スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
-------- --:-- : スポンサー広告 :

『都市空間の地理学』第11章

第11章 日本における景観論・風景論―学際的な議論の構図―

1. 景観論・風景論に学ぶこと

景観について納得いく説明をする講義や図書の少なさ
↓理由
地理学の大地に対する学問的スタンス
・ 誰もが観察できる景観(景観が絶対的な客観性を持つ)として、地理学に近代科学としての客観性を保証しようとするスタンス
・ 発祥:1世紀前ドイツ⇒ドイツ景観論は斬新な発想・研究法をもたらし、日・米で地理学を活気付けた
↓ 100年の間に、思い込みだと疑われる(科学知識の蓄積とともに)
・ 結果: ①主観に左右されない客体としての景観が存在しないことが確実になる
②景観・風景という現象は、空間(人間の作る意味に満たされている)や、環境(人間の行動・行き方と共にある)について理解する上で、論点を提供するものだと明らかになる

一般的なニュアンスの違い
・ 景観論・風景論:研究者の議論の総体
・ 景観・風景:研究者が捉えようとする現象の総体
景観:客観的な土地の形状を問う場合に用いる
風景:主観的な土地の意味を問う場合に用いる

地理思想として景観論を学ぶことの難しさ
理由:①観察の対象・主体・場との関係が浸透し合っているため、明確に抽出できない。②議論のベクトルがいろんな方向に向いているため明確な構図をイメージしにくい。

<以下の第2節~5節の目的>
日本語で発表された景観論・風景論の総体を見通し、論点を整理


2. 景観の3要素「物質―見ること―イメージ」
節の目的:多くの研究者が景観の定義に取り組んできた。彼らの論点を明確にする事

景観(筆者)
人間の関与なくして存在し得ない。人間が土地と関わりを持つときに生じるもの。

ドナルド・W・マイニフ
① 環境(生きるものが生まれながらに手にする所有物。私たちを生物として扶養。)例:バスの車内
② 景観(視覚によって見定められ、知性によって解釈される。私たちを文化として展示。距離と「外部から「見ること」が必要。例:バスの中から見る窓の外の空間

イメージ
景観を見る際、イメージが働きかけている。過去や経験のイメージがあるからこそ、新たなイメージの蓄積(思考回路の構築)がなされる。この新たなイメージの構築により外部からの視点は安定し、見出される景観はよりくっきりとした意味になる。

景観の3要素
①(外界に)物質、②(内面に)イメージ、③(1と2を連結する)「見ること」

図11-1の三角形の傾向p168
「見ること」を重心においた研究はほとんどない。景観・風景の議論の導入や足場、「見ること」からイメージへと橋渡しする議論多い

景観論・風景論の魅力
人間の内面にある見えない抽象的な論点から、具体的な論点へと展開するところ(筆者)

「見ること」についての研究
• 松田政夫(見ることから社会の権力構造を暴こうとする)
• 松畑強と松岡新一郎(風景において「見ること」を否定 
⇒筆者:批判。「見ること」は景観論・風景論の土台。

3. 関係性としての景観・風景
「ものの見方(ways of seeing)」
・ 対象が一つでも見る生物によって異なった風に知覚される(ゲオルク・クリサート)
・ 他の手段では伝えきれないほど多くの知識やデリケートな情動をうまい具合に他者に伝達できるようにしている。

風景の中に観察する価値のある「図」をつくる
もろもろの物質の布置から、一つのまとまりある有意義な知覚像(ゲシュタルト)の形成を試みる。
⇒視線を向け見ることは選択行為であり、選択することにより、見るものがわれわれの範囲内におかれる。(バーシャー)

ものの見方=「意味の構造」
景観・風景を「見ること」とは、その知覚像の中で同時に存在する様々な物質や出来事について、知覚像全体の中で相互の関係性を読み取り、意味づけ、評価すること。そして私たちはこの評価を行動の指針としている。「風景論とは・・・関係という縁を重視する空間論」(中村)

