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グローバルシティ 第7章 グローバル都市システムをつくるもの ― ネットワークと階層

第7章 グローバル都市システムをつくるもの ― ネットワークと階層

・ニューヨーク、ロンドン、東京がビジネスと金融の中心地として近年の変化:
①1970年代後半から、ビジネス・セクターと金融セクターの構造と規模、ネットワークの性質が変わっている。
②1980年代に入ると金融業が再編され、規制は緩和されると同時に多様化し、競争は激しくなり、大手商業銀行の市場占有率は下がり、取引量が飛躍的に伸びた。

・本章で考える主な問題:
①ニューヨーク・ロンドン・東京の三都市は互いにどう関係しており、グローバル市場とどうつながっているのか。
②ニューヨーク・ロンドン・東京とほかの大都市の関係について考えてみたい。

●ネットワーク化されたシステムへ
・第5章ではグローバルに展開する複雑な事業にとって社会的なつながりが重要であり、ネットワークが越境的に成長した。
第一、規制緩和された金融センターは、ネットワークを通じてグローバル市場に統合 され、金融業務が国境を越えて行われ、分業体制が現れつつある。
第二、世界の多くの国際金融センターは、 国内外の資本の出入口(ゲートウェー) として機能している。
第三、出入口としての機能はグローバル市場への統合だけではなく、金融危機が発生した場合の出入口でもある。
第四、金融システムでは、各国が競争だけをしているわけではい。金融センターがいくつか集まり、専門特化した分野で協力しあうことが増えている。
第五、東京は依然として、資本の重要な出所になっている。グローバル金融市場が東京において拡大する可能性がある。
第六、香港はさまざまな世界が交錯する場であり、中国と諸外国の内外の企業を結ぶ戦略的な結節点としての役割を負ってきた。
第七、電子的なネットワークの規模の拡大している。しかしだからといって、金融取引のための物理的な中心地が必要なくなってしまうわけでなく、むしろ、戦略的な連携ないし機能上の連携のために、都市間の取引が急増することになる。

●拡大と集積
・金融センターが次々グローバル市場に統合されている同時に、資産が集まる地域にばらつきがあり、センターの中でもさらに主導的な位置にある場に過剰に集積している。
・東京の株式市場の劇的な変化:1980年代の初めは、東京市場はニューヨークに比べて、規模がまだ小さいく、1980年代後半には世界最大の株式市場にまで成長した。
・運用資産の集積は、株式市場の資本化ほど目立っていないが、大きな意味を持っている。
・ニューヨークとロンドンは会計、広告、経営コンサルティング、国際的な法律サービス、エンジニアリング・サービス、情報関連サービスやその他企業者サービスを生み出し、かつ輸出する場として主導的な拠点になっている。
・高度な生産者サービスを主導としている企業は国境を越えて広がるネットワークを数多く築いてきており、その中で特殊な地域的連携や組織的連携がとられている。こういった多国間ネットワークがあることで、企業は自社が提供できるサービスを増やせる。
・1988年には、ニューヨーク・ロンドン・東京の三都市だけで、世界の100大銀行のおよそ半分、そして世界の証券会社上位25社のほとんどを占めていた。
 1997年になってみると、トップ100に入る銀行はわずか28行、トップ25社に入る証券会社は19社まで落ちていた。それにも関わらず、三都市の全資産・資本の90%以上を占めるようになったこと。
・1980年代に東京は、国際金融センターで主要な位置を占めるべく成長していることを世界に知らしめていた。しかし、ニューヨークやロンドンのように規制が緩和されることはなく、このため外資系企業は望んだような収益性を実現できなかった。

●国際取引における主要通貨
・自国の通貨が国際的な基軸通貨のメリット:
第一、輸入代金の支払いをするのに外貨の獲得する必要がない。貿易収支で赤字が生じても国内の経済政策で比較的容易に対応できる。
第二、貿易や資本の取引の大半が自国の通貨で行われるため、為替相場の変動にあまり敏感にならずに済む。
第三、金融の国際的なセクターの中でも主導的な役割を負うようになる。

