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第11 章 「サウンドスケープ今昔 ―あふれる音の向こうに―」

第11 章 「サウンドスケープ今昔 ―あふれる音の向こうに―」

KEY WORDS: はとバス うたごえ なつメロ ご当地ソング サンドスケープ


○はじめに
首都・東京…ランドスケープ(景色)の変容が目まぐるしい
→東京に住まう人にとって、拠って立つ場所が虚ろに。
⇔「うたごえバス」=これらの人を包む、空間と時間を越えた社会化の装置として機能。
想い出の東京を歌と共に過去へとさかのぼらせる。

同じ歌によって各々が想いを馳せることで、自らのアイデンティティを手繰る同志としての紐帯が発生
=「歌う」という目的集団に参加した個人がアイデンティティを編み上げる手段

1.サウンドスケープ・うたごえ・なつメロ
「サウンドスケープ」=音風景。「目に見えない音を軸に、環境を再認識すること(環境工学・小松)」
音楽学者・辻本:
サウンドスケープ研究対象…農村や島嶼等の地域社会+グローバル化した現代の都市の音文化
→現代的で都市的な音風景にフィールドワークを広げることを提案
サウンドスケープの特徴:「美しい音」を志向する音風景の「デザイン」という要素が含まれ
音に対する快・不快の主観性が曖昧
⇔ありのままの社会を捉えようとする社会科学分野では、既に都市の若者のストリートライブが研究
⇒サウンドスケープ研究=社会科学との連携で、従来の問題を乗り越える可能性

筆者の批判:既存の社会科学が取り扱うサウンドスケープの研究領域
=「都市部」の「文化に先進的な」一部の「若者」に限定的

本章の「うたごえバス」=従来サウンドスケープ研究の対象外であった「普通の」「中高年」が主役
○音楽の三層構造
①「コモン・ミュージック」=同世代共通音楽。特定の世代が同調できる音楽ジャンルが存在することで、特定世代を囲い込んで輪切りにする効果。
②「スタンダード」=時代を超えた名曲。
③「パーソナル・ミュージック」=他者に知られず、自分だけでこっそりと愛したい曲。
⇒仮説:「音楽の三層構造」理論がうたごえ世代とうたごえバスレパートリーの関係にも言えるのか。

○「うたごえ」と「なつメロ」
「うたごえ」=うたごえ運動(戦後)→うたごえブーム(1950 年代~60 年半ば)
〈労働運動〉 〈うたごえ喫茶…労働歌・ロシア民謡〉

「なつかしのうたごえサロン」(現在)…中高年層の大衆的ブームだった広義の「うたごえ」を懐かしむ心情(≠運動)

●音楽学者二者による「うたごえ運動」の意義
・長木:「参加者が現場で自ら方法論を発見する道筋に力点を置く姿勢」を再評価
・渡辺:「労働歌(=下層)と唱歌(上層)が癒着しあって、『コミュニティーソング』となったことの特異性」+戦後の「うたごえ運動」
=官民やイデオロギーを超越し、「国民音楽」を目指して機能。
「なつメロ」=過去の特定の時点を人々に想起させる存在。「あの頃」を思い出させるノスタルジアの音楽。

相違点:「うたごえ」…世代限定の輪切り可≠「なつメロ」…世代限定の輪切り不可
→「うたごえ」=昭和20~30 年代に青春時代を過ごした世代をラベリングする一種のジャンル化

次節:戦後すぐのなつメロである「うたごえ」をサウンドスケープと捉え、車窓からの東京の風景と関連づけて提示

2.走る走馬灯―うたごえバス
○「走るうたごえ」
はとバス「あの歌この歌東京ドライブ」A・B コース
A コース:「あの歌が聞きたい!!なつかしの名曲で綴る東京ドライブ」
昭和20~30 年代の歌謡曲。下町めぐり(靖国神社)。客層60 代後半~70 代中心。
戦後の東京を舞台にしたご当地ソング。
→・集団就職や進学での上京組…故郷に家族を残し単身上京した当時の様子を想起。
・敗戦後の復興や高度経済成長期に若者が懸命に働いた記憶を想起。
B コース:「よみがえる青春!!フォークソング・ヒット歌謡で綴る東京ドライブ」
昭和40~50 年代のフォーク。山の手コース(都庁)。客層40 代後半~60 代。

