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『さまよえる近代』 第6章 レジュメ

第6章 『植民地的想像力における統計』 “Number in the Colonial Imagination”

 人口調査及び20世紀における集団表象の政治学の視点から、現代インドにおける共同体と階層化をめぐる不安定な政治がある次元で抱え持っている植民地的なルーツを探究。→オリエンタリズムが政治的起源・政治的現実性を保持。
 この章でアパデュライは、「官僚制的な権力の発動それ自体が植民地的想像力に関わっていたということ」、「この想像力の中で統計が決定的な役割を果たしたということ」、を示そうとする。植民地体制の階層化と違い、植民地体制が利用していた諸数量化の実態には目を向けられてこなかったため、植民地インドにおける統計化と階層化が明確な示差(差異)的関係を持っていたことに焦点を当てる。




オリエンタリズムの言説がエキゾティシズムや新奇さ、差異への追憶を創出するに至った多様なプロセスについて、サイード『オリエンタリズム』…「オリエンタリズムは完全に解剖学的で統計的であり、オリエンタリズムの語彙を使用することはオリエント的な事物を処理しやすい部分へと個別化し分割することに他ならない。」
オリエンタリストが統計を用いることで植民地を客観的に把握しようとした。

 アパデュライ…『オリエンタル的な経験主義』に向けられたディヴィット・ルーデンの関心に依拠。
手量化の手法において、インドでは18世紀のイギリス国内で行なわれていたものとも、植民地先行国家で行なわれていたものとも異なる方法でもって行なわれていた。(=これまでさほど注意が払われていなかったこと。)
これを証明するためのアパデュライの2つの議論によって、「叙述(イギリスの植民地国家か)の範囲を広くとることにより植民地インドにおけるイギリスの階層化の企図において数量化と統計化がどのような位置を占めていたか」、「『ダイナミックな唯名論』(Hacking→p.227)が印象に反してメトロポリスや植民地において先行国家が推し進めた統計化の活動と異なっていた根拠」が明示される。

統計化という戦略
 ベルナルド・コーン「南アジアにおける人口調査、社会構造、客観化」
インドの人口調査はデータ収集の受動的装置ではなく、むしろその実践的論理と形式によって、インドにおけるカテゴリー・アイデンティティについての新たな意識を創出しており、そしてその意識が今度はインドにおける移動性、身分の政治学、選挙という闘争にかかわる新たな戦略を条件づけている。
 コーンの研究による階層化の次元=インドにおけるオリエント的な想像力に関する重要な研究の中に位置づけ直されている。

 統計の功利主義(植民地的な管理装置としての統計)…新たな形式での農業活動や自己表象を促進してもいた。―統計は徐々に官僚組織による管理という幻想のますます重要な一部となって、植民地的想像界の要諦となり、ヒトと資源が計測を通して抽象化されることによって、土着的な現実は管理可能であるという感覚が創出された。=「屈折的で生成的な影響」…イギリス本国における人口調査では起こり得なかったこと。◎領土と職業に基盤、◎表象の政治学と直接に結びつく傾向にあった、◎社会の周縁の人々に対する調査を差し控える傾向にあった(つまり『差異』を排除)⇔植民地においては、全人口が差異を含み持っているとみなされていた。(=オリエンタリズムの核心。「…差異がはっきりと重視されているように、西洋のまなざしには映った」)
 つまり、統計化の活動はイギリスとインドで同一の文化形式をとっていなかった。
 数値データが経験主義的な運動にとって決定的となり、管理政策と結びつく。

 インドは≪特別な≫事例(special case)だったのか、≪限定的な≫事例(limiting case)だったのかという議論。⇒インドにおいてはオリエンタリストのまなざしが、それに先行する土着のオリエンタリズムによっておおよそ創り出された、土着の成層化体系と邂逅していたため、≪特別な≫事例だといえる。
 p.215「一口に本質主義といっても、それはコンテクストに左右される事柄であって…徹底的に比較せねばならない」⇒にもかかわらず、カーストはイギリスの政治的想像力が生み出した虚構ではなく、この点でインドにおけるオリエント的な本質化はある社会的な力を生み出した。しかしこの社会的な力は差異をめぐる2つの理論において、重要な2つの前提を共有する時にのみ限られる(=≪特別な≫事例)。

