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博士論文・2008年3月26日提出(相澤)

博士論文 要旨

場所と記憶の地理学
―災害空間の変容と場所の再構築―


神戸大学大学院文化学研究科(博士課程)
相澤亮太郎

 本論文における主要な課題は、場所と記憶の概念に着目しながら、災害と対峙する人々の空間的実践と災害の場所の再構築を捉えることにある。場所や記憶は、極めて多様かつ複合的な性格を持つ概念である。しかし、日常と非日常が入り交じる災害の現場に連なる問題を理解するためには、場所や記憶といった多義的かつ複合的な概念が極めて有効である。災害後に大きく変容する場所や、災害に備えるために再構築される場所においては、ローカルなスケールにおける場所や記憶をめぐる実践は重要な意味を持つ。地理学における場所の概念は、本質主義的概念から複数の定義を持つ概念へと生まれ変わったが、今もなお、場所をめぐる議論は衰えることはなく、ローカルな空間スケールにおける人びとのせめぎあいや、生活実感を伴う日常生活空間の変容を理解するための重要な枠組みとして理解されている。
 筆者の構想する「場所と記憶の地理学」は、場所と記憶の概念を通じ、災害後の復興過程と災害前の防災過程にそれぞれ注目しながら、ローカルな生活空間や伝統文化、空間認識や場所の再構築を捉えるための枠組みである。

 第1章では、社会と空間、そして記憶を議論する土台として、場所と記憶の地理学の枠組みを提起する。まず地理学における場所の議論の経過と論点を確認し、場所がいかなる概念として捉えられるものであるのかを示す。さらに、人文-社会科学の諸分野における記憶の議論を俯瞰し、地理学において記憶を論じる意義を明らかにする。地理学において記憶の概念はこれまで、注目されてこなかった地域の歴史や文化などに注目する際に便宜的に利用されたり、景観に刻み込まれた過去の表象として読みとられる対象として扱われてきた。しかし、ドゥルーズがベルクソンに言及しながら「過去から現在へ、記憶内容から知覚へと行く」と述べるように、場所の知覚は記憶によって成立している。もちろん、アルヴァックスが集合的記憶論を通じて示したように、空間や時間の枠や社会によって「保持」されている側面があり、ベルクソンのように純粋な個人的作用として記憶を論じることは困難である。記憶が社会的空間的に提供される中で、われわれは場所を知覚し、場所を構築する空間的実践を展開する。だが、それだけでは現代における「場所の記憶」の特性を捉えることはできない。ギデンズが示したモダニティの特性の一つである再帰的モニタリングと呼ばれる、実践に対する反省的行為において、「場所の記憶」は格好のモニタリング対象となる。場所のアイデンティティ、まちづくりや地域政治等の空間的実践、災害復興や景観形成と解釈といった文脈においてモダニティの作用を切り離すことができない以上、空間的実践や「場所の記憶」は再帰的モニタリングの作用によって深いつながりを持つと言える。「場所の記憶」は、反省的行為によって選択的に生成され、再構築される。「記憶の場所」もまた、そのような再帰的モニタリングと空間的実践の作用によって構築されるのである。

 第2章では、人が場所に対して感じる情緒的つながりとしての場所への愛着とは、どのように形成され、どのような特徴を持つものであるのかを明らかにする。そこで、神戸に暮らす人々に対して、2000年11-12月に、場所への愛着を主題としたライフヒストリーインタビューを行った。また神戸出身の歴史作家である陳舜臣のエッセイ『神戸ものがたり』から、神戸に対する場所への愛着を抽出し、分析を行った。本章では、トゥアンのトポフィリア概念と人文主義地理学に依拠しながら、震災による場所の破壊だけでなく、移動経験や職業体験などを含めた生活史全体から捉えられた場所への感情を捉えることができた。しかし、個人史から立ち現れた「神戸」という場所の記憶や感情は、それぞれにまったく異なり、「神戸」という場所の特性や成り立ちを論じることは困難である。場所の破壊や消失の影響、場所の内側か外側かというように、場所と人の関わり方の「型」を一面的に捉えることはできても、個人化された場所経験の記述を重ねることから何が得られるのか、という点において困難を抱えることになる。

 第3章では、阪神・淡路大震災によって甚大な被害を受けた神戸市長田区における地蔵祭祀に注目し、場所の装置としての地蔵がどのように設置され、維持されるのかについて明らかにした。2003年から2005年にかけてフィールドワークを行い、地蔵祭祀が維持・再生される過程を、場所と地域住民、そして場所の記憶がそれぞれ再帰的に構築し合う関係として描き出した。地蔵祭祀の経験は地域住民に広く記憶され、その記憶は、震災による祭祀や社会関係の断絶を乗り越え、新たな場所を構築する実践の動機や知識としての役割を果たした。地蔵は、場所の装置としての役割を果たし、記憶を生み出し、震災後の新たな社会関係を築く拠点として機能した。地蔵のある場所は「記憶の場所」であり、社会的な相互作用が展開する舞台であると同時に、住民によって震災前に獲得され保持されてきた「場所の記憶」によって、震災後に地蔵を取り巻く場所が再構築されたのである。

