある「コレクティブハウス」

●防犯のまちづくり
社会的関心の高まりの契機:子供に対する凶悪犯罪の発生>>空き巣・強盗・ひったくり・・・

[子供への凶悪犯罪発生の「原因」に対するパラダイムシフト]
 従来:「人」に着目 → 効果的な防犯対策取りづらい
+無理な「不審者」探しが、差別・排除につながる
 現在:「場所」に着目 → 物的環境の設計、人的環境の改善を通して、未然に防止
⇒犯罪が起きやすい「場所」に注目!
…犯罪に遭いにくい環境の整備
〈ハード面〉
ex.米・ゲーテッドコミュニティ、日本・セキュリティーマンションや公共空間の監視カメラ
                +
〈ソフト面〉
 「割れ窓理論」:侵入は許さないという「縄張り意識」や「当事者意識」の向上によって、心理的バリアを築き、犯罪を予防 ex.「地域安全マップ」

3.プロダクティブ・エイジング
●変容する高齢者像
従来…「高齢者」= 「支えられる側」=「サービスの受給者」
→「高齢者の増大」=「社会的負担増」
しかし!
日本の高齢者の8割は身体的に健康で、自立  /  平均寿命80歳超え
⇒「老い」への発想 =「依存性」 → 「プロダクティビティ(生産性)」
   
…「プロダクティビティ」な活動とは?(柴田博による)
①有償労働 ②無償労働 ③高齢者の相互扶助 ④若い世代へのサポート
→③・④の世代内または世代間の相互扶助が地域の重要性の見直しでポイント
ex.「住民参加型在宅福祉サービス団体」
‘80年代後半以降、介助~家事援助に至る幅広い活動。世代間の対等な立場関係。
⇔担い手はほとんど女性…
→企業で得たプロダクティビティを持つ退職男性をどう地域で活かすかが期待・課題

●介護保険制度の改正
2006年改正:高齢者…要支援・要介護状態にならない、要介護者は重度化させない
→「予防重視型システム」の確立、「地域支援事業」の創設

「地域支援事業」:高齢者が要支援・要介護になる前からの予防として、地域による包括的・継続的なマネジメントを強化。「介護予防一般高齢者施策(A)」(=全高齢者対象)と「介護予防特定高齢者施策(B)」(=介護予防の支援が必要な特定高齢者対象)からなる。
 A)全高齢者の生活機能の維持・改善のための「ポピュレーションアプローチ」
   ex.介護予防に関する知識・情報提供、介護予防に資する地域組織の育成・支援
 B)虚弱高齢者の生活機能低下の早期発見・対応を行う「ハイリスクアプローチ」
   ・「通所型介護予防事業」:地域における閉じこもり予防活動。
   ・「訪問型介護予防事業」:生活機能を把握・評価し、通所型サービスの参加を促す。
    担い手は専門職+傾聴ボランティア(地域住民)
 ↑
介護予防事業=地域包括支援センター中心に実施 → 対象地域空間を明確に画定
⇒行政的範域と重要な機関の利用圏を重視した新地域空間の見直しと画定が不可欠

4.地方都市の衰退と再生
●どうするシャッター通り
 ex.‘70年代 車依存型ニュータウンを造成した地方都市
   中心市街地の空洞化 + 高齢化した郊外ニュータウンの衰退 ← 現在、同時進行中…!
[原因]
・都市計画での法規制の弱さ ← 郊外への大型商業施設の出店を許す
・地権者の権利意識 ← 新規事業者への土地の貸し渋り
⇒2006年「まちづくり3法」(都市計画法・中心市街地活性化法・大店立地法)改正
→〈結果〉・無秩序な郊外開発に一定の歯止め(延床1万㎡超規制)
・「選択と集中」:国が中心市街地活性化に意欲的と判断した市町村に重点的に支援


●コンパクトシティ
「コンパクトシティ」:‘90年代 欧州発祥。スプロール化を抑制し、公共交通を促進して、エネルギー効率の良いサステイナブルな都市形態。
 [動機と目的]
〈欧州〉地球環境問題 → 土地利用計画・交通計画を軸に、環境計画と統合し、住宅政策とも連動 → 都市の活性化の維持・再生、田園や自然環境の保全
〈日本〉地方都市の中心市街地空洞化対策

[命題]
〔海道〕・密度の高さ ・多様さ ・ヒューマンスケール ・独自性 + 「9原則」
〔鈴木〕〈日本〉・公共交通マネジメント:自動車以外のアクセスの選択性向上
・地域循環型経済システムの構築:地域資源活用(農林水産)
・中心市街地におけるタウンマネジメント:官民・NPO等の連携
 ・街なか居住政策:既成市街地における居住
⇔しかし、これまで…
 中心市街地活性化の議論…商業活性化の議論に矮小化 = 「商業者」中心
                             ↓
「選択と集中」を主眼とする3法改正で…「消費者」である住民・地権者・NPO等まちづくり関係者を巻き込む体制が不可欠

5.「共」の再構築
●ボランティア元年
3つの観点からの「まちづくり」…
「安全・安心」/高齢者の「プロダクティビティ」の活用/「地方都市の再生」
                    ↑
どれも行政や市場による専門処理に適さない、或いは、解決されない生活問題
=都市生活の問題点「人間関係の希薄化」・「専門処理システムの限界」が露呈
                ⇓
地域の重要性の見直しにつながった
=「共」の再構築を求める

