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地域の社会学 第8章 学校と地域

第8章 学校と地域

1.子どもを育てるということ
戦前、国家の強力な教育統制が天皇制を招いたという反省から戦後あらためて確認された重要な大原則:子どもの教育権は(国家ではなく)親にある

BUT 教育は親の責任だから他人は干渉できない→だからこそ学校などの公的機関がしかるべき処置をとるべき などと議論されるように
→子どもを育てること=教育の社会的な位置づけについて基本的なことを改めて確認する必要性

①国家にとっての子ども
○なぜ国家は子どもの教育に介入するのか
・国家が本格的に子どもの教育に介入するようになったのは近代の公教育制度の導入以降
⇔それ以前は、子育ては、村落などの地縁による社会的なつながりや、教会などの信教や思想に基づく社会的なつながりによって支えられていた
・子育ての目標・・・将来その社会を支えていくための能力を養うこと
その社会がどのような能力の育成を必要とするかによって自ずと教育のあり方は変わる
→近代社会に必要だった能力=一つの職場に空間的に集められ、いっせいに分業に従事するという「大工場」的労働形態において発揮される能力
→子どもたちが学校という一つの空間に集められ、団体的な訓練と言語、体系的な科学知識を習得・活用することを義務づけられるという、学校教育制度の必要性
→近代以降の企業組織や官僚機構においても共通な社会的必要
→国家が代表して担当する義務教育制度の整備
これらが国家にとっての子どもとその教育への介入を要請した根拠

国家による子育てへの介入=教育行政というかたちをとって展開
◯教育行政における基本的な権限関係をどう設定するか
・日本の戦後教育改革のモデルとなった英米の考え方:国家ではなく地域が子どもをどう育てるかを決めるべき
=教育を司る組織は独立の行政委員会 (×国家 ×自治体の一般的な行政組織)
教育内容を決めるのはあくまで地域の父母

・日本の戦後改革で、教育委員会法が新たに制定→教育委員が公選されるようになる
(生まれ落ちたところの最初の社会的なつながりこそが、その子どもの教育に第一義的な影響力をもつべきだという考え方が前提)
BUT 教育委員の公選制度が実施されたのはたった一度のみ
日本の実情に合わないという理由で、廃止が強行採決される
→代わりに現在の「地方教育行政の組織及び運営に関する法律」が制定される
教育委員会そのものは維持されたが、教育委員の公選制度は廃止、他の行政組織以上に文科省直轄の影響を受けやすい⇔戦後改革の理念

このように日本の教育行政の仕組みは国家レベルからの関与が極めて強い
→教育内容やそこで求められる能力は地域の伝統や文化から切り離されたらものになりやすい
→成績のよい子どもほど地域から離れていってしまう傾向
地方自治体は、自らの地域に貢献してくれる優秀な人材を自ら要請する権限をもたない

②親にとっての子ども
 親にとって重要なこと:親が属する社会的世界において、子どもがよりよい子ども
に育つこと
 ↑子どもに、最終的に属する社会的世界の選択の自由や権利を保障することと
はまったく別のことであり、「親にとっての子ども」という点で何ら問題はない
BUT 日本の近代…このような親の願いを「保守的」と断じ、子どもの階層的な上昇を望まない親は、親ではないかのような風潮
ex) 子どもを受験競争へかりたてる親
→ここで初めて、子どもをどこで育てるか、地域とどのように関わるかという問題へとつながる

2.どこで子どもを育てるか
子どもをどう育てるか≒子どもをどこで育てるか
(子どもをどのような社会的つながりに生きる人間として期待するのか)

○生きていくべき社会的つながりをどれと捉えるか
①具体的に居住しているローカルな地域のつながり
子どもを育てる場所=その地域
②ある種の階層的なつながり
たまたまその地域に望みの階層が集住していないかぎり、地域にこだわる理由なし
→地域にはこだわらない学校の選択という問題が生じる
 →学校の選択の幅を広げる、教育の自由化の必要性
 →教育の自由化が進めば、地域的なつながりにこだわることに制約よりももっと別
 の積極的な理由が必要…新しい課題

