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第1章 計画と開発のすきまから

第1章 計画と開発のすきまから~人間不在の足跡を読む~

KEY WORDS:開発・土地・住宅・東日本大震災


1.戦後日本の都市化

(A)戦災復興から四大都市圏の成立

・20世 紀の日本の「都市」の広がりは、面的な地理的範囲にとどまらず、人々の生活も、それまでの共同体中心から個を重視した都市的な様式に変化 した。

・ 日本の都市の戦後復興の起点は住宅の確保。

⇒人口集中が著しい大都市圏を中心に日本住宅公団(現 UR都市機構)が 主体となって都市近郊の宅地開発及びニュータウンを建設。

⇒四大工業地帯(京 浜・中京・阪神・北九州)の 発展に伴って全国から集められた労働者の居住地を造成する形で現在の大都市圏は成立した。

(B)都市を支える地方・農村

・ 都市の発展にはそれを可能にする条件が必要である。

⇒道路・港湾整備に加えて特に重要なのは、都市の電力消費を賄えるだけの発電所の建設である。地方では、佐久間ダムや黒部ダムといった大 規模ダムが国家プロジェクトとして建設され、建設に伴う村の水没を巡って村民の対立も見られた。

⇒農業の生産性の向上(化 学肥料・集約化・機械化)に よって生じた余剰労働力がそのまま都市で工業に従事する労働者となった。


(C)都市の拡大と不均等発展

 ・ 都市化・産業化はさまざまな社会問題も生み出した。

⇒都市では・・・開発による自然破壊

          無秩序な開発が住工混住を生み、公害問題を 引き起こした

          都市施設の不足

  農村では・・・農業の担い手不足や高齢化による衰退

          人口減少による共同体の維持、存続の危機

 ・地域間の均衡と秩序ある発展を目指した「全国総合開発計画」 が策定されるが、実際は工業化を基盤とした経済成長政策である。

⇒国家主導で地方に工業の新拠点を作り、地方にも開発利益を 生み出す「土木国家」の思想

 ・大都市郊外では住宅の大量供給により、同質的な新規来住者で 構成された街に。

⇒近隣関係の希薄化が問題になり、政府主導で「コミュニティ 政策」が始まった。

2.土地・住宅の商品化による都市問題の発生

(A)大都市の発展と住宅政策

・ 大都市の人口が増え続けたことが、土地や住宅の価格上昇を継続させたため、都市では集合住宅(団 地・マンション)が 多数を占めていた。

⇒ これらは改増築が困難なために、家族構成の変化に伴って住居を変える(住 み替えモデル)必 要性があった。これは移動を前提とするため、地域への関心が相対的に希薄化した。

