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グローバル・シティ 第8章 雇用と所得

第8章 雇用と所得

三都市は一つの物語を共有しているのか?

70年代 ニューヨークとロンドン: 雇用者が大幅減り、生産者サービスと金融が成長
    東京:雇用が安定していたが、製造業の雇用の減少が著しい
    三都市共通:製造業が後退(ある産業が成長)、
          政府の財政危機(政府の雇用減少)
ニューヨーク
1960年以来
 1雇用の喪失を伴う、製造業の大きくな衰退が挙げられる。
 2多くの本社がなくなり、結果的にオフィス業務が大幅に減った。
 3財政状況の急速な悪化。
 4マンハッタンに集積している金融サービスと生産者サービスの急激な成長。

二つの大きな傾向がはっきりと現れてきた。
 1製造業の撤退。
 2生産者サービスの急速な拡大。

  製造業が衰退した原因(ロンドンと共通)
  1成長期における土地不足や製造業に適した土地がみつからなっかた。
2道路ができたことで、都市の中心としての比較優位性が下がってしまった。
3職業の中の特定の部門が弱点を抱えていたため、土地や資源をめぐる他の経済部門との競争力が弱まった。
  4国際的、政治的、経済的そして技術的状況が変わったことで、都市への大規模な集積を起こした諸要素は、1960年代後半にその妥当性と重要性を失っていった。

  対照的に、ニューヨーク全体はサービス関連職の数は増えていた。中にはすべての経済活動(特にFIRE)がマンハッタンに極端に集積している。

ロンドン
1960年以来
 1、かつて軽工業の重要な拠点であるが、1985年までに製造業での雇用が80万も失っていった。
 2、20年の経済停滞の中、雇用と人口が減っている。
 3、1984年から、金融と生産者サービスを急成長した。

製造業の衰退の原因(複雑)
 1国際競争の激化、また工業の近代化への投資不足による生産性の低下。
 2工業生産で広大なスベースへの要求が高まった時期に、場所と土地が不足していたため、拡大に歯止めがかかった。(ニューヨークと共通)

製造業の衰退の中、高賃金で付加価値の高い職業が好調である。(印刷、ハイテク、通信産業)

イギリスとロントンの雇用変化について、1970年代後半以後の衰退深刻だった。サービス業ロントンの方が安定している。イギリス全体の方が増えっている。80年代を入ると企業者と個人向けサービス業の雇用を増加した。銀行と金融の雇用も増え、ロンドン市内に集積している。その結果、ロンドン市内で他の部門(卸売、小売と他サービス)で働く者の割合は少なくなっている。

地理的な分散も、サービス職に影響を及ぼしてきた。変化の原因は都市全般に当てはまるものがあり、ロンドン特有のものもある(南東部)。

東京
特徴:政府の役割が大きい
1950年代、政府は重工業と化学工業の規制を始め、製造業は全体的に後退していた。
1970年以後、雇用の安定期に入った。ニューヨークとロンドンに比べれば、製造業における雇用喪失それほど目立たず、FIREの急成長も見られなっかた。
1980年代、政府は都市の再編を大きな役割を果たした(三全総から四全総へ)。東京は大きな変化したが、全体的な雇用状況から把握することはできない。都市構造再編に伴い、コストが製造業の成長を急激に圧迫するようになるにつれ、高度サービス職による土地利用が増加した。問題としては都市機能が集積し過ぎ、土地利用の違いから関係者の間に摩擦が生まれている。
1977〜1985年、生産者サービスは71%を拡大した。
1986〜1996年、FIREは25%以上成長した。
1990年代後半には、全産業に対してサービス産業が占める割合が、東京の商業中心地区では77%にまでなった。東京は製造業からサービス産業中心へ変容した。

賃金
背景(二つの傾向)
1賃金格差の拡大
考えられる要因:教育への報償、スキルに応じて格差、テクノロジー、人口学の変化(働く女性の増加、ベビーブーム世代の成人化による若年労働者の増加)、経済部門の転換、賃金分布における格差拡大

2最も急速に拡大するサービス産業のなかに、低収入と高収入の仕事が極端に集中している
生産者サービスの拡大によって、従来の労使合意などの、制度的枠組みを壊れつつである 。国の制度の是非も取られる
低賃金労働が増えている背景には、成長部門での臨時労働の職種の増加がある
仕事のスキルの高さと関係なく、高いと低い両方増加している
ニューヨーク

アメリカ全体の統計をみると、賃金格差が広がっている。さらにニューヨークが著しい
明白である。賃金分布のトップ層の賃金上昇し、ボトム層の賃金減少し、さらに二極化している。結果、製造と非製造、マンハッタンとニューヨークの他の行政区、企業者サービスと他のサービスの間にギャップができている。