3.地域で子どもを育てる人々
 地域で子どもを育てるということが、普通のこととして成立しやすい都市地域
 ①商店街を中心とした区域
 ローカルな空間に利害を有する商売が、世代的にも再生産される可能性をもつ
 =子どもは地元の公立学校に通い育ち、地元の友人たちとの社会的つながりを重視した育ち方を志向、やがてはその町に定着した仕事に就くことを自然に受け入れる
 親もそれを期待→地域ぐるみで学校を支援

 ②中小の町工場が集まった地域
 子どもたちが町工場に蓄積された技術、取引関係、工場街としての独特の気質を継承することが求められるため、親は子どもをその地域で育てようとする

 ③企業城下町を含む工業地帯の一角(労働者の街)ex)炭鉱町
 ※子どもたちが父親と同じような熟練労働者になることを志す場合

 →地域で子どもを育てるということが積極的な意味をもつためには、子どもたちが親と同じような仕事を通じて町を支えていく見込みをもてることが重要
 BUT 日本の実情:そのような可能性が実際にはなかなか実現しなかった
・公立学校で教える教育内容にその意見が反映される制度的仕組みをもたなかったため(背景:教育委員の公選制度廃止、教育内容は全国一律に統制)
 ・地域における、子どもに自分と同じ自営業者や労働者に誇りをもって育てようという考え方の希薄さ(上を目指す志向)

 適性に応じた複線的な教育制度を模索するには、地域的、階層的、民族的に多様な在り方を尊重し、地域や学校を単位とした教育の自由と自治を大幅に認める必要
 ⇔一元的な評価基準に基づく全体的な競争があおられるかぎり、本当の意味で自ら選択できる教育の自由は成立する余地がない

 地域全体が階層的・地域的移動を前提とする郊外の新興住宅地
 :新しい町での子育てを考える人々とその活動が展開(4節で詳述)
BUT 子どもたちが成人して他出→地域全体の少子化、高齢化の進行
⇒新しい活動の蓄積を世代的に再生産していくことが困難

4.母親たちの挑戦と挫折
公立の学校における制度的制約としての「地域」とは違った、教育と地域の関わりを模索するという試みが大量現象として現れる
=1970年代~80年代にかけて展開した地域の教育文化運動
特に70年代の中頃からさかんになったのが、PTA民主化の動き、高校全入運動、子ども会活動の実践

背景
・人口学的な要因
ベビーブーム世代が子育て期→高校進学希望者の激増に定員数が追い付かない
→高校全入運動
・地域社会に関わる要因
高度経済成長に伴う都市化、核家族化
→家族員数の減少、それらを代替できるような地域のつながりの崩壊、外の遊び場の減少による子どもの文化状況の変化(ex テレビ)
→子育てをめぐる困難が増大、従来までの地域の人々による子どもの育成×

母親たちの挑戦~PTA、教育委員会民主化の動き~
○当時のPTAの実情
・本来なら公的な予算の範囲で整備すべき教材の類いまで、PTAが寄付
・PTAの運営は教員が任されている、教員がPTA会費を払っていない
→このような実情への疑問からPTAとは何か?が問われるように
→社会教育関連の講座が開講、戦後導入された民主的な制度を学び、それを活用していくという動き

○立ちはだかる壁
・教師の変容…父母とともにPTA民主化に取り組む、熱心な教師への風あたりの厳しさ
・教育委員会や校長サイドからのしめつけと無理解 (ex 会合場所の借り受けを、「政治的な団体に貸し出すのは不適当」と断られる)
↑教育委員会のあり方への疑問→中野区の教育委員準公選制度
BUT これに追随する自治体は現れず…
  母親たちの挑戦はついぞ行政に受け入れられるところとはならなかった
  →臨調路線の1つとしての教育の自由化

5.教育の自由化ということ
教育の自由化:個人がその好みと能力にあわせて、たとえ義務教育の段階でも(地域とは関係なく)自由に学校を選択するようにするべき
=地域ではなく、階層的なつながりの再生産を容易にする

