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地域の社会学 第10章 高齢化と地域社会

第10章 高齢化と地域社会

1.日本社会における高齢化の特徴

・高齢化社会:高齢化率(総人口に占める65才以上人口の割合)が7%を超えた社会

・日本における高齢化の特徴
ⅰ進展のスピードが急速であること
ⅱ高率の高齢化が予測されること
+少子化の進行
→超高齢社会に突入することが予想される
 (全人口の4割が高齢者となることが予想される)

・高齢者の量的拡大がもたらす変化(高齢化の第一義的意味)
高齢化率の上昇―15才未満の年少人口の減少→人口構成(社会)の変容
高齢者のいる世帯の増加―児童のいる世帯の減少→世帯の在り方(家族)の変容

・高齢化の進展がもたらした質的変化(高齢化の第二義的意味)
家族の変化に伴う高齢者のライフスタイルの変容と地域社会の変化
 =日常生活における高齢者の選択肢の拡大と捉えられる

・高齢者は職業生活からの引退を経験している者が多く、家族はよりいっそう重要な生活の基盤となる
∴高齢者の日常生活の変化=「家族」における変化と連動

以下、「家族」における変化について厚生労働省の国民生活基礎調査より

①「子供夫婦との同居」が比率の急減
+「配偶者のいない子との同居」が増加
晩婚化の進行の影響
同居の形態が将来にわたって維持されるものとはいえない場合が多く、不安定
(夫婦のみ世帯、または一人暮らし世帯への移行)
②「夫婦のみ世帯」「一人暮らし世帯」の増加
高齢になっても子供夫婦とは同居せず、夫婦のみ、または一人で暮らしていくと考える人が増えてきている

→家規範の衰退が高齢者の形成する家族の構成面の変化として表れる
 高齢者の家族における地位の変化

⇒伝統的な家規範が急速な高齢化の進展の中で弱体化、衰退傾向を見せ始め、
 これまでの生き方とは異なる新たな高齢者の生き方、自立した高齢者の在り方が
 模索され、提示され始めている

2.都市の高齢者

厚生労働省、国民生活基礎調査
「子供夫婦との同居」「夫婦のみ世帯」の割合
:家規範の浸透度、弱体度、または高齢者の形成する家族の構成面での変化を示す指標となる

Ⅰ地域的な差異を顕著に表す
→家規範の弱体度、浸透度に地域的差異がある
⇒都市化の進行と関連
 両者の中間形態にその他の市が位置しており、これらは全国平均に近い

Ⅱ差異はあるものの全国的に共通して「子供夫婦との同居」は減少傾向「夫婦のみ世帯」は増加
→家規範の全国的な衰退、弱体化

・大都市
「子供夫婦との同居」10。5%
「夫婦のみ世帯」43.6%

「配偶者のいない子との同居」23%
大都市では特に晩婚化、未婚化の傾向が強いため
核家族の形成の延長として出現、日本的特徴(家規範)の名残といえる

⇒伝統的な家規範の衰退
 それに代わる「夫婦家族」規範の理念の誕生、具現化

*「夫婦家族」規範
・一代完結
・結婚した子供とは同居しないことが前提
・離婚、子連れ婚などの増加により多様化

+マスコミの影響を通じて全国に伝搬
→「夫婦家族」規範が全国規模になる
 「子供夫婦との同居」が全国的に減少している点からも明らか

・郡部
「子供夫婦との同居」46.5%→29.8%
「夫婦のみ世帯」23.0%→33.2%
→都市型スタイルへの転換点を迎えつつある


3地域の重要性の増大

・老親扶養の変容

家規範…既婚の同居子による老親扶養が前提
    =「日本型福祉」
 ↓
弱体化、衰退 家族による扶養、日本型福祉がとくに大都市では機能しえないものに
 ↓
夫婦家族理念…近親がそれぞれ独立しながらも地理的距離にかかわらず交際、互助、扶助等の重要なネットワークを持つ(異居近親家族) 修正拡大家族の存在

