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『空間の政治地理』 第3章 レジュメ

『空間の政治地理』レジュメ

第3章 国土空間の生産と日本型政治システム

3.1 日本型政治システムと農山村

 自民党の誕生により保守対革新の枠組みが形成された「五十五年体制」は、農村型利益共同体を基盤とした自民党長期政権を作り出した。
 本章では、最初に「日本型政治システム」のもとでの国土空間の生産において、主要な柱の一つであった農山村への公共投資政策の指摘展開を学ぶ。
 具体的
  ↓
○農山村を対象とした政策である「農政」の流れを確認する。
○過疎対策の萌芽と展開を概観する。
○これらの政策のもと「地域間格差の是正」、「国土の均衡ある発展」がいかに具現化されようとしてきたのか、そして今日の農山村がどのような状況に置かれているのかを学んでいく。
 
3.2 国土開発政策と農山村
 3.2.1 戦後復興期‐1960年までの動向

○終戦後1940年代後半
公共投資は戦災復興、戦後処理に伴うものであった。
諸政策は都市においては戦災復興事業、農山村においては食糧増産と失業対策、木材不足克服、燃料危機(薪炭)不足克服を主たる目的とするものであった。

○国土開発の上でのターニングポイント‐1950年
 6月、国土総合開発法が施行された。
 自然災害及び戦争による被害、エネルギー不足⇒全国総合開発計画策定は1962年まで待たねばならなかった。
    ↓
その前に、基礎的、地域的、個別的な対策が必要となった⇒ブロック法など
最近まで見られてきた土建国家的な「日本型システム」の原型はこの時期の田中に見られ、その後の日本における政治システムの諸特徴の萌芽が見られるのである。
また、日本経済はもはや戦後復興からの脱却に成功し、高度経済成長期に突入した。
 
 3.2.2 高度経済成長期‐1960年代及び1970年代前半
○1957年 新長期経済計画‐経済の安定を維持しつつできるだけ高い経済成長を達成することが目的であった

○1960年 国民所得倍増計画‐社会資本概念を経済計画に定着させ、公共投資の部門別配分計画が含まれた

○1962年 全国総合開発計画‐全国に15の新産業都市と6の工業整備特別地区を指定し、工業の分散による既成工業地帯の過密防止、地方の振興を試みるものであった

○1965年 中期経済計画‐農林業、農山村の捉え方においては「全国総合開発計画」と大きく異なる。
全国総合開発計画‐「産業的」視点
中期経済計画‐「地域的諸問題」としての視点

○1969年 新全国総合開発計画
開発方式‐大規模プロジェクト
キーワード‐通信・交通ネットワークや広域生活圏
国家財政の逼迫やオイルショックなどの影響で挫折することとなる。

○1970年 新経済社会発展計画
「新全国総合開発計画」と同様に農山村問題を「過疎問題」として取り上げた。

 3.2.3 安定成長期‐1970年代後半から1980年代
○1977年 第三次全国総合開発計画
定住圏構想を計画手法として、生活環境整備による地方の人口定住化の促進を目指した
                 ↓
国土領域の物的な均質化が推し進められた

農山村整備では都市、農村を一体として地方定住圏を作りたいという「一体整備」論と、集落段階での整備を重視した独自の構想を持って行おうとする考えが並存している。
「都市周辺農村地域」-都市的土地利用との計画的調整と都市との均衡ある整備を図る
兼業的集落

農村地域          農業専業型
専業的集落  
  
       総合型

○1987年 第四次全国総合開発計画
多極分散型国土を構築するため交流ネットワーク構想を手法とする。
代表的な政策と事業はリゾート開発に傾斜し、バブル経済崩壊によって破綻することとなる。

3.2.4 バブル経済崩壊と国土開発政策‐1990年代以降の動向
 新しい概念に基づく「国土計画」を検討すべきである⇒グランドデザイン
グランドデザインについて
基本目標:多軸型国土構造形成の基礎づくり;
開発方式:参加と連携
戦略:①多自然居住地域の創造;②大都市のリノベーション;
③地域連携軸の展開;  ④広域国際交流圏の形成。
農山村に直接関係するものは①である。
方向性は示されたものの、その具体的施策はこれまでの全総に比して極めて乏しい。

