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地域の社会学 第2章 地域社会とは何だろう

第2章 地域社会とは何だろう

1.日本の社会学と「地域社会」概念
《自然村概念とその影響》 - 鈴木栄太郎『日本農村社会学』(1940年)
 第一社会地区=最小単位である小字や組
 第二社会地区=第一社会地区の集団累積体である大字や部落
  ○この地域空間に、社会集団、個人間の社会関係、関心共同の地域的累積が特に濃密である。自然村概念の特徴一、「社会関係の地域的累積」
  ○江戸時代の幕藩期には行政村であったが、明治期に実施された市町村制以降には、かつての行政村としての境界が、自然なムラの境界に転じ、旧村の空間が基礎的地域社会の単位として機能していることを示し、これを自然村=ムラと名づけた。
自然村概念の特徴二、「行政村からの転化」
第三社会地区=行政的町村

しかし、「自然村概念」の影響を受けた後の社会学者の注目は、
・自然村内部での社会関係と集団の累積、それを支える住民の共同の社会意識の存在に向けられ、
 ・都市社会においても自然村に類似した基礎的地域社会を見出し、これを実証研究の対象にしなければならないという暗黙の背後仮説をつくりだし、
 ・都市の地域社会にあっても、次の二つの基準が強調されることとなった。
第一に、人々の社会関係の累積が見いだされ、自然な境界が実証的に確認されること
第二に、空間内部において人びとの共同の社会意識が存在すること

《パークの自然地区概念の輸入と適用》
「自然村概念」の影響を受けた社会学者は、上記の二つの基準で都市社会をとらえようとし、都市の中に伝統的共同体や共同体としての基本の枠組みをとらえようとした。しかし、都市化の進展とともに、彼らの地域社会概念と現実の地域社会との乖離の幅は、ますます大きなものとなっていった。そこで、海外の著名な諸家の説を導入しながら、それらを「自然村概念」存続の糧として利用した。
パークの自然地区概念
歴史的伝統のまったくない新興都市への人口移動の過程で、人々が居住地争いを行い、文字どおりに自然な過程の所産としての棲み分けられた居住地を意味する概念である。
封建領主による町割も、近代都市行政による都市計画もないなかで棲み分けが実現していくことを指す。
社会学者による歪曲
 地域社会における関係の累積と、地域社会の境界が自然な過程で出現してきたはずであるという仮説的前提に支えられ、パークの「自然」の意味内容を曲げて「自然村概念」と結びつけた。
《マッキーバーとヒラリーの業績の転用》
☆マッキーバーのコミュニティ概念
  コミュニティを共同生活の営まれる地域空間と規定している。
  その地域空間は、小さな地域社会から都市や国家を含む多層かつ多様な空間として描いている。つまり、狭い地域空間に限定していたわけではない。
  また、コミュニティの共同性についても、大都市社会全体の共同性をも含むような、柔軟なとらえ方をしていた。
★日本の社会学による転用
  既成概念の仮説的前提に引きずられ、コミュニティ規定に関わる箇所のみを取り出し、狭く固く限定するとともに、共同性を理解し、仮説的前提を補強する材料とした。
☆ヒラリーのコミュニティ概念
  研究者諸家による94のコミュニティの定義を比較検討し、三つの共通する指標にまとめた。1つは、コミュニティ構成員間の相互作用、2つは、コミュニティごとの空間境界、3つは、心理的絆を支える共属感情や共通規範である。
★日本の社会学者の受け止め
  社会関係の一定の地域空間内における集積とそれを支える共通規範の存在を地域社会概念の必須要件と見る日本の社会学者にとっては、自らの正しさを保障する格好の研究成果と受け止められた。