ロンドン

イギリス全体は製造業よりも、金融と専門サービスなど活発な経済部門で賃金格差が開いている。ロンドンにおいて、職業を問わず、賃金についてイギリス全体より圧倒的高い。また、単純労働と専門職の賃金の差も、同じくらい目立っている。イギリス全体もこうしたギャップを見られる。
ニューヨークと違い、社会的な二極化が進んでいるとはいえない。イギリスとロンドンの場合、賃金格差が広がったとはいえ、全集団が実質的な増収を経験した。

東京

賃金格差が拡大しているが、ロントンとニューヨークと比べるとその差が小さい。東京の場合、景気のブレを関わらず、最も高い月収を得ていたのが金融・保険で働く男性であった。賃金格差は各行政区と時代背景の違いにより、変化している。景気のブレと関係なく、専門職の拡大は長期にわたって見られる傾向である。

賃金と格差

問題の検証
1格差と二極化というグローバル・シティに内在する問題
サッセン強調したいのは、二極化の問題は格差拡大に止まらないという点である。つまり、所得の多い少ないによって仕事と家族のあり方に新しい高度専門職層と最下層との間の差が開き、その結果、社会の形が変わっていくということです。

2 グローバル・シティとグローバル・シティ以外の英米諸都市の間にある格差
活発な経済、なかでも生産者サービスが伸びたことで高度成長を遂げている都市では、低所得者層の平均所得が増えている。一方、生産者サービスではなく、製造業中心の都市では逆に、所得の中央値は低下し、経済も停滞した。
生産者サービスへの移行が格差を生み出す原因の一つだと考えている。さらに、その生産者サービスは、都市の専門特化から生じたものである。
広いで見れば、生産者サービスへの地域的な特化が家計収入を平均以上に引き上げ、他地域との差が開いた。
階層化された都市システムのランクを付く場合、低所得労働を見るときに、どのように構成されているか重要な論点である。高度成長期を遂げている部門も低所得労働をもっと多く生み出している場合もあるからだ。
他の都市と比べた場合、グローバル・シティであるという状況ゆえに、最底辺層にとってマイナスな状況が表面化しにくい

まとめ
ニューヨーク、ロンドン、東京は、雇用・賃金で似た傾向が見られた。
1製造業が縮小、生産者サービスが伸びた。
2平均給与が最も高いのは金融だが、性別による格差がかなりある。
3専門職とサービス職が激増している。
4パートタイム労働が成長産業を中心に増えている。

ニューヨークとロンドンでは、都市の内部で賃金格差が拡大していたが、東京にはそれほどではない。

三都市における格差はさらに広がって、低所得労働が増えて、所得の二極化が進んでいる。

<論点>
「正社員登録 助成を恒久化 政府方針「1人50万円」増額も」讀賣新聞 2015.07.19朝刊より

皆さんこの新聞を見って、この行政の動きはどう思いますか。良かったのか、物足りないなのか、それとも無駄なのか。なぜ?この方針は今後の日本に対してどのような影響を予想ができますか。(正社員vs非正規雇用)

<班の議論>
【第2グループ】
私たちのグループではまず、「キャリアアップ助成金」という政策が打ち出されたその背景について、国・産業(企業)・個人の観点から考察した。国家レベルでは福祉国家の衰退、新自由主義の台頭にみられるような、国家による社会・経済への最小限の介入、そして社会保障制度の縮小が挙げられた。また、リーマンショック以後の不況も大きな影響を及ぼしているという意見が上がった。次に産業(企業)レベルでは、年功序列・終身雇用制度の崩壊による非正規雇用の拡大(フリーターやパートの増加)、それに伴う労働組合の弱体化に関する意見が最も多かった。そして、規制緩和に伴う民営化(privatization)によって企業が幅をきかせ、雇い止めや不当解雇が横行していること、また、本文にあったように製造業の衰退に代わるサービス業の増大とサービス業従事者の低賃金化が挙げられた。個人レベルでは、正規雇用と非正規雇用の収入の格差、不況による生活の負担感、そして人々が組合やコミュニティから切り離され個人が断片化し、これらによって人々の中で不安感が高まっているという意見で一致した。
次に、このような背景を踏まえて「キャリアアップ助成金」という政策がどのような影響をもたらすかについて議論をした。しかし、上がるのはこの政策に対する疑問ばかりであった。多くは1986年の施行以来規制緩和され続け、非正規雇用を押し広げてきた「労働者派遣法」に対して有効性を持つのか、従来の国の政策と矛盾があるのではないかというものである。また、非正規雇用労働者が正規雇用労働者になる条件は何なのか、だれが正社員になれるのか、企業に渡った助成金は本当に労働者に還元されるのか、といった疑問が挙げられた。「キャリアアップ助成金」の利点としては、国が現在の不安定な労働市場に対して動きを見せたことで、今後非正規雇用の形態が改善される契機になるのではないか、という希望が見いだせる可能性もあるという意見のみであった。
議論の結果、「キャリアアップ助成金」は格差や分断が広がる労働市場に対して、何の影響力もなく、依然二極化は進行するだろうという結論に至った。非正規雇用を減らすためには、より抜本的な改革を行わなければ何も変わらないという意見でまとまった。

