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近江八幡を「第10章 文化を編みなおす」から読み直す

ゼミでフィールドワークを行った近江八幡を、テキスト(都市のリアル)の「第10章 文化を編みなおす」から読み直す。
前回の第10章の議論を下敷きに、近江八幡の文化遺産の有り様について以下の2点について議論を行いました。

論点1
文化的景観に溢れた地域において、保存の欲望はどういた意味を持つのか。

論点2
「外」から来た人間にとって「内」の人間の保存の欲望によって守られた景観はどういった意味を持つのか。

※ 論点1の文化的景観に溢れた地域とは近江八幡のことを指し、論点2の「外」から来た人間は観光客、「内」の人間は地元民を指す。

<第1班>

論点1
P1030297.jpg
クリックすると別画面で拡大します(以下同じ)

都市のリアルから引用すれば、それは住民連帯や町づくり、アイデンティティの形成や再生産としてとらえられる。また、そこには保存するというリスク、特に金銭・資金面でのリスクが働くと考えられ、観光化が容易か否かというバイアスのもとでの取捨選択が起こるのではないかと考えられる。残しやすいものから順に残されていくと考えられる一方で、個人が残したいと思うものを個人が集団に働きかけ、合意形成がなされればそれもまた観光化の中に取り込まれうる。このプロセスは先述した住民連帯の形成や町づくりに該当する。

論点2
P1030300.jpg

他者を観光者としてとらえた場合、そこにある景観は、観光の中で消費される記号の一つと言える。それは興味関心の対象であり、観光という選択の中でのメニューの一つであり、その場所を表すアイコンであると言える。その作用は場所のイメージの固定化、そして再生産である。
一方他者をIターン者としてとらえる視点も存在するが、その場合土地の文脈を知る手だて以上になることは難しいのではないかという結論になった。

<第2班>
論点1
P1030298-2.jpg

保存の欲望がはたらくものは代替不可能なものであり、それに価値を見いだした「内」の人によりその他の「内」の人に価値が共有される。しかし、これはあくまでも保存の欲望がおこる表向きの理由であって、たとえ気付かなくても保存したいと思うものには、自己との関係、また資本との関係という裏向きの理由があると考え、このふたつが揃ってはじめて、人は保存の欲求を起こすのではないかというところに帰着した。したがって保存の欲望の意味は、誰かとそのものを共有するというところにあるのではないかと考える。

論点2
P1030301.jpg

近江八幡に行ったときに「いいなあ…」と思った場所をあげたが、場所ごとに満足した点と不満があった点の両方があることに気付いた。「外」の人間である観光客はその場所のありのままの姿をのぞみ、下手に作りすぎたものには惹かれない。その一方で、「内」の人間はきっちりと整ったものを見せたがる。ここの隔たりがどんどん開いてきているのではないか。「内」の人間が維持の欲望くらいを持つ方が、「外」の人間はその土地をたのしめるのかもしれない。したがって「外」の人間にとって保存の欲望は「内」の人間との隔たりを広げるものであると考える。

<第3班>
論点1
P1030299.jpg

近江八幡で鑑賞した文化遺産には、様々な人の保存の欲望から保存され、今に至るものが多くあった。現在、すべての文化遺産が保存当初の思いを持っ て保存にあたっているとは思えない。そこには必ず「観光」という目線が存在している。確かに当初の思いを大切にしながら保存にあたっている人もいるだろうが、観光資源という意味合いを捨てきってはいないはずだ。

論点2
P1030302.jpg

「内」の人間がもつ観光資源としての文化財保存を「外」から来た人間はどのように感じるのであろうか。今回の近江八幡で感じた、八幡堀めぐりでの 無機質なアナウンス。ここにはどうしても「金儲けの意図」というものを感じずにいられなかった。そこには一種の「いやらしさ」が存在し、あまり印 象のいいものでは無かった。対照的に郵便局の保存に従事しているおばさんの語りはとても印象が良かった。保存に前向きな態度がそうさせたのであろ う。結論、保存に対する意志が見える、見えないが外から来た人間にとっての意味を変えると思う。

<総合司会コメント>
地元住民は、当初はアイデンティティーの共有やまちづくりの側面から文化を保存したいという欲望が起こる。しかし、保存するメリットやリスクなどを考えて、保存されるものは次第に淘汰されていき、保存されるものも現段階では観光地化して残す以外になかなか有用な方法はない。
観光客はありのままの姿を求めて、観光地を訪れる。その際に観光地や名所などの見た目や人の温かさ、サービスの良さなどが観光客にとって訪れてよかったかどうかを大きく左右する。
変に作ったような観光地にしたり、お金儲けの色が出てしまっているような観光地は観光客にとってはあまり受けがよくない。
地元住民の保存に対する取り組みも、誤った方向に進めば努力が水の泡となってしまうということも十分に考えられる。
2014-05-26 16:53 : 『都市のリアル』(14年度学部ゼミ) : コメント : 0 :
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