 第4章では、震災の記憶と記録の問題に着目し、記憶としても記録としても注目されることが少なかった、震災直後に非公認避難所として形成されたテント村を取り上げた。膨大な数の震災関連資料に比べれば、テント村についてはわずかな数の資料しか残されていない。テント村関連の資料からは、震災後の避難者数の把握が長期間困難であったことや、避難所に収まりきらない数の被災者が発生していたこと、住み慣れた場所から離れられない被災者がテント村を形成したこと等が明らかとなった。ところが阪神・淡路大震災の経験を活かしたとされる東京都の震災復興のためのマニュアルでは、テント村が発生するほどの被害は想定されておらず、過去の災害の記憶と記録が、必ずしも新たな災害を防ぐための「教訓」となるわけではないことを示した。

 第5章では、岐阜県大垣市の住民による水害をテーマとした手描き地図、並行して郷土学習の教材として用いられる社会科副読本、行政が作成した洪水ハザードマップにそれぞれ注目しながら、水害常習地域に暮らす住民の空間認識を明らかにする研究を示した。荒崎地区の住民が示した手描き地図からは、地区内の微妙な標高差や堤防の有無、旧集落か宅地開発された地域なのかによって、災害の空間認識が大きく異なっていることが明らかになった。輪中堤防の内側に暮らす住民は堤防を守る必要があるために、堤防を築いた先人を顕彰することで堤防の大切さを若い世代に伝え、水防活動につなげようと考えていた。一方で堤防を持たない地域の住民は、県を相手に訴訟を起こすことを通じて水害対策を求めた。同地区には洪水ハザードマップが配布されているものの、住民らは行政が提供する防災情報ではなく、自らの経験知に基づく防災対策や避難行動をとっていることが明らかとなった。また社会科副読本に示された「災害の記憶」にも注目した結果、輪中についての知識や水害の歴史についての記述は希薄化し、市を代表する人物を顕彰する記述に収斂しつつあった。全市的には水害の頻度は減少しており、地域対立を含む輪中の知識や過去の災害についての知は希薄化し、代わりに「人対自然」という構図に基づいたハザードマップによる災害知が提供されている。

 第6章では、郷土学習を通じて再生産される災害の記憶は、どのような地域的差異を有し、またどのように変化しているのかを明らかにするために、木曽三川流域の各自治体が郷土学習のための資料として作成した社会科副読本に着目し、記述された内容を分析した。副読本に現れる災害関連記述からは、各地域における災害と対峙する姿勢の違いを見いだすことができる。かつては郷土を学ぶ子供たちが「水害と闘う住民」として想定された上で副読本が構成されていたが、近年では「水害から守られる市民」としての位置づけに変化しつつあることが明らかとなった。また副読本における災害関連記述は、市町村合併や学習指導要領の改正等によって容易に変化し、削除されてしまう。ローカルな空間スケールにおいて具体的なイメージを有していた「災害の記憶」が、市町村合併による「郷土の広域化」によって失われてしまうということは、「災害の記憶」が有す空間的なスケールと記憶の継承が深く関わっていることを示している。つまり、災害の記憶の希薄化や消滅は、出来事から時間が経ったことによる「風化」の作用のみから説明されるのではなく、記憶が有する空間的スケールや記憶をめぐる社会的過程の影響を強く受けるのである。

 最後に第7章において、第2章から第6章を通じて示した経験的研究の成果をふまえまがら、災害空間の変容と場所の再構築について論じた。ジョン・アーリは「社会的に編成された記憶が、場所を語ることのできる権威の泉として引き合いに出される」と言う。それは、観光地や自然遺産などの消費の対象とされる場所をめぐるポリティクスが顕在化した際に、社会的に構築された記憶が場所を変容させる実践上の「判断基準」として利用されるためである。また「場所の記憶」は、自然を消費しようとする人間の行為を理解する上で、重要な鍵となる。なぜなら記憶は、現在的な空間や時間だけを特権化せず、景観も感情も時間も経験も含み込み、われわれの知覚や空間的実践を突き動かし、アイデンティティを左右し、同時に、判断基準として参照される「知」としての役割を果たすからである。つまり、災害をめぐる場所と記憶の関係に注目した「場所と記憶の地理学」は、われわれは災害という自然の営みとどのように対峙してきたのか、これからどのように自然と対峙し、どのような場所を再構築しようとしているのか、という問題を理解するための重要な枠組みとなるのである。

2009-01-29 00:00 : 大学院ゼミ情報 : コメント : 0 :
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