≪総合司会コメント≫
第8章ではニューヨーク、ロンドン、東京の三都市における経済基盤の変化が、それぞれの職業分布と賃金分布に着目して説明される。
1950,60年代までは、製造業に牽引されたフォーディズム都市が大量生産・大量消費そして規模の経済の増大を可能にした。また、この時代は労使合意に代表されるような、よく行き届いた手厚い制度的枠組みが機能していた。しかし1970,80年代になると、このような社会,経済のかたちは大きな転換期を迎える。すなわち、製造業からサービス産業への大転換が行われたのである。製造業は撤退し、金融・生産者サービスに支えられた急激な成長という新しい段階に入った。三都市では雇用者数が全体的に大幅に減少し、深刻な金融危機を経験した。そしてその対策として、公的サービスと行政サービスが削減された。また、経済基盤の変化によって賃金格差の拡大が生じた。都市の専門特化から専門職の給与は引き上げられる一方、サービス職の給与は低くなるばかりである。製造業従事者の所得は減り、レイオフは頻発、労働組合があって所得もそれなりに得られた工場の閉鎖が続いている。サービス経済に全体的に移行したことで、製造業を基盤とする経済よりもっと低賃金労働が増えている。このようなプロセスが重なり、所得の二極化が進んでいるのである。
現在、日本においては福祉国家が衰退し、ポスト・フォーディズムの時代を迎えた。労働派遣に対しても規制緩和が行われ、正規雇用市場は縮小している。このような中で政府は「キャリアアップ助成金」という、非正規雇用の労働者を正規雇用へと転換した企業への助成制度を拡充する方針を打ち出した。今日の授業では、この「キャリアアップ助成金」という政策が何故今、この時期に提言されたのか、そしてこの政策によって今後何か変化はあるのか、について二つのグループに分かれ、議論を行った。
その結果、両グループ共に、この政策が実際に非正規雇用労働者のなかでも、本当に正社員になることを望んでいる人に適応されるのか(誰に適応されるのか)、また「労働者派遣法」が施行されている中で果たして成果が生まれるのだろうか、などの疑問が上がり、「キャリアアップ助成金」という政策は現在進行し続けている社会、経済の二極化を抑制するものとはならない、という結論に至った。
賃金をいかに下げていくかを競うグローバリゼーションの流れの中にあって、正社員のみで会社を運営していくことは、コストがかかり過ぎて生産現場を日本に置いておけなくなるため、さらに失業者を生み出すこととなる。やはり一定数は非正規雇用労働者を登用せねばならないのである。問題はその割合であり、それを決めるのは非常に困難であるが、我々が向き合っていかねばならない課題である。また、福祉国家の衰退により手薄くなった各種の社会保障制度を代替する組織や制度をいかに生み出していくかということも、同時に極めて重要な課題であると考える。

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2015-07-27 17:55 : 『グローバル・シティ(サッセン)』(15年度前期大学院ゼミ) : コメント : 0 :

『都市のリアル』の書評が三田社会学に掲載されました

澤ゼミで昨年度講読した『都市のリアル』の書評が「三田社会学」第20号(2015年)に掲載されました。
この書評は、ゼミでの討論を元に作成したものです。

http://www.mita-sociology.jp/
2015-07-15 20:20 : 『都市のリアル』(14年度学部ゼミ) : コメント : 0 :

グローバルシティ 第7章 グローバル都市システムをつくるもの ― ネットワークと階層

第7章 グローバル都市システムをつくるもの ― ネットワークと階層

・ニューヨーク、ロンドン、東京がビジネスと金融の中心地として近年の変化:
①1970年代後半から、ビジネス・セクターと金融セクターの構造と規模、ネットワークの性質が変わっている。
②1980年代に入ると金融業が再編され、規制は緩和されると同時に多様化し、競争は激しくなり、大手商業銀行の市場占有率は下がり、取引量が飛躍的に伸びた。

・本章で考える主な問題:
①ニューヨーク・ロンドン・東京の三都市は互いにどう関係しており、グローバル市場とどうつながっているのか。
②ニューヨーク・ロンドン・東京とほかの大都市の関係について考えてみたい。

