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『社会を越える社会学』第3章(前半)

第三章 旅行(前半:p87~p113)



第三章の概要:多種多様な移動性を有した社会空間的実践について考える。ここでは、(1)身体の移動性、(2)モノの移動性、(3)ラジオ、テレビを通しての想像上の旅行と公共圏の再構成におけるその影響、(4)バーチャルな旅行と、コミュニティや身体の移動性とのかかわり。以上の四つの移動性について考察し、それぞれの移動において、人間と機械、テクノロジーの組み合わせによる複合的な移動のハイブリッドを見出せることを明らかにする。


はじめに

これまでは、移動がメタファーとしても、またプロセスとしても社会生活の核心をなしており、それゆえに社会学的分析にとっても中心に据えられるべきものであるということを示してきた。本章では、そうした移動に組み込まれている社会空間的実践をいくつか検討し、それらが社会生活全般にもたらすいくつかの帰結について分析する。ヒト、モノ、イメージ、情報が旅をし、またそれゆえに社会生活や文化形成を生産・再生産するなかで、こうした移動がいかに重要であるかを明らかにする。

身体的旅行

カプランの『移動の時代』:カプランの拡大「家族」に居場所はさまざまな大陸にまたがっており、アメリカ国内においても親族は全土に拡散しているため、彼女にとって旅とは「避けがたく疑問の余地のないものであり、仕事のみならず、家族のつきあいや愛のためにも、いつも必要なもの」であった。
ほかにも、プラトとトリベロが「輸送」は生存のための最も重要な活動になっているとし、これが世帯の一般的な構成のあり様を特徴づけるならば、もはや輸送は進歩のメタファーではなくなると述べている。
旅行は多くの文化においてそうであるように、仕事や安全にとってだけでなく、家族生活、レジャー、交友関係にとっても「いつも必要」であるように見える。
世界で行われている旅行のほとんどは先進工業社会の間、特に西・南ヨーロッパと北米にある。
ここでは、こうした旅行に関わる特定の社会空間的な実践、すなわちウォーキング、鉄道旅行、ドライブ、航空旅行に焦点を当てる。

ウォーキング

18世紀末まで、ヨーロッパでは散歩者が危険な「他者」(貧困者、狂乱者、犯罪者)と見なされた。
But 19世紀:ウォーキングはより肯定的に受け止められるようになった。散歩者は必ずしも貧困者やいかがわしいものとは見なされなくなった。18世紀末からの輸送の変化(有料道路と鉄道)によって、ウォーキングと窮乏、貧困、浮浪との結びつきが払拭されたのである。
20世紀:ウォーキングはブーツ、地図、靴下、アノラック、ショーツ、帽子といった、さまざまな製品と結びつくようになる。→ ハイブリッドな(ゆったりとした)散歩者を構成するのに一役を買っている。20世紀において、ウォーキングは一種の信仰のようなものであり、心身を鍛えるものであり、さらに、都市を構成していると捉えていた。

鉄道(鉄道旅行)

鉄道は近代的な移動性の構造化に重要な役割を果たしてきた。鉄道によって、より長距離かつ広範囲にわたる旅行が大衆化された。鉄道交通の加速化は既存のローカルな時間の寄せ集めがグリニッジ標準時に置き換えられることを意味し、鉄道の並外れた機械の力が創り出したと思われる独自の空間は多くの異なる場所をこれまで以上に複雑で広範な加速化の循環システムへと連結した。
クックは旅行を手軽に大衆的で安価なのもにし、鉄道の技術革新を社会の革新へと転化させた。彼は「旅行は心に糧を与え……時空を越えた友愛の感情を養うのだ」と主張。
鉄道の効果は旅客が小包のように空間を貫いて進んでいくということにあった。

自動車(ドライブ)、航空旅行

20世紀、技術を介した規律化や支配は「自動車」が生み出した生産・消費・流通・立地・社会性のシステムによって最も目覚しいものとなった。
自動車のハイブリッドな社会的、技術的システムは以下のような相互連鎖する数多くの次元を通じて検討してみる必要がある。
・ 20世紀資本主義における主導的な産業部門や企業によって生産される典型的な製造物としての次元。
・ 産業としての次元。
・ 個人的消費の主要な商品としての次元。
・ 自動車をとりまく種々の技術的、社会的な相互連関を通じて構成される機械状複合体としての次元。
・ 唯一最大の環境問題としての次元。
・ 「準-私的」な移動性の支配的形態としての次元。
・ 異なるジェンダー、階級、年齢層などを横断してさまざまな社会性を組織し正当化する、支配的な文化としての次元。
しかし、社会学は自動車での移動のこうした連鎖的な次元にはほとんど注目してこなかった。自動車とその社会的影響について検討すべきなのは、産業社会学、消費の社会学、都市社会学という三つの下位分野であるが、そのいずれもが適切な分析を提示してこなかった。社会学は自動車を中性的なテクノロジーと見なし、それが可能ならしめている社会的な生活パタンは多かれ少なかれ何らかの形で生じたのだろうとしか考えてこなかった。
 自動車の意義とはそれが、さまざまな居住の仕方、旅行の仕方、社会化の仕方を内包する市民社会を自動車化さえた時間―空間において再構成するという点にある。

 空港は典型的な非-場所に似た特徴を示している。非常に込み入った中継が介在することでさまざまな人と文化が一つに結びつけられる。こうした中継はどの空港の出発ラウンジでも同時に生じる。そのようなラウンジは航空産業のグローバルなネットワークや絶えざる移動によって生み出される著しい類似性と、移動する人と文化が「乗り継ぎの中に住まい」、予測もつかないかたちで交差するという著しいハイブリッド性からなる場所である。




疑問点
・ヨーロッパでは18世紀末まで、散歩者は危険な「他者」(貧困者、狂乱者、犯罪者)と見なされたと書いてあるが、当時、散歩者に対してなぜこのようなイメージがあるのでしょうか?(ほかの国はどうでしょうか?)

2007-05-25 19:36 : 『社会を越える社会学』(07前期・院ゼミ) : コメント : 0 :
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