 植民地政策の中で、情報収集装置において統計が果たした2つの側面…「正当化」、「規律=訓練化」
 「正当化機能」…正確性や関連性がどれほど疑わしくとも、数値データに依拠して主だった社会政策や資源関連政策を主導するようになった。「統計はすぐさま、指標としてよりも、言説として重要になった。」
 「規律=訓練化機能」…生政治をめぐるフーコーの知見。
 植民地国家の官吏が管理し改革を加えたいと願っていた人口を規律=訓練するとともに、植民地国家の官界そのものを規律=訓練する、という問題でもあった。

統計と土地台帳の政治学
 19世紀半ばに現れた植民地国家の新しい統計的まなざしについて検証。
『1847年の共同報告』…官僚組織による合理化について。ボルヘス的に記述。(ボルヘス【Jorge Luis Borges】…幻想的作風で知られる詩人。)
 地図作成において、測量と階層化の関係をめぐって衝突…イギリス人は測量に関しては正確で機能的な地図を作成できるが、階層において公平な評価のために圃場を階層化するとなると、一般性と個別性の両面を持ち合わせた考慮が必要。
 統計表、図解、図式は、植民地的ランドスケープを記述した文章に孕まれる物理的混乱(偶発性)を、統計という語法へと馴致することを可能にした。

 ヨーロッパの下級官吏が多大な関心を寄せていたのは、測量に携わるインド人(現地人)下級官吏に、自らの身体や精神にいたるまで植民地的な統治活動の基準を浸透させることであった。=双方の官吏に対する「規律=訓練」
まさにここで、植民地主義の政治的算術が、現場で教授された、といえる。
植民地の規則は教育的かつ規律=訓練的機能を持っていたため、上級官吏は統計を通して自らが支配しようと試みている領土だけではなく、その支配を成し遂げるために必要不可欠な現地官吏も管理しなければならないという感覚を抱くようになった。
『国土とは教育すべきもの』

 インド人の身体は次第にカテゴリー化されるだけでなく、所与の量的価値にもなり、『ダイナミックな唯名論』とますます結びつきを強めていった。
かくして統計は、植民地の経験をメトロポリスで把握可能な(つまり多様なオリエント的言説が提示する民族学的特色を取り込むことの出来る)言語へ『翻訳する』という企ての一環であった。
 =「標準化の枠組み」…フーコーの論じた3つの水準において作動。


植民地身体の計測
 インド人のランドスケープを構成していた多様な習慣的分類(カースト、宗派、部族など)は統計によって特定の農業的地勢から離れたものへと翻訳されていった。
 →「土地開拓と徴税」(例外→標準)「人口の統計化」(例外【カースト】が抽象化)の2つの段階。
しかしこうした植民地プロジェクトは、内的な矛盾や種々の植民地プロジェクト間の不整合、植民地の官僚制的活動がインドの実践・心性を変容させるものではなかったという事実によって悩まされていた。

人口調査はカーストを社会的階層化の要諦と見なすようになった…カーストはインド人の心性だけでなく、インドの社会的変動性を解き明かす鍵となった。つまり、インドというランドスケープを分類するにあたって、統計によってカーストが大きな鍵となりえた。

性別統計学の領域において…女児を殺害した男女比率の仮説=カーストとの関連性。
経験主義とエキゾティック化がインドの植民地的想像力と無関係な側面ではなかったということを証明―さらに一般的な政策的志向性の基盤となった。
 →同時に、マジョリティ・マイノリティの観念の論理的基盤をも創出。
かくして人口調査の志向は「徴税」から「知」へと移行していった。

1870年以降のインド人口調査は、従来の固定化された階層の数量化ではなく、むしろ全く正反対の効果を生み、規模をさらに拡大したトランスローカルな政治組織へとインド人社会集団を自己動員させる誘因となった。