3.3 農政・過疎対策と農山村
 3.3.1 農政の展開
 農政における最大の課題‐農地改革;中心的課題‐食糧増産
 
1956年の新農山漁村建設事業‐戦後農政の一つの転換点
       ↓
農山漁村の進行に必要な総合対策を行うことを目的とした
1970年代初頭 日本列島改造論‐農村地域に対する公共政策が転機を迎える
1990年代 それまでの土地改良事業⇒農業・農村基盤整備事業
1999年  農業基本法⇒食糧・農業・農村基本法

このように日本の農村への公共政策は、農業対策から農村対策へと変遷してきたのである。

3.3.2 過疎対策の展開
1966年7月‐「過疎」;1970年4月‐「過疎法」
各過疎法は前期、後期に区分される。また具体的な過疎対策事業はその事業主体別に都道府県と市町村に区分される。
都道府県:「交通通信の整備」、「産業の振興」
市町村:「交通通信の整備」、「産業の振興」、「教育文化施設の整備」、「生活環境の整備」

3.4 国土空間の均質化と農山村
 3.4.1 「地域間格差の是正」・「国土の均衡ある発展」を目指して
 国土空間の均質化⇒農山村に対しては手厚い公共投資が行われてきた⇒公共投資の空間的不均等
 公共投資の空間的推移:
1960年代‐大都市圏中枢部を中心に、都市化、工業化に対する基盤投資が主力であった;
1970年代‐地方圏への投資が急速に活発になった;
1980年代以降‐地方圏で投資額が一挙に増加し、この地方圏への手厚い重点投資の流れは1990年代も続く

公共投資項目に関して「道路」、「農林水産」、「治山治水」、「文教施設」などが高いシェアを示している。
「都市計画」、「住宅」は大都市圏で、「農林水産」と「治山治水」は地方圏で特化している。
農山村を含む地方圏の公共投資を特徴付ける「農林水産」投資、「治山治水」投資、「道路」投資の空間構造⇒a.「農林水産」‐太平洋ベルト地帯以外の地域;b.「治山治水」‐高度経済成長期前半には大都市圏で、その後は太平洋ベルト地帯以外の地域;c.「道路」‐1960年代前半:岐阜、滋賀、京都,1960年代後半~70年代:地方圏での平準化,1980年:岩手、新潟、山梨、島根,1990年:地方圏。

3.4.2 国土空間の均質化への対抗
ローカルな地域の自立性に力点を置くことで、公共投資による均質化と一線を画そうとする動きが存在してきた。
竹下と梶山⇒自ら考え自ら行う地域づくり事業‐地域政策としての明確なビジョンを持ったものではなかった
都市‐農山村交流、「ふるさと創生」⇒「地域の主体性」を欠如させていった

3.5 「自立的発展」のもとで…
小泉内閣‐「三位一体の改革」⇒「日本型政治システム」が本格的に変革の波にさらされ始め、国土空間の均質化は影をひそめつつある⇒地域間競争が強化されてきている
「地域主義」に陥らないよう注意を払いながら、紋切り型の市場主義に対抗するための都市‐農山村間、農山村相互間のネットワーキングを構築する必要があるだろう。

疑問点など
○本章は主に政策が日本国土空間に与える影響を述べてきたが、国土空間の変化が日本型政治システムへの影響については触れていない。
○郵政民営化などの公的サービスの民営化が農山村の衰退を加速するのではないか。

2006-10-31 17:38 : 『空間の政治地理』(06後期・院ゼミ) : コメント : 1 :
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論点での郵政民営化についての議論はどのように展開されたのでしょうか。興味アリです。

三位一体改革における市町村合併問題でも、

合併=地方分権化 によって、郊外地域にも均一なサービスが行き渡ると言う行政側
と、
合併によって都心と郊外の差が一層広がり、郊外地域が衰退してしまうのではと不安を持つ住民側。
にわかれました。
行政も言い分はわかりますが、住民側の立場である僕らからしたら後者のほうでしょうか。


郊外にある、地域住民以外ほとんど人が利用しない小さい郵便局が赤字のためにつぶされ、結果都心の大きな郵便局が残る…。不便さが郊外の衰退を加速させてしまうかもしれないですね。

 また、JRと私鉄ほどの、配達業での顧客獲得やサービス競争は展開されるんでしょうか。あまりぱっとしませんが…。
何色かのポストが町に立つということもありうる?
2006-11-01 22:46 : yoshy@混乱中 URL : 編集
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