●ネットワーク化されたシステムへ
・第5章ではグローバルに展開する複雑な事業にとって社会的なつながりが重要であり、ネットワークが越境的に成長した。
第一、規制緩和された金融センターは、ネットワークを通じてグローバル市場に統合 され、金融業務が国境を越えて行われ、分業体制が現れつつある。
第二、世界の多くの国際金融センターは、 国内外の資本の出入口(ゲートウェー) として機能している。
第三、出入口としての機能はグローバル市場への統合だけではなく、金融危機が発生した場合の出入口でもある。
第四、金融システムでは、各国が競争だけをしているわけではい。金融センターがいくつか集まり、専門特化した分野で協力しあうことが増えている。
第五、東京は依然として、資本の重要な出所になっている。グローバル金融市場が東京において拡大する可能性がある。
第六、香港はさまざまな世界が交錯する場であり、中国と諸外国の内外の企業を結ぶ戦略的な結節点としての役割を負ってきた。
第七、電子的なネットワークの規模の拡大している。しかしだからといって、金融取引のための物理的な中心地が必要なくなってしまうわけでなく、むしろ、戦略的な連携ないし機能上の連携のために、都市間の取引が急増することになる。

●拡大と集積
・金融センターが次々グローバル市場に統合されている同時に、資産が集まる地域にばらつきがあり、センターの中でもさらに主導的な位置にある場に過剰に集積している。
・東京の株式市場の劇的な変化:1980年代の初めは、東京市場はニューヨークに比べて、規模がまだ小さいく、1980年代後半には世界最大の株式市場にまで成長した。
・運用資産の集積は、株式市場の資本化ほど目立っていないが、大きな意味を持っている。
・ニューヨークとロンドンは会計、広告、経営コンサルティング、国際的な法律サービス、エンジニアリング・サービス、情報関連サービスやその他企業者サービスを生み出し、かつ輸出する場として主導的な拠点になっている。
・高度な生産者サービスを主導としている企業は国境を越えて広がるネットワークを数多く築いてきており、その中で特殊な地域的連携や組織的連携がとられている。こういった多国間ネットワークがあることで、企業は自社が提供できるサービスを増やせる。
・1988年には、ニューヨーク・ロンドン・東京の三都市だけで、世界の100大銀行のおよそ半分、そして世界の証券会社上位25社のほとんどを占めていた。
 1997年になってみると、トップ100に入る銀行はわずか28行、トップ25社に入る証券会社は19社まで落ちていた。それにも関わらず、三都市の全資産・資本の90%以上を占めるようになったこと。
・1980年代に東京は、国際金融センターで主要な位置を占めるべく成長していることを世界に知らしめていた。しかし、ニューヨークやロンドンのように規制が緩和されることはなく、このため外資系企業は望んだような収益性を実現できなかった。

●国際取引における主要通貨
・自国の通貨が国際的な基軸通貨のメリット:
第一、輸入代金の支払いをするのに外貨の獲得する必要がない。貿易収支で赤字が生じても国内の経済政策で比較的容易に対応できる。
第二、貿易や資本の取引の大半が自国の通貨で行われるため、為替相場の変動にあまり敏感にならずに済む。
第三、金融の国際的なセクターの中でも主導的な役割を負うようになる。

・基軸通貨であることには代償もある。
第一、世界中の国に流動性を供与しているために、経常収支ないし長期資本収支で赤字に転落しやすくなってしまう。ただ、この赤字が一定の限界を超えてしまうことはない。なぜなら、もしそんなことがおきれば基軸通貨としての役割は損なわれてしまうからだ。
第二、これは基軸通貨国だけではなく、グローバルな経済すステムを危機に晒すことになる。
第三、金融市場の国際化がかなり進んでいる時期に基軸通貨であるということは、海外の企業・政府などによって自国の通貨が大量に保有される可能性があり、国内で金融調節を行ってもその実効力が低くなってしまう。
     ↓
・基軸通貨であるために、当該国は強い経済を維持するだけではなく、資本市場の国際化が進む中で、国際貿易と世界金融で確固たる地位を築かねばならない。
・米ドル:国際金融システムにおいて、米ドルは今でも通貨として重要な役割を担っている。とはいえ、その役割は確実に減ってきている。
・ユーロ:今では、ユーロはマルクよりはるかに重要な役割を担う。
・日本円:1980年代、国際における日本の地位が向上し、国際金融市場へ参加が増えると、円はドルに次ぐ重要な国際通貨となった。ただし、経常取引での円の役割は米ドルやドイツ・マルクに比べると小さかった。