・基軸通貨であることには代償もある。
第一、世界中の国に流動性を供与しているために、経常収支ないし長期資本収支で赤字に転落しやすくなってしまう。ただ、この赤字が一定の限界を超えてしまうことはない。なぜなら、もしそんなことがおきれば基軸通貨としての役割は損なわれてしまうからだ。
第二、これは基軸通貨国だけではなく、グローバルな経済すステムを危機に晒すことになる。
第三、金融市場の国際化がかなり進んでいる時期に基軸通貨であるということは、海外の企業・政府などによって自国の通貨が大量に保有される可能性があり、国内で金融調節を行ってもその実効力が低くなってしまう。
     ↓
・基軸通貨であるために、当該国は強い経済を維持するだけではなく、資本市場の国際化が進む中で、国際貿易と世界金融で確固たる地位を築かねばならない。
・米ドル:国際金融システムにおいて、米ドルは今でも通貨として重要な役割を担っている。とはいえ、その役割は確実に減ってきている。
・ユーロ:今では、ユーロはマルクよりはるかに重要な役割を担う。
・日本円:1980年代、国際における日本の地位が向上し、国際金融市場へ参加が増えると、円はドルに次ぐ重要な国際通貨となった。ただし、経常取引での円の役割は米ドルやドイツ・マルクに比べると小さかった。

●国際的な不動産市場
・1980年代、ニューヨークやロンドン、東京などでは都市中心部の地価が急騰した。
・なぜ不動産市場が高騰したかというと、金融業やサービス企業だけではなく、高給專門職層が主要都市で急増したからである。
・注目点:ニューヨークやロンドンの中心部の地価が、1980年代になって国民経済全体の状況と無関係となっていた。高額入札者の側にしても、都市中心部の土地に対しては、いくら上乗せしてでも獲得したいが、すごしでも中心部から外れた場所には、全く関心を示さなかった。
・都市中心部の不動産開発のうち、所有者も出資者も金融業であるものがどの程度あるかによって、不動産市場が循環される傾向が強まる。
・不動産からもっとも高い収益を得られているのは、国際的な不動産市場の拠点のなかでも主導的な位置を占めているところである。国民経済の様々な状況に左右されない国際不動産市場において、建造物は商品化される。
・1980年代に三都市で実施された大規模な建設ポロジェクトは巨額の投資が行われていて、金融、エンジニアリング、建築などをはじめとする專門技術・知識を提供する企業のなかでもトップクラスの企業が多く参加していた。

●まとめ
・ニューヨークとロンドン、それから波があるものの東京には、外資系のサービス企業と金融企業がますあす集まってきている。
・政府が最低限しか関わらない経済活動の新しい領域が生まれた。国内企業・外資企業が事業を展開している空間は、越境的な経済空間であり、三都市にはこうした空間がある。
・1980年代に入り、様々な国境を越える経済活動にとって、ニューヨーク・ロンドン・東京は重要な拠点となった。
 1990年代になって三都市に現れた特徴から、それぞれの都市でこれまでにない形で経済活動が国際化していたことがわかる。つまり、従来の「国際化」で見られた対外直接投資や買収とではない、それを超えた形で、という意味である。
・国際的な金融取引の大幅な拡大、グローバルに広がるネットワークへの株式市場の一体化、生産者サービスの国際的な市場の成長。これらは多くの主要都市で経済基盤に取り込まれてきている。
 しかしそれでも、こうした取引や市場は、ニューヨーク・ロンドン・東京・パリ・フランクフルトあるいは香港とごく限られた都市に過剰に集積している。
・このように、特定の都市への過剰な集積が進む中で、越境的なネットワークに加わるグローバル・シティの数は増えてきている。そしてこのネットワークこそ、グローバル経済の組織的な構造を支える重要な要素である。

論点:
 P194で筆者は、「資産が集まる地域にばらつきがあり、センターの中でもさらに主導的な位置にある場に過剰に集積している」のようにと述べている。私たち普段はこのような集積していることを感じられているのか?そして、このような集積は私たちの日常生活にどんな影響を与えているのか?