・ 大都市の地価は概ね右肩上がりに上昇していたので、安定的な投資対象とされてきた。

⇒地価上昇を見込んだ不動産取引が活発になり、バブル経済期の地価暴騰につながっていった。

(B)インナーシティ再 開発と規制緩和

・ バブル経済による地価暴騰が都心部の再開発ラッシュを引き起こした。

⇒大規模開発に向けた土地を買い集める目的で「地上げ」が横行し社会問題に。

⇒都心部のオフィスビル化が進行し、富裕層の居住区へと姿を変えた。

⇒地付き層の解体によって地域コミュニティの存続が困難に。

・ 土地利用規制の無策や開発に向けての規制緩和(容 積率など)と いった経済優先の考えが、生活や住居を圧迫していった。

(C)都市に住み続ける ことの困難性

・ バブルの崩壊が都心の再開発事業を凍結させ、空き地が点在する結果となった。

・ 「住み替えモデル」が崩壊し、多様化。

⇒郊外ニュータウンでは集合住宅の老朽化と都心回帰傾向が相まって、一気に高齢化と過疎化が浮き彫りになった。


3.高齢社会・縮小社会の到来

(A)高齢社会と都市住宅

・ 集合住宅では核家族の居住スペースに限定されているものが大多数なので、老親介護が必要になってもそれを受け入れられるスペースがなかっ た。

⇒仮にスペースがあったとしても、再び老親と子世帯とが一緒に暮らすことは容易ではない。

⇒結果的に都市に介護施設の需要急激に伸びることとなった。

(B)高齢社会・縮小社会・地域の持続性

 ・高齢化と都市の近隣関係の希薄とが相まって、孤独化するケー スが目立った。

⇒ 孤独化は孤独死を招くだけでなく、それまでの必要な生活支援が受けられないおそれ も。

・ 近年ではボランティアやNPO組織が高齢者を地域で見守るための仕組みづくりを進めている。

・ 人口縮小の時代に必要なのは新しい地域マネジメントモデル。

⇒千葉県佐倉市のユーカリが丘ニュータウン

(C)東日本大震災後の社会のリ・デザイン

・東日本大震災を機に家族・地域の結びつきの重要性が再確認されるようになった。

・地方が補助金と引き換えに「原発リスク」を負っていることの問題化。

・仮説住宅の仕様や立地が、生活するうえで問題に。

・震災が利益優先の考え方とは違う発想を見直すきっかけになっている。

【論点】

<論点1> 地域のコミュニティを持続させるために必要なファクターを挙 げてみる。

<論点2> 以上の議論をふまえて、ユーカリが丘ニュータウンのような地域開発モデルを考えてみる。


<第1班>
論点1:地域のコミュニティを維持させるために必要なファクターを挙げてみる

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①まずは、身の回りの地域コミュニティに関係する事柄を挙げられるだけ挙げた。次にそのコミュニティが何処に存在しているかを居住地からの距離(居住地・学校区・街単位)でグループ分けした。さらにどの年齢層がメインのコミュニティかを子供・勤労者世代・お年寄りの3つのグループに分類した。
②その結果、意外と活動がうまくいっているコミュニティが存在することが分かった。その一方でうまく機能していないコミュニティは認知されていないために議論にあがってこないのではないかという意見も出た。
③結論としては、「今後増えていくお年寄りが参加しやすく楽しいコミュニティの維持・創出と現役世代を新たに取り込んでいけるようなコミュニティの創出を同時並行的に行う必要性がある」というものになった。またそうしたコミュニティのなかで、学校の授業においてお年寄りを講師として招いて生徒との交流を図るなどの世代間交流が行われる必要もあるのではないだろうか。

論点2:以上の議論をふまえて、ユーカリが丘ニュータウンのような地域開発モデルを考えてみる。

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①まず立地を郊外の既に完成したニュータウンと設定し、お年寄りが住み良い街を創りつつ、今後ニュータウンにおける高齢化率の上昇をどのようにすれば抑止できるかを議論した。
②つぎに現状のニュータウンにはどのような設備があるかを挙げた。その上で今後どのような施設が必要かを議論した。
③その結果、現状のニュータウンにはほとんどなんでも揃っており問題の解決に「ハコモノ」の建設はあまり効果を発揮しないのではないかという意見で一致した。そのため、ハード面ではなく、制度面の整備などのソフト面の改革が必要なのではということになった。
④高齢化率の上昇を押さえるためには若者のニュータウンへの流入は必要不可欠である。若者が住みたい街を創るにはどのような制度が有用かを考えた。すると、居住政策や育児政策、教育政策で流入してくる若者を優遇すればよいのではということになった。その結果、ニュータウンには建設当初より遥かに値段が下落した不動産物件が数多く存在する。そうした物件を建て替えではなくリノベーションして、若者に安く提供する居住政策や、中学生になるまで医療費を無料にするなどの育児政策、英語教育など特色のあるカリキュラムを導入する教育政策が有用ではないかという意見が出された。
⑤お年寄りが住み良い街にするには、既に存在する公民館などでのコミュニティの維持・発展やリノベーションによる老人ホームの増築、バリアフリーの街作りの徹底などが挙げられた。


<第2班>
・テーマ 「ユーカリが丘の都市計画や、一回目話し合いの内容を基にして都市計画を地図として表わす」
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・内容
まず、都市において必要な機能を挙げた。たとえば駅や学校、公園や福祉施設などである。
それを大よそ王道的な配置に置く。住宅地を駅から少々遠く配置し、商業機能を駅の近くに置く。
また、福祉施設に通う高齢者の方あるいは通学・通勤の方の為の交通機関(バス)を配置するなどである。

全く問題は無く、筋の通った都市計画であったが、何が気に入らなかったのかHDは「面白くない」を連発。
皆が配置をある程度済ませた地図を自分で置き直す行動に出る。
当人曰く、「職住一致が地縁復活の最大の原動力」だそうで、とりあえず全ての施設を中心に寄せる。

HDが言うのには「田園都市計画に似た計画を考えることで地縁が自然とできやすい街づくり」。
「下町」や「昔の商店街」をイメージし、住んでいる場所の隣が仕事場、あるいは学校のような街づくりを考える。
「雑多な街並みを人工的に作り上げる都市計画」と言うべきか。

また、「産業のスピンオフ現象」(シリコンバレーのような)をアナロジーとして用いて、雑多な町を作り上げることで濃密な人間空間の中から新たな商売が産まれやすくなり、そこが働く場所や観光の対象になるのではという話もしていた。