●「うたごえバス」の特徴
・20 曲近い歌を歌い続ける
・現役ガイドに加えてOG ガイドが同乗し、都内の名所ごとの今昔比較やご当地ソングの披露を行う

客のツアーの目的=昭和の東京を生きたOG ガイドの肉声(←「懐かしさ」=歌声)によって呼び寄せられた昭和の東京にいざなわれること。(≠観光地見学)
⇒A コース=終戦と復興、平和…集合的記憶 両コース共通
B コース=個人的記憶 …「コモン・ミュージック」で各々の青春を想起
→昔の歌…集合的記憶と綾なす個人の思い出の瞬時再現可

3.サウンドスケープ・記憶・メディア
○「東京の歌」の変遷
第11章 1

○うたごえバスのコース選定方法
①歌よりその時代を生きた人々の思い出に強く結びつく場所を選定
②その場所にそぐう歌を選曲
⇔うたごえバスの下町コースで歌われる歌=輝かしい時代の東京を歌った「東京憧憬」・「上京」ソング

これらのご当地ソングに出てくる地名は期せずして、ご当地ソングゆかりの観光地に該当

乗客:「輝いていた頃の東京は車窓からリアルに見えなくても、歌うことでそれぞれが当時記憶を再構成」
=「昭和の東京」の喚起←OG ガイドと当時の歌なしには不可
∴うたごえ世代(=乗客):「憧れの東京」=サウンドスケープの中に存在≠ラウンドスケープ
→社会学者・佐藤:「音」=「見えないものを位置づけ、感じ取る日常の想像力」の発揮に期待
文化人類学者・アパデュライ:「想像力が社会生活で並外れた力を得た」
⇒筆者:うたごえバス=リアルと想像力の曖昧な境界を走る
→即席のコミュニティーを現出させる装置

○うたごえバスの人気の高さはどうしてか?
社会学者・デーヴィス…
音楽や映画等の視聴覚メディア=大量生産・意味の画一化がされやすく、後の時代に象徴的に制御される可能性が高い。
⇒メディアによるノスタルジア支配の理論←中高年・うたごえ世代を中心とする「うたごえバス」の人気の背景
=「マスメディアが中高年の青春の歌をノスタルジアの下に再編成し、受け手はこれを享受」

○おわりに
修学旅行見学コースの変化
従来の「浅草」「上野」「銀座」+テレビ局などメディア関係・アニメーション
→メディア中心地・東京への憧れは形を変えて継続
修学旅行での同級生との共有体験…・集合的記憶として個人の内面に蓄積。
・中高年となった時に集合的アイデンティティを確認する材料。

共通の聴覚体験=都市で生き抜くための「伴走者」となることを教示
⇒「歌」を結び目とした新たな紐帯の誕生(≠既存の地域や職場等の所属集団)

[論点]
①あなたのこれまでの人生の中で、心に残っている曲を(出来れば)理由も付して挙げ、「音楽の三層構造」のいずれに該当するか分類してみる。

②本章は、「歌(とりわけコモンミュージック)」を基に世代別の集合的記憶や個人的記憶を想起させることで新たな人間間の繋がりを創り出そうとしている試みの一つであった。このように固定的な既存の所属集団のコミュニティーとは違った、新たなコミュニティーの創成方法を企画してみよう。


<第1班>
論点①

CIMG2830.jpg

最初に、各自の心に残っている歌を理由も付けて、挙げられるだけ挙げた。次にそれを発売或いは流行した時期別に並び替え、さらに音楽の三層構造である「コモン」/「スタンダード」/「パーソナル」のいずれかに割り振った。すると、大学生世代が当事者世代として耳にしている歌(2000 年代)は主にテレビの主題歌やCM 挿入歌、学校の卒業式で合唱曲として歌ったことのあるものが多かったため、三層構造のいずれに入っていても、他の年代の曲に比べて認知度は高かった。しかし、時代が遡るにつれて、大学生世代の認知度は名曲と呼ばれる「スタンダード」のみに偏りを見せるようになり、「コモン」や「パーソナル」に属する曲は、親など上の世代の影響や映画・小説・ラジオなどで各々が認知してその曲を聴くようになるというプロセスを踏んでいるので、全体としての認知度は低下する傾向を見せた。
私たちの班では、現役をリタイアされたと同時に社会人入試で入られた方がいらっしゃったので、70 年代前後に青春時代を過ごされた方の記憶に残る音楽観も見ることができた。
分布を確認すると70 年代に多く分布し、理由と重ね合わせてみると受験勉強や子供の出産時の喜び、家族愛など若い時代の体験や経験と曲が一緒になって記憶され、歌と共に当時が想起されていることが確認できた。また、古い時代に分類された曲ほど「スタンダード」に分類されていないものであっても、いまなお多くの人に認知されているものが多く、メディアがテレビ・ラジオ中心で、今よりも「音楽」という分野が細分化されていないこともわかった。