●国際的な不動産市場
・1980年代、ニューヨークやロンドン、東京などでは都市中心部の地価が急騰した。
・なぜ不動産市場が高騰したかというと、金融業やサービス企業だけではなく、高給專門職層が主要都市で急増したからである。
・注目点:ニューヨークやロンドンの中心部の地価が、1980年代になって国民経済全体の状況と無関係となっていた。高額入札者の側にしても、都市中心部の土地に対しては、いくら上乗せしてでも獲得したいが、すごしでも中心部から外れた場所には、全く関心を示さなかった。
・都市中心部の不動産開発のうち、所有者も出資者も金融業であるものがどの程度あるかによって、不動産市場が循環される傾向が強まる。
・不動産からもっとも高い収益を得られているのは、国際的な不動産市場の拠点のなかでも主導的な位置を占めているところである。国民経済の様々な状況に左右されない国際不動産市場において、建造物は商品化される。
・1980年代に三都市で実施された大規模な建設ポロジェクトは巨額の投資が行われていて、金融、エンジニアリング、建築などをはじめとする專門技術・知識を提供する企業のなかでもトップクラスの企業が多く参加していた。

●まとめ
・ニューヨークとロンドン、それから波があるものの東京には、外資系のサービス企業と金融企業がますあす集まってきている。
・政府が最低限しか関わらない経済活動の新しい領域が生まれた。国内企業・外資企業が事業を展開している空間は、越境的な経済空間であり、三都市にはこうした空間がある。
・1980年代に入り、様々な国境を越える経済活動にとって、ニューヨーク・ロンドン・東京は重要な拠点となった。
 1990年代になって三都市に現れた特徴から、それぞれの都市でこれまでにない形で経済活動が国際化していたことがわかる。つまり、従来の「国際化」で見られた対外直接投資や買収とではない、それを超えた形で、という意味である。
・国際的な金融取引の大幅な拡大、グローバルに広がるネットワークへの株式市場の一体化、生産者サービスの国際的な市場の成長。これらは多くの主要都市で経済基盤に取り込まれてきている。
 しかしそれでも、こうした取引や市場は、ニューヨーク・ロンドン・東京・パリ・フランクフルトあるいは香港とごく限られた都市に過剰に集積している。
・このように、特定の都市への過剰な集積が進む中で、越境的なネットワークに加わるグローバル・シティの数は増えてきている。そしてこのネットワークこそ、グローバル経済の組織的な構造を支える重要な要素である。

論点:
 P194で筆者は、「資産が集まる地域にばらつきがあり、センターの中でもさらに主導的な位置にある場に過剰に集積している」のようにと述べている。私たち普段はこのような集積していることを感じられているのか?そして、このような集積は私たちの日常生活にどんな影響を与えているのか?

班では、自分の住んでいるところが集積しているかしていないかに立場を分け、それぞれ人の動き・交通・経済・コミュニティにどのような影響が及んでいるかについて議論した。
その結果、集積しているところに住んでいる人たちは、地元は人が多いが落ち着きはなく、交通アクセスが便利であると述べた。また、地価が向上しお金の循環もいいが、過剰な開発と地価の高騰のために同じような大型店が集まり、コミュニティは薄い。だが、その分コミュニティにしばられない多様な生活スタイルも保障されていることがわかった。
一方、集積していないところに住んでいる人たちによると、地元は夜になると人はおらず、電車は普通しか止まらない。また、大都市には行かず郊外のショッピングセンターに行ってしまう。空き地が駐車場と化し、高層マンションもなく、手ごろな値段のスーパーもないが地元の商店街もそこそこに賑わっている。街の雰囲気にほとんど変化がなく、いい意味で静かな住宅街であり、町内会などコミュニティが強く、子どもの見守り隊など治安を守る組織がある。
これは、主に集積しているところに住んでいる人の移動手段が電車であり、集積していないところに住んでいない人の移動手段が車という、普段足として使っているものの違いから生じるのではないかと考察した。

<議論>
最初に、お金や不動産などの資本の集積を日常生活で感じるかを確認した。神戸で生活をしているため、関西というエリアに限定して議論を進めた。今回、こちらの班は2人が中国人、1人が日本人という構成だったが、中国人学生は集積を感じると答えた。しかも、その集積地は大阪の中でも梅田や心斎橋であった。その理由は、知名度が高いことから中心地という認識が形成され、また、アルバイトの自給が高いことからもお金が集積しているという認識がなされているからというものであった。具体例としては、外国人観光客の集中による外貨の吸収、駅構内など公共交通機関の整備、人やモノの集積と関連して多様なニーズを満たすサービスや店舗の存在があげられる。もし、その資本の集積地で生活を営むとすれば、地価の上昇や人の集中による混雑が問題点としてあげられるが、多様なサービスや店舗があることにより、非常に便利で遊ぶことには事欠かない環境を保障されることになるだろう。また、雇用も創出される。
 反対に、資本の集積を感じられないと答えたのは、神戸市在住の日本人学生であった。神戸は所謂地方都市である。「京阪神」とまとめられるように、関西では大阪や京都と共に栄えているとされる神戸では、大阪に頼ることなしに生活を営むことができる機能が備わっていると言っても良い。したがって、普段の生活の中では、特定の場所への資本の集積を意識することはない。たとえ集積していたとしても日常生活に支障がないからである。しかし、「大阪都構想」のような神戸の経済までもを揺るがすような大変革が起ころうとすると、嫌でも資本の集積を意識することとなる。それは自分の身近な生活が変わる可能性があるからである。
 しかし、神戸の人間も関西の資本の集積地であると考えられる梅田や心斎橋から恩恵を受けている。主として雇用などである。一方で、いつか自分の生活空間が資本を蓄えた集積地に喰われてしまうかもしれないという恐れがある。この恐れと前述した恩恵とは表裏一体のであると考えられる。