そこに以下のような反論が寄せられる。
①「寄せ集めるだけでそんなにうまく行くのか」
―物理的/距離的/建造環境的状況に縛りを加えるのみで「地縁」が復活するようには思えないという反論。
 実際、「職住近接」という一条件のみで地縁が成立していたわけではない事や、前近代の人々/社会と近代の人々/社会の相違点(あればだが)などを考えて、できるならば4~7条件程度を基に作り上げられれば意義はあったかもしれない。
 ただ、どれだけ理論を構築しても、上手く進まないことがある。共産主義国家の実例を考えれば容易に理解ができる。
②「細かい配置等はどうするのか」
―地縁を作り上げる上で、どのような地区とどのような地区を近接させるのか、あるいは道路はどの程度の幅にするのか?
 装飾はどのような方向にするのか?密集している住宅に敢て住みたいと考える人間はいるか?
 などといった住宅・建造・土木に関するところにまで考えた理論ではなかった
③「実際に企業など労働環境を与える組織がその町に労働する場所を置くのだろうか」
④「中心地から離れたところの都市計画に対してはどのような規制/優遇をするのか」
―「計画通り物事は進まない」という指摘である。「凝縮した町」を最初から作ろうとしても拡散しがち、あるいは人や組織が思ったようには入り込まないという話である
 その結果として、行き過ぎた挑戦(もはや「社会実験」と化した)は、より密に考えた上で実行されなくてはいけないという戒めだとも捉える事が出来る。
⑤跡継ぎ問題が出てくるのでは?
―東大阪の工場地区における跡継ぎ問題と重ねあわせ、「下町での跡継ぎの問題」が発生するのではという指摘。
 その町で働き続ける人間が何代も出続ける保証はない事を考えると、「流動的な人口移動」を前提とし街づくりを行わなくてはならないという指摘につながる。

・総括
持続的に達成されなければいけない目標を掲げて都市計画を作るのは難しいという話。
「地縁が続く」という目標は色々な点で難しい。
やはり「流動的な移動」や「企業における労働と地域での労働」といった点に問題を求めたが、その点の解消が難しいばかりでなく、見えていない点もまた障害として存在するのだろうと感じた。
かつ、「行政側の意向をどれだけ市民に理解してもらえるか」と言う点も重要だと感じた。
地縁を求める人間が存在するのと同時に、NIMBY思考の人間も存在する。
市民の要望に迎合するのが必ずいいというわけではないが、行政の意図を優先して計画を立てて失敗するのは「ハコモノ行政」の失敗の構造と全く変わらない。
「ハードからソフトへ」という合言葉の真意を理解しないまま、同一の失敗をソフト面でしてしまう将来を想像した。

・反省点
☆議論全体の反省点
「大学における議論」の意義、及びあるべき姿とはなんなのだろうかと思った。
「自由な言論」や「(社会的に尊重されるのが難しい)個性の尊重」などの標語はあるが、それに対し恣意的な解釈を行うことの是非は一体「言いたいことを言っていい空間」と捉えるのはいいのだろうか。
「協調・協働の精神を達成する」事を議論の際に第一義に捉える必要がどれほどあるのだろうか。
各人の主張をいかに汲み取っていくべきなのだろうか。などなど。
「企業社会」の前段階として大学を捉えるのか、「自由な思想・研究及び教養涵養の場」として捉えるのかなど、大学の在り方は色々あるだろうが、どのような建学の精神があろうとも「議論」が大学の存在意義の中でも中心的な存在にあることは間違いがない。

☆計画の反省点
1.計画に粗が多かった
―上述の通り
2.「ゆるやかな変化」「段階的な移行」を意識するべきだった
―「理念」の重要性は言うまでもないが、同時にその理念が理解されるように設定されるとなおよい。
 そう考えると、現代の都市からあまりにもかけ離れた都市計画は推奨されるべきかどうかは難しい所である。
3.阪神大震災の反省点
―「密集住宅の火災」が阪神大震災における被害を拡大させたという事例を考えると、建材や防火・防災の事をより考えなければ、密集都市の都市計画が承認されることは難しい。
4.単なる凝縮・密集だけでは無意味
―スラム地区やあるいは集合住宅地域とあまり差異のない都市になってしまうのではないか?という反省
 
☆その他
ネットに書いてあった居場所についての意見
「地域に居場所がないと感じるのはなぜか。地域で人が孤立するのはなぜか、と聞かれて言葉に詰まる。僕は割とハードの問題だと思う。プライベートのための家か、消費するための店しかないことが原因ではないかと。」
なるほど、その指摘は言う通りだ、と思いました。

<第3班>
論点1:地域のコミュニティを維持させるために必要なファクターを挙げてみる

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<流れ>
私たちのグループの地域設定は田舎を想定して進められていきました。
まず、それぞれがコミュ二ティ維持のために必要なファクターを自由に挙げていきました。そして、それらを共有した上でそれは誰のために作用するものであるかを考え、分類を行っていきました。分類を行った後は、各グループのファクターとの共通点について探っていき、まとめました。