《現状分析概念と期待概念の並立 : もう1つの混乱》
1969年に国民生活審議会コミュニティ小委員会の報告書において、「コミュニティ」とは、大都市における未来の望ましい地域社会のあり方を意味する用語として採用された。
しかし、「コミュニティ」は、現状の地域社会と同じ意味に用いられ続けた。社会学者でさえ、「コミュニティ」(=期待概念)と「地域社会」(=(現状分析概念))を同義にとらえつづけ、両概念の違いを明確にしてこなかったことが、混乱の原因となった。


2.地域社会の空間範域
《コミュニティと地域社会》
  「コミュニティ」とは、現状の地域社会の先にある「望ましい地域社会」をさし、目標としての地域社会、未来の地域社会を論ずるために必要とされる期待概念である。
  「地域社会」とは、過去から現在に至る地域社会の状態の推移および現在の地域社会の状態を実証的に捉えるために必要とされる分析概念である。
 上記の両概念は、別個に定立されるが、同時に深く関係し合う。
《旧来の背後仮説》
 既成の地域社会概念が地域社会の現実との乖離を広げ、また概念の理解をめぐる混乱を深めていったのは、社会学者の多くがこの概念(既成の地域社会概念)の背後仮説にさまざまな思いを託したからでもある。それは、
 ・自然村に類似する地域社会を都市の中にも見出したいという願望、
 ・社会関係の累積の自然発生とそれによる地域空間の境界の自然な設定への期待、
・地域社会は、住民の自発的に形成するつながりを基盤として構成されるものでなければならないという信念、
・住民の共属感情や共同規範の存在を地域社会概念の要件に含める先行研究の成果を重視し、これを踏襲することへのこだわり等々である。
これらの背後仮説は、都市化の急速な進展を見るまでは、ある種の有用性を保有していた。しかし、高度成長期に、日本の各地の都市で、とりわけ大都市の内部でその照応関係の多くは失われていった。現在では、背後仮説自体、全く不適合なものになってしまっている。
《新しい概念定立へ向けて》
いま必要なことは、背後仮説とそれに支えられてきた既成の地域社会概念を根底的に見直すことである。
具体的には、既成の地域社会概念によるこだわりをいったん放棄することが必要である。
さらに、既成の概念がこれまで軽視してきた視点や知見を逆に重視し、これらを読み直す作業を進め、新しい地域社会概念定立のために活用することである。
《2つのタイプの共同性》
鈴木栄太郎もパークも、共同性を、前社会状態における共同性と社会(ソサエティ)状態における共同性の2つのタイプに分けて考えていた。前者を前社会的共同性、後者を社会的共同性と呼ぶならば、既成の地域社会概念がこだわった共同性は、明らかに、後者の社会的共同性であった。
 前社会的共同性=居住自体が他の居住者との意図せざる共同(パーク)、見えない秩序(鈴木栄太郎)を前提としていること、そのような意味における共同性。
パークはこのレベルの共同的関係にある地域空間を社会(ソサエティ)成立以前の共同状態として、「コミュニティ」と呼ぶ。鈴木栄太郎の「前社会的統一」とほぼ同義と見なしてよい。
 社会的共同性=居住者同士の相互作用の展開に基づいて、一定空間における共同生活の約束事やルール、共通の社会規範が形成されていくような、一般的によくいわれるような共同性。
《地域空間の限定》
都市的生活様式、つまり専門処理システムへの依存が深まり広がるとともに、住民の共同による問題処理の領域が大幅に縮小したために、現代都市の居住者の生活世界は一定の地域空間をはるかに超えて成立している。また居住者の意図に基づく共同の活動を具体的に見出すことも困難になっている。
しかし、地域社会概念が、地域と呼びうる一定の空間を対象とする以上、新しく定立される地域社会概念といえども、地域空間の画定という要件は欠かすことができない。
新しい地域社会概念の定立にとって、行政的範域と重要な機関の利用圏を重視した新しい地域空間の画定が必要である。