<総合司会コメント>
社会の大きな動きが日常生活にどういった影響を与えるのかを探る議論は非常に興味深いが、難しい。私たちは、普段テレビのニュースや新聞でたくさんの情報を得るが、それが実際の日常生活にどのように影響するかまで深く考えることはあまりないように思う。したがって、いざ「大きな動きは身近な場所でどのように現れているか」を考えようとしてもなかなか出てこない。大きな動きをどこか遠くで起こっていることと理解するのではなく、たしかにどこか遠くで起こっていることだが波のようにいつか自分のもとにも届くものに違いないと認識し、起こり得る影響について考えることはグローバリゼーションが進む現代を生きる人間が求められているもののような気がしてならない。本日の議論で言えば資本の蓄積になるのだが、学生は不動産にもお金にもどちらかというと縁遠い存在かもしれない。だからこそ、アンテナをはり、お金やモノの動きについて敏感にならねばならないのではないか。恐らくその動きは、他のあらゆる領域にも波のようにいつか届くはずである。
2015-07-13 22:34 : 『グローバル・シティ(サッセン)』(15年度前期大学院ゼミ) : コメント : 0 :

地域の社会学 第10章 高齢化と地域社会

第10章 高齢化と地域社会

1.日本社会における高齢化の特徴

・高齢化社会:高齢化率(総人口に占める65才以上人口の割合)が7%を超えた社会

・日本における高齢化の特徴
ⅰ進展のスピードが急速であること
ⅱ高率の高齢化が予測されること
+少子化の進行
→超高齢社会に突入することが予想される
 (全人口の4割が高齢者となることが予想される)

・高齢者の量的拡大がもたらす変化(高齢化の第一義的意味)
高齢化率の上昇―15才未満の年少人口の減少→人口構成(社会)の変容
高齢者のいる世帯の増加―児童のいる世帯の減少→世帯の在り方(家族)の変容

・高齢化の進展がもたらした質的変化(高齢化の第二義的意味)
家族の変化に伴う高齢者のライフスタイルの変容と地域社会の変化
 =日常生活における高齢者の選択肢の拡大と捉えられる

・高齢者は職業生活からの引退を経験している者が多く、家族はよりいっそう重要な生活の基盤となる
∴高齢者の日常生活の変化=「家族」における変化と連動

以下、「家族」における変化について厚生労働省の国民生活基礎調査より

①「子供夫婦との同居」が比率の急減
+「配偶者のいない子との同居」が増加
晩婚化の進行の影響
同居の形態が将来にわたって維持されるものとはいえない場合が多く、不安定
(夫婦のみ世帯、または一人暮らし世帯への移行)
②「夫婦のみ世帯」「一人暮らし世帯」の増加
高齢になっても子供夫婦とは同居せず、夫婦のみ、または一人で暮らしていくと考える人が増えてきている

→家規範の衰退が高齢者の形成する家族の構成面の変化として表れる
 高齢者の家族における地位の変化

⇒伝統的な家規範が急速な高齢化の進展の中で弱体化、衰退傾向を見せ始め、
 これまでの生き方とは異なる新たな高齢者の生き方、自立した高齢者の在り方が
 模索され、提示され始めている

