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終章Ⅱ 《都市的なるもの》議論のまとめ

終章Ⅱ 《都市的なるもの》議論のまとめ

「都市で『自由』を味わった経験はあるか」という問いがスタートであったが、そのような経験は極めて少ないであろうという判断から、自由を感じられる地域やタイミング、また反対に自由を阻害されるものを例として挙げていった。
 自由を感じられる地域としては下町が、自由を感じられるタイミングとしてはハロウィンでの仮装や関西の某野球球団が優勝した時など、ある意味お祭りのような極めて限定したものが挙がった。
 反対に自由を阻害するものとしては、公共の空間であるはずの公園で特定の遊びを禁止されたり、自由な学びが保障されているはずの学校で不自由さを感じたりといったものが挙げられた。中でも、人々の自由を保障するために整備されているはずの法律によって、私たちの生活が縛られていること、お金さえあれば大抵のものを手にできる自由があるが、逆にお金がなければどんどん不自由になっていくこと、この両者の二面性に注目していかなければならないと考えられる。
 富を持つ者が政治権力と結びつき、自分たちに都合の良い政治を進めていくことで、富を持つ者の自由がどんどん増していく一方で、貧しい人たちの自由はどんどん奪われている。中間層は富める者の恩恵にあずかって自由を感じるときもあるだろうが、反対に富める者にしか有利でない政策が進めば不自由を感じることもあるだろう。
 富める者への規制を強化すれば私たち中間層以下は自由を感じやすくなるのか、というと必ずしもそういうことにはならないだろう。どんなに社会の諸制度が整ったとしても、人々が他人と関わり合い社会の中で生きていくときには、自由を感じる場面もあれば不自由を感じる場面も出てくるのではないだろうか。
2015-01-25 16:52 : 学部ゼミ情報 : コメント : 0 :
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