3.新しい地域社会概念
《地域社会概念の新たな規定》
新たな「地域社会概念」定立の軸として求められる三つの基準
第一に、新しい「共」の空間を創出するために、住民自治の回復と拡大を実現するような社会空間であること。
第二に、地域の「専門処理システム」という資源の利用による共同の問題の処理という側面に、地域社会の広い意味における共同性を措定すること。
第三に、社会関係の累積や共同規範といった基準にこだわらず、現状分析に有効な一般概念として定立させること。
以上を踏まえて、「新しい地域社会概念」は、広義には、居住地を中心に拡がる一定範域の空間-社会システムを意味し、具体的には基礎自治体の範域を最大の空間範域とし、その空間の内に居住することを契機に発生する種々の共同問題を処理するシステムを主要な構成要素として成立する社会である、といえる。
《地域社会の重層的構成 : 地域空間の画定》
地域社会の問題処理システムは、空間的範域に対応して重層的構造を持っている。したがって、空間的範域もこれに応じた区分が求められる。
  すなわち、地域社会は、いっそう具体的に、基礎自治体等の行政範域、小・中学校の通学圏、地域住民組織の範囲によってそれぞれに重層的空間構成をとり、それぞれの地域空間に相応する共同問題の処理システムが成立し、これを媒介とする住民の共同が成立している社会として規定し直されることになろう。
《地域空間別問題処理システム : 地域社会における共同性》
  地域社会は、重層化された地域空間の範域に対応する問題処理システムを成立させている。重層化された地域空間と処理システムごとに、人々のつながりのありようを含め、社会的諸関係は変化する。したがって、空間範域に応じて、地域社会の現状分析のターゲットは、少しずつ異なる。
地域社会概念は、地域空間と地域社会のこのような重層的構成に対応して、それぞれの地域空間・社会に成立する問題処理システムの現状を分析しうる概念として整備されていかねばならない。それはこの概念が、処理システムの現状における問題点を発見し、システム内部への住民の関与の拠点を検索することにおいて有効な分析的概念であり続けるために必要な課題である。

<論点>
論点① 

地域社会問題の典型は、大都市の郊外社会に多くみられる。郊外社会は、もともとは伝統的な農村であった場合が多いのだが、大量の人口移動を受け入れた結果、どのような変化や問題が見られるようになったか、新住民と旧住民の両方の立場で議論してみよう。

論点② 
P37中ほどに、筆者は、『地域社会の概念は、地域社会に成立し、維持されている処理システムの現状の問題点を、鋭く摘出することを通して、住民自治を拡大するための拠点を明らかにするものとして、ここに新しく定立されたといえよう。』と述べている。『地域社会に成立し、維持されている処理システムの現状の問題点』があるからこそ、地域の再生・活性化が強く求められるようになったと言えるだろう。問題点としてどのようなことを指摘できるだろうか、議論してみよう。

<第1班>
論点①本章の言葉を借りれば「自然村」の農村には、旧住民と呼ばれる人々が住んでいる。しかし、近郊都市の開発により、新住民がその農村に移住をしてくる。もちろん、異質な他者に対して、旧住民はあまり良いイメージを持たないだろう。そしてそれは新住民にも伝わってしまう。その結果として、生まれてくる問題点、つまり負の変化は、旧住民と新住民のつながりの希薄化である。しかし、この新住民の移住は農村にとってデメリットばかりではない。新住民は旧住民に比べて若いと考えられるため、子どもや若者が増え、そのための施設も新設される。そしてまた、新しい視点を取り入れることも可能である。これらによって、その地域は若くなる。これは正の変化と言えるのではないか。