 [「共」の再構築の契機]
阪神大震災のボランティア:〈特徴〉若者・未経験者・専門技術のない一般人・外部
→・‘98年 NPO法制定:ボランティア団体が特定非営利活動法人として法人格取得可能に。
・‘00年 介護保険制度施行:NPO法人=在宅介護サービスの特定事業者になれる。
 →住民参加型在宅福祉サービス団体も参入可。

●NPOと町内会・自治会
NPO法人格をもつ団体:〈総数〉3万超(‘07年)
         〈分野〉「保健・医療・福祉」「社会教育」「まちづくり」「子供の健全・育成」
⇒「共」の再構築の担い手・・・増加

⇔しかし、時として・・・
既存の伝統的な地縁組織「町内会・自治会」〈旧住民〉 VS NPO〈新住民〉

⇒防災・防犯・地域福祉などの面では、両者の「協働」が求められる!
  互いの強みを生かす…[町内会]行政と連携し、地域情報や活動場所を提供
  [NPO]専門的ノウハウに基づく講座やプログラムを提供
さらには・・・地域の生活問題に関心・意欲のある住民を組織化し、活動の展開を可能とする「中間集団」としての役割を果たすこと


論点
論点①
団塊の世代の人々が65歳を上回り、そのほとんどが社会の第一線を退いた現在の日本。しか    し、彼らの豊富な知識や経験は、地域の中でも何らかの形で十分生かせるはずである。かつて「会社人間」で地域に飛び込めない彼らを地域に取り込み、地域の一員となって居場所を確保し、活躍してもらうには、地域にはどのような工夫が必要か?(行政/自治体/NPO等、それぞれの立場からの工夫でもよい。)

論点②
これまでの章での議論でもあったが、「新住民/旧住民」、「NPO/町内会」など属性や成立過程の異なる2者はことごとく対立しあうという構図が見て取れた。しかし、これからの「まちづくり」を成功に導くには、両者の強みを活かして「協働」することが不可欠である。現在、この「協働」が上手くいっていないのならば、その阻害要因は一体何か?(その解決策があるならば、モデルケースとして、そこまで踏み込んで議論してください。

<論点①>
社会の第一線を退いた団塊世代の人々が、多くのプロダクティビティを活かせる可能性を秘めているにも関わらず、なかなか地域に飛び込めない現状がある。特に「地域の活動に参加したいけれどできない。」という状況を打破することは重要なことだと考えらえる。
私たちの班はまず、その理由として3つを考えた。実にシンプルなものだが①一緒に参加する友人がいない。②参加できる機会がない(情報が入ってこない。)③いざとなると腰が重い。である。特に長年会社勤めをしていたため地域の人々と関わる機会がなかった人々にとっては、①の問題は重大なものであろう。
以上を踏まえ、これらの問題をまるごと解決できる舞台として考えたのが「病院」である。既に地域の病院は、高齢者にとってはある種のコミュニケーションの場として機能している場合がある。これを利用して、病院にコミュニティスペースを設置して、気軽に話ができるお茶会などを開く。ここには様々な年齢層の人々が集まり、時には高齢者同士、時には高齢者と若い母親の子育て相談、多様な使い方ができると考えられる。そしてこのスペースには地域活動の内容や報告を掲示することで、情報提供の場にもなる。シルバー人材センターなどの求人情報もここに掲示すれば、より効率的に機能するだろう。
病院におけるこれらの取組みが浸透すれば、先述の現状も解決できる可能性があるうえ、ここでできた新たなコミュニティが高齢者同士の相互扶助や若い世代との交流も生み、退職してプロダクティビティを持て余すシニア世代の活躍の場を広げることができると考えた。

<論点②>
新住民と旧住民、NPOと自治会、若者とシニア、男性と女性、富める者と貧しい者、異なる二者の対立は幾つも挙げられる。そもそもこの対立が生じる理由は、「地域で暮らす中で、両者の視点が異なるから。」つまり、求める生活やリスクに対する意識などが、属性によって異なるからであると考えた。当然目的が異なるならば互いに協力関係にはならないし、両者の活動の中で利害関係が一致することはないだろう。
ここで、「協働」という言葉について考えてみる。協働は、異なる2つの主体が1つの目的のためにはたらく。という意味がある。しかし、先に挙げたように、まず目的が違う両者が、共通のはたらきをするとは考えにくい。では、対立する二者が協働できるのはどのような時だろうか。悲しいことだが、それは災害時だけではないかという結論に至った。そのような誰にとってもマイナスの出来事に対しては、地域という場では助け合いをして生きていくという共通の目的ができる。そしてそれに備えて、ハザードマップを皆で作成して、地域の中の誰にでも共通するリスクの洗い出しをすることは、協働と言えるだろう。
最後に、それでも理想である地域像は、人々が自分の幸せを地域の幸せと感じること、そして反対に地域の幸せを自分の幸せと感じること。個人と地域の幸せを同等のものと捉えられる人が増えたならば、それはまさに協働が自然に生まれる地域であろう。
しかしこれは、いささかスピリチュアルで、現実には難しいことだと薄々感じている。
2015-06-11 16:25 : 『地域の社会学』(15年度前期学部ゼミ) : コメント : 0 :

澤ゼミ大学院生の論文が掲載

澤ゼミ大学院生の論文が掲載されました。

伊藤 優季(2015)
婚活支援事業における自治体の役割―兵庫県加西市と兵庫県多可町を事例に―
兵庫地理 第60号 pp.29-45
2015-06-02 16:16 : 澤ゼミ構成員研究活動 : コメント : 0 :
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