⇒老親扶養における親族関係の選択肢の拡大
 ex,扶養、扶助の中心的な役割を果たすのは必ずしも長男である必要がなくなる
    娘夫婦との同居、別居

・地域の重要性
 夫婦家族規範が浸透し、それに基づくライフスタイルを選択する高齢者が増加したとき、高齢者は家族以外との様々なネットワークを必要とする。

日常的な互助関係を持つ近隣ネットワーク
緊急時にも対応可能な地域内の関係機能とのネットワーク
生活充実のための友人ネットワーク

全てのネットワークが必要不可欠

→友人、隣近所の隣人など、地域の役割が重要
 人間関係における選択肢の拡大

=高齢者の社会参加における選択肢の拡大

⇒それぞれのニーズにあった地域社会における多種多様な集団の成立が必要

+高齢者の社会参加、外出行動を保障するハード面での町づくりが必要
 ex,バリアフリー、ユニバーサルデザインの推奨


家族、扶養の在り方の変化
⇒これまでの家族、施設を中心とする福祉から住民参加型の地域福祉へ何が必要か、どのような扶助が必要か、見極めることができる地域社会の成立が必要

<論点>
①家規範に代わって、夫婦家族規範が誕生、具現化した。
この変化の中で高齢者の生活や高齢者を取り巻く環境はどう変化したか。
高齢者になりきって考えてみよう。

②上記の事柄に対して地域や社会、(または行政?企業?)は彼らにどのように関わっていったらよいか。


<第1班>
論点①家規範の変容によって、高齢者を取り巻く環境は大きく変化した。地域とのつながりの希薄化、若い世代との交流の現象など、地域社会における変化だけでなく、家族の在り方、家族との関わり方も大きく変化した。たとえば、自分の子供夫婦は、高齢者が住む家の隣か近くに家を建てるが、同居という形態ではなくあくまで別の家族としての生活を営んでいる。そういった中で、主に介護の場面で、従来であれば介護は家族の、特に女性の仕事であったのが、サービスに頼るようになるケースが増えてきた。教科書の中においては、近年のこのような変化は、高齢者の選択肢を増やすものであるとの記述があったが、我々の班の中では、それに対して疑問を持つ声が上 がった。確かに、近年高齢者にはさまざまな選択肢が増えたのは事実である。しかし、それを選択できるかどうかはまた別の問題であると考えられる。我々は、体力、気力、貧困、ネットワーク格差など様々な原因から、目の前に選択肢をたくさん並べられても選択することができない高齢者が多いのではないかという結論に達した。よって、高齢者の選択肢が増えたとはいってもそれを選択できるのは健康で、生活に余裕がある高齢者のみであり、一部の高齢者にとって選択肢はむしろ狭くなったのではないだろうか。

論点②①で議論したような高齢者に対し、周囲の環境はどのように関わっていけばよいのだろうか。我々の意見としては、まず最初に高齢者に関わることが出来るのは家族であり、次に地域の人々、次に地域行政、サービス産業という順番で関わっていくことが出来るのではないかと考えた。地域の人々に求められるのは、やはり日頃から地域社会でのネットワークを形成することである。これは、介護という面だけでなくたとえば防災、防犯などにも繋がる、大きな課題と言える。そうするためには地域行政の力を借りることも必要であると考えられる。そして、地域行政が現代会では削減の傾向にある介護福祉を、より一層充実させることが望ましい。しかし、行政にばか り頼ることは現実的ではない。これからますます高齢者が増え、税金をおさめる現役世代の人口が減っていく中で、行政に過剰な期待を寄せることはできないと考えた。そこで、やはり老人ホームなどの民間のサービス企業に頼らざるを得なくなるが、ここでは貧困な人がサービスを受けられない問題が生じる。議論①と合わせて考えると、やはり高齢者をとりまく大きな問題として貧困問題があげられ、これは貧困になる前に防ぐことが大切であると考えられる。貧困に陥っている高齢者を救うことも必要だが、貧困な高齢者を生み出さない、ひいては貧困者を生み出さない社会のしくみが必要であると考えられる。