<内容について>
出たファクターを全員で共有し、分類した時には、それぞれのファクターは主に子ども・大人・お年寄り(高齢者)、さらにそれら全体に関わる地域住民同士をつなげる土台としてのファクターの4つに分けることが出来ました。また、それぞれのグループの上部にある「防犯・安全」「開かれた雰囲気」といった意見は各グループ全体にも関連するファクターとしてグループ全体にかかっています。ここでは、対人だけではなく、その地域の地理的条件としての意見も挙がりました。
特に私たちの班では、「防犯・安全」の話題を中心に議論が進められていきました。
子どものグループからは公園、学校などの場所がコミュニティの持続に重要であると挙げられましたが、これらが機能するためには、特に防犯・安全の面が必要だという意見が挙がりました。しかしながら、防犯・安全の面を強化する一方で、それがいきすぎてしまうと、どこに危険が潜んでいるか分からない、お互いがお互いを監視し合うような閉鎖的な空間を作り上げてしまうかもしれないという意見も挙がり、そしてそれは、コミュニティ持続のために重要であった「開かれた雰囲気」を形成するための阻害要因へとつながっていってしまうのではないかという裏表のつながりを見出しました。
こうした議論の中で、「なんだか田舎っぽくない、むしろ都市の問題みたいだね」という話になりましたが、こうした問題が都市だけでなく田舎にも起こるようになった社会になった、ということを最後に認識、共有することで一つ目の議論を終えました。

論点2:以上の議論をふまえて、ユーカリが丘ニュータウンのような地域開発モデルを考えてみる。
P1030317.jpg

<流れ>
 実際に存在する田舎の地域を描いてもらい、地域のコミュニティの持続を焦点に、そこをどのように開発するかを考えた。
 地域設定としては、田畑が多く存在する地域である一方で、開発も進み、旧住民と新住民が混在して住む田舎を想定しています。旧住民は図の中央下の旧道周辺に住んでおり、新住民は線路の上の地域と、図の左下の部分に多く住んでいる設定です。

<内容>
 まずは、病院や学校、市役所など、地域に存在する施設をコミュ二ティの持続を軸に配置していきました。コミュ二ティの持続を考えるとなると、やはり住民が住み分けしている地域の間に配置するものが多くなりました。しかし、単に間に配置するだけではなく、保育園と老人ホームを近接させ、交流をはかろうとしたり、中学校からは楽器の演奏での交流をはかるなどの意図をもって配置を行っています。自衛隊の駐屯地の誘致は、実際のある地域の例からアイディアを得ており、誘致することで若い世代の流入や、祭りの開催などの効果を狙っています。
 このように施設の配置を進めていく中で、施設といったハードの面での開発は資金の面でも限界が存在し、特に資金の面で都市部よりも余裕のない田舎では、ハードよりもイベントや今あるものの有効活用などの工夫の面での、ソフトの面でコミュ二ティ持続を図っていく必要があるのでは?という流れになりました。
 ここでは、旧住民の住む地域に存在する商店街での日曜市の開催、地域学習の充実、車の多い道路での見守り隊を旧住民、新住民共同で行うなどの意見が挙がりました。しかし、田舎の現実として、このようなイベントや工夫を行っても人が集まらない、やってこないという問題を抱えることになり、どうしたらこれらのソフト面での取り組みが上手く機能するのかという話につながりました。
 そして、まず人が集まるきっかけとして“ある程度の強制力”がやはり必要なのではないか、そこで重要になってくるのは共通の課題を住民同士で共有し、意識して取り組んでいくことであると議論が進み、その例として一つ目の論点でも議論の中心となった「防災・防犯」への取り組みが挙げられ、二つ目の議論が終えられました。

<総合司会まとめ>

戦後の都市の発展、及びそれに対しての都市計画は、どのように人・人口を配置するか、どのように都市に人を呼び込むかという点が一つの大きな関心ごとで会ったと言える。
いいかえれば、数字上の関心が主体であり、そこの人間不在から、コミュニティ政策、地縁を再形成しなければならないという議論が発生するとともに、他方、地方での過疎化、衰退の一因ともなった。
その後都市から郊外への流出が起こるが、同時に地方・郊外に限らず、集落・コミュニティの維持が人口減少により難しくなるという事態に直面している。
東日本大震災を契機として、コミュニティの再編に注目、また同時に新しい地域マネジメントに向けての議論も発生している。
私見として、どの班の議論においても、同世代間、また、他世代間での繋がりを生む、場、機会、装置作りが根本として求められるのではないかという文脈を感じとることができた。
2014-06-11 13:39 : 『都市のリアル』(14年度学部ゼミ) : コメント : 0 :
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