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『社会を越える社会学』第7章(前半)

第七章 シチズンシップ(前半)


本章の要旨:国民社会とそれにともなう限定的な権利と義務にもとづく、既存のシチズンシップの概念についての批判を行なう。コスモポリタニズムやグローバル・シチズンシップなどの、移動に伴うさまざまな種類の義務と権利の発達によって、社会組成的なシチズンシップのモデルを維持することが次第に困難になっている。そのような従来型のシチズンシップのモデルは、個々の国境を超越した新たな実践、リスク、義務と権利の観点から分析されることになる。公共圏が次第に「メディア化」され、部分的にグローバル化された公共の舞台へと変容を遂げていくとともに、上述のシチズンシップにおいて、名を貶めることが中心的役割をはたすようになる。

●はじめに
◇『サタンの器』を事例にしてP283-284、
 ⇒シチズンシップとグローバル化との逆説的な結びつきが描きだされている。
 ※誰もがある社会の市民となることを求めているときに、グローバルなネットワークとフローは、ナショナルな市民なるものを土台から掘り崩している。グローバル化はナショナルなものに基づくシチズンシップの形態が用をなさなくなっている。

◇従来のシチズンシップ
従来の議論=個人に属するものか、あるいは集合的なものかが主要な論点をなしてきた。
      権利に基づいたアプローチは過度に個人主義的であるという批判を受けるのは常である。
      そして、社会的実践が強調される(ターナー)。本章では、集合的アプローチを採用するも
のの、集合的実践は多様であり、ある特定の社会の内側で生まれるものにとどまらない。
現代のシチズンシップ=「ポストモダン」として記述され、ポストコロニアル期において多くの社会ら
しきものがもつハイプリッドな性格に帰結、そして「弁別的で重層化したシ
チズンシップ」(ユーヴアル 1997)
             ∴それぞれ別々の地理的範囲にわたって存在している多種多様な市民に、そ
れぞれ権利と義務とを付与する数多くの社会組織が存在しているのである。(287)

↓↓シチズンシップに関する既存の文献の見解について取り上げる。
  現代のシチズンシップの性質に対して「環境」の持つ意味を考察
  危険要素、権利、義務のプリズムを通して、グローバルシチズンシップの概念を精緻化
  シチズンシップとコンシューマリズムの逆説的な絡まりあいを示す
●シチズンシップをめぐる論争
◇既存のシチズンシップの概念
=西洋的思考の中心において、(社会を中心として)国民社会とそれに伴う限定的な権利と義務に基づく、作られる。
 ブルベイカー⇒人間と社会の二重性について、「国民主権という原則が明確にされ、シチズンシップと国民の身分とが連動している」
マーシャル ⇒シチズンシップは社会の完全な成員として、つまり市民として受け入れられるべきという
要求(P289)社会階級の不平等がシチズンシップの形式的平等といかなる形で共存しうるの
かについて示している。  
・「発展途上にある制度」のイメージ・資本主義的な社会関係の産物
        ・シチズンシップの権利が結果として、諸階級の収入と財産の格差は縮小
マーシャルに対する反論⇒
・シチズンシップが発展し続けるのは誤った思い込み。
 ・労働組合運動を通じて獲得された「市民」の権利を考えるとややこしいものとなる。
・シチズンシップの権利が制限されてきた
・ジェンダーとセクシュアリティの不平等に関して論じてない
・武力紛争とその結果生じる一般市民の動員を無視している。
※下からのシチズンシップについては、マーシャルは見過ごしている。
     マーシャルの想定=職業、収入、階級に注目する中で、社会的シチズンシップは社会組成的達成の最終段階
            BUT⇒共同体カテゴリーの再評価とグローバル化にともない、社会的なるものの力がさらに全体的に衰え、「ポストナショナル」なシチズンシップと呼ぶものが広がっている(ソイサル)
             人間の普遍的な権利という次第に脱領地化する概念に底在する、より普遍的なメンバーシップ・モデルによって、ナショナルなシチズンシップは失いつつあると(ソイサル)
             全体的にみると、普遍的で一律的でグローバルに定義される権利と、個別的で領域的に限定されている社会的アイデンティティとの間で矛盾が高まっているのだ。