2.都市の高齢者

厚生労働省、国民生活基礎調査
「子供夫婦との同居」「夫婦のみ世帯」の割合
:家規範の浸透度、弱体度、または高齢者の形成する家族の構成面での変化を示す指標となる

Ⅰ地域的な差異を顕著に表す
→家規範の弱体度、浸透度に地域的差異がある
⇒都市化の進行と関連
 両者の中間形態にその他の市が位置しており、これらは全国平均に近い

Ⅱ差異はあるものの全国的に共通して「子供夫婦との同居」は減少傾向「夫婦のみ世帯」は増加
→家規範の全国的な衰退、弱体化

・大都市
「子供夫婦との同居」10。5%
「夫婦のみ世帯」43.6%

「配偶者のいない子との同居」23%
大都市では特に晩婚化、未婚化の傾向が強いため
核家族の形成の延長として出現、日本的特徴(家規範)の名残といえる

⇒伝統的な家規範の衰退
 それに代わる「夫婦家族」規範の理念の誕生、具現化

*「夫婦家族」規範
・一代完結
・結婚した子供とは同居しないことが前提
・離婚、子連れ婚などの増加により多様化

+マスコミの影響を通じて全国に伝搬
→「夫婦家族」規範が全国規模になる
 「子供夫婦との同居」が全国的に減少している点からも明らか

・郡部
「子供夫婦との同居」46.5%→29.8%
「夫婦のみ世帯」23.0%→33.2%
→都市型スタイルへの転換点を迎えつつある


3地域の重要性の増大

・老親扶養の変容

家規範…既婚の同居子による老親扶養が前提
    =「日本型福祉」
 ↓
弱体化、衰退 家族による扶養、日本型福祉がとくに大都市では機能しえないものに
 ↓
夫婦家族理念…近親がそれぞれ独立しながらも地理的距離にかかわらず交際、互助、扶助等の重要なネットワークを持つ(異居近親家族) 修正拡大家族の存在

⇒老親扶養における親族関係の選択肢の拡大
 ex,扶養、扶助の中心的な役割を果たすのは必ずしも長男である必要がなくなる
    娘夫婦との同居、別居

・地域の重要性
 夫婦家族規範が浸透し、それに基づくライフスタイルを選択する高齢者が増加したとき、高齢者は家族以外との様々なネットワークを必要とする。

日常的な互助関係を持つ近隣ネットワーク
緊急時にも対応可能な地域内の関係機能とのネットワーク
生活充実のための友人ネットワーク

全てのネットワークが必要不可欠

→友人、隣近所の隣人など、地域の役割が重要
 人間関係における選択肢の拡大

=高齢者の社会参加における選択肢の拡大

⇒それぞれのニーズにあった地域社会における多種多様な集団の成立が必要

+高齢者の社会参加、外出行動を保障するハード面での町づくりが必要
 ex,バリアフリー、ユニバーサルデザインの推奨


家族、扶養の在り方の変化
⇒これまでの家族、施設を中心とする福祉から住民参加型の地域福祉へ何が必要か、どのような扶助が必要か、見極めることができる地域社会の成立が必要

<論点>
①家規範に代わって、夫婦家族規範が誕生、具現化した。
この変化の中で高齢者の生活や高齢者を取り巻く環境はどう変化したか。
高齢者になりきって考えてみよう。

②上記の事柄に対して地域や社会、(または行政?企業?)は彼らにどのように関わっていったらよいか。


<第1班>
論点①家規範の変容によって、高齢者を取り巻く環境は大きく変化した。地域とのつながりの希薄化、若い世代との交流の現象など、地域社会における変化だけでなく、家族の在り方、家族との関わり方も大きく変化した。たとえば、自分の子供夫婦は、高齢者が住む家の隣か近くに家を建てるが、同居という形態ではなくあくまで別の家族としての生活を営んでいる。そういった中で、主に介護の場面で、従来であれば介護は家族の、特に女性の仕事であったのが、サービスに頼るようになるケースが増えてきた。教科書の中においては、近年のこのような変化は、高齢者の選択肢を増やすものであるとの記述があったが、我々の班の中では、それに対して疑問を持つ声が上 がった。確かに、近年高齢者にはさまざまな選択肢が増えたのは事実である。しかし、それを選択できるかどうかはまた別の問題であると考えられる。我々は、体力、気力、貧困、ネットワーク格差など様々な原因から、目の前に選択肢をたくさん並べられても選択することができない高齢者が多いのではないかという結論に達した。よって、高齢者の選択肢が増えたとはいってもそれを選択できるのは健康で、生活に余裕がある高齢者のみであり、一部の高齢者にとって選択肢はむしろ狭くなったのではないだろうか。

論点②①で議論したような高齢者に対し、周囲の環境はどのように関わっていけばよいのだろうか。我々の意見としては、まず最初に高齢者に関わることが出来るのは家族であり、次に地域の人々、次に地域行政、サービス産業という順番で関わっていくことが出来るのではないかと考えた。地域の人々に求められるのは、やはり日頃から地域社会でのネットワークを形成することである。これは、介護という面だけでなくたとえば防災、防犯などにも繋がる、大きな課題と言える。そうするためには地域行政の力を借りることも必要であると考えられる。そして、地域行政が現代会では削減の傾向にある介護福祉を、より一層充実させることが望ましい。しかし、行政にばか り頼ることは現実的ではない。これからますます高齢者が増え、税金をおさめる現役世代の人口が減っていく中で、行政に過剰な期待を寄せることはできないと考えた。そこで、やはり老人ホームなどの民間のサービス企業に頼らざるを得なくなるが、ここでは貧困な人がサービスを受けられない問題が生じる。議論①と合わせて考えると、やはり高齢者をとりまく大きな問題として貧困問題があげられ、これは貧困になる前に防ぐことが大切であると考えられる。貧困に陥っている高齢者を救うことも必要だが、貧困な高齢者を生み出さない、ひいては貧困者を生み出さない社会のしくみが必要であると考えられる。