論点②
CIMG2833.jpg
地縁等に基づくコミュニティとは別に新たなコミュニティの在り方を考えるという論点であったため、私たちの班は設定を「自分たちが現役を退いた際に作れるコミュニティ」として議論を始めた。
論点①の後半でも述べたように、例えば「音楽」という分野は現在では昔に比べて細分化されている傾向にあって、本章で取り上げられていたような「うたごえバス」で歌われる、同世代がほとんどみんな知っている歌の数というのは、我々大学生世代(20 代前半)では少ないのが現状である。
しかしながらコミュニティというのは、本章でいう場合の「コモンミュージック」にあたる同世代で共有できる何か軸となる「モノ」が不可欠である。そこで、媒体となる「モノ」を子供時代に流行った「ゲーム類」として設定した。
これは我々の世代であれば多かれ少なかれ触れたことのある遊びであるため、懐かしさや集合的記憶の想起は比較的簡単に行われやすく、高齢期に入ったのちでも、これらを媒体にして同世代のコミュニティを再編成できると思われる。
設定では、特に老人ホームを核として地域の同世代の住民も参加できるようになれば、より広い範囲で継続的な同世代のコミュニティが実現できる可能性がある。
また現在でも存在する趣味仲間で集う団体やサークルなども一つのコミュニティの形として続いていくと考えられる。
前者の「モノ」を媒体としたコミュニティも基本的にはそれを囲んで直にコミュニケーションを図られる形が本来的には望ましいが、通信機器を使いこなしている世代が老齢期を迎えた際は、必ずしも直接的に集わなくとも、オンラインでのつながりを持つという新しいコミュニティの在り方もこれからは出てくるのではないかという声もあった。
課題としては、いくら同世代であっても「ゲーム類」というものに固執した際、それに触れてこなかった人がコミュニティに入りづらいことや「ゲーム」というものの性質上、体を動かす機会が少ないことから健康面での不安が残るといった指摘ができる。

<第2班>
論点①

CIMG2831.jpg


論点②
CIMG2834.jpg

第3班
論点①


CIMG2832.jpg

論点②CIMG2835.jpg
まずは、新たなコミュニティとなる基盤として、人々をどのようにつなぐのか?について話し合いました。結果、人々のもつ”記憶”を基にすることに決まりました。
また、新たなコミュニティの分類として、継続的なコミュニティを目的とするのか、あるいはその場限りのコミュニティ形成を目的とするのかについても話し合い、継続的なコミュニティの形成を目的とすることになりました。
このようにして、私たちの班では、「人々の記憶を想起させることで継続的なコミュニティをつくること」を基本とし、コミュニティ創成の方法を考えていきました。
本文では人々を”歌”でつなぐ事例が挙げられていましたが、今回私たちの班では”玩具”を用いて人々をつなぐ企画を考えました。
玩具、おもちゃは形は変われど世代を超えて愛されており、現在遊ばれているおもちゃの中にも過去のおもちゃが元となって新たなおもちゃとして遊ばれているものもあります。
また、個人が遊んだという記憶と、ある特定の世代が持つ”このおもちゃ”で遊んだという記憶、あるいは親子が同じようなおもちゃで遊んだという世代を超えた記憶を持つ等といったいう側面を持ちます。
その面を活かして、私たちは、世代を超えて高齢者や親世代と子ども、また親同士や子ども同士をつなぐことが可能ではないかと考えました。
その具体案として今回挙げられたのが、昔のおもちゃと今のおもちゃを使ったイベントの企画です。量販店やSCなどで子どもを連れた高齢者や親をターゲットとし、おもちゃに触れる機会を設けることで、人々の交流を図ろうとするものです。この企画を継続的に行うことで、「毎週見かけるあの子(人)」という認識を持たせ、人々の交流が生まれることを意図しています。
全体として、私たちが議論しているときも「あのおもちゃで遊んだ」「今はないけど、あれあったよね」といった自分たちの過去を懐かしみ、おもちゃで遊んだ記憶を共有する様子が見られていたのが印象的でした。
2014-11-14 16:22 : 『都市のリアル』(14年度学部ゼミ) : コメント : 0 :
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