◇ポスト・ナショナルなシチズンシップの多様性
 ①文化的なシチズンシップ   ②マイノリティのシチズンシップ ③エコロジカルなシチズンシップ
 ④コスモポリタンなシチズンシップ ⑤消費者のシチズンシップ    ⑥移動性のシチズンシップ
 ⇒これらのシチズンシップは、マーシャルの市民的-政治的-社会的という三部構成の限界を示している。フローのシチズンシップは、市民的、政治的、社会的という権利と責務を脱分化するのゆえに、マーシャルが国民ー国家ー社会のレベルで市民を考えていたことはさらなる問題がある。また、マーシャルはシチズンシップにかかわる権利、義務とそれらフローのシチズンシップとの間で矛盾が拡大していることについて、ほとんど言及していない。

●シチズンシップと環境
◇ターナーによるシチズンシップの定義:
 ・「ある人を社会の十全な成員であると定義し、それによって、人間や社会集団への資源のフロー形成する一連の(法的、政治的、経済的、文化的)営為」
・人権理論について「グローバル化」の中心的局面として、国連人権憲章のもつ重要性を指摘している。また、より一般的には、文化的なグローバル化の進展、国連、EU、欧州人権裁判所、世界の難民問題、OECD、先住民の権利などを見れば明らかなように、「国民国家は必ずしもシチズンシップの権利を取り扱うための最適な政治的枠組ではない」と
・ターナーの定義には、人間中心的な視点が暗に含まれている。=人間だけが権利を有する
⇒「自然の権利」は無視している 人間と自然は功利的な関係

◇自然権
・動物の「シチズンシップ」を求める声はアメリカにおいて影響力を持つようになってきた。(ナッシュ)
・…動物の自然権の権利が再構築された市民社会に統合されはじめっている(Macnaghten and Urry)
・生き物以外の自然の権利についても記述している(P298)
But 大部分のグローバルな機構は、国民国家の集まりとして構成されているために、環境に対して問題を抱えている。このような国連の構造のために、個々の国民国家の枠には収まらない問題が見逃されることになる。

権利の三つの拡張(ファン・スティーンバーゲン)
①人間の将来世代への拡張、②動物への拡張 ③「自然」なものへの拡張を提唱している。
 ⇒こうような動物やものに対する新しい義務によって、人間は特別な権力と債務を持つ者になる。

エコロジカルなシチズンシップ 
 =エコロジカルな権利と義務は、互いに独立のものとみなされてきた市民的、政治的、社会的な権利の内破を伴う(?)

 英国の牛肉問題を事例にし、環境についての権利と義務の複雑さを示す(P299-302)
=グローバルなフローの世界において、とりわけ大規模農家や企業が氷河の時間を通じた結果に対して責任を負わない場合に、国民国家による途方も無いリスク管理が困難さを極めるという点である。さらにリスクは、技術的な問題でも科学的な問題でもなく、より幅広く政治的、社会的、道徳的な過程と結びついている。リスクに対する公衆の関心はメディアの映像に起因するものなのだ。それはしばしば国外から流れてくるものであり、公衆を憤慨させ、ときには国民国家を貶めることもある
※以上、シチズンシップは人間、動物、及ぶ自然の権利に対する数々の危険要素の影響について認識し、それを回避ないし最小化することと複雑に絡み合っている。
 
疑問点と論点
1、エコロジカルな権利と義務は、互いに独立のものとみなされてきた市民的、政治的、社会的な権利の内破を伴う(P299)
2、著者は国民社会とそれに伴う限定的な権利と義務に基づく、既存のシチズンシップの概念についての批判を行う同時に、国民国家の役割にも批判しているのか?       
 



2007-07-27 15:30 : 『社会を越える社会学』(07前期・院ゼミ) : コメント : 0 :
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