4. 近代日本の風景にたどるものの見方の変遷史

<典型例>~車窓景観を楽しむこと~
景観・風景を論じるには、見るものが景観・風景を織り成す世界から距離をとり外部に出なければならない。(①窓によって身体的に隔てられる、②社会的な隔たり(その土地に縁のない都市の人が来て、その風景を鑑賞))
・ 農村の人々:豊かな実りの風景にいながらそれを語る言葉を持っていない
・ 「風景鑑賞家」(都市から来た人々):文学から身につけたもの見方で農村風景を鑑賞する。農村の人々に対し、より、風景鑑賞に必要な外部性を持つと考えられる。

日本において風景論が盛んになった時代
① 日清戦争の前後(志賀重昂(1894)『日本風計論』)
② 日中戦争期(上原敬二(1943)『日本風景美論』、脇水鉄五郎(1939)『日本風景誌』)
③ ベトナム戦争期(松田政男(1971)『風景の死滅』)
* 日本の軽工業化、重工業化、アメリカ化の終わる時期と対応
⇒時代に変貌を遂げた風景に対する内省がなされた
* 著名な日本人論が発表された時期に重なる ⇒戦争を背景に不安をあおられた時代
<見る者のアイデンティティーと大地との関係が風景の中で読み取られる事例>
柄谷行人(1898)『忘れえぬ人々』
日本における風景の発見と近代自我の成立を論じる。「周囲に無関心であるような内向的な人物(近代自我の確立者)において初めて風景が見出された」。

風景は私たちの深層意識に深く関わるもの
• 原風景(故郷の風景):その人の風景に対する評価基準になる(勝原文夫)
• <例>東京育ちの奥野健男の紹介:故郷を持つ地方出身の作家達への羨望と嫉妬


5. 景観・風景から飛び立つイマジネーション

イメージの果たす役割
人間は過去や経験から多種多様なイメージを持っている。よって、イメージの役割は空間認知の領域に限られたものではなく、多様な場面で行動の指針となっている。(例:体を痛めている人への気遣い=身体のイメージを持っているから)⇒人間:「イメージ・タンク」

イメージ:記憶とは違い、流動的なもの(蓄積、変形、運動、結合、分解)

想像力(イマジネーション):イメージの世界へ介入し、メージを自由に操作する能力
① 形式的想像力(新しい物事を前にして自由なイメージの操作を楽しむ)
② 物質的想像力(人間の本質を読み取る)(ガストン・バシュラール)
物質的想像力を扱った景観論・風景論の紹介(樋口忠彦、野本寛一、水津一郎)

「つくり直された、あるいは再生産された視覚」(バージャー):刻々と変貌するイメージを特定の時点で固定し、記号(言語や画像)を使い、紙などに物質化して取り出すこと
→イメージの交換が可能に
→イメージは、その当時に固有のものの見方を具体化

今日的な問題として・・・
メディアに氾濫する風景
イメージを風景として生産できる立場にある人々がそれを使って私たちのイメージを都合よく操作する危険がある

景観・風景という現象に立ち返って深く考えること → 時代に即さなくなった地理的知識の認識的な布置を破棄して、その時代・世界にふさわしいイメージを直接獲得することができる契機になる


<論点・疑問点>
• 原風景を持つその人のイメージが経験や時代によって変化していく中でも、原風景は確固たる評価基準なのか?経験や知識によって、ものの見方(故郷の風景の捉え方)は変わるのではないだろうか?
• <第4節>なぜ、日本人論の発表または戦争によって不安にあおられることで、風景論が盛んになることにつながるのか?(p174)
• (感想)<第2節>、景観・風景を見ることで、イメージの構築が起こるということが述べられていたところを読み、改めて風景や景色という空間からも意識の変容が起こるものなのだ、と知ることができた。

2007-12-21 15:54 : 『都市空間の地理学』(07後期・院ゼミ) : コメント : 0 :
コメントの投稿
非公開コメント

« next  ホーム  prev »

contents

過去の記事

天気予報


-天気予報コム- -FC2-

ブログ検索

訪問者数

QRコード

QRコード
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。