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『都市空間の地理学』第2章

第2章「ヴァルター・ベンヤミン―遊歩者と都市の幻像―」

Ⅰ 群集の人

○『群集の人』( 1840年 エドガー・アラン・ポー著)の引用
人ごみを求めて歩く老人=遊歩者
「自己の社会のなかに安住できない人間なのだ」(ベンヤミン)
遊歩者(老人)は群集の密度によって歩行速度が変化
(高密度では速く、低密度では遅く人ごみから離れると人影をもとめて早足)

ベンヤミンにとっての問題点:どこをどう歩いたか
語り部と老人の歩いた場所はロンドンのCBDと隣接するインナーシティ
当時(1840年代)のロンドンは巨大都市
(産業革命以後大量の労働者が流入し、商品経済が街路の景観を変えて数十年たった街)
そのなかで外を観察する人、その観察対象としての群集、群集から分節される人物の登場

当時の人の状態:現前にあふれ出した群集への違和感がうまく対象化できないもどかしい状態
「この世で最悪の心とは……醜悪な書物であって<それは読むことを許されぬ>というのはおそらく神の大いなる憐れみのひとつなのかもしれない」(ポー)
→その分かり難さを人間の「外部」としてあきらめる
BUT「外部」に果敢に切り込んでいくものの登場→フロイト
思考の「外部」にあった無意識の研究(無意識が表出する夢、神経症の研究)

2 パサージュ・ド・ロペラ、あるいはジャングルとしてのパリ
フロイトの影響を受けてシュルレアリスムの登場
(シュルレアリスム:理性の統制を受けないオートマティックな思考を夢、催眠術などから検証、思考の開放などを主唱とした文学・芸術上の運動)

○ルイ・アラゴンの『パリの農夫』
パリのパサージュ・ド・ロペラ(オペラ座横丁)とビュット=ショーモン公園が舞台
当時のオペラ座横丁近辺は1925年開催の「パリ万国現代装飾美術工芸博覧会」のため道路拡張と土地収用を実施
(オスマン大通りの拡張をアラゴンは「巨大な侵食者」と表現)

○シュルレアリストにとっての「外部」(理性の外にあるもの)
「無意識」(知りがたい外部)と植民地的「外部」(触知的な外部)
アラゴンは都市の風景にこの「外部」まなざしの可能性を向ける
アラゴン以前にバルザックなどは都市の労働者を「未開人」とみなす
→外部性に対する別のスタンス

3パサージュ論への小路
○ベンヤミンの「パサージュ論」
「パリは19世紀の首都」( ベンヤミン)
パサージュの建築は1800年代に建てられたもの
( ベンヤミンやアラゴンの時代には朽ちかけたもの)

ベンヤミンの思想はユダヤ神秘主義、シュルレアリスム、史的唯物論が準拠点
シュルレアリスムと史的唯物論のブルジョア的市民生活の精神的また物質的な在り方を揺さぶり混乱させようとする試みに共感。
BUT史的唯物論の理性や進歩への親和性、シュルレアリスムの観念論へのこだわりには批判的

ベンヤミンの試みは商品フェティズムの脱構築
商品フェティズムとファンタスマゴリーは虚構を現実のように見せかける仕組みにおいて通底
商品における新奇さは反復されたものに過ぎないこと、互いを互いに照らす閃光が新奇さを演出するだけのものだという警告

ベンヤミンの関心:時代遅れのもの( 建造環境、そこに存在するはずの群集)
「群集はヴェールであり、見慣れた都市は幻像と化して、このヴェール越しに遊歩者を招き寄せるのである。幻像のなかで、都市はあるときは風景となり、またあるときは部屋となる」

論点:群集と近代のつながりについて(近代以前には群集はいなかったのか)
   商品フェティズムと史的唯物論
   労働者の引用(街路が部屋としているのは特殊なのではないか)
   


2007-11-02 16:36 : 『都市空間の地理学』(07後期・院ゼミ) : コメント : 0 :
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