<第2班>
論点1
私たちが想定する高齢者は以下の点が特徴である。
・65歳以上の都市在住であり、子ども夫婦とは別居状態にある。
・近所づきあいは深くなく、「あそこの老人ホームいいよ」程度の情報交換をする程度。
こういった高齢者は、自分の両親や、嫁ぎ先の両親の介護の経験がある場合が多い。したがって、自分の子どもが「将来は介護をするよ」と言ってきても自分の過去の経験上、申し訳ないという気持ちや情けなさからサービスに頼るという選択を取りがちになる。お金を払えば割り切れるため、自らネットワークを切るという行動である。その後、介護は老人ホームに任せるのが当然と考える世代が登場する。しかし、ここでお金の問題が浮上する。同居であれば介護は生活の中に吸収されるのかもしれないが、閉鎖的であり、ストレスもたまりやすく限界が来ると考えられる。
こうした高齢者を取り巻く環境の変化としては、子どもとの別居による、サービスを介した新たなコミュニティ形成が考えられる。高齢者の変化としては、子どもに頼る部分とサービスに頼る部分の割合の変化が上げられる。

論点2
先述したように個人や家族単位で考えるといつかは限界が来る。それは、介護の負担や不満から来るものであると考えられる。結局のところサービスに頼ることになったとしても、自分自身の貯蓄の有無が大きな意味を持つ。現在の介護施設は高額で、このままでは富める者しか生きながらえないということになる。それではどうすれば良いか。地域、行政、民間の関与の方法について考える。まず、近所づきあいをきちんとしておくという前提にはなるが、近所の高齢者の病院への送り迎えや家事代行などは地域の人間でも「やってもいい」ことにあたると考える。しかし、どうしても気が引けてしまうのは、風呂や下の世話である。この地域の人間が「どうしてもできない」ことに対して民間や行政はアプローチする。行政は、現在人気のある行政課の中に介護課を新設する。介護課はマネジメントをするのではなく、実際に現場に行って仕事をする。これは、イメージアップにもつながるが、なにより、ニーズを拾うという行政の本来の在り方にかなったものである。そして、民間はこれまでどおり介護職を用意するが、高所得者向けにシフトチェンジすることで、介護福祉士の賃金を上げる。低所得者向けのサービスは行政が行なうことですみわけをするということになる。そして、介護を通して、地域、行政、民間がコミュニケーションをとっていくことを望む。そして、最後に、介護という仕事の意義であるが、自分の将来像をイメージでき、人生設計ができるという点と、長期的に物事を考えるという点が介護職についた者が得られる学びであると考えた。
介護職の意義については、まだ考える余地がある。近い将来に死ぬかもしれない高齢者に対するサービスがほとんどである介護は評価されにくいと感じる。しかし、この介護職の意義について、もちろん介護職についている人自身が考えなければならないが、介護職についていない人間が考えなくても良いという理由にはならない。

<総合司会コメント>

今回は高齢化社会において、高齢者が抱える問題とそれをどのように解決するかについて議論した。
高齢化社会において地域が高齢者の扶助を行う必要性がテキストでも議論の中でも論じられた。また行政や企業が介護を担う、あるいは介護休暇制度で家族による介護を支援するなどについても言及があった。しかし地域、行政、企業が高齢者を支えることに関しては地域コミュニティの問題、財源の問題、高齢者の貧困の問題など三者それぞれに難しさがあることが強く感じられる結果となった。家規範の衰退により、家族のあり方、高齢者のよりどころの選択肢は広がったように思えるが、貧困、孤立などの問題から選択の余地がない高齢者も多いと考えられる。家規範の衰退とともに家族に頼ることのできなくなった高齢者は誰に頼れば良いのか。家規範のなくなりつつある時代に、子供をつくること、あるいは結婚することはリスクなのか。ゼミ生自身の家族の問題も例として考えながら、人生の一つ一つの選択がいかに生きいかに死んでいくかに深く関わるということを実感した。将来いかに老いていくかを左右する選択は、すでに目の前にあるのかもしれない。
2015-07-07 17:36 : 『地域の社会学』(15年度前期学部ゼミ) : コメント : 0 :
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