<第2班>
論点1
私たちが想定する高齢者は以下の点が特徴である。
・65歳以上の都市在住であり、子ども夫婦とは別居状態にある。
・近所づきあいは深くなく、「あそこの老人ホームいいよ」程度の情報交換をする程度。
こういった高齢者は、自分の両親や、嫁ぎ先の両親の介護の経験がある場合が多い。したがって、自分の子どもが「将来は介護をするよ」と言ってきても自分の過去の経験上、申し訳ないという気持ちや情けなさからサービスに頼るという選択を取りがちになる。お金を払えば割り切れるため、自らネットワークを切るという行動である。その後、介護は老人ホームに任せるのが当然と考える世代が登場する。しかし、ここでお金の問題が浮上する。同居であれば介護は生活の中に吸収されるのかもしれないが、閉鎖的であり、ストレスもたまりやすく限界が来ると考えられる。
こうした高齢者を取り巻く環境の変化としては、子どもとの別居による、サービスを介した新たなコミュニティ形成が考えられる。高齢者の変化としては、子どもに頼る部分とサービスに頼る部分の割合の変化が上げられる。

論点2
先述したように個人や家族単位で考えるといつかは限界が来る。それは、介護の負担や不満から来るものであると考えられる。結局のところサービスに頼ることになったとしても、自分自身の貯蓄の有無が大きな意味を持つ。現在の介護施設は高額で、このままでは富める者しか生きながらえないということになる。それではどうすれば良いか。地域、行政、民間の関与の方法について考える。まず、近所づきあいをきちんとしておくという前提にはなるが、近所の高齢者の病院への送り迎えや家事代行などは地域の人間でも「やってもいい」ことにあたると考える。しかし、どうしても気が引けてしまうのは、風呂や下の世話である。この地域の人間が「どうしてもできない」ことに対して民間や行政はアプローチする。行政は、現在人気のある行政課の中に介護課を新設する。介護課はマネジメントをするのではなく、実際に現場に行って仕事をする。これは、イメージアップにもつながるが、なにより、ニーズを拾うという行政の本来の在り方にかなったものである。そして、民間はこれまでどおり介護職を用意するが、高所得者向けにシフトチェンジすることで、介護福祉士の賃金を上げる。低所得者向けのサービスは行政が行なうことですみわけをするということになる。そして、介護を通して、地域、行政、民間がコミュニケーションをとっていくことを望む。そして、最後に、介護という仕事の意義であるが、自分の将来像をイメージでき、人生設計ができるという点と、長期的に物事を考えるという点が介護職についた者が得られる学びであると考えた。
介護職の意義については、まだ考える余地がある。近い将来に死ぬかもしれない高齢者に対するサービスがほとんどである介護は評価されにくいと感じる。しかし、この介護職の意義について、もちろん介護職についている人自身が考えなければならないが、介護職についていない人間が考えなくても良いという理由にはならない。

<総合司会コメント>

今回は高齢化社会において、高齢者が抱える問題とそれをどのように解決するかについて議論した。
高齢化社会において地域が高齢者の扶助を行う必要性がテキストでも議論の中でも論じられた。また行政や企業が介護を担う、あるいは介護休暇制度で家族による介護を支援するなどについても言及があった。しかし地域、行政、企業が高齢者を支えることに関しては地域コミュニティの問題、財源の問題、高齢者の貧困の問題など三者それぞれに難しさがあることが強く感じられる結果となった。家規範の衰退により、家族のあり方、高齢者のよりどころの選択肢は広がったように思えるが、貧困、孤立などの問題から選択の余地がない高齢者も多いと考えられる。家規範の衰退とともに家族に頼ることのできなくなった高齢者は誰に頼れば良いのか。家規範のなくなりつつある時代に、子供をつくること、あるいは結婚することはリスクなのか。ゼミ生自身の家族の問題も例として考えながら、人生の一つ一つの選択がいかに生きいかに死んでいくかに深く関わるということを実感した。将来いかに老いていくかを左右する選択は、すでに目の前にあるのかもしれない。
2015-07-07 17:36 : 『地域の社会学』(15年度前期学部ゼミ) : コメント : 0 :
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