班では、自分の住んでいるところが集積しているかしていないかに立場を分け、それぞれ人の動き・交通・経済・コミュニティにどのような影響が及んでいるかについて議論した。
その結果、集積しているところに住んでいる人たちは、地元は人が多いが落ち着きはなく、交通アクセスが便利であると述べた。また、地価が向上しお金の循環もいいが、過剰な開発と地価の高騰のために同じような大型店が集まり、コミュニティは薄い。だが、その分コミュニティにしばられない多様な生活スタイルも保障されていることがわかった。
一方、集積していないところに住んでいる人たちによると、地元は夜になると人はおらず、電車は普通しか止まらない。また、大都市には行かず郊外のショッピングセンターに行ってしまう。空き地が駐車場と化し、高層マンションもなく、手ごろな値段のスーパーもないが地元の商店街もそこそこに賑わっている。街の雰囲気にほとんど変化がなく、いい意味で静かな住宅街であり、町内会などコミュニティが強く、子どもの見守り隊など治安を守る組織がある。
これは、主に集積しているところに住んでいる人の移動手段が電車であり、集積していないところに住んでいない人の移動手段が車という、普段足として使っているものの違いから生じるのではないかと考察した。

<議論>
最初に、お金や不動産などの資本の集積を日常生活で感じるかを確認した。神戸で生活をしているため、関西というエリアに限定して議論を進めた。今回、こちらの班は2人が中国人、1人が日本人という構成だったが、中国人学生は集積を感じると答えた。しかも、その集積地は大阪の中でも梅田や心斎橋であった。その理由は、知名度が高いことから中心地という認識が形成され、また、アルバイトの自給が高いことからもお金が集積しているという認識がなされているからというものであった。具体例としては、外国人観光客の集中による外貨の吸収、駅構内など公共交通機関の整備、人やモノの集積と関連して多様なニーズを満たすサービスや店舗の存在があげられる。もし、その資本の集積地で生活を営むとすれば、地価の上昇や人の集中による混雑が問題点としてあげられるが、多様なサービスや店舗があることにより、非常に便利で遊ぶことには事欠かない環境を保障されることになるだろう。また、雇用も創出される。
 反対に、資本の集積を感じられないと答えたのは、神戸市在住の日本人学生であった。神戸は所謂地方都市である。「京阪神」とまとめられるように、関西では大阪や京都と共に栄えているとされる神戸では、大阪に頼ることなしに生活を営むことができる機能が備わっていると言っても良い。したがって、普段の生活の中では、特定の場所への資本の集積を意識することはない。たとえ集積していたとしても日常生活に支障がないからである。しかし、「大阪都構想」のような神戸の経済までもを揺るがすような大変革が起ころうとすると、嫌でも資本の集積を意識することとなる。それは自分の身近な生活が変わる可能性があるからである。
 しかし、神戸の人間も関西の資本の集積地であると考えられる梅田や心斎橋から恩恵を受けている。主として雇用などである。一方で、いつか自分の生活空間が資本を蓄えた集積地に喰われてしまうかもしれないという恐れがある。この恐れと前述した恩恵とは表裏一体のであると考えられる。

<総合司会コメント>
社会の大きな動きが日常生活にどういった影響を与えるのかを探る議論は非常に興味深いが、難しい。私たちは、普段テレビのニュースや新聞でたくさんの情報を得るが、それが実際の日常生活にどのように影響するかまで深く考えることはあまりないように思う。したがって、いざ「大きな動きは身近な場所でどのように現れているか」を考えようとしてもなかなか出てこない。大きな動きをどこか遠くで起こっていることと理解するのではなく、たしかにどこか遠くで起こっていることだが波のようにいつか自分のもとにも届くものに違いないと認識し、起こり得る影響について考えることはグローバリゼーションが進む現代を生きる人間が求められているもののような気がしてならない。本日の議論で言えば資本の蓄積になるのだが、学生は不動産にもお金にもどちらかというと縁遠い存在かもしれない。だからこそ、アンテナをはり、お金やモノの動きについて敏感にならねばならないのではないか。恐らくその動きは、他のあらゆる領域にも波のようにいつか届くはずである。
2015-07-13 22:34 : 『グローバル・シティ(サッセン)』(15年度前期大学院ゼミ) : コメント : 0 :
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