スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
-------- --:-- : スポンサー広告 :

『社会を越える社会学』第7章(後半)

第7章 シチズンシップ (後半)

グローバルな市民

<「グローバルな市民」の型>
①グローバルな資本家:グローバル企業(の経営者or株主)
②グローバルな改革者:大規模な国際機関
③グローバルな管理者:グローバルな企業や国際機関の内部で実務にあたる人々
④グローバルなネットワーカー:
⑤「地球市民(アース・シチズン)」:局所的なケアの倫理を通じて地球に対して責任をとろうとする人々
⑥グローバルなコスモポリタン:「他の」文化や民族、環境に対する開放性をもつイデオロギーや立場を発達させる人々
⑦環境保護に対するグローバルな反動

全世界の人びとが権利を手にすることができるかどうかは、これらのグローバルなハイブリット間の関係や、そのいずれかがある種のグローバルなヘゲモニーをどの程度握るかにかかっている。


<グローバル・シチズンシップの概念>
・グローバル・シチズンシップの危険要素(p305)
・グローバル・シチズンシップの権利(p306)
・グローバル・シチズンシップの義務(p307)

科学者の中にも、グローバル・シチズンシップの概念を展開し始めている者がいる。
・ノーベル賞受賞者ジョセフ・ロートブラット
「われわれは「国民」に対してよりも「人間性」に対して忠誠心を育まなくてはならない」
「今やわれわれは、地球上のどこであっても何が起きているのかを即座に知ることができ、必要な場所に援助の手を差しのべることができる……われわれは世界の市民にならなければならない。」
「国民国家は現在ゆきわたっている主権についての考え方を放棄するべきだ」
・ヴァーツラフ・ハヴェル
「より良き未来の希望は……人びとの国際的な連帯にあるのではないだろうか?伝統的な政治の大芝居の外にあり……人間の良心のような現象を、現実の政治勢力とするようにつとめる連帯に」
・オルブロウ
「グローバルであることは、下から築かれた良心に基づく義務を含む新しい「パフォーマティブなシチズンシップ」に導くのである。そして、このようなシチズンシップは国家体制によって押し付けられるものではないのだ」

このようなシチズンシップが現在どの程度有効であるかについては十分に検証された経験的情報はほとんどない。
調査:自分が世界、国、地域(あるいは都市)に属しているか。(Mlinar 1997)
・ほとんどの社会で、およそ半数の人が自らを「地方主義者」であると回答している。
・「コスモポリタン」と「ナショナリスト」の比率にはばらつきがあった。
*スカンジナビアと旧東欧では、1:3
*西欧では、1:1.5~2
*ベルギー、イタリア、ドイツでは、1:1

ローカルで近接的なものからグローバルなものへと関心が移るには、文化的資源の創造、循環、消費と、グローバルなレベルで「想像の共同体」が形成されるのに必要な氷河の時間という感覚、さらにはこの共同体を行動へと転化させるものがなくてはならない。
→グローバル・メディア


<グローバル・メディアの役割>
・メディアの役割は、認知的情報を伝えるということより、映像(イメージ)によってある種の文化を形成することにある=「百聞は一見に如かず」
→ローカルとグローバルの相互関係についての人々の意識を高め、問題行動を起こしがちな政府に対し攻撃的な行動を慎むよう圧力を加える。
・メディアは、公共圏を公共の舞台(パブリックステージ)へと転化させる。
→それまで公と私に分かれていた領域を脱分化する。
・グローバルな監視の権利を先導する。


グローバル・メディアの視覚的イメージは、書かれたり話されたりした文字や言葉が付随することで、その文脈が構成されている。
「私」「あなた」「われら」「かれら」「ここ」「今」などの「小さな言葉の複雑な直示(ダイクシス)」によって、話し手と特定の聴衆は想像力で結び付けられる。
Exクリントン「この、人類史上最も偉大な国」 この=アメリカ
  マンデラ「われらはひとつだ」 われら=南アフリカと世界の全ての人々
  ダイアナ妃の葬儀でコメンテーターが使っていた「私たち」=推定25億人の視聴者

グローバルなマスメディアの力を介した、何らかの「単一文明への統合」は、現代のシチズンシップ固有の性格にとってかかせないものであるといえる。

<「グローバルなイメージ」がもつ規模や影響>
イギリスでの調査:24時間にわたりテレビ・チャンネルのすべての視覚的イメージを記録。
通常の番組と広告から「グローバルなイメージ」を確認。(p320-321)
Ex地球、サッカー、特定の場所ではない環境一般(森林、砂漠、海)、野生動物、人類みな家族という映像、相対的に見て異国情緒のある場所や民族、自らの行為が絶え間なく写し出されるグローバルなプレーヤー(exマドンナ)、グローバルな責務を身をもって示すイコンとしての規範的人物(exマンデラ)、グローバルコミュニティを代表するような活動に携わっている人びと(ex赤十字)、地球や将来のために行われる企業活動、地球についてコメントできるイコン的な人物によって伝えられるグローバルな報道

調査から分かる現代のシチズンシップの特徴
1.現代のシチズンシップは現代のメディアにおいて地球を表象するさまざまなものと絡み合っている。
2.これらのグローバルなイメージは、地球の描写と地球のために話すこと両方を伴う。
3.これらのイメージは、シチズンシップをめぐる諸問題との結びつきを強める現代文化を構成している。グローバル・シチズンシップは、文化、文化的接近や文化的平等の様式と否応なく結びついている。
4.これらのグローバルな表象の多くは広告の中に使われている。
⇒従来、相対立していたはずのシチズンシップとコンシューマリズムが、公と私の間で重なり合っている=公と私の境界の消去

スティーブンソン
「人びとはますます、グローバル市場で商品を買う能力を通じて市民になりつつある。……近代西洋社会では、こうした商業製品から排除されることは、シチズンシップから排除されることを意味する。」

脱分化の結果、もっぱら強制的な課税と保険の基づいて国民国家によって与えられる公的シチズンシップから、多くの組織や国際機関、国民国家、企業、NGO、消費者団体、メディア、ボランティア団体などによって与えられる「消費者シチズンシップ」への移行が見られる。
「グローバルな」商品を買うことによって、自分がある団体の一員であるという「ネットワーク・メンバーシップ」もしくは消費者シチズンシップとでも呼ぶような感覚をえる。
<論点>
・本当に地球のどこで何が起こっているかを即座に知ることができるのか。もし出来たとしても、知ることができることと知っていることは違うのではないか。
・グローバルなシチズンシップの広がりや「単一文明への統合」は、一方的なものではないのか。現在グローバルな市民ではない人々の生活など様々な決定権を、グローバルな市民がうばっているのではないか。




2007-07-27 23:47 : 『社会を越える社会学』(07前期・院ゼミ) : コメント : 0 :
コメントの投稿
非公開コメント

« next  ホーム  prev »

contents

過去の記事

天気予報


-天気予報コム- -FC2-

ブログ検索

訪問者数

QRコード

QRコード
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。