論点②現在維持されているシステムとして「ごみ捨て」を例に議論した。この「ごみ捨て」は地域の暗黙の了解や慣習と言ったものに支えられていると考えられる。しかし、新住民が移住してくることによってその暗黙の了解や慣習にはじめて疑問が投げかけられ、地域の問題として認識される。このことによって、旧住民は今までのシステムを変えたくないのに対し、新住民は変えたいという、システムに求めるものの違いが見えてくるはずである。にも関わらず、現在はそういった問題に対する共通の意志決定の場が存在しない。これこそが問題である。
しかし、本当にそのような場は存在しないのだろうか。自治体や町内会といった地域の組織は本来そういった役割を担うべきである。なぜ機能していないのか、それは、地域の組織が、リーダー格の人の意見に従うだけ、言いだしっぺがやるという風潮といったような中身のない場になりさがっいるからだと考えた。本当の問題はこちらだったのである。これを改善するためには、第三者の存在が必要である。それは、仲介役が入ることによって、地域の組織の中に存在するカーストのようなものを越えて、より意見が反映されやすい場にできると考えるからである。最近では、行政以外にも、まちづくりコンサルタントというような民間業者が存在する。地域の組織と長いつきあいをする反面、そういった第三者が地域の組織運営を円滑にし、自立させ、適当なところで身を引くことで、問題解決の道は開けるのではないか。

<第2班>
論点①
 私たちのグループは、新住民と旧住民の考えや意見の対立が、大量の人口移動を受け入れることによって、どのような対立が見られるか、を検討した。
その結果、農村地域に暮らしてきた旧住民と、サラリーマン世帯の多い新住民とでは、資源の利用に関わる意識の違いがあることや、伝統を重んじる意識の違いや、環境の変化のとらえ方の違いが見られことに着目することができた。
しかし、それらの「違い」は、人口移動がはじまったときに発生するものと、時間が経過していくと現れてくるものがあることに気付いた。そこで、新住民と旧住民の対立が、時間の経過とともにどのように変化していくのかによって整理し直してみた。
 時間の経過していくことによって、最終的には、高齢化、自然環境の現象、独居老人の増加、空き家の増加という、現代における都市郊外社会の問題点に行きつくことが確認できた。
 しかし、議論に関する重要なキーワードである、「二つのタイプの共同性」や「地域社会の重層的構成」などについての検討を進めなかったために、郊外社会の中で、それらが具体的にどのようなことを指すのかについて深めた議論にならなかったと言える。

論点②
 この論点に関しては、まずはじめに、地域社会の住民の暮らしや意識の中に、どのような問題点・変化があるのかを挙げてみた。そして、それらの意識の中の問題点が、「住民の暮らし」「自治組織」「子育て」などにどのように影響しているのかを検討した。そうすることによって、地域の再生・活性化が強く求められるようになった地域社会の現状を、とらえやすいのではないかと考えたからである。
 現状を分析してみて、地域の自治組織の重要性は理解するものの、役職に対しての「負担感」や「なり手の減少」「選出方法の形骸化」がなぜ起こってくるのか、という点を掘り下げた議論にはならなかった。しかし、そのような点、つまり、住民の共属感情や共同規範の存在を前提とした地域社会を前提とし、それらが希薄化していることを問題とすることは、筆者のいう「既成の地域社会概念」で地域社会の現実をとらえることに他ならないのかもしれない。
 今回の議論においては、「自治組織」や「PTA」などの問題処理システムがかかえる課題にテーマを絞って、議論を進める必要があったようだ。

<総合司会コメント>
新住民と旧住民との間にある壁をどのようにすれば取り払うことが出来るだろうか。現状では自治会の形骸化によって、住民共通の意思決定の場がないことが問題となっている。新住民にとっても旧住民にとっても話し合いの場がないと、結局気に入って住むことにしたであろうその地域の住みやすさが低下してしまう。そこで解決案として、コンサルの導入、自治会強制参加案などが出された。自治会強制参加案などは一見実現可能性が低いように思えるが、ゼミは議論の場。「大胆な意見を掘り下げていくことによって、出来ることが分かってくる」という先生のコメントをお聞きしてはっと気付かされた。今後のゼミでもこうした大胆な意見や構想をお互い交わすことでより一層ゼミの面白さが増し、盛り上がるのではないだろうか。
2015-05-12 20:39 : 『地域の社会学』(15年度前期学部ゼミ) : コメント : 0 :
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