また、ヨーロッパ的な初期オリエンタリズムの持つ本質化し分類(エキゾティック化)するまなざしによって、統計化の濫集が9世紀前半の国土に適応され、政治的表象が固有の本質を持つと見なされる共同体と結びつき合っているという知見に適応されるようになった。つまり、人口調査による階層化と、カーストや共同体の政治学とを決定的に結びつけた。

 測量の技法が農地・国土の例外を標準化する重要な手法の一つであるとヨーロッパの思想が、統計的表象を手がかりとすればインドの社会組織体を表彰する際の病理学を標準化することができるという思想と結合した。(=これも本国では起こりえなかった結合。)


ナショナリズム、表象、統計
 インド民主主義構造自体が今なお統計に支配された組織投票(bloc voting)の考え方の影響を受け続けている。そして、カーストがインドの人口調査の中心的関心事ではなくなった1931年以降でさえも、本質化され統計化された共同体の構想としての政治学が、すでにローカルな政治をとらえて離さなかった。かくて、選挙の政治は表象(representation)の政治であるとともに、代表(representative ness)の政治(統計学の政治)にもなった。

 インド人の自己統治…19~20世紀初頭 インド・ナショナリズムの論理へと転換。
これは、代表という植民地的理論を取り込み、それを利用することによって表象を自己表象と捉える民主主義的な観念を取り込んでいった。こうして身体の計測がインドの自己表象(自己統治)へと変化していった。
 成熟した植民地国家のプロジェクトを構築していた様々な変数の複雑な接合の中でこそ、ダイナミックな唯名論の2つの形式(統計化、階層化)が、自己意識的に統計化された共同体を中心に据えた政治体を創出。⇒人間共同体の本質化と統計化は、同時発生的な活動であるばかりか、一方がなければ他方を想像し得ない関係になっていった。

 植民地的身体の計測…階層や類型を生み出すばかりか、同質的な身体も生み出す。つまり、統計は遂行的に、同質的な身体の範囲を限界づける(同質化し囲い込む)。

 また、インド人やインド人集団が、植民地的な一望監視装置が何をまなざし語ったとしても、ローカリティとの結びつきを失わなかった。つまり統計化こそがカテゴリー化の新しい形式と結合することによって、オリエント化を推し進めるイギリス国家と改革プロジェクトとを引き合わせた。


☆論点☆
◎p.210 「印象に反して」誰の、どのような印象に反して?
◎p.212 結果としての弱体化なのか、あるいは弱体化しているにも関わらずプラスとしての幻想があって続けたのか。
◎p.215,216 ≪特別な≫事例と≪限定的な≫事例(limiting case)の違いは?訳出の違いについては?
◎「ダイナミックな唯名論」について。「唯名論」=「名前だけが普遍」=「統計化」という名前の下で中身は異なる手法である、ということか。それとも心象地理における普遍的区分を示しているのか。あるいは、P.227では「公的に強要されるラベリング活動が創出する新たな自己」とあるが、「公的に強要されるラベリング活動」を普遍のものと見なすべきか。
◎p.241,243 統計化が遂行され、測定され、同質化される植民地身体としてたとえられる主体は「男性」であるように見受けられるが、その主体という存在の仮定は(あるいはこの見受け方は)適切かどうか。≪特別≫な事例なのであれば、植民地身体をもイギリスとは異なった“身体”で示されるべきではないか。

2006-07-01 17:11 : 『さまよえる近代』(06前期・院ゼミ) : コメント : 1 :
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議論では統計のあり方(意味)が議論になりました。
知の体系というだけではなく、政治的活動の生産物そして基盤としての統計。

統計によってオリエントなるもの(インド=他者)を自己(イギリスあるいはキリスト教徒)にとって翻訳可能なものにする。その手法は、全国共通のものであり、地域的な現象をローカルなものから切り離してゆく。
さらに、統計の結果により、「多数派」や「少数派」なるものが発見されると同時に、統計の結果が「多数派」や「少数派」の概念の基礎となって行く。そしてそれこそが、「少数派」をめぐるインドの政治活動の基盤となっているのである。

2006-07-01 17:45 : sawa URL : 編集
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