○地域ではなく階層に基づく教育制度を導入することの是非
社会的つながりの問題である教育から「地域」という限定をなくすということ
=各地域を離れた国家ないしグローバル・レベルでの結びつきの形成を、単に民間に任せるのではなく、国家が意識的に支援するということ
<問題>
地域的な制約を無視できない人
地域に積極的な意義を見出す人   をどうするか
地域に留まらざるをえない人
→この人々が地域の学校をどうするかを自分で決める正当な権限をもつことを可能にする必要
→「地域」の価値を見直すことにもつながっていくのかもしれない

論点
①わたしたちがいま生きている現代社会において、「地域」と「教育」はどのような部分で関わっているだろうか。
②もし教育の自由化が進行した場合、「地域」と「教育」の関わり方は①からどのように変化するだろうか。またその変化に対して、地域の学校、地域の人々、行政はどのような対応をとるべきだろうか。(それぞれの立場からでも、複数の立場からでも構いません)


<第1班>
論点①
我々の班は、まず「地域」と「教育」のかかわりについて、思いつく具体的な場面を挙げた。その中で挙がってきた具体例は、「登校班の見守り」「運動会」「トライやるウィーク」「田植え体験」などがあったが、これらの事例を我々は、A.地域が積極的に学校に関わっているグループとB.学校の行事の一つとして、形として行っているものに分類した。A.には「登校班の見守り」や「部活動の応援」などが含まれ、地域住民や子供が積極的、能動的に活動している例である。B.には「トライやるウィーク」や「田植え体験」などは、地域が学校から依頼されて行っているものであり、消極的で受動的なのではないかと分析した。もちろん、この両者の中間も存在しており、地域住民も見に来るが、PTAや地区役員などとして準備に駆り出されるという意味で「学校の運動会」をここに位置づけた。このように、我々は現在の教育と地域との関係には能動的な面と受動的な面があると分析した。

論点②
①のような現状があったとき、今後教育の自由化によって起こる変化をはじめに考えた。まず、上記B.のような活動は、教育の自由化によって減っていくと考えられる。そもそも教育の自由化により生徒が学区外の学校も選択できるようになると、ひとつの学校の生徒が同じ地域を共有していないことが想定されるため、学校が地域と結びつこうとする動きそのものが衰退していくのではないかと想定されるからである。つまり、学校が地域を持たなくなるということである。そうすると必然的にA.の方の活動もすたれていくと考えられる。元々、A.のような活動は、地域住民の学校(母校)への愛着から生まれていたものであり、教育の自由化によって学校が地域の学校でなくなればA.の活動もなくなってしまうのではないかと考えられるためである。そこで、我々はこのように変化した状態をどのような状態に改善すればよいのかを考えた。我々が理想とする教育と地域の在り方とは、学校が地域から愛され、学校はその地域の将来の人材を育てるための機関として機能するというものだ。このことにより、学校に対する誇りや郷土への愛着を持ち、“帰ってきたい”という気持ちを与えることが大切なのではないかと考えた。しかし、この場合学校だけで若者を地域に引き留めておくことはできず、結局日本社会の構造や地域社会の復興といったもっとマクロ的な視点からの改善が必要である。また、ある種囲い込みのようにして、都会へ出たい若者を地域にしばりつけておくのが果た してよいことなのか、など一概に言えない部分も多く、議論は不明瞭なまま終わった。

<総合司会コメント>
今回は、主に学校教育の自由化について議論が及んだ。学校と地域はこれまで、さまざまな行事やイベントにより密接にかかわってきたが、子育ての在り方、職業選択の仕方などの変化に伴いその関わりも減ってきているのではないだろうか。さらに、私立の学校に代表されるような「地域を持たない」学校が教育の自由化によって増加することで、ますます地域と学校との間の関係は薄れていくように感じる。それは即ち地域社会への愛着の希薄化につながり、これが地域社会の衰退をさらに招くのではないかと感じた。
2015-06-19 14:20 : 『地域の社会学』(15年度前期学部ゼミ) : コメント : 0 :
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